とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二十五話






 間がいいのか悪いのか、午前中は特に用事はないので道場へ様子を見に行く時間くらいはある。他人事で済ませられるかどうか自信がないので、渋々ガリに連絡を取って呼び出す。まさか、とは思うのだが。

過去に道場破りをして敗北した所へ騎士団を連れて行くのは嫌だったので、道中の護衛には妹さんを抜擢。同じく父に憧れを持つユーリ達を連れて行くのは抵抗があるので、俺の事を知るシュテルを選んだ。

まさか自分の過去を追う日が来るなんて、夢にも思わなかった。妹さんやシュテルであれば、俺がどんなに惨めな敗北をした事を知っても顔色一つ変えないだろう。若気の至りは、身内でも見せられない。


留守や仕事を少し期待したのだが、ガリは今日も呼び出しに応じた。純和風美人のこいつの器量であれば、道場の師範をとっ捕まえた男が乗り込んでも仲介してくれる。


「道場破りなんて前時代的な真似をして、よく問題にならなかったわね」

「恥ずかしながら、乗り込んでいきなり返り討ちにあった」

「仮に勝って看板を取っても、暴行と窃盗のセットで逮捕されていた可能性があったわよ」

「負けて警察を呼ぶなんて、恥の上塗りだろう」


「道場破りなんて前時代的な真似をわざわざして、返り討ちに遭う方が恥の上塗りだと思うわ」

「見事な指摘、流石は父上の幼馴染ですね」


「うるせえ、何事にも勝つ気で挑むことが大切なんだよ」

「ご立派です、剣士さん」


 何事にも頷いてくれる妹さんの言葉はありがたいが、アリサなら敗北したら意味が無いと容赦なく指摘しただろう。この場合どちらが優しさなのか、実に考えものだった。

それにしても俺が直々に抜擢した面々はやはり、俺の恥を聞いても眉一つ動かさずに受け止めてくれた。強者に負けた同情や憐憫もなく、強者に挑んだ賞賛や激励もない。

敗者に掛ける言葉はない。勝者でないなら、何も与えるべきではない。俺の理解者であるソアラや、歴戦の戦士であるシュテルや妹さんだからこその姿勢。ありがたい事だった。


窓口の女性には、盛大に嫌な顔をされた。覚えている、道場破りをした時もこの人が窓口だったのだ。あの時は汚らしい浮浪者だった俺に乗り込まれたのだ、今にして思うと本当に申し訳なかった。


ガリの仲介と通り魔事件の一件もあって、快くではないにしろ道場を案内してくれた。師範が捕まって道場を閉める寸前にまで追い込まれたらしいが、シグナムがこの三ヶ月で随分と協力したらしい。

剣の腕は超一流でも世間慣れしていない人なのだが、道場生達も懸命に盛り立てて何とか立て直したようだ。道場経営を通じて、剣の騎士も現代社会に馴染んで来たとの話だ。

その矢先に、新たな道場破りが発生。不運だったのは、シグナムが不在だった事。本当の師範であればまだしも、雇われ師範である彼女。夜天の主を守る事が第一の彼女だと、どうしても兼務になる。


本来であれば道場破りが起きた段階で、シグナムが呼び出されてもいい筈だった。その連絡がいかなかったのは、俺と同じ失敗――



自分が強いという、剣士の馬鹿な思い込みである。



「アリサ殿から話を聞いて来たのだな、ミヤモト」

「惨劇――と言うほどではないんだな、意外にも」

「聞いた話では、情けないことにほぼ全員一撃で倒されたそうだ」


 道場の弟子達が全員倒されたと聞いて死屍累々を想像していたのだが、戦いが行われた道場は綺麗なものだった。既に一日経過しているにしても、乱闘の跡もない。

道場へ来たシグナムは倒された弟子達の具合を、一人一人確かめたようだ。考えてみれば魔法を大っぴらに使えないにしても、重傷者が出たのであればシャマルも同行させる筈だ。それほどではないという事か。

とはいえ、一撃と言えど決して侮れない。大半が医務室や病院送り、一般人では気絶でも大事だ。ノックアウトとなれば、下手をすれば障害になりかねない。


事情を聞き終えたシグナムは、難しい顔をしている。弟子達の敗北を憂う一方で、犯人に対する憤りが見られる。剣を持つ者であれば敗北は恥であり、決して理不尽ではない。それは分かっている筈なのだが。


「――師範代が、鎖骨と腕を折られた」

「! 師範代と言えば、例のあいつか」


 そもそもシグナムが剣術道場に雇われる事になったのは、師範代だった男が師範を倒して警察に突き出した俺に苦情を言いに来た経緯から繋がっている。それを見たシグナムが性根を叩き直すと言って、師範代を引っ叩いたのだ。

道場破りをした当時は師範と戦い、師範代とは戦う機会がなかった。実力の程は窺えないが、あの高町美由希が出稽古に来る程の道場だ。その師範代であれば、それなりの技量は持っていた筈だ。

その師範代が鎖骨と腕を折られたというのであれば、道場にとっては相当な痛手となる。シグナムは雇われ指導者で外部の人間、当時居ないのであれば師範代が最高責任者となる。


その人間の骨を折るなんてよほどの自意識過剰か、捻くれ者であろう――過去の俺が勝利していれば、可能性はあった。


「そもそもどうして道場破りの相手なんかしたんだ。前例がある上に師範も居ないのであれば、追い返せばよかったのに」

「その前例があったからこそ、問題が起きたと言える。前例であるお前がふてぶてしい態度だっただけに、道場破りの悪しき見本であるが如く受け止められた。
だからこそ今回正式な手続きを経て道場へ来た人間を見学者として、"挑戦者"として受け入れてしまったのだ」

「正式な手続き……道場破りに?」

「お前と戦った師範は今でこそ犯罪者としての汚名を被っているが、かつては高名な剣客だった。是非ともその剣を見せて頂きたいと、道場への援助も視野に入れての申し出があったらしい。
師範代はお前も知っての通り今も尚かつての師範を尊敬し、道場の再興を望んでいる。申し出を快く受けた彼らは、道場の門を開けたのだ」


 道場の門を蹴破って乗り込んだ俺と、道場の門を叩いて手土産片手にお邪魔した人間。行動は全く違うのだが、敵を倒すという目的のみが共通している。なるほど、だから道場破りと言われているのか。

むしろ最初から態度で示した俺と違って、援助をチラつかせて門を自ら開けさせたこいつの方が悪辣である。後々大事にならないように気を使った上で、容赦なく道場生を葬っている。

後先考えずに乗り込んだ俺と同じく、自信過剰なのは間違いない。用意周到なだけに、敗北すれば恥なんてものでは済まない。余程勝つ自信がなければ、これほど大仰な真似はしない。


――気のせいかもしれないが、前例との差異が際立って見える。お前とは違うのだと言われている気がして、ならない。


「練習及び試合を見学した上で道場生一人一人の不備を指摘、その上で師範の一件を持ち出して道場全体の失墜であると結論付ける――全くの的外れでもないのが、実に性質が悪い。
恥を指摘されれば、道場としては対応せざるを得なくなる。場を整えたその者は戦いに挑み、見ての通りの結果となった」

「師範代の腕を折ったのは、彼に追い込まれての末か」


「いや、鎖骨を折ったその後で――手刀で、一撃を入れた」



 ――鎖骨を砕かれた俺は、一か八かの全力で師範に一撃を入れた。



偶然じゃない、意図的だ。知っていなければ、こんな真似は出来ない。同じ道場を標的として、同じ道場の人間相手に同じ傷を負わせる。まして相手は師範代、嫌らしいほど見せ付けている。

俺を恨んでいる人間はマフィアやテロリスト達を含めれば数多いが、大体は直接狙ってくる。わざわざこんな執拗かつ遠回しな真似は絶対しない。俺を余程知らなければ、時間の無駄だからだ。

ガリや母親が出てきた時から嫌な予感はしていたが、まず間違いなくあいつの仕業だ。俺にここまで執着して恨む人間なんて、あいつくらいしかいない。今頃になって、仕返しに来たらしい。


しかし、どういう事なんだ。アイツは確かに図体こそデカかったが、体重任せのデブ女だ。剣術道場の師範代どころか、プラスチック製の剣にも歯が立たなかったのに。


「その道場破りの名前は聞いたのか」

「"エッシェンシュタイン"のご令嬢との事だ」


 ――ズッコケた、全然違う。えっ、まさか勘違いだったのか!? ここまで繋がっているのに真実は全然俺とは無縁な人間なのか、そうなのか!?

いや、待て。まだ可能性は残されている。こういう時の為にこそ、昔辞書代わりとして連れまわしていた女を連れてきたのだ。


手招きすると昔ながらの縁で察したのか、何の疑問もなくガリが耳を寄せてくる。


「デブの奴、俺が出ていった後にまさか拾われたのか」

「彼女は誰よりも己の運命を呪い、非遇からの脱却を望んでいた。貴方が出ていった後はその傾向が顕著になり自ら進んで己に磨きをかけて、彼女は蜘蛛の糸を掴んだのよ」


 ちっ、憎たらしいデブの分際で細い糸を掴みやがったのか。孤児院や養護施設では、里親が見つかるケースもある。児童福祉法に基づき、通常の親権を有さずに児童を養育する権利を持つ親の事だ。

施設自体が探すケースもあれば、子供そのものが縁となって里親が見つかる場合もある。実に特殊なケースだが、俺だってシュテル達を自分の子供として迎え入れたからな。


"エッシェンシュタイン"、完全に外国人の名前だが、不思議と聞き覚えがある気がする。少なくとも剣術道場側は知っていたからこそ、援助を歓迎した。


「身体的な特徴は聞いたのか。女とは思えないほど太っているとか、脂汗まみれの汚い顔とか、フケだらけの黒髪とか」

「女性格闘家として理想的に鍛え上げられた身体、上品な言葉遣いと気品ある佇まい、見目麗しい容貌――特徴的な、銀に近しき美しい白髪。
お前の言う外見的特徴とは、ほぼ真逆だな」


 ――完全な別人で、思わず突っ伏す。どうやら俺は、名探偵には成れなさそうだ。どこからどう見たって、デブとは全く似ていない。

デブはガリと並んで長く孤児院で一緒に生きていたが、十年経ってもデブだった女だ。たかが数年で幾ら何でもそこまで変わらない。アイツにダイエットなんぞ出来る訳がない。

完全に無駄足だった。また道場破りにあったのにはそれこそ同情するが、同じく道場破りした俺が関わっていい案件じゃない。むしろ道場側が嫌がるだろう、時間の無駄だった。


シグナムは怪我をした弟子達を含め、まず荒らされた道場の立て直しに励むらしい。目先の復讐に決して囚われない騎士に、改めて尊敬を抱いた。





「父上、このままでよろしいのですか」

「道場経営については、俺よりアリサの方が力になる。事情を話した上で、助言を頼んでおくよ」

「いえ、そういう意味ではなく」


 シュテルが目を向けると妹さんが頷き――ガリが、美しい瞳を鋭く光らせる。


「海鳴については、事前に調べているわ。『あの』エッシェンシュタイン家であれば、確実に"交渉術"も学んでいる」

「私も父上の右腕として、色々と勉強しております。感情を利用した交渉術、"五車の術"ですね」


「この道場破りは言わば、"怒車の術"――すぐに騎士団に連絡を取ります。エッシェンシュタイン家は、忍お姉ちゃんやさくら叔母さんがよく知っていますので」


 探偵を置き去りにして、助手達が揃って同じ結論に達している。

俺本人が全く無傷であると言うのに、シュテル達は深刻な表情を浮かべている。道場から出たら、早速とばかりに各方面に連絡を取り始めた。


なになに、何が起きているの!?













<続く>








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