とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第八十一話




 主犯である魔女の成敗は完了し、聖地防衛の名目で魔龍を狙っていた猟兵団と傭兵団の主力は壊滅。白旗メンバーは全員完勝して、聖地は無事に守られた。地雷王討伐により、地震が止まったのである。

ベルカ自治領の混乱は現地のリニス達が治めてくれているだろうし、信徒達への影響はウーノ達が最小限に食い止めてくれている筈だ。彼女達の能力ならば、心配する必要性すら無い。

全次元世界が注目していた決闘場での騒動も聖王教会騎士団と時空管理局、スポンサーであるカリーナ達が穏便に事を治めてくれている。欲望が爆発した戦争も、これでようやく終戦となる。


とはいえ戦争である以上、油断は禁物。メンバーもその点は弁えており、勝利を喜び合うよりも先に争いを収める事を優先。主力を撃破した後は各自、残存勢力への対処に取り掛かっている。


「シスター、俺はもう大丈夫なので聖地までひとっ走りお願いします。此処で起きた戦況の全てを、現地のリニス達に伝えて下さい」

「……承りました、必ず」


 戦争が収束していない以上懸念はあるだろうが、聖地や信徒達への影響を案ずる気持ちもまた強いのだろう。一瞬逡巡した後一礼して、シスターシャッハは音もなく駆けて行った。

本来であれば彼女はシスターであり、聖王教会や信徒達を守る事が責務である。白旗へ派遣されている身として使命を全うする思いに嘘偽りはないが、地雷王が起こした震災で後ろ髪を引かれる思いだったに違いない。

申し訳なくは思っていたが、今日この時まで力になってくれた事にはまず感謝したい。どうあれ、彼女もまた仲間の一員だ。聖女の護衛という目的を抜きにしても、聖地を平和にしたいと思う。


その為にも、一刻も早く争いが起きた原因を何とかしなければならない。


「大事な足を先走らせて、君は一人何をするの?」

「魔龍を確保する。所有権争いにケリを付けるさ」


 プレセアの処分について聖王教会騎士団と揉め合ってしまい、魔龍の処分を疎かにしていた自分にも責任がある。聖王教会騎士団との決闘も無事決着がついた以上、白旗が魔龍を確保することは法的にも問題ない。

騎士団との決闘が行われている瞬間を狙った魔女のやり方は、悪辣ではあるが見事だと言わざるをえない。俺の思考を読んだというより、俺の思考と同一であるあの女は自分の考えに従って行動したのだろう。

決闘で勝利して魔龍の処分を公式に一任されても、先に戦争が起きてしまえば所有権は曖昧になってしまう。こうした戦争による権利のちゃぶ台返しは過去の歴史上幾らでも例があり、実に厄介であるのだ。


敵勢力の主力が失われた今が、最大の契機だった。魔龍を確保してこの場で所有権を宣言すれば、奴らが争う理由は何一つなくなる。大義名分が失われ、実力でも勝てないと分かれば降伏するしかない。


「お前はどうする、ノア」

「ついていく」

「ついてくるなという意味で聞いたんだよ、猟兵さんよ」

「大丈夫、削るだけ」

「鱗を削るのは禁止」

「先っちょ、先っちょだけだから」


「一枚でも先に取って自分達の物、だと主張できるだろう。その手をくうか」

「ちっ」


 鱗であろうと魔龍の一部である以上、万が一先に取られてしまえば所有権を主張出来る。問題は所有権の確保そのものではなく、あくまで所有権の主張である点だ。この議論は厄介である。

折角壊滅的損害を猟兵団に与えられたのに、所有権の主張をされてしまえば発言権の維持に繋がりかねない。聖地を支配している勢力を削ぐ絶好の機会を、所有権の口論で有耶無耶にされてたまるか。

副長を解放させた上にこの悪足掻き、少女ながらにプロであると実感させられる。何とか和解出来たと思っていたが、案外和平にまで持ち込まれてしまったかもしれない。主導権を握る機会を逃した。


未練を残さず、ノアは颯爽とこの場から去っていった。解放された副長の元へ駆けて行くのが見える、多分他の猟兵の救助を行うのだろう。これほどの騒乱を起こした以上、救出するのは難しいにしても。


「連戦続きで申し訳ないが、妹さんは俺の護衛を頼む」

「お任せ下さい、剣士さん」


 先日マリアージュの一兵に苦戦させられた妹さんが、今日はほぼ無傷で人型兵器の連隊を壊滅させている。脅威としか言いようが無い成長だが、表情に見えずとも疲労の色が濃い。決闘後の戦争だったので無理も無い。

道中の妹さんの話だと、ギア4は夜の一族の血の覚醒である為消耗が激しいらしい。本当に大人となれば身体も付いて行くのだろうが、魔法による変身では体力や気力までは補ってくれない。

その分天性の才覚で補っていた妹さんだが、聖王教会騎士団の決闘に続いてマリアージュとの連戦となれば、体力や魔力が極度に消耗しても仕方がない。むしろよくやってくれている。


「これ以上のギア使用は困難か」

「申し訳ありません、十分もすれば回復しますので」

「たった十分で回復する妹さんの純血ぶりには恐れ入るよ」


 夜の一族の女は仮に腕が千切れても血の補充で接合できると、月村忍が語っていた。純血種である妹さんであれば、体力や魔力の回復にもさほどの時間を必要としないのだろう。この子もまた、人外である。

異世界へと飛び出してから人であるかないかの区別さえ、必要としなくなっている。世界の広さを感じれば、種族の違いなんて些細なのかもしれない。一人一人優劣があって、価値観や文化が異なる。

戦争が終われば、これから先そうした価値観との戦いにシフトしていく。聖女の護衛の座を勝ち取って、ローゼやアギトの自由を手に入れる。権利を確保するには、権利を与える管理局や聖王教会との交渉が不可欠だ。


その為にもさっさと魔龍を確保して、この戦争を終わらせよう――ユーリ・エーベルヴァインが守護している魔龍の元へと急行した。


「ユーリ、本当によくやってくれたな。魔龍はどうなっている」

「休眠状態のまま、結界で守っています。誰一人触らせていませんから安心して下さい、お父さん」

「ありがとう、魔龍はそのまま堅持。今からこの馬鹿共に所有権を訴えるから、俺の声をこの場一帯に届かせてくれ」

「分かりました。お父さんのかっこいい声が世界中に届くようにしますね!」

「この場でいいから」


 頼みますから、どいつもこいつも勝手に俺の事を世界中に広めるのはやめて下さい。宣伝は孤独を駆除する最悪の手段であることを、どうかご自覚いただきたい。我が娘には、後日教育しておこう。

とはいえ今の所はこの場一帯で済むが、これほどの戦争が起きてしまった以上責任者として世界に報告する義務は生まれるだろう。心の底から嫌だけど、管理局や教会に要請されるのは間違いない。

事情聴取の嵐の先に待っている人々への宣言に頭が痛くなる。聖女の護衛になるべく聖地へ来ただけなのに、どうしてここまで大事になってしまったのか。俺は一体何故こんな所にいるのだろう。


やる気のない父親とはうって変わって、愛する愛娘は父の勝利に珍しく興奮していた。


「聖地や信徒の方々を脅かしてまで奪おうとするなんて酷いですよね。この魔龍さんは」





「"あたし"のモノなのに」





 ――奇跡、だった。俺という人間に起きてしまった、どうしようもない奇跡。起こりえる筈のない奇跡が、この聖地で間違いなくもたらされたのだ。


ジュエルシード事件に巻き込まれた時運命というものを知り、抗うべく奔走した。アリサやフェイトに起きた悲劇に神を憎み、運命を呪って俺は剣を振るい続けた。自分だけは決して捨てなかった。

その後も続けて絶望が訪れたが、何もかも奪われても俺は自分だけは決して捨てなかった。変わりゆく自分を諦観とともに受け入れながらも、決定的なものだけは捨てなかったのだ。

自分ではなく、己。俺という存在理念、剣士という概念。剣士であることだけは、絶対にやめなかった。ミアが壊されても尚、俺は剣士で在り続けた。


たとえ弱くても、俺は剣士だったのだ。



「"呪術付与"(エンチャントカース」」

「!? 呪術で我のバインドを腐敗させたのか、悪足掻きを!」



 聖地で起きていた奇怪な事件――"魔物"や"幽霊"の跋扈、猟兵団や傭兵団が必要悪として受け入れていた百鬼夜行。魔女は、魔物や幽霊を使役する能力を持っている。

退魔師である、神咲那美が語っていた。霊障が起きる条件として、幽霊や妖魔が好む負の念が必要不可欠。此処は戦場、血と泥に塗れた負の念が蔓延してしまっている。



妖魔達を呼び寄せる召喚には生け贄が必要――討伐された地雷王達が魔法陣に飲み込まれ、地の底から悪鬼羅刹が飛び出した。





「"悪魔使役"(デビルテイマー)」





 ……どれほど否定しても、やはりあの女は俺と同じなのだろう。奴が悪鬼羅刹を解放したのと全く同時に俺は竹刀袋から自分の剣を"開放"、そのまま有無を言わさずに投擲。


恐るべき事態に陥ろうと、我が子達は何一つ己自身を曲げなかった。ディアーチェは足元から湧き上がる魔素を怖れず、魔女を攻撃。魔女は胸板を貫かれて血反吐を吐くが、召喚を止めることはなかった。

魔物や幽霊が大量に召喚されれば、"霊障"が起きる。かつて起きた、聖王のゆりかご事件。俺や妹さんを除いて、現場関係者のほぼ全員が汚染された。ジェイルもこの点だけは、防ぎようがなかった。


だが彼とて科学者、相手が魔女というのであれば科学で敗北する訳にはいかない――"干渉制御ワクチン"、霊障への影響を取り除くワクチンをディアーチェの協力を受けて製作した。


その肝心要のディアーチェが危ない。感染源である魔女の側に居る、溢れ出る大量の魔素に飲み込まれれば今度は即死するかもしれない。それでも、あの子は使命を果たしてくれた。

唯一の突破口は、猛毒。毒には猛毒、魔素には呪素――荒御魂、聖王オリヴィエが顕現。地面に突き立った竹刀から開放されたオリヴィエは、己の孫と誤認するディアーチェを全力で守ってくれた。



つまりこの瞬間俺は、自分を守る手段がない。



「父よ、我を庇って!?」

「剣士さん!」

「――ワクチン、を」


 聖王のゆりかごでの調査で自分が無事だったのは、同行したアリサが守ってくれたからだ。本来生身である俺には、魔素から身を守る手段が一切ない。唯一の手段を今、自分から捨ててしまった。

恐るべきは、魔女の執念。ディアーチェに倒されても尚、自分を諦めなかった。悪鬼羅刹が蹂躙する戦場で、大規模霊災が発生。優れた実力を持つ仲間達といえど、霊障には抗えない。だが、経験は確実に活きた。

夜の一族である妹さんが倒れたユーリを、自動人形のイレインが倒れた人達を救出するのが見える。一度霊障にあった仲間達は確実に汚染されながらも、歯を食いしばって耐えているのが分かった。

無事だったディアーチェが仲間達にワクチンを注入、オリヴィエが妖魔達を退治していっている。俺の竹刀というキッカケを、仲間達が完璧に生かしてくれたのだ。


間に合わないのは、俺だけ。足の裏から頭の先まで飲み込まれてく感覚に――声も出せずに、ただ笑った。


ついに、終わった。とうとう最後は自分の剣まで捨てて、仲間を助けようとしたのだ。剣を捨てれば、剣士ではない。だったら自分という存在は、このまま朽ち果てていくのみだ。

体力も気力も、魔力に至るまで限界。消耗し切った身体で汚染されれば、ほぼ間違いなく死ぬだろう。剣士であることをやめた途端、死ぬとは大した喜劇だ。さすがは神の地、素晴らしい奇跡を用意してくれた。

冷たい感覚に、身が包まれていくのを感じる。これが死ぬということか――なんだ、随分と慣れ親しんだ感覚じゃないか。仮想で何度も味わった経験が、ここでも生きた。そうだ、生かさなければならない。


俺は多分死ぬだろう。でも、"自分"になんて殺されてたまるものか。強い"自分"になんて、絶対に殺されてやらない。だって――



この俺が今、強くなるんだから!





「カッコいい、それでこそあたしのダーリン♪」

「――へ……?」





 身体が、冷たい。冷たい感覚に、身を包まれている――いや、抱き締められている!?


目を開けると、真っ黒に染まっていた視界が開けているのが見える。充満していた魔素が俺の周りに弾き飛ばされていて、俺は一切汚染されていなかった。

我が身を省みる。ほっそりとした白い手、透明感のある腕に背中から強く抱き締められている。人の温もりが感じられない、冷たい感覚。この感覚には、覚えがあった。


アリサを背負っていた時――幽霊を背負っていた時と、おなじ感覚!?



「やっほー、会いに来たよ。危機一髪で登場するあたしってば、やっぱりヒロインだね」

「お前……アリシア!?」


 かつて法術でこの世に残した浮遊霊、アリシア・テスタロッサがニコニコ顔で俺を覗き込んでいた。










<続く>








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