とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第六話




「――つまりドイツで起きた一連のテロ事件を解決したお前の事を知り、この子達がお前を頼ってきたと言うのか?」

「爆破テロ事件や要人を狙ったテロ事件で国籍や階級問わず救出した俺の話を聞き、伝手を通じて俺に身元引受人を嘆願してきたんだ」

「年端もいかぬ少女達であるというだけで、お前が赤の他人を引き受けたりはしないだろう。まして外国人、五人もいるのだぞ」

「嘆願だけではなく、この子シュテルからの取引もあったのは事実だ。その点は否定しない」

「どれほどの取引を申し出れば、五人の子供達の人生を背負う対価となる?」



「父上、取引の話であれば私から説明させて下さい」



 バックドロップを盛大にくらって痛む頭を必死で回転させながら、猛烈に詰め寄る母親相手に必死で説明する俺。周到に手回ししてきたというのに、肝心の詰めをしくじってしまった。実に厄介である。

保母の分際で身寄りのない子供達のお涙頂戴劇が全く通じない、無慈悲な女。桃子やリンディであれば通じるであろう人情噺でも、此奴ならば鼻で笑うだろう。絵本は好きなくせに、理解不能な頭の構造をしている。

夜の一族の世界会議や聖地での権力争いを通じて、その場凌ぎにはそれなりの経験と自信を積んでいる。内心大慌てであっても、言葉上冷静に受け答えして対応。事実と虚偽を織り交ぜて、必死で質疑応答を繰り返す。


難儀していた俺に頭脳面のサポートを行ってくれたのは、俺の右腕を主張するシュテルであった。


「改めて、ご挨拶させて下さい。私はシュテル・ザ・デストラクター、父上よりこの名を与えられた娘です。祖母殿とお呼びすべきでしょうか」

「私がまだ理解と納得が及んでいないという点を考慮した上で、礼節を弁えている。その点は評価するが、謹んでお断りさせてもらう。
恐らく君達に罪がないのであろうが、現時点で息子の子を名乗るだけの少女に祖母と呼ばれるのは抵抗がある。私が女性である点もふまえて、名前で呼んでくれ。私はヒミコだ」

「では、ヒミコさん。私達は生来より名前を持たず、己自身が何者か分からず、皆で当てもなく連れ添っておりました。いわゆる、ストリートチルドレンです」


 ストリートチルドレンは両親や大人達に養育や保護をされず、家を持たない者達を指している。シュテル達はあの魔導書の中で眠っていたので、紹介としては概ね間違えていない。


チルドレン達は多くの大都市や発展途上国にも多数存在するので、身元の痕跡を辿るのは不可能に近い。実際シュテル達も自分の出生について、原点まで辿るのは本人達でも無理だろう。

孤児院の保母として当然の知識を持っているヒミコは、特段顔色も変えない。そもそも身元引受を頼ってきたのだから、背景に児童の放置があったどころで驚きなんぞありはしない。


問題はシュテル達は特別な例ではないということだ。孤児を不憫に思っていちいち拾っていては、自身さえも養えなくなる。神様であろうと、誰でも救えるのではない。


「先程も言いましたが、私達は親を知りません。単純に育児放棄をされたのではなく――」

「もしかすると、"監護放棄"か」

「全ての分野における義務不履行を受け、幼児や低年齢児童の養育を著しく怠られました。この子ナハトヴァールは特に顕著で、自立性や自救能力がまだ低い状態です」


 育児放棄も大概酷いのだが、監護放棄にまでなるとペットの飼育放棄とほぼ変わらない。子供が親を認識するのは、親より多くの事を与えられたからである。嫌な例だが虐待であっても、痛みを与えられて親の存在を知れる。

監護放棄までされてしまうと、子供は親を認識出来ない。もしかするといたのかもしれないが、子が親を認識出来ないのである。放置され続ければ家にも居られず、ストリートへ飛び出すしかない。

日本は治安国家と呼ばれる程福祉厚生が充実しているが、海外では制度が行き届いていない国も多い。シュテル達のような親の顔を知らない子達は、年々増加している傾向さえあるという。


繰り返すが、そこまでは決して珍しくはない。あってはいけない悲劇ではあるが、よくある不幸だと大抵の人間は片付けている。


「先日の国際ニュースでは、父上に関するあらゆる美談が絶え間なく放映されておりました。人々の歓喜や賞賛、世界各国の熱狂は私達ストリートチルドレンにとって父という人物に憧れる材料となりました。
とはいえ、私達と父上との間には何もありません。父上ほどの英雄であろうと、何処ぞとしれぬ私達を拾う理由はないでしょう」

「そこで、お前達から取引を持ちかけたというのだな。名も持たないお前達が、この男に何を差し出した」


「こちらです」



 シュテル・ザ・デストラクターは己の掌を差し出して――炎を、展開した。



「むっ――これ、は」

「ペットの飼育放棄、その原因の多くは手に負えなくなったからです。私達が監護放棄を受けたのは恐らく同じ理由、危険物管理者としての親の力量を逸脱していたことが原因だと思われます。
超能力、魔法、あるいは生まれ持った異能なのか。私達がストリートチルドレンと忌み嫌われる理由そのものを、父上に差し出しました」

「……この力、お前だけではなく全員が有しているのか」


「ボクは雷、ディアーチェは万能とも言えるスッゴイ力を持ってるんだ!」

「ヒミコ殿。このユーリは精神的異能を、ナハトヴァールは肉体的異能を持っております。この子達の力は特に凄まじく、自分自身でも持て余すほどの力を持っていたのです」


 多分初めて見せつけられた母親よりも、段取りもなくいきなり見せつけられた俺の方が驚いている。俺が必死で隠して説明してきたというのに、簡単にバラしてどうするんだ!?

ローゼのようなアホぶりをさらけ出したのかと一瞬焦ったが、すぐに気を取り直した。シュテルも俺と絡むと愛娘バカを発揮するが、言うに及ばず頭の良い子である。縋り付く為に、魔法を見せたりはしない。

それに会話の内容を吟味する限りでは、シュテルは決して魔法だと断言していない。力があると言っているだけで、力の源を打ち明けていないのだ。


そして原因不明というのであれば、身元が不明な点と結び付けられる。


「確かに、驚かされた。しかしながら、この力が取引とどう結びつくのだ」

「今お見せした通り、私達は普通の子供ではありません。異能を持つ私達は自分で言うのも何ですが、高い能力を備えて生まれてきました。単純に生きるのであれば、我々だけでも十分なのです。
ですが、そうした生き方は人として相応しくない。異能を持つが故に人としての生を望み、父上の庇護を求めました」

「この男の庇護下に入る代償として、お前達が異能でこの男を奉仕する――それが、取引か」

「ええ、それが最初の契機でした」

「ほう、今は違うと?」



「はい。ですので、私達は母君である貴方の前でこう言わせて頂きます――私はシュテル・ザ・デストラクター、父上の子です!」


「ボクはレヴィ・ザ・スラッシャー、大好きなパパの子供!」

「我こそ偉大なる父の子、ロード・ディアーチェである」

「私はユーリ・エーベルヴァイン、お父さんの子供になる為に生まれてきました」


「な……ナハト……ナハト、ヴァール!」



 は……はは、はははは……はははははははははははは、なんて奴らだ! よりにもよって俺の親を名乗る女の前で、ここまで堂々と名乗りを上げるのか!


シュテルが打ち明けた魔法の秘密、異能の公開でさえも単なる前座。道理も、倫理も、異能も何もかもすっ飛ばし、今はどうでもいいとばかりに宣言してしまったのである。

俺に身元引受を頼んだ経緯も、俺という親と出会う為の契機でしかない。俺の子供になるのは生まれた時から決まっていたのだと、苦労が多かった過去も全ては俺と出会う為の道筋でしかなかったのだと高らかに述べる。


魔法という驚愕の真実さえ単なるネタにして――自分達は宮本良介の子供、そうである事に何の理由もないのだと自慢してしまった。


「ふふふ、今日は何という日だ」

「ヒミコ……」


「お前の成長を純粋に喜びたかったというのに、お前を通じた子供達との出会いを喜んでしまったではないか。実に気持ちのいい子達だ、お前の娘であることをこうまで誇るのか。
よほどお前という人間に、魅せられたと見える。どうやらお前は、私の知らぬ深き道程を歩んできたと見える。人が何年もかけて歩む道程を、お前は短い期間で駆けぬけたのだな。

ふふん、となるとお前が先に紹介した連中も怪しいな。あの女達もそうだが、あの騎士達も気になる。あれ程の連中が、政府機関なんぞの手のものとは思えん。もっと底知れぬ事情があるな」

「――ぐっ」


 怪しまれてしまった、そりゃそうか。気に食わないのはヒミコがシュテル達ではなく、シュテル達が親だと慕う今の俺を見て事情を悟った事だ。何故、俺を通じてその事情が分かるというんだ。

自分の手を見る。剣を持って歩んだ道、この数ヶ月戦い続けてそれほど変わったというのか。この子達に見せられるほどに、俺は自分の人生を深く生きているのかな。

変わったという自覚があるし、奇想天外な出来事の連続だったのも分かっているのだが、昔と比べてどうかと言われれば自信はなかった。少なくとも、剣の意欲はあったのだ。


ヒミコは両手を広げて、子供達を抱き締めた。


「お前達がそれほどまでに我が子を誇ってくれるのであれば、私もこれからはお前達を誇るとしよう」

「認めて下さるのですか、我々を」


「当然だとも、世界に向かって誇ってやるとも。お前達は我が子が誇る、子供達であると」


 ヒミコにとって子供とは養うものであって、自分の義務とまで化している。ゆえに子を誇り、子を持つことに喜びを抱くことはまず無い。義務感に生じるのは、単なる責任だからだ。

子を持つことを誇れるのは、親である証。子の子を誇れるのは、自分の身内であるからに他ならない。何とも回りくどい女の愛情を、シュテル達は喜んで受け止めていた。

何とか認められたのは良かったのだが、俺は全く安心していない。感動的な場面に歓喜できるのは一般の子であり、畜生な親を持ったガキではないのだ決して。


感動的対面の隙きを突いて逃げ出そうとしたが、あっさりと襟首を掴まれた。くそったれ。


「この子達に罪はないのは、分かった。後はお前自身の責任だ、今後についてゆっくり二人で話し合おうではないか」

「シュ、シュテル達は同席しないのか!?」

「子供は親に甘えるのが仕事、親は子を養うことが義務だ。お前も私の後継となる道を選んだか」

「何とち狂っているんだ、てめえ!?」


「謙遜するな、身寄りもない子を養う義務感が生まれたのは我が子として歓迎するぞ」

「うがー、しまった!? こいつと同じことをしていたのか、俺は!? おのれ、シュテル達と即刻縁を切ってくれるわ」


「実に残念ですが、既に父上との事実婚を計画済みです」

「えっへっへ、ボクもパパにぞっこんだもーん」

「ふふ、父の後継者を務められるのは我しかおるまいよ」

「何があっても、お父さんから離れませんから」

「おとーさん!」



 ――俺の親も、俺の子も、実に逞しい奴らだった。















「どうぞごゆっくりー、スポンサーの方々とも無事連絡が取れたから」











<続く>








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