とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十七話






 省みれば敵と戦う際は常にどうやって斬ればいいかばかり考えて、何の為に斬るのかに思いを馳せなかった。理由はごく単純だ、悩んでいる暇もないほど敵が強かったからだ。迷えば、簡単に殺される。

ならば戦った後で考えればいいのだが、戦いが終われば常に疲労困憊で倒れていた。起きれば、次の戦いが待っている。理由を置き去りにして、目的を果たすために邁進して戦い続けてきた。

剣の意欲が失われたのは、他人の命の安全が脅かされ続けた事が原因だとフィリスが診断した。単純な危機ではなく、命そのものが脅かされる危険。仲間や家族の全てが失われる、そんな危機に直面して剣を振るった。


他人の命の安全が脅かされた時間の長さは、俺の剣の価値や意味を変えてしまったのだろう。


「自分一人で、考え込むな」

「……何だよ、今更母親面で説教でもするのか」

「私は一貫してお前の母だ、説教くらいするとも。どうせお前は馬鹿なのだから、一人で考えたところで答えなど出ない」

「今まで真剣に考えてこなかったからこそ、今の精神状態となったんじゃないか」

「言っただろう、考えても答えは出ない。何故なら、お前は今まで自分のやってきた事に後悔していない。お前なりに最善を尽くした、違うのか?」

「それは……まあ、そうだけど」

「異国の地でテロリスト達を相手に戦ってドイツ国民を救い、マフィア相手に立ち回って各国の要人達を救出した。胸を張れる結果を出しているのに、何を考え込む必要がある」

「だからその結果、こうして俺がカウセリングを受ける羽目になったんだぞ!」


「身体に傷を負えば、手当をしなければならない。心に傷を負えば、カウセリングが必要だ。戦いによる傷は、剣士にとって誉れであり、悩む類ではない筈だ」

「……」

「傷の手当は先生がしてくれる、母もこうして付き添ってやる。辛気臭く悩まずに休め。怪我人に出来る仕事は休む事だ」


 ――実に悔しいのだが正直に言わせてもらうと、ヤバイくらいに納得させられた。いい年した男が、母親に慰められて頷くなんてみっともないというのに。


フィリスに厳しく診断されて思わず悩みこんでしまったが、言われてみれば確かにそうだ。今の俺は体の傷こそ治っているが、心に傷を追って精神に問題を抱えている。

彼女の診断が確かであれば、間違いなく戦いで負った傷だと言える。傷を負った事に対して反省するのは剣士として当然だが、だからといって延々と悩むのは良くない。

幸いにも、フィリスはこの偏屈な母親さえ認める名医だ。俺よりも余程、俺の事を理解している。彼女を信頼して、今は身も心も預ける事にしよう。一朝一夕で解決する問題じゃない。


礼は言いたくないので首肯するに留めたが、母は気を良くして口元を綻ばせた。


「茶でも飲んで、一息入れるか。たまには親子らしく夕食も共にするか、奢るぞ」

「奢りも何も、普通母は子に飯を食わせるもんだ――悪いが、今日は別の家族と食事する予定がある。何なら、あんたも来るか」

「挨拶くらいはしたいが、その言い分だと家族での団欒だろう。水を差す真似はしたくない、別の機会にする」


 ドライな女だが、俺も人の事は言えないので指摘するのは避けておく。病院でのカウセリングを終えた俺達は喫茶店に寄り、お茶を飲みながら他愛のない話をした。本当に、茶飲み話だ。

長く会っていなかった親子なのだが、俺も母も昔話に興じるような人間じゃない。過ぎてしまった時間に囚われず、今を生きている。そうした意味でも似た者同士だ。口数が多い方でもないからな。

家族であれば尚の事、取り留めのない話をするものだ。カウセリングを終えたばかりだと言うのに俺達は心の傷には触れず、お茶を手に世間話をしていた。そんな時間が、とても安らいだ。


ただ気になる事くらいは、話題に出しておいた。


「デブの事について、聞きたい」

「他人の事ばかり気にしていると、病状が進行するぞ」

「俺だって考えたくもないわ、あんな女――俺がこの町でやらかした道場破りをここ最近、再現しやがった女がいる」

「なるほど、お前はその一件がデブの仕業だと思っているのか」

「俺の知るあらゆる特徴が全く一致しないが、ガリの奴が動いているのが気になる。心当たりはないか?」


「あの子もガリと同じだ。お前が居なくなって劇的に変わった」


 同じ孤児達からガイコツとまで呼ばれて忌み嫌われていたガリは、ストレートな黒髪が特徴的な日本的美人へと成長した。精神的病気さえ疑われた子供が、女へと美しく実ったのだ。

デブも同じだとすれば外見的特徴の変化があっても当然だが、あれほど巨大だった女が何をどうすれば数年で変化するのか想像もつかない。俺がキッカケというのも、意味が分からん。

ガリは俺と共に生きてきたので分からんでもないが、デブとは奪い合いに興じていた。ただ不仲ではない、奪い合いにならなければ話す事もなくはなかった。あいつも変人だったからな。


ただお互い、相手を必要とはしなかった。


「お前が居なくなって寂しかったのではない。自分には目もくれず、世界へと旅立っていったお前を憎んでいた。ガリとは別の意味で、自分を軽んじられた事にプライドを傷付けられたのだ。
変わったというのは、その点だ。他の子供達には、目も向けなくなった。略奪も止めてひたすら自分を鍛え、磨き、強くなる努力を積み重ねた。


そしてお前と同じく外の世界へ飛び出して――立身出世を望んだ」


 ガリは親に捨てられた自分を無価値と断じて諦観、デブは親に捨てられた自分に価値を求めて略奪。ガリは子犬のように俺に付いてきて、デブは狂犬のように俺に噛み付いて奪おうとした。

太ってやがったくせに、アイツは飢えていた。食事にも、金にも、強さにも、何もかもを欲して飢えていた。孤児である今は何かの間違いだと、自分の運命を呪い尽くして変えようとしていた。

俺が居なくなったアイツは、そうしたプライドを激しく傷付けられたのだと言う。そして何より俺という障害が居なくなって、あいつの凶暴性は解き放たれてしまったのだ。


俺は剣での天下に憧れ、あいつは力での出世を望んだ。


「立身出世と言えど、孤児である以上大した事なんぞ出来ないだろう」

「孤児である事を利用したんだよ、アイツは。社会福祉サービスを活用して、あの孤児院を通じて児童サービス局への登録。国家が運営する社会福祉団体で面接を受けて、養育家族の審査や適合性判定を受けた。
この海鳴が代表例でもあるが、昨今の日本は国内のみならず主要各国で国際プロジェクトを行っている。展示会を開き、養子縁組み可能な里子リストを載せて、世界中の孤児達の顔写真を共同スポンサーが提示する。

こうした様々な取り組みに自分から進んで参加して、自分の"スポンサー"を探した」

「親を探していたのではない、あくまで自分の出世のための支援者か。あいつの歪んだ出世欲を、何故あんたが容認している」

「試み自体は間違えていない、正当な手続きだ。そもそも私自身も、あの施設の閉鎖的な環境には改善が必要と訴え続けていた。あの子の取り組みは、私としても望むところではあった。
どれほど社会や世界が改善に取り組んだとしても、施設そのものが閉鎖的であれば何の意味もない。資格を与えられているのであれば、後は本人の努力次第だ」

「ちっ、その口振りからするとあんたも積極的に協力したんだな……それで、あいつはどうなった?」


「あの子が望んでいた里親は見つかり、あの子は望んでいたものを手に入れた――それが、不幸の始まりだった」

「? どういう意味だ」

「お前だよ」

「俺……?」



「幸せを手に入れたその時、あの子が見たのは――お前のニュース。

マフィアやテロリスト達を倒し、ドイツを筆頭に主要各国の人達を救った英雄の物語を聞かされる。自分が金持ちになったと得意になっていた時、お前は世界の富豪達から讃えられている。
立身出世を望んだあの子の努力は、お前の世界的価値からすれば全く取るに足らないものだった。画面の向こうで世界中の人間がお前を讃え、英雄であると絶賛している。


世界に必要な人間は自分ではなくお前だと、世界が賞賛している。その事実を突きつけられて、あの子は――頭の線が、切れた」


 ――笑い話だった。リスティ達が俺の訃報に苦しんでいた最中、あいつはよりにもよって俺の死ではなく俺の成功で壊れてしまったのだ。これが笑い話でなくてなんだというのか。

勝手に目の敵にしておいて、本人の知らぬところで立身出世を果たして狂う。気が狂うほどの嫉妬と絶望で心が荒れ果てて、取り返しの付かない程になってしまった。

母親の言葉を借りれば、あいつの努力に比べれば俺の旅の方が全く取るに足らないものだ。俺は単に出会いに恵まれていただけだ。単なる幸運でしかない。


あいつはそんな俺を分かっているからこそ、尚更許せなかったのかもしれない。


「――まさか、あんたがこの街で孤児院を再開するのは」

「お前も、創愛も、そしてあの子――音遠も私の子供だ。里親が見つかったからと言って、私が見捨てる道理はない。ただしお前達本人の問題については、お前達で解決しろ」

「質問に対して明確に応えていないぞ、あいつはどうなった!?」


「自分の目で確認しろ、あの子は必ずお前に会いに来る」


 肝心なことを全く応えずに、伝票を持って母親は席を立った。金は払うくせに、息子に情報を渡すつもりはないらしい。ガリの奴と言い、どういうつもりなんだ一体。

それほどまでに変貌してしまったのであれば、外見的特徴が全く役に立たない。道場破りをしたのはやはりあいつなのだろうか、可能性が高くなったが――引っかかる。


女性格闘家として理想的に鍛え上げられた身体、上品な言葉遣いと気品ある佇まい、見目麗しい容貌――



"頭の線が切れた"


特徴的な、白髪。



「……他人の出世を妬んで発狂するとはなんて女だ、くそったれ」


 気持ち悪いとは、不思議と感じなかった。むしろ、そこまで行くと清々しかった。海鳴や異世界で知り合った聖人君子達よりも、よほど人間的に思える。

他人の成功を素直に祝える人間ばかりじゃない。他人の出世を妬んだり、自分の失敗で人に八つ当たりしたり、人間なんて元来泥臭いやつが多いのだ。

昔は、そんな奴らばかりだった。あの孤児院では、子供の頃からそんな奴らが多かった。


フィリス達のようなよく出来た人間なんて、居なかったのだ。


「母親はああ言ったけど――お前は何にも変わっちゃいないよ」


 だから俺はお前を、今でもデブと呼ぶのだ。そしていつも通り、お前を叩き斬ってやるとも。

そう思ったら――


剣が欲しいと、思ってしまった。













<続く>








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