とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第七話




「スクール形式の会議室か……またずいぶんと手厚い歓迎がされたもんだ」


 血が繋がっていない娘達について、血が繋がっていない母親から小難しい法律や教育指導を延々と受けさせられた。相談に乗るという名目で、超強制的に子育ての厳しさと難しさを叩き込まれてしまった。

血縁もない分際で何を言うかと文句をつけたかったが、シュテル達とも血縁関係では無いのでその反論は通じない。久々に会ったせいか、生き生きと教育して来やがった。血の繋がりもないのなら、どうやってこの縁を切れるのか。

エイミィから呼び出しを受けた時は生意気ゴリラであろうと可愛い女だと感極まったが、思いっきり容赦なく連行された。俺は一体、何時になったらこの入国管理局から出られるのだろうか。


そろそろ監禁で訴えようかと思っている間にも、エイミィが俺を一つの施設まで強引に案内してくれやがった。国連会議場クラスの立体会議空間、大型プロジェクターが備え付けられた海外交流施設が貸し切られていた。


スライド多面同時映写を可能とした大型ビデオプロジェクターは、ミッドチルダの空間モニターに匹敵する通信施設。6カ国語対応同時通訳設備と、明記までされている。管理局や教会でも、これほど立派な施設はなかった。

椅子や長机だけではなくソファセットまで用意されており、喉を潤すためのお茶まで準備済み。モニターテレビに至っては移動式と、何から何まで不自由なく設置されている。セキュリティまで完璧だ。


一応確認するが、容赦なくドアには鍵がかかっている。こういう真似を一般人は監禁というのだが――あいつらは、分かっていないだろうな。



程なくしてプロジェクターが稼動して、暴力的な美の少女が大写しで飛び出した。



「我の愛しい下僕が帰ってきたというのは、本当か!? おお……おおお、ようやく帰ってきたのか!
大切な主を三ヶ月以上も置き去りにするとは、罪作りな奴め。さあ、その生意気な顔をもっとよく見せてくれ」



 青髪に真紅の瞳、流麗に結ばれた唇、背に生えた漆黒の羽。ドイツの夜の一族、カーミラ・マインシュタイン。異形の美が、涙を滲ませて俺を見つめている。



「お帰りになられたのですね、貴方様! 本当に、本当に無事で何よりでした……必ず帰ってきてくださると、信じておりましたよ。
さぞ、苦労されたでしょうに。本当に元気そうで、何よりでしたわ」



 澄んだ翡翠色の瞳をした、シルバーブロンドの髪の美女。ロシアンマフィアの長女。ディアーナ・ボルドィレフが、安堵と歓喜に表情を輝かせる。



「うさぎ、帰って来たの!? ふええええええ〜ん、とってもとっても寂しかったんだからね。うさぎのばかばかばかばか!
何でこんなに遅かったの、もう! クリスに言ってくれれば、どんな敵だって皆殺しにしてやったのにー!」



 爛々と紅く瞳を光らせる、シルバーブロンドの髪の少女。ロシアンマフィアの次女。良心と悪性が混ざり合った麗しの怪物が、再会の喜びで発狂している。



「本当だ、帰ってきてる! とても困難な偉業だと分かっていたけど、君なら必ず達成出来ると信じていたよ。
ボクね、君に話したいことがいっぱいあったんだけど……あは、何でだろう。君を見た瞬間、涙が止まらなくて何も言えなくなっちゃったよ……」



 フランスの夜の一族。柔和な微笑が似合う中性的な美貌から、"貴公子"とまで呼ばれている友人が、まるで可憐な女の子のように泣きじゃくっている。



「まったく揃いも揃って、うるさい連中ですわね……王子様が凱旋されるなんて、火を見るより明らかでしょうに。
事前にお話を伺った限りでは到底数ヶ月でこなせる覇業と思えませんでしたけれど、きっちり三ヶ月で成し遂げるなんてさすがはわたくしの王子様ですわ。

ますます凛々しくなられて、貴方の女として鼻が高いですわ」



 アメリカでも有数の大富豪のご令嬢。気位が高く不遜だが、プライドと美貌に見合った確かな才能を持っている女が、嫣然と微笑んでいる。



そして――



「……おかえりなさい」

「ああ、ただいま」



 美しき黒い髪に、黒曜石の瞳。イギリスの"妖精"と称えられる容姿端麗な女性が、静かに微笑んで出迎えてくれた。















 エイミィに海鳴を取り仕切る財団の方々からのご挨拶と聞かされていたが、やはりというか何というかこいつらだった。欧米の覇者達の後継者、夜の一族の姫君。麗しき美姫達が、顔を並べている。

世界の覇権をかけた後継者争いからまだ三ヶ月程度しか経過していないが、彼女達は変わっていた。綺麗な花には棘がある、その典型のような悪女達だったのに、柔和に磨かれた宝石のような美しさを放っていた。

世界を呪っていた異形種のカーミラは陰が取れて王者の如き威厳が華咲いており、男を嫌っていたマフィアの女ボスには男を虜にする艶があった。人を壊す殺人姫は、人懐こいとびきりの笑顔を見せている。

女性を魅力的に惹き付ける貴公子は同性をも魅了する色気を覗かせ、社会を踏み台にしてきた大富豪の女は人外がもつ魔性の美を誇っている。男を狂わう吸血姫、夜の一族の女の情の深さを垣間見てしまう。


別に欲目があった訳ではないのだが、そんな彼女達の中で不思議と目を惹かれたのが彼女だった。


「髪の毛を切り揃えたのか」

「貴方が出立された後、髪を切ったの……帰ってこられる頃には、ちょうど良い長さになっていると思って」


「うん、よく似合っているよ」

「ありがとう、願掛けになってくれてよかった」


 上手く切り揃えられた黒髪をふんわりなでて、ヴァイオラ・ルーズベルト嬉しげにはにかんだ。自分の為のように言っているが、きっと俺の無事を願って大切な髪を切ってくれたのだろう。ならば、褒めるのが筋だ。

かつて己の美声に苦しんでいた雛鳥はもうおらず、籠の中から飛び出した鳥は晴れ舞台へ飛び出そうとしている。異世界まで出向いたが、この人ほど女性らしい人には巡り会えなかった。

英国人ではあるのだが、昨今の若者達にはない古風な日本人女性のような雰囲気がある。無口な人なのだが、静かな会話の間を楽しめていた。これほどいい女が、俺の婚約者に収まっていいのだろうか。


ともあれこの場は会議の間、強制連行されたとは言え各国の女性陣を退屈させてはならない。その程度の常識を、異世界でようやく身に付けてはいた。


「約束通り帰ってきたぞ、お前達。手土産くらい持って帰ってやりたかったんだが、異界からの管理外渡航は初めてだからな。リスクは避けておいた」

『承知しておりますわ、国境どころか次元世界を股にかけた渡航ですもの。わたくし達にとっては、王子様の凱旋こそ何よりの土産となります』

「凱旋だと決めつけているが、逃げ落ちて来たのかもしれないぞ」


『わたくしの王子様に限って、ありえませんわ。事前にアリサさんよりある程度話は伺っておりますが、元より貴方様の勝利を少しも疑っておりませんでしたもの』


 ――三ヶ月間を振り返ってみるが、楽勝だった事は一度たりともない。考えに考え抜いた戦術は想定外に覆され、悩み抜いた戦略は予想外に引っ繰り返され、剣は捨てて意欲を失ってしまった。

褒め称えられた賛美賛辞に心が昂る事はなかったが、さりとて彼女から受けた信頼を重くは感じなかった。俺は彼女が失敗する姿をイメージ出来ない、だからこそ無事に顔を合わせたことで当然の勝利を感じている。

結果があってこそ今、過程を重視しない彼女らしさは健在だった。信頼に礼を述べる事はないが、謙虚という野暮は控えておこう。当然だと受け止めてこそ、返礼となり得る。


勝利を当然とする彼女とは違って、信頼など無縁な少女にとってはペット感覚に近い。


『ウサギは優しいから仕方ないけど、敵はちゃんと殺さないと駄目だよ。クリスのうさぎに手を出したらどんな目にあうか、クリスがいれば思い知らせてやるのに。
ディアーナに言われて仕方なく止めたけど、やっぱり一緒に行きたかったなー』

『貴方様の迷惑になるのでクリスチーナを止めましたが、本心を言えば私も貴方様のお力になりたかったですわ。どのような権力者が相手だろうと、蹂躙して差し上げましたのに』


「向こうも向こうで人外魔境だったんだが……お前らならば、本当にどうにかしそうで怖い」


 次元世界を律する時空管理局に聖地を信仰で支配する聖王教会、王者の席を求めて跋扈する強者達に宗教権力者、龍族や神族の人外共。騎士団や猟兵団、傭兵団といった顔ぶれ。敵だらけの支配権争いだった。

そしてディアーナとクリスチーナは今やヨーロッパの一部にまで支配権を広げる裏社会の姉妹、適材適所という言葉が浮かんで背筋が震える。連れて行ければ多分、三ヶ月も必要としなかっただろうよ。

手出しは不要というスタンスのカレンとは違い、ディアーナ達は俺には雑事すら不要だと言い切る。介入は不可能だとは思うのだが、海鳴の現状を見る限り、そうとも言い切れないのが怖い。


と、そうだ。この現実をいい加減、追求しておかなければならない。


「お前らもお前らで随分活躍しているようじゃないか。何なんだ、この入国管理局は!」

『ふっふっふ、我が下僕に対する異界からの不愉快な強制干渉、万死に値する。たとえ世界が異なろうと私の下僕に手出しすればどのような目に遭うか、思い知らせる所存よ。
よってこの地を我が物とし、彼奴らを招き入れてどちらが格上か見せつけてやったわ』


「……カミーユ、今の日本語を俺に分かるように翻訳してくれ」

『つまりね、カーミラさんとカレンさんは君が異世界で必ず成功して戻ると信じていたんだよ。あの世界会議と同じく、異世界で大きな影響力を持つ人物となって帰ってくると確信を持ってた。
そんな君が帰るこの地は、異界にとっても並々ならぬ注目を集める"聖地"となる。君から聞いていた時空管理局が法の手を伸ばし、必ず干渉及び介入を企てるとこの現状を予想して行動を起こした。

知事や市長等の議会勢力を入れ替えての、積極的な国際相互協力と理解を目指す政治主導。公益性や社会性がなくても設立できる国際財団を設立しての、地域密着型の親交政策。

世界有数の財閥や財団をはじめとする内外の諸団体及び各著名人達の支援も頂いて、あらゆる方面からこの地を取り仕切っている。元々は国際テロリストから君を守る為の政策手段だったんだけどね。
ローゼさんの事で君が虐げられた事を、ボクを含めて全員怒り心頭だったんだ。正当な手段を用いた君に対する強権を、ボク達は絶対に許せなかった』


「……気持ちは嬉しいけど、お前らがやって来た事も合法なのかどうか怪しいんだが」


 異界への介入は現状不可能だと悟った程度で、大人しく引き下がる女達ではなかった。あろう事か海鳴に大規模な網を張って、異界から介入してくるのを待ち伏せていたのだ。とんでもない話である。

もしも俺が"聖王"陛下にならなければ聖王教会がこの管理外世界を天の国と定める事はなく、時空管理局からも干渉することはなかった筈だ。俺の成功を前提とした戦略、壮大極まりない皮算用だった。

俺がどう頑張っても、これほど大規模な戦略は行使出来ない。仲間や家族であっても、そこまで他人を信頼出来ない。無駄を嫌う一般人には真似の出来ない、国際的手腕を用いた罠であった。


実際エイミィ達も彼女達から強力な支援を受けて、頭が上がらないようだからな……事の張本人であるグレアムと一緒くたにされて、気の毒に。


『我々にとっての唯一の懸念は、成功を収めた貴様を異界の連中が離さん事であった。我の下僕ともなれば、一国の支配なんぞ当然であろうからな』

『貴方様の為であれば、億単位の資金くらいすぐに御用立ていたします。それほど価値のあるお人ですから』


「お前は俺がどんな偉人に見えているんだ」


『三ヶ月も待たされた、私達の身になってみてくださいな。そもそも世界会議後、日本へ帰られるという王子様の選択が信じられませんでしたもの』

『そうだよ、プンプンだよー! ロシアへ来ればいっぱいのいーぱい、クリスが可愛がってあげるのに!』


「二、三ヶ月はかかると事前に言っておいただろうが!」


『そこで本当にキッチリ三ヶ月かけるあたりが、君らしいよね』

『私はいつまでも、貴方のお帰りを待つつもりでした』


 たかが三ヶ月で何をここまで騒ぎ立てているんだ、こいつらは。俺達の間には遠くまで国境線が引かれていると言うのに、まるで隣近所のような気軽さだった。あー、うるさい。

三ヶ月でこの騒ぎ立てようであれば、一年や二年になるとどれほど言われるか分かったものではない。万が一縁を切れば、日本まで余裕で乗り込んでくるだろう。とんでもない女達の血を飲んでしまった。

印象が強いという意味では、俺もこいつらを忘れてはいかなかったけどな。別に会いたいとまでは思わないにしても、今頃どうしているのか気になった事もある。何だかんだで可愛らしい女達ではあるからな。


『さて、そろそろ我らに言うべきことはないのか』

「ああ、ただいま」

『うむ、主に対してまず挨拶をするのは当然だ。褒めるべきところではないが他ならぬ可愛い下僕の慎ましき忠誠ぶり、喜びを持って迎え入れよう』

『……カーミラって厳しい顔を見せているけど、実際は甘々だよね。ねえねえ、君の話を聞かせてよ』

『アリサさんから事前に説明は受けておりますが、込み入った話はまだ聞いていません。是非貴方様の武勇伝をお聞かせ下さい』

『うんうん、今日という日の為に時間を空けたもんね。朝までいっぱいお話しようね、ウサギ』


「今、こっちは夕方だぞ!?」


 各国それぞれ独自の飲み物を用意し始める、姫君達。主要各国の重鎮のはずなのだが、世界事情より俺の話を優先してどうするんだ!?

何より俺は今日帰ってきたばかりで、正直疲れている。肉体的には元気なのだが、精神的にはあの馬鹿母のせいもあって気疲れを起こしている。今は家に帰って休みたい。

しかしどうやって断ればいいのか。ここぞとばかりに身を乗り出している肉食動物をなだめるのは困難だ。お嬢様はどの世界でも、遠慮ってものを知らない。


良い考えを思い付いたと言わんばかりに、カレンが手を叩いた。


『話が横に逸れておりますわよ、皆さん。真っ先に私達が問い質すべきところは、決まっておりますでしょう』

『うん、きっちり聞かしてもらわないとね』

「何なんだ、持って回った言い方をして」



 絶世の美女達ではあるのだが、厄介な点は――ここから先にも、あった。



『貴様、異界の女を誑かしたであろう』

「せめて問い質せよ!? 断言するな!」



『ほう、では女には全く縁がなかったのだな?』



 ――真っ先に出迎えてくれたのは、女騎士だった。



『私以外の女性スポンサーを招き入れませんでした?』



 ――大金を持った商会のお嬢様に、融通された。



『ウサギを守る女の子は、クリスだけだよね?』



 ――修道女を団長にした、少女騎士団が設立された。



『ボクのような友達が、出来なかった?』



 ――白い旗を掲げた、女性揃いの組織が爆誕した。



『勿論、愛人なんて以ての外ですわよね?』



 ――大金はたいて、娼婦を買った。



『結婚を前提としたお付き合いを、されていませんか?』





 ――結婚を前提とした、少女の婚約者が出来た。





「俺は剣士、答えは剣を持って示そうぞ」



 映写機に竹刀を叩き付けて、映像を容赦なく切る。戦場を生き抜いた俺に、慈悲などない。女であろうと、映像であろうと、容赦なく切ってくれるわ――スイッチを。

何の解決にもなっていないのだが、好感度なんぞ失っても余裕でかまわないので非情手段に出る。スポンサーにこんな真似をしてもいいのか、大いに疑問なのだが考えるのは止めておく。

あー、疲れた。とにかく、疲れた。そもそも故郷へ帰ってきたのは、骨を休めるためだ。義理は果たしたのだから、いい加減返してもらおう。クロノ達から怒られそうだが、とにかく明日の俺に任せた。



さあ、家に帰るとしよう。











<続く>








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