とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第三十五話
世の中強い人間は腐るほどいるが、自分の強さに自信がある人間はどれほどいるのだろうか。自分の強さを信頼されている人間はどれほどいるのだろうか。
強さを認識している事と、強さを認識されている事は違う。自分と他人の認識に対する恐るべき隔絶は、海鳴で他人と関わって嫌というほど痛感させられた。
どれほど自分が強いと認識していても、他人に強いと認識されていなければ、そんな強さに価値などないのかもしれない。一人相撲に敗者はいないが、勝者もいないのだから。
肝心の俺は自分が強いと認識しているのか、自分が強いと認識されているのか――自分自身でもよく分からない、が。
「……とりあえずお前らは過保護過ぎると思う」
「何を仰るのですか。御身に何かございましたら一大事、世界の大いなる損失となりましょう」
「陛下をお守りする事が、私達騎士団の責務」
ミッドチルダでは防御魔法の一種として、アクティブガードと呼ばれる魔法技術が存在する。クロノの話では、災害救助隊員が基本として学ぶ救護技術であるらしい。
理屈としては単純だ。低量かつ低速の爆風を発生させて対象の速度を減衰し、柔らかく受け止める。爆炎や爆発などで吹き飛ばされた被災者を救う、救護技術。魔法によるクッションである。
魔法を使用出来ない隊員は、ホールディングネットという魔導技術の応用が用いられる。網状の魔法で対象をキャッチする技術を利用し、魔導具を使用して対象者を救うのである。
魔導師と戦闘機人――両方が仲間にいると、アクティブガードが観客席を埋め尽くし、ホールディングネットで俺が雁字搦め。その上で落下地点に仲間が全員、両手を広げて拾いに来る。
「父上の仰る事もよく分かります。面白おかしく愉快に吹き飛んだとしても、父上は無敵の存在。観客席に激しく落下しても、平気な顔をして立ち上がると信じております」
「うんうん、パパだったら観客席に転がってもケロリとしているよね」
「お前達、父に対して失礼だぞ。我が父ならばそれこそ落下したところで、破壊されるのはむしろ観客席の方だ」
「お父さん、身体は頑丈ですもんね。それでいてぎゅっとしてくれると、とっても温かいんです!」
「おとーさん、つよいー!」
「誰一人、俺が無事に着地すると信じていないのか!?」
観客は誰一人、心配していない。それは信頼の証とも呼べるのだが、一方できちんと救護する行為は好意と厚意を一線引いている仲間の判断だと受け止めるべきなのか。
いずれにしても、ホールディングネットとアクティブガードのおかげでほぼ無傷。ほぼと言うのは、咄嗟に着地しようとして網に絡まったかすり傷程度だと嫌味を込めて言っておく。
仲間や家族に見送られて観客席から試合上へ走って戻ると、主審や副審が俺の無事を確認した上で白い旗を掲げる。白旗の意味をこめたものではない。
一本、御堂音遠の勝利を告げた宣言であった――本人は得意満面ではなく、唖然としているけれど。
「一体、何なのですか。貴方を救護した網やクッション、一瞬で現れて一瞬で消えたように見えたのですが」
「俺としては、先程のお前の力にこそ疑問を投げ掛けたいね」
防御ではなく、攻撃。追求されると困る場合は逆に自分から追求するべきという経験則、世界会議で培ったやり方は見事に功を成した。デブの表情が疑問から、確信へと切り替わる。
力の正体そのものは、判明している。次元世界ミッドチルダの魔法と呼ばれる力、シュテル達が俺に言明しなかった点からも明らかだ。魔法でなければ、必ず正しに来る筈なのだから。
疑問なのはどうしてデブが魔法が使えるのか、この一点に尽きる。高町なのは程の才能ある魔導師であっても、ユーノ・スクライアの指導がなければ使えなかった。
コロンブスの卵とは、初めて行うのは難しいからこそ例えられる。
「見慣れない力に驚かれるのは無理も無い事だと思います。私も気功に目覚めた当初、まず力の鍛錬と行使の勉強に十分な時間を費やしました」
「超能力や魔法等という空想の概念も含めて、世界中の知識を探し回って、気功という結論に達したんだな」
「実のところ、証明する手段はありません。私自身にこの力を定着させるべく、気功と呼んでいるのです。
この髪も含めて私は現代の臨床心理療法に少々関わりがありまして、先生方からも治療と教育を受けました」
舌打ちする。魔法とはそもそも魔力を特定の技法で操作して、作用を発生させる体系。すなわち技術であり、術者の魔力を使用して作用を起こす事象そのものである。
この作用を望む効果が得られるように組み合わせる内容こそが構成であり、この構成が行われないと魔法が形にならない。詠唱や集中などは、魔法にとってはトリガーでしかないからだ。
魔法の構成や制御には知識が不可欠、管理外世界に生きる人達は構成を知らないので魔法が行使出来ない。言い換えると魔法を知らずとも、魔法を構成する知識があれば行使は出来る。
そういった理系的な知識を、こいつは臨床心理療法に紐づく世界各国の知識で補強したのである。つまり、このデブはあろう事か――
"人体"という構成の形で、魔法を行使しているのである。
(自分自身をイメージして、魔法を行使する。まさに、コロンブスの卵だな)
分かってしまえば簡単そうな事ではあるのだが、何も知らない状態から初めて行うのは限りなく難しい。実践で使用するのであれば、 弛まない努力が必要だった筈だ。
現代社会に生きる人間だからこそ、空想に惑わされる。お伽噺の魔法や映画に登場する超能力、空想は世界の何処にでも潜んでいる。惑わされれば、魔法という解答には辿り着けない。
気功とはあくまで概念を指して呼んでいるのだというこいつの理屈も、腹が立つほど正答だ。魔法を知らなくとも概念を理解していれば、自分に定着する呼び名を与えれば済む話。
そうしてこいつは、管理外世界の魔導師となった。
「貴方の強さには驚かされましたが、同じ幼少時代に生きた人間として例えようもない喜びを感じております。ドイツの英雄となった貴方は私の自慢であり、誇りです」
「……」
「そんな貴方に是非とも私を誇って頂きたく、今日まで努力を惜しみませんでした。貴重な機会を頂けた事に、感謝しています」
――身体強化の魔法はミッドチルダでは『基本中の基本』だと言ってやれば、こいつはどんな顔をするだろうか?
コロンブスの卵は全体として、誰もやった事がないからこそ重く用いられる。やってみれば簡単だという認識が次元世界全土に定着していれば、ただの田舎者の自慢話にしかならない。
自分で魔法を使えるようになったのは、立派な事だ。でもその賞賛は、世間を知る大人が世間知らずな子供を褒めるのと変わらない。確かに凄いが、大人になれば誰でも出来ているのだ。
得意満面なこの表情を崩してやるのは、簡単だ。俺の言葉を信じなくても、観客席にいる人間の誰もが証明出来る。シュエル達が自由自在に魔法を使えば、こいつの特別は消え去る。
魔法なんて別に特別な事では――
「ど、どうしたのですか……?」
「何がだ」
「どうして貴方は、泣いているのですか!?」
――剣なんて、特別なことではなかった。
平和な日本では、剣を持ち歩いている人間はいない。だから自分が持ち歩いていれば、ただそれだけで強さとなる。単なる凶器にすぎないが、それでも他人を脅かせる。
その強さこそが、俺にとって特別だった。この強さに縋って、俺は生きてきた。誰も持っていないからこそ、俺が持つことに意味がある。自分を守れると、他人を倒せると、信じてきた。
だが、それは結局世間知らずでしかなかった。剣を持っていなくても他人は強く、剣がなくても次元世界には魔法があった。剣による時代は、本当に終わっていたのだ。
だったら俺は、何に拘っていたのか――この世界に"剣士なんていない"のに。
「どうして――私をそんな目で見るのですか、貴方は!」
「――俺達は、何をやっているんだ」
「今更何故そんな事を問うのですか!?」
「すまん、馬鹿な事を言ってしまった。ちょっと顔を洗ってくるから、待っていてくれ」
「……っ!? ま、まさか、貴方が病院へ通っていたのは……!」
涙を乱暴に拭いて、試合会場を後にする。立ち上がろうとしている護衛並びに騎士団の連中も、手を振って宥める。顔を洗うくらい、独りにしてほしい。
何もかも、馬鹿馬鹿しくなった。俺が勝とうと、デブが勝とうと、大人から見れば幼稚な喧嘩でしかない。
剣を振り回して得意気になっていても、兵器を知る人間からすればお笑い草だ。魔法を得意気に語る幼馴染を見て、俺は皮肉にも自分を客観視する事が出来た。
恥ずかしかった。情けなかった。意欲がなくなっても、どうにかして剣を使おうとした自分が惨めだった。代用できるのであれば、剣を使う意味などない。
そう分かってはいても剣を捨てて逃げようとしない自分が情けなくも、笑えてくる。剣を振るのが嫌になったのに、自棄を起こしていない。不思議と、自暴自棄にはならなかった。
剣士である必要は無かったとしても、人間として今俺はここにいる。俺はどんな人間になればいいのだろうか……? とてもじゃないが、今の心境で剣を抜ける気分にはならなかった。
俺はもう、戦えないのかもしれない。
「一人になるこの瞬間を長らく待っていたぞ、我が一族の敵め」
――殺意を浴びせられた、その瞬間。
感傷の全てが頭から消えて剣を抜き放ち、背後の殺気を切り飛ばした。
<続く>
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