とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十八話




"我が従者、イレイン。傭兵団の殺人兵器を、殲滅しろ"

"任せておくれ、マスター!"



 猟兵団と傭兵団が起こした、同時誘拐事件。あの時偶然に遭遇した傭兵団の刺客を相手に、俺達は裏路地で大立ち回りを繰り広げた。俺の相手は生身の人間だったが、妹さん達の相手は機械仕掛けの人型兵器だった。

俺は俺でプロの傭兵相手でジークリンデの助力がなければ危なかったのだが、もしも巡り合わせが悪ければ人型兵器相手に殺されていただろう。人型兵器の戦闘力は尋常ならざるものだったのだから。

幸いにも妹さん達が撃退してくれたので、彼女達の実戦経験及び敵兵器の残骸を持ち帰ってジェイルや忍と情報共有を行った。ガジェットドローンや自動人形、超戦力級兵器の専門家が、うちには控えている。


結論として月村忍は人型兵器の兵装類に通じており、ジェイル・スカリエッティは――敵兵器そのものに、心当たりがあった。


「傭兵団"マリアージュ"、そう呼ばれているみたいだね」

「……」

「この戦場で戦っている馬鹿共は全部捨て駒、傭兵団の主力はあんた達"マリアージュ"なんだろう」

「――そういう貴方は、聖王の兵器なのですね」


 カレイドウルフの警戒網を容易く突破してカリーナを誘拐した刺客、首脳会議で団長オルティア・イーグレットの護衛を務めていた女性。自動人形イレインを相手に、隙もなく立ち振る舞っている。

長身に纏う、ボディスーツ。男性のように強靭で、女性のように柔らかな身体の線に沿った戦闘スーツ。怜悧な美貌を覆うバイザーの戦士。人の姿をした機械兵器、ジェイルはマリアージュであると断言。

傭兵団の名前から推測はしていたのだろう、博士達がマリアージュに関する情報を収集してくれていた。最後に必要だったのは確証であり、誘拐事件を通じて傭兵団の主戦力が明るみとなったのだ。


その時から既にこの対決は決定されていたと言っていい。状況が許されれば出陣を命じて欲しいと、イレイン本人から希望されていた。


「先輩なのか後輩なのか知らないけれど、挨拶だけはしておいてやるよ。アタシはイレイン、あんたの言う"聖王"の兵器がこのアタシさ」

「かの聖王が、我らマリアージュと同型の人型兵器を保有していたと言うのですか」


「……その口振りからしてあんた、アタシらの"存在"を把握していたんだね」


 イレインの指摘にマリアージュではなく、遠くから聞いていた俺が自分の耳を疑った。傭兵団はローゼ達、自動人形の存在を把握していたのか。オルティアの過剰な警戒に、若干の納得がいった。

そういえばあの首脳会議で、マリアージュが俺を意味ありげな目で見つめていた気がする。あの視線は単なる警戒ではなく、同じ人型兵器を保有する俺を見定めていたのだろう。ローゼも素体は古代兵器である事に間違いはないのだから。

単純に月村家のメイドという人選でしかないのだが、俺は常日頃からノエルやファリン、ローゼやイレインの誰かとよく行動していた。脅威の戦力を持つ人型兵器を我がもの顔で歩かせていれば、警戒くらいするだろう。


ノエルとファリンはメイド、ローゼやイレインはアホの子でしかないと知ったら、彼らはどんな顔をするのか。実に厄介な誤解に、俺は頭が痛くなる思いだった。


「人の皮を被った機械兵器、治安維持活動に努めていようと我らマリアージュの目は誤魔化せない。オルティア・イーグレットは懐疑的でしたが、我らは既に確信を持っておりました。
貴方達人型兵器を軍備している白旗の当主、彼こそがこの現代に蘇った聖王陛下そのものであるのだと」


 違うわ、ボケ。俺の兵器達がアホの子揃いであるのなら、オルティアの兵器達はバカな子揃いであるらしい。人型兵器を有している事が王である証拠なんて怖すぎる。戦乱時代に生み出された兵器の認識力は恐ろしい。


せめてオルティアのように警戒してくれればよかったのに、俺が聖王であると確信しても人型兵器マリアージュは恐怖を抱かない。その確信こそが自分達の希望であるかのように、高らかに歌い上げている。

マリアージュの不気味な確信を前にしても、古代兵器イレインの自信は揺るがない。主が王であると突きつけられて、イレインはむしろ胸を張った。


「このアタシが選んだマスターだからね、王たる存在であるのは当然だよ。降参するなら今の内だよ、マリアージュ」

「ありえません。我らは進軍するのみです」

「あんた達の主オルティア・イーグレットは、マスターの娘っ子に倒されるよ。アタシのマスターの娘なんだ、ひ弱な人間如きに勝てる相手じゃない」


「契約主との契約は半ば、果たされております。この地における我々の目的は、貴女の主である聖王にあるのですから」

「契約主――なるほど、ロボット工学の原則による契約か」


 ロボット工学の原則とは、現代の家電製品に代表される道具一般にもあてはまる法則の事である。人工知能へ搭載すべき知識ベースと思考の範囲の取り決めの事であると、月村忍が話していた。

人間とロボットは通常上下関係で結ばれる。主従と違うのは、ロボットにはフレーム問題という大きな障害が付き纏うからだ。どんな行動が主である人間に危害を加える可能性となるのか、ロボットには判断出来ない。

まして主従ともなればより堅固な関係となるため、ロボットの思考が複雑化。結果としてロボットが反乱を起こす確率も上がる。マリアージュという機械兵器を扱うべく、その危険性を考慮したオルティアは原則による契約を持ちかけたのだ。


周囲の状況とその帰結を、契約の範囲内で予測して命令を順守させる。オルティアはマリアージュをこの契約で使役しているのだと、忍やジェイルが評していた。イレインもこの結論を共有している。


「傭兵団はあんた達にとって活動拠点であり、人間共がのたまうホームではないんだね。アタシのマスターに目をつけたのは、聖女の予言が発端か」

「肯定であり、否定である。我らマリアージュの起動は人の手によるもの、聖女の予言は目標を定める切っ掛けでしかない」

「人間に兵器扱いされていたアンタ達が人間の予言で使命に目覚めたという事か、皮肉なもんだね――となると、アンタ達の目的は」



「聖王と同じ古代ベルカ、ガレアの王――"冥王"イクスヴェリアの、復活」



 ――ユーノ・スクライア、若き考古学者が以前話していた。古代ベルカの戦乱で、聖王家は各地の諸王と対立していた。古代ベルカは決して、聖王一人が制定していた時代ではない。

ガレアと呼ばれる国家には、イクスヴェリアと呼ばれる冥王が君臨していた。ユーノが調べてくれた資料によると、残虐無比で人々を震撼させた悪鬼羅刹の如き非道な暴君であったらしい。

冥王とまで呼ばれるのであれば、さぞ魔王の如き凶悪な王であったのだろう。きっと鬼瓦のような顔をした、荒くれ者の猛者に違いない。顔を見るだけで平服してしまう悪鬼。


イレインの核にはジュエルシードが搭載されているが、マリアージュの核は冥王イクスヴェリアが無限に生産したとの伝説がある。いわば彼女達は冥王の娘であり、悪鬼羅刹の申し子なのだ。


「1000年という長い眠りから目覚めを迎えた我らと同じ時を経て、聖王がこの地に君臨した。聖王の運命に導かれ、イクスヴェリアも必ず復活する」

「どうしてそう言い切れるんだい。この際だから教えておいてやるけど、マスターはこの世界の人間じゃないよ」

「天より舞い降りた存在であるというのであれば、イクスヴェリアもまた同じ奇跡に導かれる」


 何じゃ、その訳の分からない盲信は!? 宗教国家の領土で活動している間に、宗教めいた哲学にでも取り憑かれてしまったのだろうか――いや、違うか。もっと切実な問題だ。

ノエルやファリン、ローゼやイレインだって最初は人の心なんて持っていなかった。今振り返ってもよく分からん理由だが、ともあれ彼女達はライダーや名付け親といった何かのきっかけで感情が芽生えた。

マリアージュは恐らく、聖地に蔓延していた信徒達の希望に魅せられてしまったのだ。聖女の予言により、『自分達が信じていた』神が降臨する。その奇跡は、必ず起きる。


俺からすればありえない誤解であるのだが――奇跡は、起きた。聖王は本当に聖地へ降臨して、人々を救った。この"奇跡"が、彼女達を真に目覚めさせた契機となってしまったのだ。


「イクスヴェリアはこの聖地に、必ず現れる。貴女の主である聖王陛下が、冥王イクスヴェリアを導いてくれる!」

「馬鹿馬鹿しい。マスターに他人を引き付ける力なんて――


……


……



……あ、うん」



 否定しろよ!? 曖昧に濁すなよ、敵がますます信じこむじゃねえか! 俺は"聖王"を名乗っているだけで本人じゃねえんだ、冥王なんぞ現れる訳がねえじゃねえか!?

俺の人間関係が複雑怪奇なのは認めてやるが、それにしたって冥王なんぞとの縁が結ばれる筈がない。男友達も少ない俺に、悪鬼羅刹な魔王との関係なんて成立するはずがなかろうよ。馬鹿め。


"妙ですわね……人語は理解できても、作戦行動能力は昆虫並の兵器の筈ですのに、あの理性と知性"

"不思議ではあるが、不可解なことではないよ、クアットロ。王女に心を与え、自動人形に使命を与え、戦闘機人に理念を授けた彼ならあり得る影響力さ"


 まずいぞ、実に厄介なことになった。宗教に目覚めた機械兵器なんて最悪だ。人間でも悪質な宗教団体に騙されて犯罪を起こすケースが多々あるのに、機械が宗教に目覚めたらどんな災害を引き起こすのか。

やばいことに、聖王の降臨は信徒達の目から見れば現実となったのだ。聖王教が成就したのであれば、冥王教だって成就するはずだと思い込んでしまう。このケースは、アリサも想定したのだ。

宗教国家で奇跡が起きれば、別の宗教団体との衝突も考えられる。人々が邪教と呼ぶ宗教も招き寄せる可能性があるので、くれぐれも注意するべきだと警鐘を鳴らしていた。


そして今、最悪の形でアリサの懸念が的中してしまった。冥王を信望する機械兵器が、聖王の誕生によって奇跡を求めるようになってしまったのだ。


「アンタ達、アタシのマスターをどうするつもりだい!?」

「確保します、彼に死なれてはイクスヴェリアが復活しない」


 物凄い理論を聞かされて、思わず仰け反ってしまった。最早マリアージュの中では、俺と冥王は一蓮托生の扱いになってしまっているらしい。ぶっとい縄で冥王と運命が結ばれているようだ。

とはいえ、確かに聖王オリヴィエもゆりかごの中で荒御魂となっていたのだ、冥王イクスヴェリアもこの世の何処かで怨霊か何かになっている可能性も0ではない。それは認めてやるとも、いい加減俺も大人だからな。

だが、何が悲しくてこれ以上幽霊と関わらなければならんのか。他人との交流を受け入れつつあるのは認めてやるが、幽霊なんぞ幾らなんでもコミュニケーションの範囲外だ。話が通じる奴ばかりじゃないからな。


聖王だって俺を息子だと決めつける、狂気の母親となったのだ。冥王イクスヴェリアなんぞと関わったら、今度は父親にでもなりかねん。怨霊共と、家族ごっこをする気はない。


「マスターを守りたいのなら、アタシらに協力すればいいじゃないか――あ、駄目だ。マスターの兵器はアタシなんだ、アンタ達はいらない」

「全くの同意見です。我々がいる以上、貴女達の存在は不要だ。冥王と聖王は、我らがお守りする」

「ちょっと待ちなよ。世迷い言はともかくとして、アンタ達は冥王イクスヴェリアの復活が目的なんだろう。聖王まで、何故欲する」


「王とは、受け継がれなければならない――二度と滅びぬように、聖王と冥王の子が必要だ」


 俺。

 冥王。


 子作りって……


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。



 ――トランシーバーを取り出す。



"イレイン、俺の命を果たせ"

"マ、マスタ―……こ、声が震えているよ!?"


"マリアージュを破壊しろ、とにかく破壊しろ。完膚なきまでに破壊しろ。いいから破壊しろ。早く破壊しろ。お願いしますから破壊して下さい"


 その時、状況が一変する――ユーリ・エーベルヴァイン、冥王より恐ろしき砕け得ぬ闇に向けて発射された殲滅兵器。傭兵団の禁忌が発動し、同じ禁忌である黒き太陽が無傷で生き残った。

ユーリ・エーベルヴァインは俺の娘、聖王の娘が起こした奇跡に機械兵器マリアージュが目を奪われた。兵器であるはずの女性が目を輝かせ、神を前にした信徒の如く歓喜の叫びを上げたのだ。

同時に、同じ俺の娘であるシュテルが傭兵団の団長であるオルティアを説得。契約主である彼女の信念が折れたことで、契約の履行が不可能となってしまった。


つまりこの瞬間彼女の抱く信念の全てが肯定されて、彼女を縛り付けていた契約の全てが破棄されてしまった。


「時代を、人々を震撼させた戦略兵器をもってしても無傷――ああ、やはり王は存在した。奇跡は、起こり得た。絶対の王は、誕生するのだ!!」

「! しまった、マスター!?」


「明けの星――再生の炎の中で、イクスは王として蘇る。聖地に照らされし奇跡の光、戦乱の炎に導かれて、冥王イクスヴェリアは必ずこの地に降臨する。
進軍こそが、我らの存在意義。我らの行動理由。進撃せよ、マリアージュ!」


 咄嗟に俺の下へ馳せ参じようとしたイレインの前に、マリアージュが立ち塞がり――逃走を図っていた俺達の前に、『マリアージュが立ち塞がった』。

マリアージュとは個体ではなく、軍隊。十機編成のマリアージュが俺に襲いかかり、護衛の妹さんが迎撃して、足代わりになっていたシスターが防衛に徹する。十機ともなれば、彼女達でも苦戦する。


となると――



「頭のいい兵器、よく分かってる――君さえ確保すれば、猟兵団と傭兵団は勝利」



 他の誰が駆けつけるよりも早く――孤立無援となった俺に、ノアは銃を突きつけた。















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<続く>








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