とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第十七話
「紹介しておこう。こいつも俺の妹分である高町なのは、この海鳴で何かあればこの"姉貴分"に頼れ」
「な、なのはが、おねーちゃんですか!?」
「この子は"スバル・ナカジマ"、異世界からの移住者といえばピンと来るだろう」
「はい、えーと……お話には伺っておりましたので、そうかもしれないと思っていました!」
「ひとまず歩きながら、お互いに近況を話そうか。スバルと言ったな、俺はお前の母親と父親の二人に頼まれて探しに来たんだ」
「! おとうさんと、おかあさん……うわーん、ごめんなさいーーー!」
軽く話しかけただけなのに、華麗に回れ右して逃げ出す青い髪の少女。弱腰かつ臆病なガキンチョの割に声を投げかける隙さえ与えず、その場から逃走してしまった。事前情報がなければ唖然としていただろう。
特筆するには値しない事態である。スバル・ナカジマは戦闘機人、常人を遥かに超えた身体能力を持っている。機械じかけの改造人間であるのならば、逃げ足の一つくらい速くなるというものだ。
感情一つであれほどの身体能力を発揮できるというのは、実際凄いものだ。時空管理局の上層部が目をつけるのも頷ける。ガキの時分から鍛え上げれば、必ず将来は優秀な戦士へと成長するだろう。
だが、この海鳴は俺の縄張りである。奴らの好き勝手にはさせないし、あいつに自由気ままに暴れさせる訳にもいかない。
「ナハト、あいつを捕まえろ。鬼ごっこだ」
「おー!」
戦闘機人の脚力はずば抜けている。俺も足腰には大いに自信があるけれど、泣き喚いて逃げる子供を追いかけ回す馬鹿な真似はしたくない。人の親になって、俺も周囲の目を気にするようになったのだ。
その点同じ子供が追えば、逃げる子供が泣いていても微笑ましい遊びに見える。ナハトのような無邪気な子供であれば、いらぬ噂が立つのは避けられるだろう。
肝心の脚力については、指摘するまでもない。ナハトは広大なベルカ自治領を遊び場にしていた、野生児なのだ。
「なのは、後は頼む」
「!? りょ、了解です!」
高町なのはは高町道場の娘であるのに、運動神経は別段優れていない。ただし喫茶店の娘でもあるので頭の回転は優れており、客商売で機転も利く。俺の命令一つで全てを察して、首に下げた赤い宝石を掲げた。
高町の剣を選ばず、ミッドチルダの杖を手にした魔法少女。かつては邪道だと唾棄したものだが、あの子は魔法によって他人を救ってきた。他人を斬ることしか出来ない剣士より、よほど人間的に出来ている。
バリアジャケットを装着したなのはは瞬時に宙へと舞って、真っ直ぐに進んでいく。戦闘機人と魔法少女の追いかけっこ、機能の検証としてはなかなか見応えのある勝負。博士にレース結果を教えてやろうかな。
アギトも想定外の事態には慣れたもので、俺の肩に飛び乗って前方を興味深そうに見ている。
「どうする? アタシも手伝いに行ってやろうか」
「あの様子だと無理に連れ戻しても号泣される危険がある。高町なのはというワンクッションを置いた後に、改めて話す事にする。
まさかあれほど怖がられるとは思わなかった。確かにガキンチョの頃は、親の説教が何より怖かったもんだ。俺の場合は、口うるさい保母だったけど」
「ひひ……お前、随分と他人との接触に慣れてきたな」
「……言われてみればそうだな、自然になのはにスバルを追わせていたよ」
いきなり兄貴だと名乗っても戸惑うだろうと思ってなのはに任せたが、そもそもその発想自体他人を理解しようとしていなければ出ない考え方だった。アギトに指摘されて、思わず頬を掻いてしまう。
夜の一族の世界会議に海鳴での乱行、聖地での権力闘争。個人戦から集団戦に移行して、人間関係の摩擦から生んだ数々の問題に対処していって対応能力が身に付いていたようだ。経験が生きている。
子供を泣かせたら苛立つか戸惑っていたのに、自然と落ち着いて対応出来た。ヒミコやガリに目撃されていたら、あらゆる意味で笑われていただろう。恥じ入ってまではいないが、少々恥ずかしい。
アギトの奴もニヤニヤしていたが、ふと首を傾げる。
「しかしあのガキの態度からすると、お前の事はちゃんと聞かされていないのかな」
「俺もあのスバル達については、行方不明になってから特徴を初めて聞いた。どこまで聞かされているのか、その辺も聞きたかったんだがな」
「本当に家族の引き合わせだったという事か。人間ってのは面倒だな……おっ」
――これもまた、経験というべきか。アギトとほぼ同じタイミングで、気付く事が出来た。気配を感じられるほどの達人にはなっていないが、敵意くらいは肌で感じられるようになった。剣を早急に抜かず、振り返る。
腰まで届く長い髪を可愛いリボンで纏めた、ティアードスカートの少女。洗練された洋服で上品に着飾った女の子はとても華やかで、知性が輝く瞳が印象的だが、視線が美しくも尖っている。
微笑んだら華をも色褪せて見えるであろう端麗な容貌も、敵意に染まっていれば台無しというもの。物怖じせず歩み寄ってくる姿勢はとても凛々しく、真っ直ぐであった。
警戒は、していない。少女から溢れ出ている敵意は、馴染みのある感覚であった――無自覚な恐怖を覆い隠す、蛮勇である。
「わ、私の妹を、どこへ連れて行くつもりですか?」
「突然、何の話だ」
「とぼけないで下さい、妹が泣いて逃げていくのを見かけました」
「見かけたのなら、真っ先に追うべきだと思うぞ」
「わ、私は時空管理局捜査官の娘です。犯罪者を見逃せません!」
……どうやら本当に目撃していたようだ、ほんの一部を。しかしながら傍から見る分には、一部始終を見た所でやはり誤解していたかもしれない。振り返ってみれば、声をかけたら泣いて逃げただけだからな。
面倒なことになったと思うのだが、唯一の味方であるアギトが腹を抱えて大笑いしているので話にならない。何のための目撃者だというのか、何の役にも立たない弁護人だった。
スバルを妹とまで言うからには、こいつの素性も自ずと分かる。身体的特徴も、ギンガやゲンヤのおっさんから聞いていた通りだ。予想よりずっと綺麗な女の子だったので、少々面食らったけど。
血の繋がりは確かに感じられる、似通った容姿。思わずマジマジと見つめていると、少女は羞恥と恐怖で顔を赤く染めた。
「わ、私にまで手を出すつもりですか、この変質者!」
「あのなあ……」
「私に手を出したら、"兄さん"が黙っていませんよ!」
「兄さん……そいつはもしかして、俺――」
「どうやら日本人の方とお見受けしますが――貴方とは全く違う、誠実で強く、凛々しくて、誰よりも優しい私の兄さんです!」
――こいつの言う兄とは、俺のことではないのか!? あれ、おかしいな……どう見ても、スバル・ナカジマの姉にしか見えないのだが……こいつは一体誰なんだ!?
首を傾げまくっていると、どうやら馬鹿にされたと思ったのか、美しい顔立ちを怒りと屈辱に歪めて接近してくる。俺の足元に立って、人差し指を突き付けてきた。
性的犯罪者だと思い込んでいる俺を前にして足が明らかに震えているのだが、どうやらこいつの言う"兄"への信頼が勇気を与えているようだ。
「私の兄は時空管理局の優秀な捜査官である母を一民間人の立場でありながら何度も助け、部隊長や提督クラスの方々からも絶大な信頼を受けている日本人なのです!
ベルカ自治領では私の妹を血の繋がりもないのに大切に可愛がってくれて、母の友人の捜査官を助け、ベルカ自治領を見事に統率した偉人。今日から私の兄となってくださる、素晴らしい男の人なんです!
兄と同じ日本人でありながら、貴方という人は昼間から子供を泣かせて追いかけ回して恥ずかしくないのですか!? 私の兄が来たら、貴方のような犯罪者を絶対に許しませんから!!」
クイント・ナカジマとゲンヤの糞親父は、後で絶対ぶっ飛ばす。いたいけな子供に、どんなお伽噺を聞かせたんだよ!!
じゃあスバルの奴がさっき一目前に逃げていったのは、公明正大な兄なら父や母と一緒になって叱り付けると思いこんでいたのか。確かに家族総出での説教は辛すぎる。
おい、ちょっと待て。今日はメガーヌも自分の娘となる子に会いに行ったんだぞ。俺を家族とするのであれば、絶対確実に俺の事を話しているはずだ。しまった、紹介する内容を事前に聞いておくべきだった!?
自分は成長していると思ったが、肝心なところは全然成長していなかった。セッテやトーレ達の一件を反省材料に、信奉者を増やす種を摘んでいくべきだった。ガッデム。
「と、投降するなり逃げるなりするなら、今の内ですよ。兄さんはきっと今日から妹になる私の元へ、絶対に来てくれますから!」
「いやだから、ちゃんとこうして来てやって――」
「兄さんは、私やスバルを泣かせるような人じゃありません。ウェンディにしたように、とても大切に私を愛してくれる素敵な兄さんなんです!」
「しっかり者に見えて夢見がちだな、おい!?」
「兄さーん! 私です、"ギンガ・ナカジマ"です! 助けて、兄さーんーーー!!」
「教育的指導!」
「あぅ!?」
聖地で強敵相手に鍛え上げた俺の刃、手刀を脳天に打ち込んでやると目を回して倒れた。戦闘機人の分際で、隙だらけである。余程兄貴を信頼しているのか、絶対助けに来てくれるのだと無防備であった。
今度こそ一部始終を目の当たりにしていたアギトは、涙を流して転がり回っている。腹わたが捩れると、大爆笑だった。踏んづけてやりたいが、自分の失態を認めてしまうのも癪だった。
気絶して目を回している少女を持ち上げて、そのまま背負ってやる。アギトもようやく笑いの衝動が収まって、滲んだ涙を拭いて飛び上がった。
「どうするんだ、そいつ。そのまま連れ去ったら、本当に変質者にされるぞ」
「実に遺憾ではあるが、誤解されるのは慣れている。その経験から言わせてもらうと、こういうのはシチュエーションによって改善出来る」
「シチュエーション……?」
「アギト。お前の魔法で、夕焼けを演出してくれ」
なのはと同じく俺との行動がそれなりに長いアギトは、この一言で察してくれた。馬鹿馬鹿しいと嘆息しながらも、美しい夕日を作り上げてくれた。
俺はギンガをおんぶして、人通りのない道を歩いて行く。川岸を歩くのが演出的には定番なのだが、意外と人通りがあるので止めておく。客観的に見れば、アホらしいからな。
こういうのは、当事者同士で盛り上がるものだ――
「っ……うーん……あれ?」
「起きたか、ギンガ。迎えに来たぞ」
「!――も、もしかして兄さん、ですか……?」
「そうだ、今日からお前の兄となる良介だ。道で倒れていたら、心配したぞ」
「あ、あの……私の側に、誰か不審者がいませんでしたか?」
「? 何の話だ。お前は一人で倒れていたんだぞ。兄であるこの俺が、迎えに来たんだ」
「でも……スバルが」
「スバルもちゃんと見つけておいた、心配しなくてもいい」
「……そう、ですか……私の夢、だったのかな……」
「夢じゃないさ」
「えっ……?」
「夢なんかじゃないよ、今日から俺がお前の兄になる。俺達は、家族になるんだ」
「兄さん……!」
「あはは、そんなに抱き付いてくるなんて、ギンガは甘えん坊な妹だな」
「母さんから兄さんのことは聞いていて、ずっと会いたかったんです。
――兄さんの背中、とても温かい」
「他の妹も俺がちゃんと見つけてやる、任せておけ」
「はい、今日からよろしくお願いします――私の、兄さん」
――脚本兼監督である剣士の大根役者ぶりに、演出家であるデバイスは自分の作った夕日の下で呆れた顔をしていた。
この過剰な演出が、ギンガの誤解をむしろ助長してしまったことに、後になって気付いて頭を抱えた。
<続く>
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