とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十五話
――全く、相手にされなかった。
「何かの見間違えじゃないのか」
「子供の生首が地面に沈むのを見間違える、俺の精神状態はどうなっているんだ」
「僕達は君に対して、随分と気苦労をかけている。気遣っているからこそ、聞いているんだ」
何度も説明しているのだが、少しも分かって貰えなかった。近くのカフェテリアに立ち寄って、コーヒーまでご馳走してもらう羽目になっている。完全に宥められている。悔しい。
レヴィに俺を尾行する人間がいると教えられて、慌てて追跡したらホラー現象。裏路地に向かった瞬間目に飛び込んできたのは、子供の生首が地面に沈む場面だった。
比喩や誇張表現でも何でもない。本当に、子供の首が地の底に沈んでいったのだ。硬い地面が底なし沼のようにどこまでも柔らかく、子供の首を飲み込んでいった。
いい加減怪奇現象は見飽きている俺だが、ああまで生々しく見せられると鳥肌くらい立ってしまう。
「見間違えなんかじゃない。子供の首が地面に沈んだんだ」
「ならば此処一帯を掘り起こせば、子供の生首が出てくるんだな。君の剣にかけて誓えるのか」
「もしも出てこなかったらどうするんだよ!?」
「それは今、僕が聞いているんだ!」
むしろクロノだから、こんな馬鹿馬鹿しい話に多少でも付き合ってくれているのだろう。他の人間だったら、取り合ってくれなかった。
追跡されていた事実を知るシュテルとレヴィは、カフェテリアの手作りパンに舌鼓を打っている。女の子らしいと微笑むべきか、父を擁護しろと叱るべきか。
いずれにしても、このままでは埒が明かない。レヴィ達の話が本当ならば、俺は何者かに尾行されていた事になるのだ。
現実問題として今の俺の立場において、このミッドチルダで追跡されているのは厄介なのだから。
「追跡者は実際にいたのだから、魔法による逃走とは考えられないか」
「魔法文化に精通していない世界出身だと勘違いされがちだが、魔法とはそもそも万能な能力ではない。物理現象を超える影響力は発揮出来ない。
固形物を液体化する事自体は不可能とは言わないが、あまり現実的とは言い難いな」
「と、言うと?」
「単純な話だ。地面を液体化したら、生き埋めになってしまう。だから僕は、君の話を疑ったんだ」
「納得」
そりゃそうだ、地面を液体化したら底なし沼になるだけだ。奈落の底まで落ちてしまう、それこそ馬鹿馬鹿しいの一言であった。
しかし実際、あの子供は地面に沈んでいった。あの場で話し合っていた間も浮かび上がってこなかったのだ、クロノの見解通りであれば、あの子供は溺死してしまう。
いくら何でも自殺したとは思えない、だがカラクリがよく分からない。仮に追跡がバレて逃走したのだとしても、地面に沈んで逃げるという手段なんぞ取らないだろう。
うーむ、考えれば考えるほど分からなくなってくる。
「僕達ではなくむしろ、これは君の分野ではないのか」
「……魔法ではないと言うのか」
「アリサという具体例があるんだ、常識的ではないにしろ考えられる話だ。メガーヌ捜査官の話だと、聖地でも出没したと聞いているぞ」
――幽霊、実態のない存在。廃墟で出逢った時、アリサは壁を通り抜けていた。幽霊が物質を通り抜けられるのであれば、地面に沈んで逃げる事は容易い。
幽霊に追いかけられるなんてゾッとする話だが、以前退魔師の那美に聞いた話だと、怪奇現象に深入りすると遭遇しやすくなるらしい。影響を受けやすくなると忠告された。
聖地では実際怪奇現象解決の依頼を受けて、浄化作業を行った事も多数ある。アリサと一緒に暮らしているのだ、今の俺はさぞ怪奇現象好みの身体になっているだろう。
クロノには内緒だが、思いっきり心当たりがあって先程追求してみた――俺が持ち歩いている、竹刀に。
"幽霊なんていないよ、ダーリン"
"本当か? あの子供はお前らの同類なんじゃないのか"
"今のアタシは精霊よ、幽霊と人間の区別は簡単につくわ。あの子は人間よ"
"人間だとすると、ますます奇怪な話になってしまうんだが"
"貴方にはこの母がついているのですよ。愛する我が子に怨霊が取り憑く事など、私が許しません"
"どの口が言うか"
精霊に昇華したアリシアと、怨霊に転化したオリヴィエにも聞いたが、このように否定された。他でもない幽霊が違うと言っているのだ、確実な話だと言える。実に嫌な保証だが。
花嫁と義母の同居生活はどういう理屈で通じ合っているのか、きわめて良好だった。思念を通じて会いに行ってみると、二人揃ってにこやかに暮らしている。
聖王オリヴィエは古代ベルカの秘術にも精通しており、アリシアに手ほどきを行っているようだ。フェイトの姉妹であるアリシアも資質が非常に高く、精霊として順調に成長している。
早く孫の顔が見たいと無駄な願いを持っているオリヴィエ、世界の破壊なんぞもう諦めろと言いたい。
「僕は執務官だ、単なる同行者ではなく君の警護も兼ねている。聖王という今の君の複雑な立場を考慮すれば、君を狙う者達がいても不思議ではないからな。
尾行にも十分注意していたが、気配を感じなかった。決して自分の非を認めない訳ではないが、本当に尾行者がいたのか」
「俺も確実に認識できなかったのは、認めるよ。裏路地に行った時、子供は地面に沈んでいてよく見えなかった。金髪だというのは、かろうじて分かったんだが」
「金髪の子供か、ふむ……君達の意見はどうだ」
「誰かがついてきてたのは、本当だよ。パパみたいな感じの子」
「父上に似た気配を感じましたので、間違いないかと」
……自分によく似た気配なのに、俺本人がまるで感じられなかったのはどういう事なのだろうか。さほどあった訳ではないのだが、自分に自信が無くなってきた。
レヴィやシュテルの話から察するに、単なる実力者ではないようだ。俺とよく似た空気だったからこそ、レヴィ達は敏感に感じ取ったのか。余計に、気になって来た。
敵意を感じたのであれば俺一人で裏路地へ行かせる筈はないのだから、明確な敵ではないらしい。怪奇な現象ではあるが、さっさと尻尾を巻いて逃げたからな。
悩んでいる俺に対して、クロノは執務官らしく導いてくれた。
「何れにせよ不審な尾行者がいたのであれば、気掛かりではある。今日の調査は中止にするか?」
「いや、決行しよう。確かに気になるけれど、肝心要の無限書庫への立ち入りが不可能であれば問題ない――問題ないんだよな?」
「時空管理局本局内にある施設だ、問題を起こせばすぐに逮捕される。尾行も同様だ、局員も居る中で不審な行動を取る人間がいれば咎められる。僕もついているので心配いらない」
「なるほど、天下の執務官様が一緒であれば心配いらないな」
「茶化すな、行くぞ」
そう言いながら若干照れた様子で、クロノは先を急かした。こいつ、絶対友達との何気ないやり取りにも慣れていないな。男が照れを見せてはいかんだろう。
シュテルやレヴィも、父を守るのだと奮起している。実に頼もしいのだが父親としてどうなのだろうか、疑問に思わなくもない。とりあえず、現地に向かうとしよう。
それにしても――
「……俺によく似た子供、ね」
俺のような子供が居るとは、とても思えなかった。
本局における情報源の要と聞いて物々しい警備体制を想像していたのだが、蓋を開けてみれば最初にイメージした国立図書館のような施設だった。有資格とは言え、一般人も入れるので当然かも知れないが。
デバイスも取り上げられる事はなかったが、本局内なので制限は課せられる。管理外世界の携帯電話より万能なデバイスなので当然だが、撮影機能などは当たり前のように禁止されている。
執務官ともなればほぼ顔パスで、認証を行えば簡単に通された。俺達はクロノから預かっているパスを見せて、閲覧許可が降りた。保持しておきたいが返却を求められるのだろうな、残念。
そして俺達は、無限書庫へと案内された――
「世界の記憶を収めた場所、無限書庫。評判に違わぬ、見事な蔵書量ですね」
「うーん、気の遠くなる程の本があって目がグルグルしそう」
「少し恥ずかしい話となってしまうが、未整理のままの本が多くてね……前々から、調査が必要だという意見もあったんだ」
時空管理局が現状管理を行っている次元世界の書籍やデータが全て収められた超巨大データベースで、見渡す限りの本棚が並んだ書庫。果てしないといえるほど、本が並んでいる。
設備内は円筒形であり、広大ではあるが縦に長く伸びている形状。見渡してみると、通路と思われる部分が無限書庫の内部を縦横に走っていた。横ではなく、縦に長く伸びている。
日本の図書館は平面に連なる形状なので、その対比としては面白い内装を知ている。どれほど深い底まで続いているのか、クロノ達管理局員でも把握出来ていないらしい。
世界の記憶を収めた場所、神秘の空間だった。
「広いのは分かったんだが、肝心の闇の書に関する情報は何処にあるんだ。ユーノが先行して調べてくれているとは、聞いているが」
「これほどの規模の蔵書量だからな、単純に調べていては年単位でかかってしまう。ユーノがピックアップしてくれている最中だ」
「うーむ、俺達も今から調べるのか」
「何しに来たんだ、君は。当然、君にも分担して手伝ってもらう」
書庫なのだから、本を調べていくのは当然である。戦闘ではなく調査なのだから、ひたすら難しい本を読まなければいけないのも承知している。単に、机仕事への忌避反応が出ただけだ。
今日の調査作業を行うと決まった時も忍達に揶揄されたので一応言っておくと、俺本人は本について忌避していない。勉強は確かに嫌いだが、本を読むのは嫌いではない。
理由は単純だ、暇潰しになるからである。本は手に入れやすく、一人旅していた頃もたまに読んでいた。参考書などではなく、雑誌とか漫画、小説や伝記等だったので、あまり褒められたものではないが。
エロ本を拾ったのかワクワクして女共に聞かれたが、容赦なく蹴飛ばしておいた――雨風に汚れたエロ本の無慈悲さを、奴らは知らない。
「待て、分担とはどういう事だ。一緒にやればいいじゃないか」
「僕もそう言ったんだが、ユーノから断固として拒否された。君と一緒に仕事したくないと、言い切っている」
「完全に公私混同じゃないか!?」
「言葉の使い方に若干難はあるが、言いたいことは分かる。こう解釈して欲しい、民間人と資格保有者との間で閲覧レベルにも差が生じている――その為の分担作業だと」
ユーノの言い分はムカつくが、クロノの言い分は至極納得できた。此処は本局の施設、職員と民間人で閲覧出来る情報に差が生じるのは当然だった。
それに分担作業は、俺にとっては好都合だった。そもそも闇の書と蒼天の書が同一なのは、分かりきった話なのだ。そちらの検証はハッキリ行って、俺達には不要である。
ならばクロノ達には闇の書関係を調べさせておいて、俺達は法術関係の資料を調査すればいい。法術は世間的に認知されていない能力、管理局にも出回っていない情報なので重要度は低いはずだ。
となれば、俺達民間人でも閲覧できる可能性はある。
「納得出来ないが、一応話は分かった。じゃあうちは家族で、調査を行うよ」
「よろしく頼む。尾行者の件もある、無闇に奥へは立ち入らないようにして欲しい。調査可能な範囲は、シュテルに教えておこう」
「俺に言えよ!?」
「君に教えると、真っ先に飛び込んでいくだろうからな」
ハッキリキッパリと言われてしまって、仰け反ってしまう。何処が信頼されているのか、全く分からなかった。執務官殿は、容赦というのを知らない。
無限書庫の案内図を前に、クロノがシュテルに説明している。レヴィは巨大な無限書庫の空間に冒険心をくすぐられているのか、ハシャギながら飛び回っている。
縦長の空間、底が見えない巨大な穴。落ちたら容赦なく死ぬと思うのだが、空間制御が働いているらしい。凄いもんだと、感心させられてしまう。
ひとまず待っている間、本棚に寄りかかって――
「……は?」
――そのまま容赦なく、棚の中に飲み込まれた。
<続く>
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