とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六十三話
ようやく事無きを得たと思ったらアリサがぶっ込んでくれたので、事態は更に混迷化した。沈静する筈だった闇の書事件が、一気に解決に向けて動き出したのだ。
今まで蒼天の書と闇の書は違うと主張していたのに、今度は同じかもしれないといい出す掌返し。クロノ達は逆に違うと言い出して、何がなんだか分からなくなる始末。
気持ちは分からなくもない。クロノ達より聞かされた闇の書の実態は悪辣極まりなく、余りにも手に負えない魔導書だった。だからこそ彼らも躍起になっており、同時に諦めもしていた。
それがいきなり、無害な本となったのだ。自分の手の届かないところで解決されても、信じられないだろう。
「俺が聖王教会に口利きして、聖遺物の継続調査をお願いしてみるよ。あちらさんとしても、聖遺物が安全な代物であることに越した事はないからな。
今回の件でほぼ無害なのは確定されたんだから、時空管理局による継続調査は太鼓判を押す事に繋がるからな」
「何から何まですまないな、宮本……君からの貢献に対して、公の場で感謝を送れない事が悔やまれるよ」
「ジュエルシード事件から随分世話になっているんだから、この程度の事は気にするな。それにアリサの言う通りだとすれば、俺が闇の書の主である線が非常に強くなる。
あんな話を聞いた後では、何が何でも無害であって欲しいからな。聖典の事も含めて、更なる情報の開示をお願いしたい」
「了承しましょう。このような話を聞かされた後では良介さんもさぞ不安でしょうけど、私達としては――」
「分かっています、俺を監視するんでしょう」
それが時空管理局が現状出せる、唯一の対策であった。もしも蒼天の書が闇の書であれば、俺が主である可能性が非常に高い。そうなると、当然だが野放しに出来ない。
さりとて、犯罪者扱いは出来ない。ロストロギアの違法所有は犯罪だが、闇の書は勝手に主を選定する機能を持っている。強引に持たされた代物に、違法な所有権を咎める訳にはいかない。
特に聖王教会より聖遺物と認定された由緒正しき品だ、所有権についても高度な議論が必要となってくる。まずは事を明らかにした上で、対策を練らなければならない。
蒼天の書の主は現状を鑑みるに、俺しか考えられない。最有力候補を、自分達の目の届く所で見張るのは当然だった。
「君自身を疑っていない事だけは、どうか信じてもらいたい。本来ならばありえぬ可能性なのだが、それでも可能性の一つではあるんだ」
「安全対策だと前向きに受け止めますよ、ゼスト隊長。どうせこうしてほぼ毎日顔を合わせて話し合うんです、状況としてはあまり変わりませんよ」
屈強な魔導師であるゼスト隊長に恐縮されると、俺としては苦笑いしか浮かべられない。監視なんて誰がされても不愉快極まりない行為だ、対象が協力者であれば罪悪感も湧いて出るだろう。
アリサの一手で随分と状況が激変してしまったが、同時に劇的に改善されていると言っていい。今までは本当に闇の書は手元にあったので心苦しかったが、今はもう手放してしまっている。
その上完全に無害となったのだ、痛くもない腹なら探られても別に何とも思わない。彼らが自発的に調査して無実を証明してくれるのだ、思えばこれほど楽な状況はない。
考えれば考えるほど、よく作り上げた上手い手段である。俺の隣で平然とした顔でお茶を飲んでいるうちのメイドには、感心するばかりだった。
「監視と言っても、二十四時間延々と言うのではないのだろう」
「ああ、君は例のお屋敷でお世話になっているのだろう。住所が分かれば、それでいい。申し訳ないが、随時連絡が取れるようにしておいてくれ」
いわゆる、名目上の監視というやつである。犯罪者ではない以上表立って監視は出来ない分、管理局の目の届く範囲にいるという格好で監視体制を敷くのだ。連携がきいているからこそ成り立つ。
ローゼの時はこの体制に手を焼かされたが、今回は危険物が手元にないので平然としたものである。プライバシーは余裕で守られているので、不自由さは何もない。
こちらとしてはむしろ調べてもらいたいくらいなので、堂々としている。彼らが調べれば調べるほど無実が証明されるので、実に安穏とした心持ちで承諾した。
とはいえ、気を緩める訳にはいかない。今後の連携が確保されたところで会議は終了、諸々の手続きはアリサに任せて俺は地球へトンボ返りした。
俺やアリサは何の問題もないが――ボロを出しそうな連中は、うちには大量にいるのだ。
「諸君達に集まって貰ったのは他でもない、闇の書の件だ」
「時空管理局と聖王教会、両組織による魔導書の分析作業が行われたのだな。結果はどうなった」
「朗報だ。解決に向けて、大きく前進した。現地のミヤ達も一緒に聞いてくれ」
『ミヤに挨拶もなしに帰るなんて酷いと思いませんか、お姉様』
『彼も忙しいのだ、手を焼かせてはいけないよ』
『お、お姉様の、その過分な優しさがすごく気になるのですが……』
地球側にいる守護騎士達に、ミッドチルダ側にいるリインフォース達。闇の書に関係する面々を急遽収集して、今宵現状報告会議を開催する運びとなった。
肝心要の八神はやては、残念ながら留守。急遽行われた会議だったので予定が合わず、はやては今晩老人会に出席している。あいつは自分が子供だという事を、そろそろ忘れている気がする。
ご近所付き合いの一環なのだそうだが、あいつのボランティア活動は随分幅を利かせているようだ。俺が開業した何でも屋は実質あいつが社長になっており、幅広く活動している。
蒼天の書は聖王教会の聖遺物として御大層に扱われているが、四六時中ガラスケースに収められているのではない。こうして夜分、活動する事くらいは出来るのだ。
特に今は分析後の経過作業が行われている最中なので、聖王教会の研究所に持ち出されている状態。白旗に所属するミヤと連携して、事に当たっているらしい。
ミヤの活動については、今更言うまでもない。俺達が不在である聖地で、毎日一生懸命人助けに励んでいる。戦争が終わった後なので、信徒達の慰労にも貢献していると評判だ。
関係者一同に対して、本日起きた全ての出来事について詳細を説明する。
「蒼天の書の分析結果と、闇の書との関連の否定。それらが明らかにされた後で、アリサ殿が布石を打ったのだな」
「見事な一手だ。乾坤一擲とでも言うのか、絶妙なタイミングで思い切った決断を行える。彼女が戦士ではないのが、非常に残念だ」
「無実を証明された後で、無害であることを証明させる――証明を行う手順としても最適ね、アリサちゃんは」
リインフォースはいたく感心した様子で頷き、守護騎士達の将も絶賛。騎士達の頭脳派であるシャマルも異論がない様子で、目を輝かせている。
蒼天の書と闇の書の関連性については、彼らとしても気が気でない事柄だ。万が一証明されてしまうと、魔導書が探られて彼女達の出処進退が危うくなってしまう。
彼女達にとっては自分達の事よりも、主の安全が最優先である。自分達が危うくなれば、はやてにも迷惑をかけてしまう。どういう結果となるのか、さぞ気をもんでいただろう。
そこへ投じられたアリサの一手――彼女達にとっても、さぞ痛快だっただろう。
「今後も引き続き、蒼天の書の調査が行われる。
アリサのおかげで名目も立ったので、『無限書庫』のアクセス許可と『聖典』の閲覧許可申請が正式に提出された」
時空管理局と聖王教会の最秘奥、彼らが保有する最重要情報への接触。一民間人には到底触れられない神秘が、アリサのおかげでこの目で見れる事となったのだ。
感慨にふける習慣なんぞなかったのだが、努力が報われた達成感はやはり大きい。三ヶ月以上も苦労させられただけに、下手すると涙ぐんでしまいそうだ。
法術という自分に備わった能力、制御も出来ない奇跡の在り処へようやく辿り着くことができる。達成感は勿論だが、安堵も心の底からこみ上げてくる。
この場においても皆から喜びが湧き立っている中で、世間知らずのミヤは首を傾げる。
「聖典というのは、聖王教会に秘められた書物ですよね。無限書庫というのは何なのですか?」
「実を言うと俺もよく分かっていなかったので、クロノから聞いた。まだ申請中なので詳細までは聞かされていないのだが――
時空管理局本局内にある、管理局が管理している世界の書物やデータが全て収められた超巨大情報空間との事だ。
地上本部ではなく本局管理となっているので、余計な横槍も入らなさそうだから安心して閲覧出来る」
クロノ達が丹念に調査した闇の書に関する情報源も、この無限書庫と呼ばれる情報端末であるらしい。聞かされた内容では、図書館のイメージが強い。
国家が管理する国立図書館でも広大な空間を保有しているのに、次元世界級ともなるとどれほど巨大なのか想像もつかない。ありとあらゆる情報が詰まっているのだろう。
俺が喉から手が出るほど求めていた、闇の書を改竄した人間の情報も眠っているかも知れない。次元世界を管理する時空管理局の集大成、まさに金銀財宝のお宝であった。
法術に関する情報も、確実にその中に在るはずだ。
「手続きの順序からしても、無限書庫の閲覧が先になるだろうな」
「ふむ、出来れば我々もその書庫の閲覧が行えればいいのだが」
「……シグナムが情報を求めるとは珍しいな」
「我々はそもそも夜天の魔導書なる名前すら覚えていなかったのだ、魔導書が改竄を受けたのであれば我々にも影響が及んでいる事もありえる。
主はやてに対する騎士の誓いを果たす為にも、我々は常に潔白でなければならない」
シグナムの並々ならぬ決意を聞かされて、得心がいった。多くの戦場を駆け抜けた騎士達、血で汚れた自分達が今更清廉であると言う気はないのだろう。
ただ八神はやてが今後健やかに生きていく為には、決して悪徳を行ってはならない。平和である事に甘んじて、力を求めてはならないのだ。だからこそ、自分達を強く戒めている。
だが、守護騎士システムそのものまで悪影響を受けているのであれば戒めても何の意味もない。何かが引き金となってシステムが暴走してしまえば、自分達まで巻き込まれる。
「貴方の話を聞いて、私達もシステムメンテナンスを自分達なりに行っています。クラールヴィントの力を使って徹底的にメンテを続けていますが、それでも自己流。
かと言って外部へシステムを任せる訳にもいきませんし、自分達なりに調べておきたいのです」
「確かに自分の体を知らぬ間に誰かに弄られていたのだとすれば、ゾッとする話だもんな」
「な、何を考えているのですか、貴方は! 調教だなんてイヤラシイ……!」
「誰もそこまで言ってねえ!?」
「――知っているか、シグナム。シャマルの奴、最近化粧品を買ったんだぜ」
「女であることを意識している発言も目立つ。システムの影響というよりも――」
「奴の影響だな。人間らしくなった、というのは喜ばしい変化では在るかもしれん」
くそっ、最近妙にシャマルに絡まれるようになってきた。あらゆる事にかこつけて文句を言われるのだ、やれやれである。
ヴィータ達に相談したこともあるが、今のように笑われて終わるのが常である。女性らしくなったという割には、褒めていない気がするのは言わないでおく。
しかしあまり絡まれるのは困るので、ご機嫌取りは行っておこう。
「だったら折衷案として、クラールヴィントの携帯はどうだろうか」
「情報端末なぞ、真っ先に没収となるだろう」
「クラールヴィントは聖地に携帯した、教会から正式に許可を貰ったアームドデバイスだ。確かに直接接触は行えないが、本局までの携帯は行える。
データに直接繋げられなくても、データを直接見聞きする俺から情報を得るのは可能だ」
「なるほど、必要とする情報をクラールヴィントを通じて我々が指示出来るという事だな。すまないが頼めるか、宮本」
「了解だ。シャマル、何度も悪いがクラールヴィントを貸してくれ」
「く、薬指にはめろというのですか。私をどうするつもりなのですか!?」
「指の指定までしてねえよ!」
「――おい、あいつヤバイほど面白い女になっているぞ」
「色ボケと言うらしいな、困ったものだ」
「女性週刊誌なるものを、読ませてみるのはどうだろうか」
使用者がうるさいので蹴りを入れて、アームドデバイスを拝借する。本来所有者以外の携帯はデバイスも嫌がるのだが、クラールヴィントは簡単に俺の指に収まってくれた。すっかり馴染んでいる。
時空管理局への対策はクラールヴィントを経由して行い、聖典に関する対策は現地でリインフォースの協力を求める事となった。こっちも簡単に快諾してくれて困惑している。
蒼天の書になってからというもの、リインフォースは始終穏やかですっかり険が取れてしまった。俺の要請や提案も積極的に引き受けてくれるので、助かってはいるが何だか不気味だった。
今も俺達の会話を聞きながら、静かに微笑んでいる。
「なんだか最近機嫌がいいけどどうしたんだ、一体」
『お前との会話が心地良いのだ、幸せを噛み締めている』
『お、お姉様、お願いですから正気に戻ってください……!?』
……状況が改善していくと、人間関係まで改善されていくのだろうか?
平和であることに越したことはないのだが、関係が改善される理由が分からないと逆に不安になってしまう。女心というのは、本当によく分からない。
好かれるのは理由がある筈なのだが、シャマルやリインフォースに直接何かした覚えがないので腑に落ちない。顔でも引き締まってきたのだろうか。
法術使いとは何なのか、自分が一体何者なのか――それを知るためにも、無限書庫と聖典へのアクセスが必要だ。
剣を知る手がかりと、なるかもしれない。
――その浅はかさが、仇となった。
<続く>
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