とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十五話
"我が娘、レヴィ・ザ・スラッシャー。猟兵団の副団長エテルナ・ランティスを、止めろ"
"りょーかい、パパ!"
魔力変換資質とは、魔力を自然に直接的な物理エネルギーに変換出来る能力である。自身で生成した魔力エネルギーを体内で物理エネルギーへ変換出来るスキル、極めて有効で重宝される魔導の才覚である。
レヴィ・ザ・スラッシャーの魔力変換資質は群を抜いており、魔法としての制御が必要な変換を造作もなく行える。意図的に変換を行う際の効率も非常に高く、ルーテシアを代表するプロの魔導師達を驚かせた。
自身の魔法に変換した物理エネルギーを付与する事も容易く行えるレヴィの魔導変換資質は、"電気"。電気のエネルギー効率は世界最高水準に達しており、有用なエネルギーである事は今更言うまでもない。
ただし同じ魔力変換資質を持った魔導師、特に猟兵というプロの戦争屋が相手だと必ずしも有利とは言えない。
「ちょこまか逃げまわっても無駄よ、"ジャジメントボルト"」
「ぬわっ!? コラー、離せオバハン!」
「……そのままジッとしていなさい、永遠にその生意気な口を黙らせてあげる」
魔導技術の一環であるバインドは、猟兵や傭兵の間では封技と呼ばれている。身体の束縛を技の封印とまで言い切るのは、彼らの敵の多くがプロである事に起因しているのだろう。
敵の動きを単純に縛るのではなく、プロの食い扶持である殺し技を封殺する。血生臭い理念に基づいた束縛技術が封技として取り扱われるようになった。猟兵ともなれば、封技の技術は卓越している。
高速移動を行っていたレヴィを容易く拘束したエテルナの魔導技術は、超一流。紅鴉猟兵団の副団長であるエテルナ・ランティスが相手では、魔導の競い合いでは明らかに分が悪い。
「いくぞぉ……ずっきゅーんっ!」
「あ、アタシの封技を力ずくで破った!?」
――もっともうちの子の場合、魔導技術など物ともしない力を持っている。戦争屋の常識でさえ語れない非常識な力には、親である俺でも驚かされてばかりなのだ。敵には気の毒というしかない。
ちびっこい体格なので意外に思われるかもしれないが、レヴィは白旗の中で一番の怪力である。力自慢の守護獣ザフィーラ相手に、過去腕相撲を挑んで勝った戦績を持っているのだ。彼なりに後で落ち込んでいた。
猟兵の封技、超一流の魔導師が構築したバインドであっても、力で引き千切る事が出来る。超加速が行えるレヴィは速さだけではなく、力自慢の魔導師でもあるのだ。伊達にヒーローを目指してはいない。
ワインレッドなツリ目を喜びに輝かせ、青いマントを翻して、デバイスのバルニフィカスを振るう。
「今度はボクのターン、"光翼斬"」
「アンタにあげる時間はないわよ、"スパークアロー"」
デバイスのバルニフィカスより勢いよく魔力刃を回転させて飛ばすと、エテルナは雷で錬成した矢を放って迎撃。文字通り火花を飛び散らして、両者の魔法が激突する。
拮抗する魔法の激突を黙って見ているのは、ヒーローモノの世界の中でしかない。魔法と同時に急降下してレヴィが刃を振り上げると、エテルナはブレードで殺意の刃を切り払う。
ブレードは刀より剣に近いが、騎士剣より薄くて細長い形状をした刃である。レヴィの獲物が大鎌である事を考えると見た目的には見劣りするが、斬り合いにおいてはむしろ拮抗していた。
圧倒的な魔力を持って叩き付けるレヴィを相手に、エテルナは豊富かつ残酷な戦争経験を持って見事に捌いている。
「"ラグナヴォルテクス"、この距離なら回避しようがないわよ!」
「ヒーローは逃げたりしないもんね、"雷光輪・追の太刀"!」
法術により誕生したレヴィにエテルナ程の実戦経験は望めないが、あの子は無類の戦闘勘を持っている。回避不能と天性で勘付いたレヴィは、防御を上回る攻撃を持って対処する。
ロックオン系の範囲攻撃魔法、ラグナヴォルテクス。雷光で攻撃範囲内の目標を拘束、標的の動きを確実に止めた上で雷撃により一斉攻撃。無慈悲というしかない、残虐な魔導技。倒すのではなく、殺す為の技。
高速詠唱魔法によって雷を発生させた範囲攻撃を、レヴィはデバイスの刀身に蓄積させた上で特攻。あろうことか自分自身を雷光を伴った強力な砲撃として、エテルナに突撃したのだ。
駆け抜けるレヴィの背中に雷光が次々と飛び散るが、特攻をかけられたエテルナも強烈な雷撃で地面へ跳ね飛ばされた。
「アイタタタ、ボクの背中が焼けちゃった……背中の傷は剣士の恥、パパに責任を取ってもらうしかないかな。仕方ないね」
「何でさ!?」
同じ猟兵に追い回されながらも、理不尽な責任を追求する我が娘に思わず指摘してしまう。剣士の娘なのだから当然という認識なのは分かっているけど、あの子はユーリとは違ってずる賢い甘えん坊だからな。
それにしても戦争屋というのはどいつもこいつも度し難い。ノアも限りなくしつこいが、副団長ともなれば厄介さが際立っている。レヴィの一撃がカウンターで直撃したのに、間を置かずに立ち上がる。
猟兵であっても一人の女性、咄嗟に庇ったのか女豹の如き美貌には傷はない。ただ庇った手に火傷が刻まれており、猟兵の服にも焼け焦げた跡が明確であった。それでも、己の武装を一切手放していないが。
片手にブレード、片手に魔導銃。凶悪な威力を誇る銃を、レヴィに油断なく向ける。
「闇統べし者、紫天の一族。雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャーと名乗ったわね」
「ふふん、カッコいい名前でしょう」
「アタシはプロの猟兵、表裏に関係なく一通りの実力者を知っているわ。だけどアンタも含めて、紫天の一族なんて聞いた事もない。アンタ達、一体何者なの?」
「ヒーローであるパパの娘なんだよ、エッヘン」
「それが一番謎なんだけど……何であの男を父とまで呼び、慕っているのかしら。少なくともアンタ達が出逢った当時、あの男も無名だった」
「パパがこの世で一番強いことくらい、ボク達は分かっていたんだよ。世界で一番強くてカッコいい、ボクのパパだもん!」
……もしかして聖地に蔓延する俺の過剰評価が短期間で急激に広がっていったのは、あの子があんな感じで自慢しまくっていたのが原因なのではないだろうか。トドメを刺したのは、魔力光ではあるんだけど。
全く答えになっていないのだが、強者であるレヴィ本人から自信満々に言われてしまえば否定する材料を持てない。この聖地で出逢った際に実力を見抜いたのだと言われれば、頷くしかないのだ。
俺の戦績は正直大した事はないのだが、ユーリ達の実力が天元突破しているので有無を言わせない説得力が生じてしまっている。誰であろうと、神に選ばれれば使徒と認められてしまうのだ。
銃を向けられても平然としているレヴィに、警戒の声が呼びかけられる。
「それほどの実力がありながら、白旗は理想を掲げて平和に社会貢献なんてしている。聖女の護衛の座をかけた戦争を行っているのに、アンタの父親は地道な平和活動なんて馬鹿な真似を繰り返す。
世界を救う力を持ちながら、何故かヒーローごっこをやっているアンタ達が理解できない。一体全体、何が目的なのかしら?」
「パパの目的? 決まってるじゃない、悪者を一人残らずぶっ飛ばすことだよ」
「何ですって!?」
何だって!? 肝心の親である俺が一度も考えたこともない正義の味方像を、レヴィはどういう訳か自信満々に告白してくれやがった。それ絶対、お前の願望だろう。
あのバカタレの口を封じたいのだが、追撃するノアによって俺が口封じされそうになっている。逃げまわるしかない自分が、ひたすら歯痒い。誤解だぞ、絶対に誤解だからな!
真の英雄は、眼で殺す。遠距離から必死で訴えてみせるが、残念ながら英雄ではない俺の視線は全く顧みられなかった。ただただ呆然と、エテルナは勝手に誤解してくれた。
恐怖と驚愕で銃口を震わせながら、エテルナは憤りを見せる。
「聖地に蔓延る悪として、アタシ達を全員殺すとでもいうの!? 自分は平和貢献活動を徹底的に行いつつ、一方で他の競争相手を悪と断じて抹殺する。
聖地の人々の怨嗟を集中させた上でアタシらを断罪、憎しみの連鎖を断ち切った上で話し合いのテーブルにつかせる。それが、あの男の目的だったのね!?」
「うん……? んー、まあ、そーゆーことかな」
適当に答えるんじゃねえよ、馬鹿! 分かっていないのならハッキリと否定するか、何を言っているのか分からないと言えばいいだろう。曖昧なのが、日本人の悪い癖だぞ。
まったくあの馬鹿さ加減は誰に似たのか、考えずとも答えは出た。夜の一族の会議では勢い任せで議論していた自分、アリサから見ればきっと俺はあんなアホ面をしていたに違いない。
自分に似た馬鹿な娘だと思うと無性に可愛らしく思えるが、相手からすれば堪ったものではない。ふざけんなの一言なのだが、エテルナは何を思ってか急に笑い出した。
「だったら残念ね。"聖王"陛下――神様気取りのアンタの父親は、致命的な思い違いをしているわ」
「なんだとー、ボクのパパの何が間違っているというのさ!」
「だって――"神様は本当にいるわ"」
戦場の空が、憤怒に轟いた。眩い雷光が支配下に置かれ、死の色を纏った紫電に染まる。猟兵団の副団長エテルナ・ランティス、"紫電"と名高いミッドチルダの猟兵。
魔導銃に装填されていた全弾の魔力が薬莢と同時に飛び散って、魔力を重ね合わせた銃撃が放たれる。銃弾と錯覚する速度の魔力弾、レヴィが撃ち落としていくが稲光が全身を蝕んでいく。
レヴィも対抗して雷撃を放つが、エテルナの雷撃は先程とは比べ物にならない。精度が恐ろしく高く、その上攻撃範囲内でも術者が目標としたもの以外には影響を及ぼさない。
無詠唱で行える雷撃、これこそ紫電の本骨頂ということか。彼女の魔法は自然の力を借りており、全てが自己供給であるレヴィの魔法よりも魔力消費が少なくて高性能となっている。
「――どうやら、向こうさんも決着がついたようね……ここからでは見えないけれど、殲滅兵器なんて持ち出されたら終わりでしょう」
「ユーリ……」
「これが戦争よ、お嬢ちゃん。ヒーローゴッコが出来るのは、平和な環境だけ。神様の地から一歩でも出れば、正々堂々なんて鼻で笑う卑怯な殺し合いがどの世界でも起きている。
欲深い人間達を黙らせられるのは平和ではなく、支配のみ。神様だって、それを望まれている」
殲滅兵器が放たれたユーリの末路は、レヴィには見えない。距離で見えないのではない、荒れ狂う紫電の稲光によって雷刃の襲撃者が包囲されているのだ。
次元跳躍魔法。範囲攻撃魔法とは異なる次元で効果を発生させる、魔導師ランクS以上に該当する大魔法。常識を超えた制御能力が必要とされる魔法で、自然の力を得ていなければ行使出来ない。
巨大な雷の形を取っている次元跳躍魔法は、そのままエテルナ・ランティスの脅威を示している。電流と電圧の値だけで言えば、その名の通り次元すら跳躍して敵を焼き滅ぼすだろう。
子供を相手に大人気ないとは、素人が言う苦言でしかない。たとえ子供であろうと戦場に出れば戦士、強敵であれば殺すことになっても手加減せずに全ての力を振るう。
「先程はああ言ったけど、実を言うとアンタの事は言うほど嫌いじゃないわ。倒されたあの子達にも、良い反省材料になったでしょう。
同じ魔力変換資質の能力者として、一度だけチャンスをあげる――降伏しなさい」
「やだよーだ」
レヴィに、躊躇いはなかった。プロの戦争屋であるエテルナさえ唖然とさせる清々しさで、レヴィは快活に舌を出して拒否する。
どれほど追い込まれても屈しないのは俺によく似ているが、弱者である俺では躊躇はしてしまう。圧倒的な自然の猛威を見せつけられば、屈さずとも心は震えてしまう。
圧倒的な力、絶望的な戦況、常識を覆す非常識、謎に満ちた驚愕の真実。あらゆる札で恐喝されても、あの子の明るい笑顔に陰りは全く無かった。
あらゆる戦争を乗り越えて来たベテランの戦士を前に、レヴィ・ザ・スラッシャーは堂々と名乗りを上げる。
「ボクはレヴィ・ザ・スラッシャー、ヒーローは悪には屈さないのだ!」
「ヒーローゴッコは通じないと言っているのよ」
「ボク達はパパの娘だよ、本物に決まってるじゃん」
あの子は今、ボク達と言い切った――殲滅兵器に脅かされようと、魔女に呪われようと、冷酷な傭兵に襲われようと、ユーリ達は絶対に勝つのだと確信しているのだ。
自分の遺伝をここまで誇らしく語ってくれる子供達が、世の中にどれほどいるだろうか。自分に自信を失った親の代わりに、子は親を誇ってくれる。親への誇りが、子の強さとなっている。
感動なんて言葉では到底表現出来ない思いが込み上げてくる。レヴィであれば、俺がもう諦めつつあった天下を取ってくれるかもしれない。この世で誰よりも強い剣士へと、あの勢いで駆け上がってくれる。
だがそんな子供の純真さも、血に濡れてしまった大人には疎ましいものでしかない。
「戦場の厳しさを思い知りなさい――"ノーザンイクシード"!」
「いくぞ、パワー極限――"雷刃封殺爆滅剣"!」
紫電を伴う純粋魔力攻撃、加速と増幅用の環状魔法陣が複数生成された結界陣より威力と発射速度を最大限高めた次元跳躍魔法。雷光が洪水となって、レヴィに押し寄せる。
津波のように襲いかかる紫電に対して、レヴィが取った方法は至極単純だった。己の魔力を電撃に変換し、己の全てを剣と変える。雷刃封殺爆滅剣、世界を豪快に掻っ捌く轟雷の大剣。
津波を断ち切り、洪水を切り飛ばし、魔法陣を切断。次元すら跳躍する魔法を、目の眩む美しき雷の刃で断ち切った。問答無用の力技、戦争屋の技量を小手先と断ずる豪の剣。
超速斬撃の後に転がっているのは、敗北を喫した猟兵のみだった。
「なっ……んなの、よ……その、"強さ"は……!」
「正義は勝つ、ブイ!」
エテルナが驚いているのは、自分の敗北ではない。強敵だった自分の対戦相手の、無残な姿――噴煙をあげる、レヴィ・ザ・スラッシャーの壮絶さにあった。
同じ属性で切り裂いたとはいえ雷光、雷という自然現象が起こす影響はとてつもない。軽装を好むレヴィのバリアジャケットは装甲が薄く、防御力がただでさえ低いのだ。
魔力変換資質によって雷に強い抵抗があれど、エテルナの大魔法はSランク級の威力。レヴィは殺される前に勝利したというだけ、もし少しでも怯んでいたら結果は変わっていたかもしれない。
殺されかけたというのに、レヴィは少しも迷わず突っ込んで敵を倒した。死ぬことを、少しも顧みなかった。だから猟兵であるエテルナは勝てず、そして理解も出来ない。
「……正義なんて、この世には……ないのに」
「自分が正しいと信じることをすればいいんだよ。パパが教えてくれた」
鼻歌を歌いながら、レヴィは誇らしく笑いかける。あの子の明るさには、戦場の闇を吹き払ってくれる眩さがあった。苦痛に呻きながら、エテルナは唇を噛み締めている。
レヴィの誇らしさも、エテルナの苦渋も、どちらも分かる気がする。どちらが正しいのか、結局のところ分からない。エテルナが唱える常識も決して、間違えてはいないのだ。
それでも大人が子供に対して感じる気持ちというのは、どうしても捨てられなかった思いでもある。子供の頃に感じていた思いを、今も忘れずにいるのだろうか。
神様は、いる――彼女の正義は恐らく、そこにあるのだろう。神とは一体――
"パパ、勝ったよ! ボクの勝ち、ボクの勝ちー!"
"分かった、分かったから大声で叫ぶな。えらかったぞ、レヴィ"
"ふふふふふー、もっとほめてほめて!"
――少なくとも、この子が信じる俺では無さそうだけどな。
<続く>
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