とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第四話
身内の恥を身内に晒したくないという我ながら理解に苦しむ状況で、エイミィの実に常識的で愚かな気遣いでかつての母親と対面の席が用意された。親子水入らずというのは、血の繋がった関係に限定して欲しい。
警備員達を引き連れたエイミィにより、入国管理局の応接室に案内される。この際ゴリラ女でもかまわないので仲介してもらいたかったが、めでたく二人きりになった。親子の情なんぞあると思ってるのか、あの哺乳類は。
久しぶりの折檻が待っているかと思ったが、母親を名乗る女は大人しく茶を啜っている。作法も何もあったものではないのに、片手で茶を飲む姿勢にさえ女性らしさを感じさせる。どういうホルモンをしているんだ、こいつ。
向き合っても再会の喜びも何もなく、早速とばかりに女が用件を切り出してくる。
「これまでのお前の事情は、お前の関係者を名乗る連中から聞いている」
「そこはぼかさず、誰か言ってくれよ。裏切り者は殲滅しなければならない」
「通り魔事件に遭遇した時点で、お前は警察関係者に補足されている」
ヒミコの容赦ない指摘に、グッと言葉を飲むしかなかった。リスティ・槇原との初対面での取引、親元へ連絡しない代わりに徹底した捜査協力を行う。身近な人達は、俺に気遣ってくれていたのだと言われてしまう。
居候させてくれた高町桃子にしても、今時珍しい常識人かつ良識ある女性だ。未成年である俺が一人放浪生活をしていて、何の身元確認もしない筈はない。事情を鑑みてくれていたのかもしれない。
海鳴へ来て半年間、期間としては短いのに随分長く過ごしているように思える。特にここ三ヶ月この町には居なかったので、寂しさと懐かしさを感じさせる。それほどまでに癒やされ、温められてきた。
気のない素振りを見せていたヒミコが、湯呑を置いて口火を切った。
「私がお前を補足したのは、国際ニュースだ。爆破テロ事件に巻き込まれて死んだ、無謀な日本人の馬鹿な顔を見た」
「ちっ、普段世間様には全く興味が無いくせに」
「はるばるドイツへ行った理由も聞いた。剣士を気取っていながら利き腕を壊すとは、お前らしい馬鹿さ加減だ」
「どこまで聞いてんだ、てめえは」
アリサかその関係者か知らないが、多分常識的な範囲で残らず全て事情説明したようだ。親が長年行方不明だった子を案ずるのは当然だが、血の繋がりがなければ単に胡散臭いだけだ。
夜の一族という事情を除外してしまうと、俺が海外でしでかした事は無法かつ無謀な振る舞いだ。過去通り魔相手に棒切れで挑んだ事といい、天下を夢見たチャンバラっ子の延長線にしか思えないだろう。
色眼鏡で見られているとは思わない。他人と出逢って内面の変化があったとしても、自分がしでかした過去は何も変わらない。こいつは今の俺を知らず、過去と未来でしか物事を判断できない。
なればこそ今を話すべきなのだろうが、桃子達ほど素直に自分を表現できない。何故なのか、もどかしいのだがよく分からない。
「次に知ったのはまたニュースでだ、人質となった要人達をマフィアやテロリスト共から救い出した無鉄砲なガキの賛美を聞かせられた」
「息子が活躍したというのに、全然嬉しく無さそうだな」
「お前の技量であれほどの事を成せるとは到底思えん。多大な幸運と悪運に恵まれた結果でしかなかろうよ」
夜の一族の世論操作や世界各国の絶賛を全く真に受けず、自分の判断のみを頼みにする。我が子であろうと、冷静に裁定するこの女らしい分析だった。的中しているので、怒る気にもなれない。
少なくとも、他人には寛大にはなったと思う。人間関係にも、面倒ではあるが向き合ってはいる。血縁が一切なくても、ユーリ達の事は我が子のように可愛がっている。人への距離は、前よりも確実に近い。
だが、この女についてはむしろ遠くなった気がする。相変わらず腹が立つし、距離や時間を置いても抵抗しか感じない。故郷へ帰るのだと決めていたのに、素っ気なく感じられてしまう。
用意されたお茶を飲んで、俺は立ち上がった。
「孤児院を黙って出ていったのは悪いと思っているが、あんただって大して俺の事は気にしていなかっただろう。少なくとも今はきちんと生活出来ているし、もうあんたの手は煩わせない。
必要な手続き等が必要なら全部きちんとやるから、もう俺には関わらないでくれ」
「性根は変わらんな」
「あんただって、同じだろうに。他のガキの面倒を見てやれよ、俺はもう自分で生きていける」
「あの孤児院なら、無くなったぞ」
――息を、飲んだ。
人は変わり、時代も変わっていく。俺のような一個人でも、ミッドチルダ全体を揺るがすほどの事件の中心となってしまった。一ヶ月留守にしていただけで、友人知人が牙を向いて襲い掛かってきた。不変なものなんてない。
無関心を装うのは、残念ながら手遅れだった。動揺する俺を面白がるような様子もなく、女は黙ってお茶を飲んでいる。この女が苛立つ点は、とことん他人には無関心な点だ。他人がどう思うとも、何とも思わない。
あの孤児院が、無くなってしまった……? 帰るべき故郷は海鳴だと認識していても、俺にとってあの孤児院は――
「何を驚く必要がある。つい先程、無関係を自分から訴えたではないか」
「そ、それはそうだが――どうして」
「縁を切ることを選んだと言うのに、縁を無くすことを憂うのか。自分勝手な点も変わっていないな」
それこそ未練なのだと、女は指摘する。単純に俺の決断力を攻めているだけなのだろうが、まるで夢を無くした剣士への批判に感じられて仕方がない。意欲を失っても、夢を無くしても、まだ未練を残している。
帰るべき場所があって、共に帰る仲間がいて、帰りを待っている家族がいる。これ以上、何を望むというのか。これ以上は必要ないと言いながら、失ってしまった後で愕然とするのか。
しばし考えて、自分から座り直した。その時ようやく、母親が意外そうに瞬きをした。確かにこの女といた頃の俺ならば、尚の事意地を張ってそのまま縁を切っていただろう。
未練があったことは仕方がない、認める。ならば自分の決断を翻すことになろうとも、向き合うべきだ。
「俺が悪かった、確かに軽率だった。機嫌を直して話を聞かせてくれ」
「安心しろ、今のお前の態度を見て私も機嫌を良くしている。何だ、多少なりとも心境の変化はあったのだな。ふふ、どうやらよほど痛い目にあったらしい」
学び舎で健やかに養っていく道徳よりも、修羅場で刻んだ悔恨での学習に女は気を良くしている。どんな環境であろうとも、子が学べば母も喜ぶようだ。この際立った教育感が、この女の恐ろしいところだ。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うが、この女は厳しい試練を与えて、その器量を試すことで一人前に育てる。いとしき子には杖で教えよ、親の甘いは子に毒薬。可愛い子には灸をすえ、憎い子には砂糖やれ。
この女の意向ではないにしても、可愛い子に旅をさせて得た教訓に感じ入っているようだ。マフィアやテロリストなんぞ、世界最低の教材だと思うのだが、この女に言っても無駄だろう。
それよりも、孤児院の話だ。
「どうして無くなったんだ。会社じゃあるまいし、孤児院なんぞそうそう潰れたりしないだろう」
「そう思うのであれば、お前は何故黙って出ていったのだ」
「……何の話だ?」
「当時、うちは地域の中でも小規模な児童養護施設だった。敷地内に独立した家屋といえば聞こえはいいが、小舎制の小規模グループケアでは民間で維持するのは限界がある。特に、地方では尚更に。
入所児童の権利擁護における状況も悪く、人手不足による職員の資質も悪化の一途。当時の子供達でさえ、児童養護施設の経営難は伝わっていた。子供の人権侵害にもなりかねなかったからな。
問題児はさっさと追い出すべし、その極論を真に受けたガキが過去一人いた」
「……」
「自分が出ていけば少しは児童養護施設の状況も緩和されて――なかなか里親が見つからなかった、"あの二人"にまで問題児というレッテルが波及せずに済む。他の子供達や施設全体の負担も減る。
実に子供じみた、生意気でくだらない理由にかこつけて、黙って出ていってしまった。
断じて、自己犠牲心ではない。自分が旅する理由にちょうど良かっただけだろうが……背中を押す、最後の一因にはなったのだろうな」
……驚いた。全てバレていたことに、驚いたのではない――こいつが俺を率先して探さなかったのは、当時の俺の心情を慮ってのことだったという事に驚いたのだ。
ヒミコの言う通り、別にオレ一人居なくなったからと言って急に経営が立て直せる筈がない。むしろ孤児院、児童養護施設で預かっている子供が行方不明になる方が遥かに問題だ。今なら分かる。
未成年の子供が家出して行方不明になる事なんて今どき珍しくもないが、それでも立派に事件だ。まして児童養護施設から行方不明が出れば大きな失点であり、悪評にも繋がるだろう。環境改善どころの話じゃない。
実際、俺が居ても居なくても、孤児院はなくなってしまった。
「あいつらは、どうなったんだ」
「お前が気にする他人といえば、あの二人しかいないな」
「はぐらかすなよ」
「努力を尽くしたがあの二人だけ預け先は見つからなかった、とだけ言っておこう」
里親を見つけられなかった孤児の行く末は、明るくない。悲惨とまでは言わないが、帰る場所なんてなくなる。児童養護施設は自分の家ではない。施設であり、いずれは出ていかなければならない。
延長するケースもあるが、基本的に入所対象者は18歳以下の者だ。俺は自分勝手に一足先に飛び出したが、あいつらは取り残されている。その先がないのであれば、浮浪するしかない。かつての、俺のように。
どうして面倒を見なかったのだと、詰め寄る資格はない。自分の足で出ていった人間が、残って養っていた人間を責めることは出来ない。同じ時間を生きてきた中で、俺は一人我が道を歩いていたのだから。
あの二人――ガリと、デブ。人を嫌い、人の世から距離を置いていたみなし児達。あいつらは社会から拒絶されたまま、他の孤児院へと引き渡されたのか……
「だったらあんたは、どうして俺に会いに来たんだ。単に連絡を受けて、手続き上来てくれただけなのか」
「親が子に会うのに、理由は必要あるまい」
「冗談なのか、本当なのか、そろそろハッキリしてくれ」
「黙って出ていった以上、お前は今でも私の子供だ。面倒を見るのは当然だ。無関係を装えるほど、今のお前はまだ大人ではない」
何というか、新鮮だった。夜の一族の世界会議から急に持ち上げられるようになり、今では"聖王"陛下だ。大人どころか、今の自分をまだ十代の若造だとそのまま見てくれる人は少なくなっている。
思えば海鳴へ帰る決心をしたのも、色眼鏡で見られることに疲れてきたからかもしれない。他人に過剰な評価をされればされるほど、自分が見えなくなる。
自意識過剰にならずに済んでいるのは、皮肉にも強大な敵がいたからだ。自分より強い敵が居たからこそ、自分の弱さを痛感することが出来た。もしも敵まで居なければ、天下人を妄想していたかもしれない。
そして目の前に、自分の母がいる。昔の自分を知り、今の自分を知らないこの人は、何の色眼鏡もなく俺を分析してくれる。それが何だか――
ほんの少しだけ、ホッとさせられた。
「大体、先程の不甲斐なさは何だ。剣の技量自体は着実に身についているのに、何故剣に対する姿勢は悪化している。実に無様なへっぴり腰だったぞ」
「うっ、それは――」
「どうやら難題を抱えているようだな。いいだろう、教育の再開だ。今まで放置していた分、つきっきりで面倒を見てやる」
「つきっきりで!?」
「旅に出たと言うだけで変わるほど、人間の構造はよく出来ていない。それほどお前が変わった理由は、お前が拒絶していた他人にあると見た。全員、会わせろ」
「全員!?」
やばい、それはやばいぞ。どこまで聞いたのか知らないが、俺は今異世界から自分の子供達や愛人変人騎士メイドを名乗る連中を連れて帰って来ている。どう説明しろと言うんだ、あんな連中。
追っ払いたいのだが、社会的立場は残念ながら向こうが上だ。脱走したとはいえ、関係までは残念ながら切れていない。家出していたとしても、親子であったことには変わらない。
実力で叩き出したいが、先程の攻防からしても腕が全く鈍っていない。むしろ昔よりも剣の腕が冴え渡っている。くそっ、ガキ共とチャンバラしていただけのくせに、何故強くなるんだ。
それに、とまるでついでのように付け加える。
「児童養護施設の移設の件についても、私が代表として話をつけなければならない」
「……移設?」
「うむ」
「さっき無くなったと――」
「お前の知る孤児院は、もう跡形もないぞ――強力な支援や融資を盛大に受けて、この町に新しく移設される事になった」
「それを真っ先に言ええええええええええええええええええええええええええ!」
――自分の故郷へ帰るのではなく、故郷が自分の方へやって来た。
こんな馬鹿な話、俺にしか体験できないことだと我ながら思う。自慢にも何にもならないけれど。
ということは当然、ガリやデブも――俺は、そのまま突っ伏した。
<続く>
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