とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十六話
護衛体制が急遽、変更になった。妹さんが変更になったのではなく、今日一日は妹さん一人が付きっきりで俺の護衛。セッテ率いる騎士団と、聖騎士が主力に加わった忍者サポートチームは町の警備に回る。
「妹さんと二人で行動するのは、久しぶりだな。やはり一番、しっくり来る」
「私も充実しています、剣士さん」
俺の周辺が狙われているとの事で、俺の頼もしき子供達が身内の警護に移った。肝心のシュテル達も狙われる対象なのだが、プロの傭兵達でも手も足も出ない無敵の子供達だ。狙って返り討ちにあえば、手間が省ける。
俺としては肝心の主犯を是非とも教えて貰いたかったのに、病院ヘ行けの一言で追い払われた。揃いも揃って、明らかに俺を戦いから遠ざけようとしている。カウセリング中なので、当たり前だけど。
――カウセリング中……?
「もしかして真っ先に俺を直接狙わないのは、俺の状態まで把握している為か」
フィリスは絶対に、患者の診断内容を他人に漏らさない。その点は信頼しているが、病院へ通っている事自体は俺の身辺を探ればすぐに分かる。考えてみれば昨日の午後、病院に妹さんは連れて行かなかった。
アナスタシヤは聖王教会が誇る聖騎士なのだが、流石に病院全域の気配までは読み取れない。加えて俺は剣道着を着ているのだ、身なりだけで聞き取り調査が行える。恐らく、余裕でバレているだろう。
俺は基本的に他人の都合なんぞ考えないが、どれほどの強者であろうと怪我人や病人までは狙わない。道場破りをしていた昔の俺でも、師範が怪我でもしていれば戦わなかった。倒しても胸を張って勝ったとは言えないからだ。
であれば、どうするか――間接的な勝利を狙う。俺を敗北させた人間に勝てば、俺に勝ったと言えなくもない。それが昔の俺であろうと。
「そう考えると、次の狙いも自ずと絞りこめる――あ、それで今あいつらが動いているのか」
ここまで考えてようやくシュテル達の考えが少し読み込めて、赤面する。説明してくれないから、理解に苦労するのだ。確かに事情を知れば俺が動いてしまうから言えないのは、理屈として分かるんだけど。
そもそも剣がないので、戦いようがない。剣士のくせに剣を持たず始終女を連れて歩き回っているところを見れば、仮にデブじゃなくても怒るよりもまず呆れ返るだろう。完全無欠に堕落しているようにしか見えない。
我が身を省みて哀しくなってきたので、妹さんを連れてサッサと海鳴り大学病院へと向かった。メンタルが不安定な時に、考え事なんてするべきではない。ガリ達の言う通り、カウセリングに集中しよう。
深刻な精神状態にあるとの事で今日同席するのは幼馴染ではなく、母親である――血も涙も通っていない、女だけどな。
「病院から連絡を受けて、創愛より話を聞いた。チャンバラごっこをようやく卒業か、バカ息子」
「剣を捨てるつもりはないんだけどな、先生に取り上げられている」
「戦争ゴッコであれば、然るべきルールを守らなければならない。法治国家で真剣を振り回せば、立派な犯罪者の出来上がりだ」
辛辣だが、常識的な忠告だった。非常識なまでに常識を徹底する教育が、こいつの売りだった。傍若無人を絵に描いたような女だが、子供達には非常に厳しい。血が通っていなくても。
病院を訪れた陽巫女は正装でこそないが、身なりは整えられている。小ざっぱりした服装でも、嫌味なほどに素材は洗練されている。日本人には珍しい長身と均整のとれた抜群のスタイルは、人目を容赦なく惹いている。
目立って仕方がないのだが、平日の午後に病院へ来る若者なんて少ない。夜の一族の王女と美しい容姿の女が並んでいてもさほど注目はされず、程なくして呼び出しが入った。
少女である妹さんの同席も許され、主治医であるフィリスの前に母子が並んで座った。
「良介さんのお母様ですね。昨日の今日ではありますが、呼び出しに応じて頂いてありがとうございます」
「感謝しているのはこちらだ、先生。怪我ばかりする愚息が、随分迷惑をかけたと聞いている。礼を言いに来るのに時間をかけてしまい、申し訳なく思っている」
今年の春先から数えれば、有に半年以上が経過している。その間何度も入退院を繰り返しているのに、一度も親と呼べる人間が来なかったのだ。陽巫女であろうと、礼くらいは述べる。
母親に謝られると、常に迷惑をかけている息子としては何だか居心地が悪い。治療費や入院費は既に全額支払っているが、桃子やアリサと親密になるまでは全て後払いだ。事情を知った母親に、殴られた。
孤児院の事をリスティに固く口止めしていたので発覚に時間がかかり、半年も経過してしまった。まさかこんな日が来るとは夢にも思っていなかったので、母親と主治医に挟まれる現実に猛烈に辛さを味わっている。
場の空気を和らげるべく、渋々両者の間に立ってお互いを紹介して事情を説明した。
「事情をよく知る矢沢先生だからこそ剣を預けられるという事か。先生もよく根気強く付き合ってくれているものだ」
「良介さんには、私を含めて身内が助けられています。元来より優しい人であることは、分かっていましたから」
「いや、それはきっと先生がこいつを優しくしてくれたのだ。信じてくれる大人がいれば、子供は健やかに育つ」
俺は内心実感していた事を、事情を聞いただけで看過する母親。子育てには一日の長がある保母の考え方は、侮れない。出来ればその思いを、本当の優しさとして子供の頃の俺に向けてもらいたかったのだが。
単純な馬鹿正直ではなく、愚直なまでに他人を信頼出来る医師なのだと悟ったのだろう。陽巫女ほどの女が、他人に敬意を払うのは珍しい。偏屈な面も多分にあるので、同じ大人でも滅多に信頼を向けない。
フィリスも賞賛を受けて謙遜も不遜もせず、にこやかに受け止めている。患者を信頼することを信念としている証拠だった。当然の事に恐縮する必要も、胸を張る意味もない。
こうした意思疎通が出来て、初めてカウセリングが行える。
「先日空条さんより良介さんの過去を伺わせて頂いた上で、患者さんご本人の近況もご説明して頂いています。診断結果としては事前にお伝えしておりますが、極めて深刻です」
「先生は、こいつの人間性をよく理解している。口ではあれこれ言うが、他人に刃を向けられる人間ではない」
剣ではなく、刃という表現。真剣を振り回した経験は無いに等しいが、山で拾った木の枝や竹刀では実際に人を傷付けている。それを分かっていて、刃と表現しているのだろう。
他人を傷付ける事に躊躇しなかったとしても、他人を斬る事は出来ない。俺は今まで数多くの強敵を剣で斬り付けているが、実際に人を斬った経験は無かった。敵は全員、生きているのだから。
斬るというのは剣士にとって、表現には留まらない。絶命せしめてこそ、剣士の本懐。倒したいのであれば剣の真似事なぞせずとも、銃でも魔法でもぶっ放せばいい。
わざわざ剣を持つのであれば、斬らなければ話にならない。
「私も、そう思います。どれほど憎らしき敵と戦ったとしても、良介さんであれば切る事に留めるであろう。間違えても、人を斬ったりはしない」
「本質は変わらねど、精神は固まっているという事か」
「ご理解が早く、助かります。今まで良介さんは恐らく命さえ狙われても、『斬らなければならない』という義務感で戦っていたのでしょう。防衛本能に等しい考え方です、だから切るに留まる。
ですが精神が固まってしまうと、話は変わってきます。今の良介さんは敵と認識すれば、『斬る』のだと心を決めるでしょう」
……本当だ。いつの間に、変わっていたのか。フィリスの指摘通り、自然に俺は敵とは斬るのだと認識してしまっている。
剣士である自覚は、昔からあった。だから誰であろうと他人、斬っても問題ない。敵であれば尚の事、斬らなければならないと思っていた。確かに、そう思っていたのだ。
アリサが殺された時だって、アルフは斬らなければならないと思っていた。悲しみも怒りも振り切れていたのに、俺はあいつを斬るしか無いのだと決めつけるのみであった。
今は、違う。魔龍だろうが神だろうが、容赦なく斬っていた。そこに義務など、ありはしなかった。
「私も養護施設に勤める人間だ、いわゆる"PTSD"には身近で触れている。海外でマフィアやテロリスト達と戦ったこいつは、戦場帰りのPTSDにかかってしまっているのか」
「外傷的出来事に晒された事よりもむしろ、命の安全が脅かされた時間の長さに原因があると私は見ています。
良介さんはご本人が思っているより、ずっと強い人です。これほど強い人でなければ、海外の戦地で多くの人達を救う事など出来なかった。
お母様、そこに原因があると思われませんか?」
「! まさか、先生は――」
「私は良介さんが――『他人の命』の安全が脅かされる情況にさらされ続けた事が原因だと、診断しています」
――え……?
俺が弱かったせいで、アリサが殺された。
俺が守れなかったせいで忍が襲われて、利き腕を壊された。
俺がいなかったせいで、美由希達が壊れた。
俺が剣士ではなかったから――ミヤが目の前で、破壊された。
自分を守るために、他人を『斬らなければならない』
誰かのために――
俺は、『斬る』
「馬鹿な……そんな、馬鹿な……俺が他人のために、変わってしまったというのか!?」
「自覚がないと、仰っていましたね。当然です、何故なら貴方は――"自分の為に"、他人を斬らなかったのですから」
チャンバラゴッコは、自分が楽しいからやっていた。戦争は、自分以外の誰かの為にやっていた。それを自覚せずに戦い続けてしまった為に、俺は他人の為なら斬れる男になってしまった。
最悪である。フィリスが深刻だと言っていた意味が、ここまで説明されてようやく分かった。他人の為なら人を躊躇なく人を斬れるなんて、とんでもない責任逃れだ。
自己責任なんて未来永劫、取れない。自分の為では、斬れないのだ。強くなるという理由では、俺は他人を斬れないと診断されてしまった。
確かに俺は自分が強くなるために、少しも戦っていない。
「話はよく分かった。先生、貴方という医者に巡り会えたのは極めて幸運だ。貴女の診断された精神状態にあるのであれば、単に剣を捨てただけでは解決しない」
「その通りです。良介さんが他人と関わり続ける限り、常に病状は進行していきます。保母であるお母様であれば、ご存知であるかと」
「うむ、人間は剣以外でも人を斬れる。言葉の刃でも十分に、他人を傷つけられる。この男が剣士となったのであれば、誰かを斬る危険は常に付き纏う」
「申し訳なく思っております。良介さんには、私の身内もご迷惑をおかけしました。その時の出来事もきっと、良介さんを追い込んでしまった」
「こいつが好きで関わったことだ、少なくとも貴女の責任ではない。すまないが引き続き、この男をよろしく頼む」
「お母様にも是非、ご協力頂ければと思います」
「無論だ、こいつは私の息子なのだから」
どうして気付かなかったのか――
俺が自分の弱さに嘆いているのはいつも、他人が傷ついた時だ。
<続く>
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