とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第十八話
ギンガ・ナカジマ、スバル・ナカジマの姉。名目上ではなく血の繋がった家族であり、クイントの遺伝子より製造された姉妹と聞かされている。なるほど、確かに容姿はよく似ている。
気の弱い妹と共に違法研究所で製造された経緯を持つゆえか、姉としての強い責任感から妹を守ってきたようだ。頼れる親が今までいなかったからこそ、姉として妹を守ろうとしたのだろう。
俺は天涯孤独の身なのでその手の感覚はよく分からないが、ガキ共の相手には慣れている。クイントやゲンヤのおっさんからも頼まれているので、今後はあまり気負わせずのびのびとさせてやろう。
同情するのもされるのも苦手なので、一言励ましの言葉でもいれておいてやる。
「今後何かあれば相談くらいには乗ってやるから、いつでも言えばいい」
「ありがとうございます、兄さん。よかった、私の理想通りの兄さんでした」
「残念ながらびっくりする程あっという間に、ギャップに脅かされるぞ」
「そんな事はありません。兄さんはカッコよくて、とても素敵な人です」
「……こいつの目は腐って――いや、壊れているんじゃねえか?」
「男を見る目がないというのは、兄として心配ではある」
自分を卑下する気は全く無いのだが、さりとてハンサムだと自画自賛出来る自信はない。美醜の感覚なんぞ人それぞれだが、今まで生きてきて男前だと言われた試しは一度たりともなかった。
愛人共に婚約者達まで勢揃いしている手前、女に好かれていないとは言わない。だがそもそもの比較対象が忍達というのであれば、一般的な女性とは言い難い。美人だけど曲者揃いすぎて、日々を脅かされている。
ギンガのようにハンサムだと直球で言われた事はなかった気がする。俺のような男が好みだというのであれば、多少心配になる。俺は半年くらい前までは、働きもしない浮浪者だったからな。
出来の良すぎる妹という印象を抱いた際、ふと違和感が脳をよぎった。
「そう言えばお前ら、何で勝手に入国管理局から逃げ出したんだ。父親や母親も心配していたぞ」
「本当にごめんなさい、兄さん。私が目を離した隙に、ウェンディが兄さんの故郷を探検すると言って飛び出してしまったんです」
予想通り過ぎて、深い溜息が零れ出そうになる。家出して聖地まで飛び込んでくる行動力だ、引越し先が異世界となれば冒険心も湧き出てくる。旅人である俺も、その気持ち自体は理解できる。
当事者でなければ大いに共感したのだが、捜索に駆り出された身としては呆れ顔を浮かべるしかない。アリサの苦労が、実感として理解出来る気がした。俺の行動で振り回してしまっているからな。
「ウェンディ一人ならともかく、スバルも無理やり連れて飛び出してしまって……私も慌てて捕まえようとしたんですけど、ライディングボードに乗って逃げられてしまいました」
「スバル一人が迷子になっていたところを見ると途中で落としやがったのか、アイツ」
「多分、"お姉ちゃん"に見つかって慌てて逃げたのだと思います」
「お姉ちゃん……?」
「私ではなく、ウェンディにとってのお姉ちゃんですね。きっと困っていると思いますので力になっていただけませんか、兄さん」
「俺にとっては同じ妹だ、別にかまわないぞ」
「さすが兄さん、妹にとって自慢の兄さんですね!」
「……当たり前の事で褒められて、ちょっと気分良くなってきたぞ」
「……考えてみればお前、褒められ慣れてないもんな。ちょっと気の毒になってきた」
他でもないアギトに同情されて、ちょっと心が傷付いた。世界会議前後から誤解による賞賛ばかりが高まってしまい、身の丈に合った褒め言葉というのに縁がなくなってしまった。
特にこの海鳴にとっては優しさが美徳であり、常識でもあるので、気遣い程度では賞賛なんぞされないのである。お人好しも過ぎると、善人が無個性になってしまう。怖い世の中だった。
ほんの少しでも良いことを言えば、感激と尊敬の眼差しで妹から拍手されて、兄としては気分が良くなってしまう。なるほど、兄貴というのも悪くはないかもしれない。
――ところが、この世の中には上には上がいた。
「ええ、その子なら見かけましたよ。迷子になっていた子供を励まして、親を探していました」
「知ってるよ。そこの交差点で、目の見えない人の手を丁寧に引いていたよ」
「そのお姉ちゃんなら、婆さんのでっかい荷物を背に担いで歩道橋を渡っていたのを見たぞ。今時珍しい、優しいお姉ちゃんで感心しちまったよ」
「アタシらがナンパ連中に絡まれてたらさ、颯爽と現れて注意してくれたんだよ――そうそう、あんたが今言った子!」
「貴方の為に祈らせてくださいとお願いしたんですけど、逆に私の為に幸福を願ってくれたんです。あの純粋な目に、すっかり目が覚めましたよ」
「うん、ボクを助けてくれた人。ドブに体操袋落としちゃって泣いちゃってたら優しくしてくれて、ドブから拾ってくれたの。自分だって泥だらけになったのに、笑って助けてくれたんだよ!」
「あんたが、あの子が言っていた兄ちゃんか。これ、あの子の財布――返しておいてくれ。カツアゲしようとしたらよ、あんたのような男がいるのだと懸命に説かれて財布を渡してくれたんだ。
これで人生をやり直せとまで言われたらよ、何だか情けなくなっちまった。これから一生懸命勉強すると、あの子に約束するよ」
「そうです、その子が疲労に苦しんでいた私の身体を支えてくれて――」
「ええい、世直しの旅にでも出ているのか、俺の妹は!」
「あの子は兄さんの影響を受けて育ちましたから」
「俺の存在を知ったのはつい最近のはずなのに、感化され過ぎだろう!?」
足取りを追う事自体は、非常に容易かった。何しろ人を捕まえたら、会う人全員がその子の美談を延々と語ってくれるからだ。自分の足取りを美談で残すなんて、斬新過ぎる。
ギンガもギンガで妹の高い評判を、あくまで兄の功績だと胸を張っている。絶対違うと思うのだが、セッテの前例があるので、戦闘機人は油断ならない。影響を受けると、人まで変わってしまうのだ。
噂というのは一方的ではなく、波紋のように拡大していくのだ。このまま広がっていけば街全体を覆うことになり、逆に足取りが掴めなくなる。必死で探しているのだが、痕跡が多すぎて逆に分からない。
会う人全員に助けの手を差し伸べているので、始末に困る。頼むからどこかでスルーしてくれ、兄である俺の評判まで自動的に高まってしまうから。
「自分一人ならともかく、なんで何かと兄の事まで話してしまうのか」
「兄さんは模範となるべき人ですから、話題に上げるのは当然ですよ」
「……おい、アギト。これが俗に言う褒め殺しというやつなのか」
「いやー、世界ってのは広いもんだな。まさか、こんな新手のテロが横行するとは」
風評被害が広がるのは困るが、絶賛されてしまうのもそれはそれで困る。勿論悪目立ちしたくはないが、評判が良くて注目されるのだって俺としては十分困るのだ。この妹は、それが分かっていない。
ギンガのように俺本人を褒めるのであればまだいいのだが、自分の行動によって兄の評判まで勝手に上げるのはやめてもらいたい。お礼を言われるだけならともかく、お礼の品まで渡される事まであったのだ。
自分の財布まで渡したのだから素寒貧で動けないと思ったのだが、この分だとアイツ本人が遠慮してもお礼を押し付けられている可能性が高い。善人は、優しさで生きていける。
妹を追うにも出逢った人達にお礼を言われるので、なかなか前に進めない。
「大体迷子になった妹達を探しているのに、他の迷子まで助けてどうするんだ」
「兄さんも、私やスバルを探してくれました。あの子も同じ事をしているんですよ」
「赤の他人まで助けているから言っているんだよ、俺は!」
「兄さんの血がそうさせるんですよ、私達は兄さんの妹だから」
俺の遺伝子は一ミクロンも受け継がれてないじゃねえか、お前らは!? 想像妊娠みたいなことを言うのは怖いからやめてくれ、洒落になってないから。
ともかく、これでは埒が明かない。延々と人助けされたら、その内に町の英雄に祭り上げられてしまう。一日一善くらいにさせないと、本人の徳が高まる一方であった。
何とかしなければならない。不幸中の幸いにも、人の噂を利用したこの手の情報戦は聖地で経験している。善人が相手であれば、対抗できるのは悪人しかいない。
世の中というのは、好評より悪評のほうが広がりやすい。
「今から噂を流して、妹を誘い出そう」
「噂と言いますと?」
「男がリボンの女の子を担いで走り回っているという噂だ」
「リボンの女の子と言うのは――きゃっ!?」
「お前のことだぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああーーーーーーー!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああーーーーーーー!」
ふふふ、どれほど兄さん大好きな妹でも、両手でガッツリバーベル上げされたら悲鳴くらいあげる。そして俺という男は、自分の妹が相手でも容赦はしない。家族であっても、剣士であれば斬れるのだ。
自分の妹をバーベル上げする兄の光景を見たら、人は変態だの誘拐だの言う前にまずその常識外れに呆気に取られる。力技過ぎて、何がやりたいのか分からないのだ。俺も実はよく分かっていない。
シュテル達が行方不明なのが、今だけはちょっとありがたかった。我が子には見せられない光景である。とにかく早く出てきてくれと、内心泣きながら目立ちまくっていた。
人の噂が立つのは、本当に早い。程なくして、息せき切らせた女の子が飛び出してきた。
「な、何をしているの、姉さん!?」
「と、とにかく降ろして〜〜〜〜〜!?」
「そこのあなた、私の姉に何をしているんですか!」
「よくぞ来たな、我が妹よ!」
「……」
「……」
「……あの、もしかして……お兄さん、でしょうか?」
「……う、うむ、お前が妹の"ディエチ"だな」
「……」
「……」
「お兄さん、怒りますよ」
「すいません」
――これが妹の"ディエチ・ナカジマ"との、初対面であった。
涙目だったギンガを即刻降ろした途端、その場で正座させられてこっぴどく叱られた。ギンガも必死で援護してくれたのだが、本人が被害者だったので全く説得力がなかった。
茶色の長髪を薄黄色のリボンで結わえた少女はギンガのように優しく、クイントのように厳しい子であった。次女という立場ゆえか、バランスの取れた女の子である。
幻想を壊してしまったかと思ったのだが、妹はどこまでも兄への態度を崩したりはしなかった。とても親身に、叱ってくれている。
「母さんから、お兄さんの事はよく聞かされていました。スバル達だって、お兄さんを本当に頼りにしているんです。そのお兄さんが、妹相手に何をやっているの!?」
「だからお前を探そうとして――」
「うん、私もお兄さんに心配をかけたのは悪かったと思ってる。でもお兄さんも、妹に心配かけないで下さい。人前でこんなことをされたら、心配してしまいますから」
「うう、申し訳ない。ちょっと調子に乗りすぎた」
「分かってくれればいいんです。もう……せっかく、お兄さんが出来てすごく嬉しかったのに」
呆れながらも、でも――と言葉を続けて、ディエチは子供のように柔らかく微笑んだ。
「思っていたよりずっと親しみやすいお兄さんで、ホッとしました。私はディエチ・ナカジマ、今日からお兄さんの妹になります」
「宮本良介だ。これからはいつでも頼ってくれてかまわないぞ」
「いいえ、今日から私がお兄さんの面倒を見ます。何をしでかすか、わかりませんから」
「いきなり目をつけられてしまった!?」
「そりゃ、妹をバーベル上げする兄貴じゃあな……」
「妹を支えてくれる、いい兄さんじゃないですか!」
気弱な妹に優しい姉、面倒見のいい次女――思いがけず、ナカジマ一家の姉妹はなかなかいいバランスであった。
面倒を見る気でいたのだが、意外と藪蛇だったかもしれない。ディエチは何だかホッとした様子で、年相応の女の子の顔を見せて、俺の隣を歩いている。
俺の私生活に目を尖らせるその姿勢に、クイントの面影が見えた。
<続く>
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