とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十四話
『無限書庫』とは、時空管理局が誇る一大データベースである。この書庫には古代ベルカ時代から現在に至るまでの総ての書物が蔵書されている。
ジュエルシード事件を起因とする事件に連なって浮上した、ロストロギア闇の書。ベルカ戦乱時代以前より存在する危険な魔導書について手掛かりを得るべく、閲覧許可を求めた。
本来であれば許可なぞ出る筈もないのだが、闇の書消失と蒼天の書出現という大いなる手掛かりは、次元世界を管理する時空管理局本局の重い腰を上げさせた。
近年勢力を増している聖王教会からの強い要望もあり、勢力図の激変を懸念する管理局は宗教組織との関係性を維持する事に躍起となり、受諾せざるを得なかったのだ。
この布石を投じたメイドは一連の事態を読み切っており、既に聖王教会が保有する聖典を狙って動き出している。
『一部の宗教権力家が管理局の足元を見てさらなる要求を出す動きが出ているから、ちょっと尻を蹴っ飛ばしてくるわ』
『もっと穏便な言い方が出来ないのか、お前は』
『あんたへの支援のおかげで大きな見返りを得たのに、余計な欲を出してくる奴が悪いのよ。
もうローゼの安全は確保できたからね、いい機会だしあんたの庭を荒らす連中を掃除してくるわ』
『……蒼天の書を餌に聖王教会と時空管理局の勢力争いを突っついて、欲を出した連中を炙り出す狙いもあったのか。本当に、色々考えているんだな』
『あんただって今からお勉強の時間なのよ、せいぜい頭を悩ませてきてね。本当は一緒に行きたかったんだけど、聖地で陣頭指揮を取らないといけないの。
――どうも色々やらかしているみたいだからね、しばらく腰を据えて調整してくるわ。ディアーチェとユーリを借りるわよ』
『その組み合わせがとことん怖いよ』
聖王の後継者として実質聖地を支配しているディアーチェと、ベルカ自治領の守り神として君臨しているユーリ。この二人を並ばせるだけで、事情を知るミッドチルダのお偉いさん達は震え上がる。
静養も兼ねて現在拠点は地球の海鳴に移しているので、用事がなければ聖地へは行かない。特に"聖王"による影響の脱却を狙っているので、俺が始終顔を出して存在を知らしめるのはまずいからだ。
だがアリサの言い分だと、どうやらその俺の留守を狙って聖王教会が色々やらかしているようだ。聖王を第一とする彼らがいきなり俺の意に反する事はしないと思うが、言い換えると意に反しなければやる可能性はある。
何をやっているのか知らないが、アリサに発覚してしまったのが運の尽きである。可哀想だが、観念してもらうしかない。
『無限書庫は、一般人の立ち入りは禁止されていると聞くぞ。許可が出そうだったお前が留守だと、俺一人で行くのか』
『そうか、すずかの立ち入りも許可されないのね』
『あらゆる意味で特別な子ではあるけど、カテゴリーとしては一般人だからな、あの子は』
俺の護衛として、読書を趣味とする女の子として、幾つかの理由で同行を強く申し出た妹さんは珍しくクロノ達に詰め寄ったのだが、残念ながら許可が出なかった。
何の危険もないと百回以上説明を強いられたクロノは大変気の毒であり、俺としても妹さんの味方は出来なかった。夜の一族の王女と言えど、絶対ではない。
聖騎士として高く敬われるアナスタシヤは、古巣である教会への影響力が理由で不許可。聖王教会からの要望という観点での申し出は、閲覧許可という最大の妥協を行った時空管理局に突っ撥ねられた。
極めて残念だが、聖王騎士団の面々も所属の理由で不許可となった。セッテは決闘を申し込む事態にまで発展させたのだが、現代社会は決闘を禁じられている為に泣き寝入りとなった。可哀想に。
たかが図書館に行くだけでここまで必死に身辺警護を望まれると、逆に本人が怖くなってしまうという事も出来れば彼女達には分かってもらいたい。
『連れていけるのは闇の書と繋がりがあるとされている、蒼天の書の子供達ね。シュテルとレヴィなら安心でしょう』
『シュテルはともかくとして、レヴィも意外と本好きだからな。ナハトヴァールはどうしようか』
『うちのベビーシッターに頼んでおきましょう』
『ベビーシッター……?』
『保育士の資格を取る勉強をしているから、資格認定試験後に頼って欲しいと言われているの』
『……時空管理局員という最大の職種を置き去りにしていいのか、あの人』
いい加減そろそろ帰還しないとまずい気がするのだが、リーゼアリアさんは何だかんだ理由をつけて管理外世界に留まっている。理由なんぞ聞かなくても十二分に分かっている。
居座るなと言いたいのだが一応白旗の一員であり、アリサの仕事をこれ以上ないほど高い能力で補佐しているので文句の一つも言えない。事務統括を行うリニスも、ミッドチルダと連携出来る彼女を大いに頼っている。
誰も言わないのだが俺より遥かに仕事をしているので、俺個人も追い出せない。寝泊まりしている俺の部屋も彼女が掃除しているので、多分下着の在り処とかもあの人の方が分かっている。
ベビーシッターとして雇うのではなく、頼って欲しいと言う点が彼女なりの最低限の線引きなのだろう。アリサはもうこちら側に寝返れと、呆れ顔で言っているのがちょっと笑えた。
『出来れば闇の書関係の連中も一人くらい連れて行きたかったんだがな』
『やめておきなさいよ、慎重に越したことはないわ』
『お前と同じ事を言っていたよ、シグナム達も。アギトは同行を望んでいたんだが――』
『デバイスの持ち込みも禁止でしょう、あそこ』
『うむ、本人は何故か納得して簡単に引き下がった』
『「あんたのデバイス」だと認識されたのが嬉しかったのよ、きっと』
思えばシグナム達もそうだが、アギトも自由を望んでいた割に道具扱される事には肯定的だった。武器として使われても、平然と受け入れて戦っている。
俺自身シグナム達やクアットロ達を同じ人間として同列に並べた事は一度たりともないが、彼女達は基本的にその点について不満を述べた事はなかった。戦闘機人に守護騎士、彼らは自分を区別している。
対して、俺はどうだろうか。自分は人間だと、思っている。では人間とは何かと問われると、考えが及ばないのは事実だ。剣士としての在り方にも、最近疑問に思っている。
やはり、自分を知らないというのが大きい。剣士とは何か――法術使いとは何か、知らなければならないと思う。
『じゃあ、行ってくる』
『気をつけていってらっしゃい』
自分の奇跡で生み出した、この子達のためにも。
無限書庫は、時空管理局本局にある。またもや盛大に手続き及び審査を受けさせられた後、次元世界に存在するクロノ達の本拠地へと足を運んだ。
地上本部が存在するミッドチルダの大地とは違い、本局があるエリアは宇宙基地に親しいイメージを受ける。巨大なステーションと言うべきか、ちょっとしたテーマパークに来た気分だった。
実際宇宙基地に行ったこともないので、所詮は脳裏にある映画などのイメージでしかない。あらゆる種族が存在する空間に行くのは慣れたもので、自分が日本人だという事を忘れそうになる。
本局と地上本部の関係を考慮して、ゼスト隊長達はアースラでお留守番。同伴責任者は執務官であるクロノに一任され、エイミィが各方面の事務手続きを行うべく秘書役として同行している。
「ユーノが既に現地入りして、調査を行ってくれている。彼も闇の書と蒼天の書の関係性については深く興味を示していて、無限書庫に詰め込んでいる」
「あいつ、一応俺達と同じ外野じゃないのか」
「捜査協力員という形で、嘱託扱いとなっている。無限書庫の豊富な蔵書量に深い感銘を受けていて、将来司書の資格を取ると言っていた」
「……同じく捜査に協力している、俺は?」
「君には今日付けの立ち入りパスを発行してもらっている」
「扱い方に差があるじゃねえか!」
「時空管理局への君の貢献を顧みれば僕達としても権限を与えてあげたいが、君は立場より立ち位置を気にする人間だろう。
権限を与えるということは、管理局の事情に深入りすることを意味する。ユーノは納得しているが、君は納得出来るのか?」
「うっ……」
実に、嫌だった。聖王教会から神様扱いされるのも真っ平御免なのに、管理局から便利な局員扱いされたくはない。クロノは、俺の事を実によく分かっている。
特別に敬われるのは嫌だけど、特別扱いはされたい。こういうところは、我ながら実に小市民的だと思う。権利と義務は両立するべきなのに、一方的に与えられるのを望んでしまう。
ユーノの奴、そもそもジュエルシード事件が起きたのは管理局側の不手際も理由の一つだと言うのに、あいつもよく抵抗もなく受け入れたもんだ。学者ってのは、権力に媚びてしまうのか。
そう思っていると、クロノはそんな俺を見てため息を吐いた。
「一応言っておくが彼が管理局に協力的なのは、君を思いやっての行動なのだからな」
「俺を……?」
「ジュエルシード事件に君を巻き込んでしまった、などという自分勝手な犠牲心ではない。君は君の決断と決意を持って、プレシア・テスタロッサとフェイトを救う事を選んだ。
そんな君の意思を尊重した上で、自分にできる事はないか考えた末の行動だ――闇の書の主に選ばれた可能性を危惧して、必死で文献を探し回っているんだぞ」
……あの馬鹿、それほど思ってくれているならいい加減姿くらい見せやがれってんだ。面と向かって、礼も言えやしない。
酒の一杯を奢るなんぞと言えるほど大人でもないが、飯くらい振る舞ってやるというのに。全部終わったら、クロノと一緒に男同士で行きたいもんだ。
クロノにそう言ってやると、本人も実に嬉しそうに快諾してくれた。こいつ、もしかして俺と同じく男友達が少ないんじゃないだろうか。握手までされてしまった。
男同士の友情なんぞと言いたくないが、うちの娘達はそんな光景を楽しげに囃し立てている。
「オトコとオトコのゆーじょーか。何かいいよね、シュテル」
「ええ、その勢いで娘との愛情も深めてもらいたいものです。一夜の過ちも許容範囲内でしょう」
「あるか、そんなもの」
闇の書と蒼天の書の関係性を追求されているのだが、同行するシュテルやレヴィは平然としたものだった。気後れは一切なく、可愛い私服姿で賑やかに華やいでいる。
レヴィは多分何も考えていないだろうし、シュテルは熟考しているので隙がない。我が娘ながら、この度量ぶりには驚かされるばかりだ。
今日シュテルはアリサの代役を、レヴィは妹さんの代役として同行している。俺と同じ一般人だが、蒼天の書より誕生した子供達ということで関係者として認められた。
俺と同じく立ち入りパスを貰って、本日これから無限書庫に入館する。
「ところで、パパ」
「どうした、娘よ」
「さすがパパだね」
「何が流石なのか分からんが、とにかくエヘンと胸を張っておこう」
「ずっと付け回されているのに、へーぜんとしてるもん」
――尾行されている!?
なんぞと素直に驚いてしまうのは、親としては素人である。可愛い娘の前で、哀れに悲鳴なんぞ上げてはいけない。
心の底から驚いていても、顔には決して出さない。娘の前で、カッコ悪いところを見せては断じてならないのだ。
一瞥するとクロノも驚いた顔で、周辺を見渡している。よし、俺が気付いていなかった事に非はないな。
「ふふふ、敢えて泳がせておいたのだ。俺を付け狙う事の無駄を思い知らせるために!」
「おお、ハードボイルドだね!」
「そこに隠れているのは分かっているぞ、斬られたくなければ出てこい!」
「――父上。確かに見るからに怪しげな建物ではありますが、尾行者は真逆にある裏通りに潜んでいます」
「……」
「……」
「逃がすか、この野郎!!」
羞恥心とは、全力ダッシュで振り切れる。冷静にシュテルが指差す方向へダッシュして、裏通りに飛び込んだ。
そこに居たのは――
「不用心に行動するな、宮本! 君は今複雑な立場にいる人間なんだぞ!」
「……」
「宮本……?」
「クロノ」
「ど、どうした、宮本……顔色が悪いぞ!?」
「子供の生首が……地面に、沈んだ」
<続く>
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