とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第十六話
「おにーちゃん、帰って来たんですね!」
「おう」
「あう」
「わっ、その子はどうしたんですか!?」
「それは俺がお前に聞きたい」
事前にクロノ達から連絡は届いていたのだろう。驚愕ではなく感激の眼差しで両手を広げて飛び込んできたなのはは、背中のナハトヴァールによって一蹴されてしまった。
俺が高町なのはと別れたのは三ヶ月前、数々の難事で家に引き篭もっていた頃であった。当時は心身共に具合が良くなかったのだが、三ヶ月経過して元気を取り戻している。顔色も良さそうだ。
憂いに満ちているのは、どちらかと言えばなのはが今連れている子供の方だ。始終怯えた様子で周囲を窺っており、涙を滲ませて萎縮してしまっている。単に迷子だからと言うだけでもなさそうだ。
海鳴へ来て子供の相手を良くするようになったが、苦手意識は変わらない。年の差があると、もう別次元の存在だ。
「あ、あの、さすがにくーちゃん二号は問題あると思われるのですが!」
「久遠……? 違うわ、家来にしたんじゃねえよ!」
一瞬何を言われたのか判断が付かなかったが、思い返してみると高町なのはとは通り魔事件からの縁だ。月村忍と並んで昔の俺をよく知る人間、ややこそばゆい立ち位置の関係者である。
孤独を気取っていた割には、俺も当時彷徨っていた久遠を拾って家来にしたりと、殿様ゴッコに興じていた面があった。放浪の旅も飽いて、道中の連れを求めていた弱さがあったと言える。
そういう意味ではなのはも似たような経緯があるので、俺としては指摘されると恥ずかしくはあった。動物や子供を家来にするなんぞ、大人相手には威張れないガキ大将そのまんまだ。
誘拐や変質者だと思われていない辺り、信頼はされていると楽観的に取るべきか。
「何を隠そう、こいつは俺の子供だ」
「……子供を拾って養うのは、とっても大変ではないかと」
「どこぞの女を孕ませたのだとは思わない、その聡明な感性をありがたく思う」
「お、おにーちゃんに激似なので、なのははとても困惑しております……」
シュテル達を養子にした点については今のところ目立った反対自体はないのだが、ほぼ関係者ばかりなので今後を考えると頭が痛い。何しろ午後からは常識人の頂点に君臨しているフィリスと会う。
俺には全面的な味方であるなのはでも困惑しているのだから、フィリス達には大いに説教されるのは間違いない。今更捨てられない点もあって、彼女をさぞ悩ませてしまいそうだ。
妊娠させたのだと思われないのはシュテル達を見れば当たり前の話なのだが、常識的な判断力と冷静な観点を持っている人達に恵まれているのは本当にありがたく思っている。
言い換えると常識的な人達なので、常識的に怒られるということでもあるのだが。
「詳しい事情は別の機会、落ち着いた時にまた話してやるよ。クロノ達がこっちへ来ている事は知っているだろう」
「はい、フェイトちゃんやアルフさんもこちらへ来ると聞いています」
「おっ、そうなのか。事件解決から、随分と早いな」
「早い、ですかね……もう半年くらい、経っていますけど」
「……うげっ、あれからもう半年も経っているのか」
つい先日のように思えていたが、確かにジュエルシード事件は春の終わりに起きた事件。今はもう思いっきり冬である、本格的に寒くなる季節に突入しまくっていた。
ジュエルシード事件が終わった後は月村すずかの護衛と月村忍に纏わる素性の問題、世界会議に続くテロ事件の数々、帰国したら人間関係の悪化、挙句の果てに聖地での覇権争い。
次々と起こる難事件に頭を抱えている間に、六ヶ月も経過していた事になる。裁判沙汰とは言え未遂に終わった事件、主犯も司法取引を行って全面協力とあれば解決も早くなるか。
アリシアも花嫁修業とかぬかしてこちらへ居着いてしまっているし、今更かもしれない。
「フェイトちゃんの合流と合わせて、なのはも皆さんに協力するつもりなんです。おにーちゃんの力になりますよ!」
「助かるよ、なにしろ俺に関する問題は解決どころか延々と山積みされているからな」
「……背中の子供を見て、ものすごく簡単に想像できてしまいました……」
三ヶ月間離れている間に子供を連れて帰ってきたとあれば、そりゃなのはでも頭を抱えたくなるか。俺だって逆の立場ならば、何をやってきたんだこいつとか勘繰ってしまうしな。
それにしても、フェイトやアルフもこっちへ来るのか。フェイトは魔法が使えなくなったとか聞いていて、アルフからも相談を求められている。魔法少女が魔法を使えないのは、一大事だ。
そう考えてふと気付き笑ってしまいそうになった、俺だって同じじゃないか。魔導師が魔法を使えず、剣士が剣を使えない。俺とあいつは、同じ問題を抱えているのだ。
これが精神的な問題であるのならば、もしかすると解決策も同じかもしれない。ふと思ったことを、口にしてみる。
「なのは、フェイトは確か魔法が使えなくなったらしいな」
「そうなんです! なのはも何とか力になりたいのですが、どうすればいいのか分からずでして……アニメとかも見ているのですが」
「一応聞くけど、何でアニメ?」
「魔法少女が魔法を使えなくなることは、アニメやゲームではよくありますから」
「そ、そう言えばお前、ゲーム娘だったな……それで?」
「やはり、心の問題ではないかと。フェイトちゃん、色々と辛い思いをしましたから」
――フェイトはすずかと同じ、クローン人間。経緯は違えど、人工的に創り出された存在。俺が今まで見てきた中で、人工的に製造された存在は感情の表現に問題を抱えていた。
人外が人へと成っていく経過の中で壁にぶつかるというのであれば、今俺に起きている問題もまた同種と言える。俺もまた、人でなしから人へとなりつつあるのは確かなのだから。
そう考えるとフェイトや妹さん達に起きていた問題が、いよいよ俺にも訪れたのだと言える。剣士、魔導師、クローン――そして、戦闘機人。
もしかすると、この問題は――
「なのは、俺は午後からフィリスのカウセリングを受ける予定だ。フェイトも紹介しておいてやろうか?」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます。でも、おにーちゃんなら――」
「期待を裏切るようで済まないが、俺には解決できそうにない。実は俺も同じ問題を抱えていて、フェイトと同じく身体には問題ないのだが、剣への意欲を失ってしまったんだ」
「ええええええええええええええっ!?」
うむ、やはり俺をよく知る人間から見れば一大事に見えるだろうな。よしよし、こういう反応を待っていた。そうだよ、俺が剣を振れないのは一大事なんだよ。
生きる希望を失うとまでは言わないのだが、やはり剣を振れないのは絶対に問題だ。そしてフェイトにも同じ問題が起きているのなら、間違いなく共通的な何かが問題となっている。
なのはと話していて、解決が見えてきた。いや正確に言えば、解決に近づく糸口が見えたと言うべきか。ほぼ間違いなく、同じ問題だ。俺達人外に共通した、問題なのだ。
だったら――今の俺には、必要な事かもしれない。
「――なのは、その子は俺の関係者だ」
「えっ、この子がおにーちゃんの!?」
なのはが連れている子供――俺が見下ろした途端恐怖に目を見開いて、俯いて震えている。
やはりそうだ、単に迷子になったと言うだけではない。この子にも、ないのだ。寄りかかるべきもの、生きる希望、自分の支えとなるべき柱。
フェイトが魔法を失い、俺が剣を振れなくなったように――この子も、縋れるものがなにもない。
「初めましてというべきか、"スバル・ナカジマ"だな」
「!? ……ど、どうして、あたしの名前……」
「俺は宮本良介。お前の同類――いやお前の家族だよ、スバル。
お前が一人でも生きていけるようになるまで、俺がお前の兄貴になってやる。一緒に、戦っていこう」
「あたしの、兄……リョウ"兄"」
同じ問題を抱えているのであれば、一緒に乗り越えていけばいい。
家族だったら、それが出来る。それを俺に教えてくれたのは――
今お前に手を伸ばしてくれたその子なんだよ、スバル。
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.