とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十九話
"銃を突きつけられた時の対応?"
"うむ"
"どうしてそれをクリスに聞くの、ウサギ"
"お前に今、銃を突きつけられているから"
夜の一族の世界会議がドイツで行われた七月、要人テロ襲撃事件が起きて会議は一時中断。事件に巻き込まれた俺は身を隠す為町外れの別荘に滞在していたのだが、どういう訳か一族の姫君達まで住む事になった。
各国を代表する見目麗しきお嬢様方ばかりだが、経歴及び身分は物騒の一言。特にロシアの夜の一族クリスチーナ・ボルドィレフは稀有な殺人の才能を持ち、弾丸を目で見て躱せる殺人姫であった。
ロシアンマフィアの美少女は夜の一族の長き歴史の中でも最高峰の実力者で、爛々と紅く瞳を光らせて虎視眈々と俺を狙っていた。何とか和解はしても、寝所に潜り込んでは銃を突きつけてくる。
遊びで終わるのか、本気で殺しにかかるのか、その日の気分次第。愛も友情も、彼女にとっては等しく無価値。昨晩愛に溺れた人であろうと、次の日はゴミのように死体に変えることができる。
"クリスから逃れることなんて出来ないよ、ウサギ"
"吐息がかかるこの距離なら、剣の方が早いぞ"
"至近距離なら尚更、銃に分があるよーだ"
チュッと俺の鼻面に軽くキスをして、クリスチーナは機嫌良く笑う。シルバーブロンドの髪の少女は天使のように愛らしく、悪魔のように残酷に微笑んでいる。
突きつけられている銃口は眼前、少女の未成熟な肢体は俺の胸の上に乗せられている。手元には竹刀、少女の青き果実を斬るより早く、少女の弾丸が俺の額に穴を開ける方が早いと宣告される。
やってみなければ分からないという反論は、負け惜しみに過ぎないだろう。ロシアの少女の白い首筋には噛まれた跡、先日俺が噛み付いた傷跡が生々しく残っている。手当の後さえなかった。
治療を申し出る周囲の声を愛らしく黙らせて、ロシアンマフィアは男がつけた暴行の痕を宝石のように身に付けている。
"剣を持つ腕の動作がクリスのトリガーを引く速度を上回るかどうか、試してみる?"
"撃鉄を落とさなければ、発砲出来ない。マウントを取られても、お前の腕は切れるぞ"
"あはは、ウサギってば無邪気でカワイイ。ぶった切られたって、クリスの照準は一切ぶれないよ"
マフィアが殺すと決めたのであれば、自分が殺されようと標的を殺す。任務遂行を第一とするからこそプロであり、私情で目的を後回しにするのはアマチュアでしかないと無慈悲に指摘される。
俺の脅迫はクリスチーナにとって動物のじゃれつきに等しいのだろう、目を細めて俺の首筋を舐める。血のように赤い舌は妖艷で、バラのように毒々しく濡れそぼっていた。
銃とは構えて引き金を引く二つの動作が必要、剣士は一つの動作で斬るのみ。瞬間的な対応であればこちらが早いという認識は、結局俺の子供じみた願望にすぎないのか。
このままでは、鼻歌混じりに引き金を引かれる。
"銃口を通じてお前が丸見えだぞ、クリスチーナ。目線を辿れば弾道は読めるから、回避はできる"
"丸見えなんて、ウサギのエッチ。この体制からちょっと屈み込めば、クリスの胸がチラ見出来るかもね"
"その瞬間に、銃の射程圏内から逃れる!"
"ところが照準を定める動作の方が早いんだよねー、うふふ"
さくらんぼのような乳首が見えた瞬間に腰を跳ね上げて、クリスチーナを蹴り上げる。反動でベットから転がり落ちる事には成功したが、座り直した途端に高級絨毯が穿たれてしまう。
着弾先は俺の逃走経路だった部屋のドア先、次のつま先が落ちるポイントを正確に撃たれた。早いなんてものじゃない、一秒を数える間に彼女の銃が火を噴いたのだ。
蹴られて着地した後では、到底間に合わない銃撃。あろうことか、蹴り上げられたその時に発射していた。体勢は崩したはずなのに、脅威の空間把握能力で正確無比な射撃が行われたのだ。
目で見て撃ったのではない。夜の一族特有の研ぎ澄まされた感覚を頼りに、この少女はどんな状況でも人を殺せる。
"なかなか面白かったけどここからどうするつもりなの、ウサギ"
"銃撃は一点集中、急所を外してやれば致命傷にはならない。五体満足なら逃げられる"
"ウサギには無理"
言い切られてしまった。実際問題クリスチーナというロシアンマフィアを相手に、俺という一介の剣士では到底勝ち目がない。銃を持つプロを相手に、剣術を持たない素人では話にならなかった。
拳銃という武器は狙いが定まっている分、ポイントとしてのダメージが重視される。剣撃のような広範囲の傷は付けれないため、瞬間的な攻撃力では剣の方が上だ。対等の相手であれば、の話だが。
"それは、どうかな"
"む?"
"お前の照準を外せばいいだけだ"
"クリスは、この距離で外したことないよ"
ベットを間に挟んで、はだけたパジャマ姿のマフィアと向かい合う。クリスチーナは今、明確に教えてくれた。生きるか死ぬかの教練であれば、頭が悪かろうと肌身で覚えられる。
また同じような目に遭っても、きっとこの少女との無邪気なやり取りが生かされる時が来るだろう。
出来れば、そんな日がこないことを祈るばかりだが。
"クリスチーナ・ボルドィレフ。俺は――"
「俺は、お前を愛している」
黒煙立ち込める戦場で、銃を突きつけた猟兵相手に告白。真顔で言いのけた自信がある。滑らかに愛を告白できたのは相手がプロの猟兵であり、同様の経験を命懸けで積み重ねた賜物だろう。
上辺だけの台詞ではない。心を込めて、本心を自ら騙して、誠意を込めて、不誠実を棚上げして、生きる為に、死なない為に、愛という時間稼ぎを打ち明けた。マフィアを騙した経験が、猟兵を欺く契機となった。
救援に駆けつけようとした味方が唖然とし、救援より先に確保に臨んでいた敵が目を見開いた。信じたのではない。信じさせられたのだ、マフィアを誑かした男の言葉によって。
一瞬の膠着は、剣士にとって永遠に等しき時間であった。
「時間稼――」
「――ぎは無駄じゃない」
時間稼ぎであると断じる前に、引き金を引くべきであった。咄嗟に出来ない時点で、既にプロの意識ではなくなっている。プロではないのであれば、素人であっても不意はつける。
立ち上がるような悠長な真似はしない、あのクリスチーナも過去許さなかった。逃走経路に銃弾を打ち込まれる事を想定して、俺は自ら退路を断った。逃げ道はないのであれば、どうすればいいのか。
戦うという選択肢は頭の片隅にもない。魔龍により身体は傷付き、騎士団長により心が疲弊した。決闘を終えたばかりで魔力は底をつき、体力も気力も失われた。剣はまともに握れず、足腰も満足に立たない。
俺は即座に、"真正面へと"逃げた。
「諦めろ、大勢が決したぞ」
「だから、大勢に影響する君を確保する」
眼前からのタックルを、銃を片手に飛び越えるノア。俊敏さはクリスチーナに匹敵すると、内心で舌を出す。舌打ちしないのは、マフィアの少女との経験があったからこそ。驚きはしなかった。
飛び上がりざまに銃を向けられるが、平然と背中を向けて転がる。俺の躊躇の無さに、ノアが目を細めたのが分かった。自分の失言を苦々しく思っているのだろう、無表情という表情で悟れる。
確保したいのであれば、背中から打ち込むのは愚策。背中は胸よりも頑丈だが、急所が尖っている。脊髄に銃弾なんて撃ちこめば、致命傷に匹敵する。プロでも背中からの無力化は難しい。
ふらついた足腰で跳ね除けるがノアはステップを踏んで回避、手刀を打ち込んできたので仰け反って回避。意図して出来たのではない、そうするしか出来なかったのだ。犬猫と同じ、馬鹿な体勢だった。
「副団長はレヴィが倒し、騎士達が猟兵達を制圧した。これ以上の戦いに、何の意味がある」
「君の言葉には何の意味もない」
ノアは小さな爪先を刃のように跳ねあげる、狙いは鳩尾。回避は無理だと恐怖で悟り、肘を撃ち落とす。撃墜なんてプロの技はこなせず、貧弱な肘を盾にして意識を落とすであろう蹴りを防ぐのが精一杯だった。
剣士が自分の腕を犠牲にしたことに、ノアは目を丸くしている。プロの猟兵らしい、実に愚かな認識である。剣士が腕を大切にするのは稽古のみ、殺し合いでは己の腕さえも犠牲にして相手を斬り殺す。
まして、剣が握れない腕に何の価値が有るのか。かつてそう思っていた自分を、叱ってくれたのがあの姫君達であった。彼女達の血で蘇生した腕は、猟兵の蹴撃を防いでくれたのだ。
肘は傷付いたが、壊れていない。自身を持った一撃を馬鹿な真似で封じられて、ノアは認識違いに瞬きを繰り返した。
「君、頑丈だね」
「心も体も、この地で少しは鍛えられたからな!」
足腰はふらついていても、こうして地に立っていれば話は別。異世界であれど大地は雄大、地を踏みしめて練った力を足から手刀へと伝えて攻撃をする技、断空剣。狙いは本人ではなく、手元。
反射的に向けてくる銃を斬り下ろすと、彼女の手元から離れて地に転がる。プロであるノアは愛銃であれど固執はせず、ナイフに切り替えて一閃。その瞬間、俺は斬り下ろした手刀を即斬り上げた。
金属音と打音、骨まで痛んだがナイフの威力は殺される。ステップを踏んでノアは指で俺の喉へ狙う。避けられないと即諦めて、俺は顔を突き出して彼女の唇に吸い付いた。
接吻だと認識するのは、恋人だけ。相手は猟兵であり、俺は剣士。猟兵の指が剣士の喉に突き刺さった直後、剣士の歯が猟兵の唇を噛み千切る――二人は苦痛を漏らして、互いに退いた。
「ぺっ……猟兵であるわたしを相手に、これほど身体が動くとは驚き」
「ごほっ……マフィアを相手にした経験があるんでね」
弱者であろうと、不真面目になるな――リニスは毎日そう叱って、徹底的に俺の身体を隅々まで動かした。恐怖であろうと、畏怖であろうと、殺されようとも、身体は動かせと命じた。
「でも、剣は握れない」
「必要ない。言葉は喋れるからな」
素早く銃を拾って撃ってくる。口を封じるための銃弾。命は奪わなくても、言葉は封じられる。足元狙いだと分かったのは、俺ならそうするという身勝手な願望だった。クリスチーナの時と違って、今回の願いはきちんと叶った。
態勢を低くして銃弾をすり抜けて、頭からタックル。さも銃弾を回避したように言っているが、現実は映画のように全てが上手くいかない。着弾しなかったが、太腿を豪快に削られた。
棒が突き刺さったような灼熱の痛みが、弱った足腰に力を与えてくれた。一瞬だが踵に力が込められて、全力で突撃。相手を倒すためではない、戦うという選択肢ははなから捨てている。
転がり込むように捉えた相手の身体を押さえ込んで――
即座に、抑え込まれた。
「猟兵相手に、寝技は無謀」
利き腕を取られて、関節を極められた。映画では関節を外して逃れる場面があったが、素人が同じ真似をすれば腕が今度こそイカれるだろう。フィリス先生の殺人マッサージのお世話になる。
銃やナイフの技量に長ける猟兵の強みは立ち技だけでなく、制圧を目的とした寝技にもある。相手を活かし、相手を壊す。戦場におけるあらゆる戦技をこなしてこそ、猟兵。
ノアは猫のような少女だが、熟練された戦士。小柄な体格でも、成人男性一人くらい簡単に抑えられる。この大勢を取られてしまえば、もう逃走するのは不可能だった。
何の意味もなかったとノアは酷評するが、俺の見解はあいにくと違う。
「無謀ではあるが、無意味ではないな」
「軽口はもう聞かない」
「軽口を言い合った仲じゃないか、『この通信機』で」
剣士を舐めてもらっては、困る。剣を扱うこの腕は、剣を振るえる腕力があればいいのではない。一本の剣を自由自在にこなせる、器用さが求められるのだ。相手の懐から、通信機を掠め取るくらいには。
咄嗟に奪い取ろうとするが、力強く握りしめた瞬間に制止がかかる。剣を握る力も残っていない腕でも、通信機を叩き壊せる程度は行える。その事実を知って、ノアの追撃が鈍った。
利き腕を容赦なく極められた上で、銃を後頭部に突きつけられる。抑え込まれたこの状態では、もう為す術がない。どうすることも出来ないだろう、通信機を壊す以外には。
ゴリッと、銃口が後頭部に容赦なく突き刺さった。
「返して」
「交渉しよう」
「殺して奪う」
「俺を殺せば、お前の負けだ」
「君が死ねば、白旗は崩れる」
「猟兵団も壊滅する」
俺の影響力が実際にどういうものか、本当のところ分かっていない。だが少なくとも、俺が死ねばローゼとアギトの自由という目的は霧散する。目的が霧散すれば、旗印のない組織は混乱する。
組織を破壊するノア本人の目的は、確かに達成するかもしれない。だがその目的は、目先だ。トップの決断ではなく、下っ端の判断にすぎない。そして部下の勝手な判断こそ、有害なのだ。
俺が死ねば法術が消えると、プレシアは言っていた。ならば法術で紡がれた願いは霧散してしまい、アリサやアリシア達、自分の娘であるユーリ達も消えてしまう。ナハトヴァールもプログラムとやらに戻るだろう。
そして仲間を失った者達は、猟兵団を絶対に許さない。
「何故、この通信機に固執する」
「君とのやり取りが記録されている」
「……本当に、お前は猟兵なんだな。私情を、決して戦いには持ち込まない」
躊躇なく俺との会話を大切だと言いながら、銃を向けるのは決して止めない。昨日は仲良くお話した相手に対して、今日は銃を向ける。その行為に、何の疑問も抱かない。何と、殺伐とした価値観なのか。
可哀想だとは、思わなかった。生まれついての猟兵であるのならば、この矛盾を生き方としている。平和な国で生まれ育った人間が、戦場で育った人間に自分の価値観を押し付けるのは無駄だった。
どれほど大切であっても、任務であれば壊さなければならない。俺に何か言えた義理はないのだろう。リスティや美由希を斬った男が、友達を傷つけるのは間違っているとどの口で言えるのか。
けれどそれでも、あいつは――
高町なのはは、俺という剣士と分かり合う事を決して諦めなかった。
「言葉は決して、無意味ではない。この通信機には、お前と俺の言葉が残されている」
「戦いとなれば、話は別」
「これもまた戦いだ。お前が今まで知ることのなかった、戦いだ。銃では決して解決できない、戦いなんだ」
「殺さない程度に黙らせて、奪い取れる」
「殺さないのではない。俺を殺せないんだよ、お前には」
「……君は白旗の団長だから」
「俺を追いかけているお前は、楽しそうだったよ」
ノアは、言葉を失った。どう言えばいいのか、気持ちの整理がつかないのだろう。悩んでいるのではない、本当に言葉が見つからないのだ。この子は、戦う術しか学んでいないのだから。
それでも完全なる敵であれば、説得してこようと倒せばそれでよかった。だが決して倒せない敵が言葉でぶつかってくれば、返答出来ない。憎からず思っているのであれば、尚更。
笑ってしまう。彼女の今の気持ちが、痛いほど理解できた。困っているのだと、ありありと感じ取れる。分かる、実によく分かるとも。確かに、どう言えばいいのか分からないよな。
俺も、なのは相手には終始困らされたよ――あいつを斬ることだけは、どうしたって出来なかったんだから。
「ノア、取引しよう」
「何?」
「交換だ。俺の身柄を解放してくれれば、レヴィが押さえている副団長の身柄を解放しよう」
「オッケー」
やはり、不本意だったんじゃないか――苦笑する。こんな単純かつ分かりやすい取引に乗ること自体、俺と戦うことに抵抗があった証拠である。
それでも戦うプロ意識には呆れるが、剣士としては尊敬すべきだろう。俺もこのくらいのプロ意識を持ちたいものだ。
大人しく解放されたので、俺は自分の無事を告げてレヴィに連絡。俺が押さえられて怒り狂っていたレヴィを何とかなだめて、副団長を解放した。あの意気消沈ぶりでは、副団長もムダな抵抗はしないだろう。
「――団長がいる限り、大局は変わらないよ。あの子だって、団長には勝てない」
「あの子? まあいい、どうにかしてやるとも」
俺は持っていた通信機を投げ渡すと、ノアは軽く手を上げて受け取った。
「私からも、取引」
「何だ?」
「……仲直りしてくれたら、あの人型兵器の殲滅に付き合う」
――意外と、可愛らしい子なのかもしれない。
<続く>
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