とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第二話




「何処だ、ここはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



 転送ゲートを抜けて目の前に広がっている光景は海鳴の雄大な自然ではなく、広大なホールだった。精密かつ合理的に施設構造されたホールの中央に、転送ゲートが設置されている。

異世界ミッドチルダへ渡航した際は次元航空艦アースラを通じて、転送された。この近未来的な設備、まさかアースラかと一瞬思ったが、聖王教会側は管理外世界への直通航路だと明言していた。

混乱する俺を他所に、アリサ達は気にした様子もなくゲートから降りている。誰一人疑問に思っていないようだ。こいつらイカれていると思いつつも、説明してくれないのでついていくしかない。


窓から見た限りどうやらこの建物は3階建てで、搭乗通路を通じて先程の転送ゲートに接続されているようだ。通路さえも洗練されたデザインであり、田舎町には似合わない立派な設備だった。


通路を抜けるとラウンジがあって、異世界便の搭乗口に近い場所に陣取っている。このカウンターに眼鏡の女性が座っていて、アリサが何やら手続きを行っていた。何だこれ。

アリサが手続きを行っている間、ユーリ達は係員と思われる女性に豪奢なラウンジへと案内されている。状況についていけない俺一人を見事に残して、全員がにこやかに手を降って別れを告げた。

建物全体の内装を見る限り空港より、入国審査局といったお役所的な建物に近い。何処なんだ、ここ。一体、今から何が行われるんだ。海鳴にこんな施設はなかったはずだ。


我が騎士アナスタシヤや護衛である妹さんまで、ラウンジへと行ってしまった。実に久しぶりの一人なのだが、心境は迷子になった気分である。


「やっと帰ってきたわね」

「お前……エイミィ・リミエッタ!? 何でお前が此処にいるんだ」


 次元航空艦アースラに乗艦していた管制官、エイミィ・リミエッタ。非常に優秀なオペレータでお茶目で気さくな女性、アースラ艦内でも人気の高い女の子だが、徹底的に気が合わない。

初対面の印象が悪かったのはお互い様で、向こうも可愛い顔を嫌そうに引き攣らせて俺を睥睨している。何故、こいつが海鳴に来ているのだろうか。いや、此処が海鳴かどうか分からないけど。

三ヶ月という月日は、別段懐かしさを与える期間ではない。エイミィも特に変わった様子もなく、十代の瑞々しい容姿は健在だった。可愛いとは、お世辞でも言ってやらない。


唯一変わったと言えば、服装だろう。時空管理局員の制服ではなく、この施設に基づいた女性服を着ている。ビジネススタイルの制服は、悔しいが似合っていると言わざるをえない。


「左遷させられた理由を作った張本人に聞かれると、尚の事腹が立つわね」

「左遷……? ヘマでもやらかしたのか」

「あんたのせいだと、今言ったでしょう!」

「アタタタタタ、頬を抓るな!?」


 待て、妹さんが居ない理由はもしかしてこれか。護衛や騎士が一人でも残っていれば、無礼千万でこいつを制圧していた筈だ。主が理不尽な暴力に晒されているのに、何をしているのか。

一体何が起きているのか、サッパリ分からない。でもこの感覚は懐かしく、ほろ苦い。海外から戻ってきた時も、理解不能かつ意味不明に命を狙われたのだから。

別に仲良くなかったこいつに襲われても悲しくも何ともないのだが、俺という人間はやはりこうなる運命なのだろうか。あの時は一ヶ月の留守だったが、今回は三ヶ月だ。


逆襲してやりたい衝動を過去の苦い経験により培った忍耐で堪えて、手を出す前にまず事情を問い質す。


「俺はとにかく何も知らないんだ、事情を説明してくれてもいいだろう」

「何も知らない筈はないでしょう。管理局全体で今、大規模な人事異動が行われている事くらい聞かされた筈よ」

「あ、ああ、確かに聞いているけど……それと俺が何の関係があるんだ」

「あんたが捜査協力していた例のチームが、上層部直々の通達により解散する事になったの」

「解散!? で、でもメガーヌからチームを継続して捜査を進めると――」

  「明らかになった真犯人を目前にして、逮捕出来なかった上に逃したでしょう」

「逃した……? 馬鹿を言うな、ジェイル・スカリエッティはとっ捕まえたじゃねえか」

「出頭したのも、司法取引を行ったのも、捜査協力をさせたのも、すべて聖王教会。全部あんたを通じて、地上本部を一切通さずに行われたよね」

「だから、お前は何を言っているんだ。捜査官であるメガーヌがちゃんと段取りした上でやったんだよ」


「そのメガーヌ捜査官は、本局へ出向した上でのチーム所属だったでしょう。上層部は以前から捜査の継続を快く思っていなかったのに、事態は管理局の権限を超えてしまった。
全ては神様が降臨した聖地の中、自治領の枠内に収まってしまった。管理局に渡ったのは事件解決の報のみ、めでたしめでたしで終わってしまったのよ」


「……それって、つまり」

「手柄の所在が不明になった以上、信賞必罰が曖昧になってしまった。ようするに、手柄争いね。その上あんたは上層部の懐を探るどころか、全部かっぱらってしまったでしょう。
あんた本人は"聖王"様なので、公然と批判出来ない。聖王教会は神の降臨により強大な宗教国家となり、今後管理局との力関係のバランスまで覆りそうな勢い。

手柄争いの皺寄せと、信賞必罰の矛先は一体何処へ向かうと思う?」

「本局と地上本部の『公認』が無かった、お前達捜査チームか」


 そもそも本部出向のゼスト隊長が管理外世界の住民である俺の協力を求めたのは、上層部から捜査の中止と撤収を求められていたからだ。彼としても、瀬戸際だったゆえの強引な協力要請。

あの時求めていた手柄は主犯の情報を掴んだ事で何とか事なきを得ていたが、結局真犯人の出頭と司法の取引が自治権を持つ教会で行われた事で、手柄の所在が不明瞭となった。

とはいえ、何の役にも立たなかったと批判するには、メガーヌ捜査官の潜入捜査による影響力が大き過ぎた。彼女が現地で活動しなければ、管理局の介入さえも行えずに終わっていただろう。

加えて、俺個人が手柄を求めなかった事も結果として管理局への貢献となった。そもそも俺本人が捜査協力者の立場だったのだ、俺の協力を得たクロノ達の実績は決して無視できない。


公然と批判できず、内密に処分できず、上層部は振り上げた拳を何処に向ければいいのか分からず、拳を震わせて喚き散らしているという。


「時空管理局の大規模な人事異動は、上層部による八つ当たりとでも言うのか。そのせいで、お前らまで割りを食ったとでも!?」

「あたしら関係者しか知らないけれど、今回の事件の黒幕は上層部なんでしょう。彼らの絶大な権力を支える基盤を、あんたが根こそぎ切り崩したのもでかいわね。
足元をぐらつかせている権力者ほど、危なっかしい存在はないわ。そんな彼らにとって必要なのは手足であり、不要なのは噛み付く飼い犬なのよ」

「前者はメガーヌ達からも聞いていたけど、後者は今初めて聞いたぞ。メガーヌ達は大丈夫なのか」


「出頭という形だけど犯人は捕まったし、戦闘機人達も保護に成功。研究施設はあんたの動きによって軒並み壊滅、開発資料類は教会との連携によって回収成功。
本当なら大手柄なのに上層部のゴタゴタで台無しになっちゃって、本局と地上本部との関係改善にはあまり貢献できなかったわね。

つまり全部、あんたのせいよ」


「最後に出した結論が、突拍子無さすぎる!?」

「聖女の護衛にローゼちゃんを推薦する話がどうして、"聖王"様になっちゃったの?」

「うっ――」

「凄いわね、魔龍やら異教の神やら自分で討伐しちゃって。聖王教会騎士団との決闘、捜査チーム全員で拝見させていただきました」

「ううっ……」


「『あんたが集めた』白旗、国家戦略級に匹敵する戦力だそうね。あんたの娘を名乗る身元不明の子達、何故か組織に加入している真犯人と戦闘機人達。
あのアリアがあんたと関わって無法していると、グレアム提督やロッテから鬼のような苦情が来たのよね――あ、その剣、危険物らしいわね。後で調べてもいい?

捜査チーム全員揃って、次の捜査対象はあんたにするべきか真剣に検討しているのよ」


「誠に申し訳ありませんでした、どうか勘弁して下さい」

「あー、スッキリした」


 異世界関係を除けば俺個人は平凡な一般市民だとしても、俺が関わっている周りの連中が酷すぎる。入国審査一つ受けるのに、ハラハラしている女共ばかりなのだ。平凡な女と知り合いたい。

メガーヌが居てくれたから管理局の直接的な介入を受けずに済んだが、上層部に目を付けられている以上聖地から出るのは危険なのだ。だから、エイミィも目を尖らせているのだろう。

三役の方々も言っていた、俺は自分個人の問題に無頓着であると。彼らが危惧していたのは、こういった面も含んでいるのだろう。故郷へ帰りたいという願いも、俺であれば平凡ではないのだ。


――あれ、ということはもしかして。


「お前がここに居る原因が俺というのはもしかして、教会からの要請なのか?」

「ここまで説明しないとピンとこないあたりに、成長の無さが窺えるわね……あんたにとって此処は故郷だろうけど、教会から見れば天の国であり――管理外世界なのよ。


"聖王"陛下がお通りになる転送ゲートを、素っ裸のままで設置する訳にはいかないでしょう。然るべき施設と入念な警備体制、秘匿管理が行える徹底した人材選別が必要となる。
教会が求める施設に加えて、天の国である現地の協力者、そして何より"聖王"様の信頼を得られるスタッフ。それら全てを用意出来るのは、メガーヌ捜査官が所属するあたし達チームだったのよ。

要請を受けた管理局は嬉々とした上層部から辞令を与えられて動き、結果、あたし達は本局と地上本部から"栄転"して、ここの所属になったの」


「その渋い顔を見るに、左遷だと思っていやがるな」

「あんたの顔見てると左遷だと言いたくなるけど、どっちかと言えば厄介払いに近いわね。リンディ提督は今でもアースラに乗艦して指揮を取っているし、チーム全員が現地滞在とまではなっていない。
捜査権限はまだ残っているけど、管理局側から今後の支援を最低限しか受けられない状態に置かれているわ。まあその代わり、メガーヌ捜査官のおかげで聖王教会から絶大に支援してもらってるけど」

「なるほど……指揮系統が変わった分やりやすくはなったけど、上層部に見捨てられたから管理局での出世が望めなくなった。そういう意味での"左遷"か」

「チーム全員出世よりも使命で動いている。あんたに感謝こそすれ、恨み言を言う人はいない。あたしだって本当は、文句なんて言いたくない。
けど……クロノ君は能力もあって、出世出来る子だった。本局から近い将来、艦を預けられる立場になれた。でも――出世はもう、望めない。

もう一度言うわ、あんたのせいだと本心では思っていない。ただ、その……あんたに言わずには居られなかった。ごめん」

「いや、いいよ。お前の言う事は、間違えていない」

「なんで……何でそんなところは、成長しているのよ……黙って文句言われようと思っていたのに……!」


 ――エイミィ・リミエッタ、彼女は本当にクロノを大切に思っているのだろう。彼が受け入れた事であったとしても立身出世が途絶えてしまった事に、誰かに何かを言わずに居られなかった。


上層部に直接文句をいうほど、彼女は子供じゃない。さりとて大人の事情を平然と受け入れられるほど、大人でもない。だとすれば向かう矛先は、気に入らない関係者に他ならない。

俺の胸に額を当てて体を震わせる彼女に、俺は何も言えなかった。自分が悪いとは思っていない、彼女も悪くはない。ならば、何を言ってやればいいのか。

ローゼを救ったことにも、聖地へ渡ったことにも後悔はない。結果として今、こんな形で出ているだけだ。とても辛いことだけど、受け入れなければならない。迷惑をかけたのであれば。


「エイミィ」

「何よ」


「ローゼは助けられた、アギトも自由になれた。お前達のおかげだ、本当にありがとう」


「っ……ク、クロノ君にも絶対に言ってあげて……あたしはそれでいいから」

「分かった、必ずそうする」


 等価交換とまでは言わないけれど、この世の中は実にいいバランスで維持されている。誰かが得をすれば、誰かが割を食う。祝福される人間もいれば、呪われる人間も居る。

メガーヌも現地から撤収する時も、撤収した後も、何も言わずに笑って礼を言ってくれた。女性の立場で出世を絶たれれば、彼女の人生はどうなってしまうのか。

遠い立場だと思っていた人達が、今後同じ舞台に立つ。それが栄転ではなく左遷であれば、彼らを追い詰めたのは上層部であり、上層部を追い詰めたのは俺だ。

笑って再会できるのか自信はなかったが、エイミィの為にも何も言わずに再会を喜ばなければならない。辛いことだが、必ずやり遂げてみせよう。


自分自身の問題を解決するべきだと忠告した三役の方々に、改めて感謝した――向き合っていなければならない。




家族と呼べる、人達の全てと。










<続く>








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