とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第八話
問答無用で叩き切って、夜の一族の姫君達との対談を強制終了。後悔どころかむしろ清々しい気持ちで、会議室を後にする――通路の奥から猛突進してきた、綺堂さくらを見るまでは。
異世界という広大な世界を経てもなかなか巡り会えない美人キャリアウーマンから、ドロップキックを出会い頭にお見舞いされた俺の気持ちをどう表現するべきか。憧れの女性が、変貌してしまった。
魔龍や異教の神の攻撃をものともしなかった剣士が、為す術もなく顎をふっ飛ばされて転がされる。痛いというより、凄まじい衝撃で脳が猛烈に揺らされている。ヒールで蹴られなかったのが、せめてもの慰めか。
カツカツと思いっきり音を鳴らして歩み寄られて、知性に磨かれた美貌が眼前に迫り来る。
「おかえりなさい。待っていたわ、ええ本当に」
「ま、待ち望んでいた人間にする仕打ちか!?」
「待ち焦がれていた女性にする仕打ちではないでしょう。つい今、私の所へ猛烈な抗議があったのよ」
お、おのれ、あいつら……俺に直接言っても暖簾に腕押しだと悟って、俺との仲介役にクレームを投げやがったな。実によく俺を理解している抗議のやり方に、愛らしさより憎たらしさを感じる。
通路のど真ん中で正座させられて、長々とお説教。聞き苦しい説教は割愛するとして、要約するとあの女共は俺が何時帰ってくるのか、都度綺堂さくらに圧力をかけていたようだ。そんなの、分かるはずがないのに。
そう考えると定時連絡くらいするべきだったかもしれないが、聖地での勢力争いが大変過ぎてそれどころではなかったのだ。三ヶ月で帰ってこれたのは、奇跡的であると理解して欲しい。
俺がそう願っていたからではないのだろうが、綺堂も単純に鬱憤をぶつけるだけの女ではなかった。一通り言った後、深く嘆息して俺を立たせる。
「何にしても、無事に帰って来てくれてよかったわ。忍やすずかの元気な顔も見れて、とても安心したもの」
「本当に申し訳ない。大事な身内を預かっていたのだから、連絡くらいはするべきだったな」
「その点についてはその通りだから、きちんと反省してね。貴方が面会している間に忍達から話は聞いたけれど、目的は達成出来たようね」
「色々後処理や課題は残っているけれど、当初の目的は無事に達成できた。仲介役のあんたには申し訳ないけど、全面解決ではないのでしばらくは往復になると思う」
「……こんな大袈裟な施設が建造された時から、覚悟はしていたわ。貴方も何かと複雑な立場に立たされたようね」
綺堂さくらの声に嘆きこそあれど同情や憐憫がないのは、立場が違えど役割そのものは変わらないのを分かっているからだろう。そう、役目が増えただけで役割は変わっていない。
そもそも夜の一族と関わった時点で、世界規模の事情に巻き込まれているのだ。あのお姫様達も各国の要人である、付き合っているだけでも世界事情に触れる事になってしまう。一般人には容易く戻れない。
"聖王"陛下という役目は、多くの人達と関わるという役割に支障はない。新しく異世界という仕事場が増えただけで、今後も引き続きあらゆる事情や課題と向き合っていかなければならない。
面倒をかけてしまうという意味では、さくらにとっても役割としては変わらない。苦労をかけてしまうが、俺としても頭を下げるしかない。
「話すべき頃は沢山あるけれど、貴方も帰って来たばかりで疲れているでしょう。ノエルが車を用意しているから、今晩はもう家に帰って休みなさい」
「一応聞くけど、その家というのは忍の家のことだよな」
「他に何処へ帰るというのかしら?」
「いや、今更過ぎるけどあんたの可愛い姪っ子がいる家にいつまでも寝泊まりしていていいのか」
「三ヶ月も可愛い姪を二人揃って連れ出された時点で、もう何もかも諦めたわ。それに婚約者も愛人も居ながら、容赦なく連絡を切る貴方のその不動の精神は信頼しているわよ」
昔は辟易させられていたさくらも、今ではもう平然とした顔である。女関係にだらしがない男ではなく、女に興味がない男だと思われているようだ。俺としては連中を異性と認識するべきか、大いに怪しいのだが。
容姿は抜群なのだが、一癖も二癖もある女共だからな。人間に平均なんぞありはしないが、俗に言う一般的な女性というものが俺の周りには存在しない。那美は比較的まともだけど、退魔師だから別枠である。
しかも敵に至るまで、怖い女が多いのだ。聖王教会騎士団団長殿のような、正当な強者と戦っていきたい。少なくとも、喉に噛み付いてくる龍姫なんぞもう御免である。
事後処理はさくらに任せるとして、ひとまずこの入局管理局での一連の手続きはようやく終わった。俺が対談している間に、エイミィ達が済ませてくれたようだ。
事務手続きはアリサが行い、妹さんが海鳴の護衛チームと連絡を取ってサポート体制を再編成。例の忍者さん達が俺の留守中、海鳴で情報網及びセキュリティネットワークを入念に張り巡らせてくれたようだ。
異世界より連れてきたセッテ達も管理局への諸手続きを行って、現地滞在が承認された。教会の紹介状は、驚くほど効果が高い。身元保証人が聖女様というのであれば、何も言えやしない。
俺のもっとも懸念すべき母親は、どうやら俺が対談中にシュテル達について色々相談に乗っていてくれたらしい。驚くほど親身になって、俺の子供となる子達の保護と世話を約束して帰っていった。
子供まで引き取ると言ってしまった以上、渋々ではあるが保母であるあいつの世話にもならなければならないだろう。うるさく言われない内に、俺から後日連絡をとっておくか。
そしてようやく、実感が伴わなかった帰郷が行えた――
真夜中で、全く町並みが見えなかったけど。
「……また明日だな」
「……うん、帰ろう」
入国管理局から出ると、外はもう真夜中。エイミィの話では海鳴は大いなる発展を遂げているようだが、雑多な都会のようなきらびやかなネオンは見られない。夜は自然に更けて、静けさに満たされている。
地域住民との親交に重点を置いた融和政策が、実を結んでいるようだ。この夜の静寂も海鳴の良さであり、今も生かされている。カレン達の振興策は少なくとも、俺の第二の故郷を踏み躙ってはいない。
どれほど発展したのか気にはなるが、根幹が歪んでいないと分かっただけでも収穫だ。異世界の連中にも案内してやりたかったが、真夜中に出歩かせるのはむしろ悪印象にしかならないだろう。
人が増えているので、車も二台。懐かしき月村家の送迎車に俺が乗り込むと、自然と俺の両隣に聖騎士と護衛が座る。助手席にはセッテ、見事な配置だったが――忍が追い出されて、泣いている。ちょっと可哀想だった。
「発車します、旦那様」
「あ、ああ」
おたくの主人が置き去りになっているのだがいいのか、と聞くのは怖かったので止めておく。もう一台あるから大丈夫なのだと、思いたい。どう返答するのか、想像したくもなかった。
前々から何となく態度には出ていたのだが、どうも例のオークションで大金はたいて救出してからというもの、ノエルの奉仕が顕著になってきている気がする。お前を買った金、黒幕から分捕ったお金なんだぞ。
妹さんやアナスタシヤががっちり俺をガードしてくれているが、通り魔事件で俺がこの車に乗り込んで忍達を脅した過去を話したら、どういう顔をするだろうか。しかも、たった数ヶ月前である。
海鳴へ帰ってくるということはすなわち、俺の過去に触れるという事だ。化けの皮が剥がれるというより、彼女達の目が覚めると言うべきなのかもしれない。
そのセッテ達はどういう目をしているのか、真夜中でも町並みを見渡せるらしい。田舎町を見る目ではなく、天の国を仰ぎ見る視線の熱量が高くて頬が引き攣る。セッテよ、そのコンビニで俺はゴミ拾いしたんだぞ。
ヤバイ、何だか恥ずかしくなってきた。一人旅していた頃は何とも思わなかったのに、拾い食いしていた過去の自分を見られるのは居た堪れない。自分自身ではなく、彼女達に見られるのは特に。
自分に失望するくらいはいいのだが、彼女たちを失望させてしまうのは気の毒に思う。信仰の否定は、生きる意味を無くすのと同義だ。自分の過去はどうすることも出来ないので、歯がゆく感じられる。
明日になれば、この町の人達に否が応でも会ってしまう。その時、自分の過去が明らかとなるのだが――果たして、セッテ達はそれでも俺を信じてくれるだろうか?
思いを馳せている間にも時間は流れ、車は走って家へと辿り着いた。二台の車が到着した門の前には、懐かしき家族達が出迎えてくれている。
「はやて、ただいま!」
「長く時間をかけてしまいましたが、ようやく帰参いたしました、我が主」
「おかえり、ヴィータにザフィーラ」
のろうさはようやく仮面を取って、八神家の家族へと戻って再会の抱擁。ザフィーラも守護獣形態で、主への帰参を報告――八神はやて、かの少女は立って彼らを喜びと共に受け止める。
驚きは何もなかった、意外でもない。かつて車椅子に乗っていた少女が、己の足で立っている。その事実は驚愕ではなく、賞賛で受け止めるべきなのだ。
こんな俺でも、三ヶ月を経て魔龍や異教の神を討伐した。ならば夜天の魔導書に認められた才女が三ヶ月もの間、怠惰を貪るはずがない。ヴィータやザフィーラが戦っているのに、彼女が戦わないなんてありえない。
かつて己の非遇に俯いていた少女は家族を得ても尚、自分の幸運に甘えなかった。幸運を与えられたことに感謝して、努力を絶やさなかったのだ。
そんな少女を今まで守ってくれた人達の前にこそ、俺は立った――自分の指に嵌った指輪を外し、差し出した。
「シャマル、シグナム、今帰ったよ。お前達の助力があったからこそ、この命を繋ぐことが出来た」
「……クラールヴィントを通じて、貴方の戦いを知っています。凱旋だというのに、何故そんな顔をしているのですか」
「俺は、自分の剣を捨ててしまった。剣士として、恥じ入るべきことだ」
「だからこそ、拾えた命もある。何を恥じ入ることがあると言うんだ、お前はちゃんと主の元へ帰ってきてくれた」
シャマルが初めて見せる慈愛の微笑みで俺の髪を撫で、シグナムが静かに微笑んで俺の肩を叩いてくれた――過去を含めて、恥じ入ることなど何もないのだと言うかのように。
違うのだと、言いたかった。自分の命を拾えたのはクラールヴィントの保護があったからであり、他人の命を拾えたのはシグナムによる剣の鍛錬があったからだ。俺はお前達に助けられて、結果を出せたのだ。
そう言わせなかったのは、彼女達が俺の戦いを知ってくれていたからだ。どれほどの苦難であったのか、俺本人ではなく彼女達が正当に評価して労ってくれている。
自分の過去に恥じ入らず胸を張れ、と賞賛してくれた。
「連絡を受けて、はやてちゃんが美味しいご飯を作って待っていたんですよ。その……貴方の分は、私が作ってみたんです」
「ふっ、お前を労って慣れない包丁を振るったのだ。食べてやってくれ」
「何ですか、その言い方は。私だっていっぱい努力したんですから!」
「そうか、ありがとう……ありがたく頂くよ、お腹が空いた」
「いっぱい食べてぐっすり寝れば、きっと心も晴れます」
「明日からは我々もいる。ヴィータ達ばかりに、いい顔はさせないさ」
……どうやら、何もかもお見通しということらしい。はやても気遣ってくれているのか、家長としてアナスタシヤ達の歓待を優先してくれている。ありがたい事だった。
そうだな、思い悩んでも仕方がない。信仰が失われたのであれば、今度は俺から親交すればいいのだ。ありのままの自分を、評価してもらえばいい。
課題や問題が山積みではあるが、この町にも多くの仲間や家族が居る。再び彼女達とこうして再会できた以上、共に同じ戦場で戦って解決していこう。
いずれ再び、剣を取る日が来るその時まで。
「……どうや、良介?」
「……いかにも頑張りましたという味がする、この味噌汁」
「何ですか、それは。美味しいか不味いか、ハッキリ言って下さい!」
「一言で言うと、微妙――最後にかき混ぜるのを忘れただろう、お前」
「あっ!?」
<続く>
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