とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十七話
                              
                                
	
  
 
 
 
 カチューシャをつけた茶色のロングヘアーの少女、ディード。俺をお父様と慕ってきた少女は、実に真っ直ぐな刃を俺に向けて来た。父への愛情は、剣士への礼節でもあった。 
 
相手を剣士だと認めた瞬間、竹刀に封じられていた力が解放。竹の刃は光を帯びて、浄化の閃光に燃える。大人げないなどという感傷は、剣士には有りはしなかった。 
 
物干し竿と名付けた神刀と、ツインブレイズと名付けた双剣が激突。細腕から繰り出される剣戟は壮絶の一言、少女とは思えぬ力が込められていた。尋常な腕力ではない。 
 
 
鍔迫り合いをしながらも、少女は美貌を涼しげにこちらへ向けている。ただ一点、俺だけを目にしながら。 
 
 
「うまれてから今日この日を夢見ておりました、おとうさま」 
 
「今日という日までずっと、剣を振るい続けてきたのか」 
 
 
「わたしはおとうさまと同じ、剣士ですから」 
 
 
 誇らしげだった。褒めて欲しいという願望ではなく、有って欲しいという宿命。自分を剣士であるのだと、自ら定めて創り上げている。 
 
複雑であった。度し難いほどに当然と受け止めつつも、受け入れ難い反発がある。自ら剣士だと胸を張っているのに、我が子を名乗る娘が剣士である事に眉を顰めている。 
 
顔面に拳を入れればいい。胸元に足を向ければいい。頑強であっても偏狭な剣では、俺には通じない。殴れば倒れ、蹴れば仰け反るだろう。何故、受け止め続けているのか。 
 
 
具現化したオリヴィエは、力の解放を望んでいる。彼女の力であれば、少女を紙屑のように吹き飛ばせる。剣士であるのならば、倒すべきだ――だが。 
 
 
「わたしの剣をごらんください、おとうさま」 
 
「むっ……?」 
 
 
「"ツインブレイズ"」 
 
 
 少女が持つ双剣の刀身が、血のように紅く輝いた。魔力ではないと感じたのは、竹刀ごと跳ね飛ばされた瞬間だった。魔導ではなく物理、エネルギーによる刃の発動。 
 
愚かしいほどに、少女は剣士であった。俺自身の思考を驚くほどトレースしている。俺が躊躇していたのを尻目に、少女は容赦なく剣士として全うしたのである。 
 
舌打ちしながら、跳ね上がったオリヴィエに意を込める。神刀の発動、物干し竿の真価が発揮。追撃してきた少女の剣を切り払い、頭上から振り下ろした。 
 
 
今度は少女も受け止めず、転がって回避。無限書庫に設置されていた図書机の間を駆け回って、距離を置いた。女の子らしい身軽さと、剣士らしい流麗さが美しかった。 
 
 
「ツインブレイズ、お前の固有武装か」 
 
「わたしの剣です、おとうさま。この剣を持って、私はおとうさまと同じ道を歩む」 
 
「その先に待っているのは――」 
  
「――ひとを斬ること」 
 
 
 他人を斬る事が、剣への情熱を呼び覚ます事であると天狗は語っていた。言われずとも分かっている、かつての俺が覚悟していた筈だったのだから。 
 
力押しを望まず、少女は図書机を上段から叩き斬る。意図を明確に悟った俺は、距離を詰める。はたして少女が斬った机は破片を飲み込んで、俺に押し寄せて来た。 
 
竹刀であれば文字通り歯が立たなかったが、神刀であれば話は別。豆腐のように斬り裂いて、少女の元まで走る。人を斬るのであれば、自ら斬られる覚悟が必要だ。 
 
 
叩き切ろうと決意する前に、真一文字に斬る。剣士に決意は不要、結果あるのみ――俺は、自分の娘を名乗る少女を斬った。 
 
 
 
情熱を失った俺にはもう、人への情なぞ有りはしなかった。 
 
 
 
「それでこそ、剣士です」 
 
 
 
 否定ではなく肯定、憎悪ではなく感謝。赤く光る刀身を持った少女の声が、木霊する――あのタイミングからの斬撃を、回避された!? 
 
驚愕に身を任せているようでは、戦場では生き残れない。咄嗟に図書机の椅子を蹴り上げて、その場から離れる。直後に斬撃音、椅子が真っ二つに割られたのが分かった。 
 
過信でも過剰でも何でもなく、確かにあの少女を斬った。結果は問題でない、大切なのは過程。回避する時間も、対処する余裕も、絶対に有りはしなかった。 
 
 
それでももし、万が一にでも回避が可能だとすれば―― 
 
 
("神速"が使用できるという事。本当に俺の娘であっても、ありえない!) 
 
 
 時間を止めれば、タイミングに何の意味もない。時間を止める意識が働けば、対処する時間が生まれる。斬られたのだという結果でさえも、回避という過程で上書き出来る。 
 
あんな細い体で神速が扱える筈がない。成人男性でも負荷は絶大、剣士であっても神域にまでは届かない。父親である俺でも神崎那美と月村忍という異能者がいて、初めて実現出来た。 
 
だが実際に少女は回避し、事実として姿は消えている。神速が発動しているとしか、考えられなかった。 
 
 
一体何者なんだ、この少女は!? 
 
 
「双剣、ツインブレイズ」 
 
  
 少女の固有武装は自身のエネルギーを使用し、剣を実体化して固定している。光速に等しい機動を行ったところで、光となった刃までは誤魔化せない。光を目にしたその時、地を蹴って回避。 
 
此処は、無限書庫という戦場。平原ではなく、障害物が乱立している。少女は威風堂々とした勝負を全く望まず、人を斬ることだけを考えて剣を振っている。 
 
華麗にスカートを舞わせて宙を駆け、図書机を綺麗な足で蹴って走り去り、美しく結った髪を流して書棚の上に飛び乗った。恐るべき身体能力、どういう鍛え方をしたのか。 
 
 
断空剣、地を蹴り足を刃として切り裂く攻防術。蹴り上げたのは双剣ではなく書棚、斬り上げたのは少女ではなく書籍。紙吹雪が、戦場を舞った。 
 
 
頭上から果敢に、少女が攻めてくる。瞬間的加速によって、俺の死角を奪取すべく襲い掛かる。その方法は読めている、だからこそ死角を圧倒的に広げた。 
 
刺突を繰り出すが、やはり間に合わない。少女は瞬間的に加速して、急襲を仕掛けてくる。横に飛んで身を躱すと、足先から刃で切り捌いてくる。蹴り込んで、少女を退かせた。 
 
 
舌打ちする――強い。 
 
 
(あいつは経験不足を、圧倒的才能で埋めている。こちらは逆に才能不足を、経験で補っている) 
 
 
 大人と子供、男と女、そんなのに関係なく自信を持って言える――俺の方が、強い。 
 
 
あいつはかつてクロノ達が言っていた才能の一つ、近接空戦技能を持っている。死角から急襲をかけ叩き落す一撃必殺スタイルが、あいつの基本だ。 
 
苦戦しているのではなく、単純に手を焼いている。自分に似た思考を持ち、自分に似た戦い方をするので、相手も俺の行動が読めている。その上で、力を速度で賄っているのだ。 
 
 
考えてみれば、手を焼かされるのは初めての経験だ。常に勝つか負けるか、生き残るか死ぬかの戦いしか経験していない。常に相手が強く、俺が挑戦する側だった。 
 
 
剣士として挑戦を受けるのは、これが初めてかもしれない。自分より強い相手に苦戦することはあっても、自分より弱い相手に手を焼くのは初めてだった。これはこれで厄介である。 
 
倒そうと思えば倒せる、方法も思い付いた。だが確実に、犠牲が伴う。腕か足、その何かを犠牲にしなければ勝利は望めない。確実に一本は取られるだろう。 
 
それはやはり癪だった。 
 
 
――えっ? 
 
 
(何で?) 
 
 
 どうして癪なのか。どうして負けることが悔しいのか。何故一本を取られることが、嫌なのか。 
 
剣への情念なんて、無くなった。剣士であることに、拘りはなくなった。剣を持つことに、執念はなくなった。剣を振ることに、熱意はなくなった。 
 
 
ならば、負けてもいい。 
 
 
(……意地を張る必要なんてない。一本を取られようと――斬ればいい) 
 
 
 瞬間的加速、瞬時に動ける技能、驚愕の才能。だからこそ、少女の技は"神速"ではない。 
 
神速は、技術ではない。神速とは決して、速さではないのだ。速さに拘る技は、断じて神速ではない。ただ単純に、速いだけだ。 
 
俺の死角をついて急襲する最高のタイミングでこそ、隙が生まれる。攻撃されたという認識を持って、神速を発動すればいい。オリヴィエの力を借りれば、少女を討てる。 
 
 
少女の姿が、消える。 
 
 
(一本、取られてもいい) 
 
 
 光が、瞬いた。 
 
 
(お前を、斬れればいい) 
 
 
 光刃が、煌めいて―― 
 
 
(俺が斬られても、お前を斬れれば――) 
 
 
……。 
 
 
……。 
 
 
 
……っ。 
 
  
「――ツインブレイズを、止めた!?」 
 
「止める気は、なかったんだけどな!」 
 
 
 剣戟音――剣と剣がぶつかりあったその瞬間、俺の勝機は失われた。 
 
斬られた瞬間に、斬る。肉を斬らせて骨を断つ、その極意を無意識に撥ね退けてしまった。敗北しても斬れれば、剣士として本望であったというのに。 
 
 
これではまるで、 
 
 
「ただのチャンバラごっこだな……あはははははは!」 
 
「お、おとうさま……?」 
 
 
「ディード、お前は俺の夢そのものだ」 
 
 
 馬鹿馬鹿しくなって、剣をアッサリ捨てた。そうだ、自分の娘を前にして俺は一体何をやっているんだ。 
 
双剣を持って困惑する娘を、俺は抱き上げた。少女――いやディードは目を白黒させながらも、頬を染めて目を輝かせている。 
 
 
子供の頃、お前のような遊び相手が欲しかったんだ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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