とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十四話




"同胞、ルーテシア・アルピーノ。ガリューは、貴女にお任せする"

"信頼には応える"



 あの女が俺と同質であるというのであれば、もう少し熟慮するべきだった。俺や魔女のような人間は、他人を顧みない。全ては自分の為であり、自分のためであれば何であろうと利用する。

俺は剣を手に取り、魔女は魔法を選んだ。俺には才能がなく、魔女には才能があった。違いは単純にそれだけであり、区別すべき点ではない。性別でさえも分かち難く、俺達は結び付いていた。

考えてみるといい。俺は海鳴へ流れ着いた当初、相手が誰であろうと認識もしなかった。敵であれば斬り、敵でなければどうでもいい。優しくされても、気配りされても、見向きもしない。

どれほどの人物に名乗られようと、覚えようともしない。そう、俺達は自分が全て。自己完結する存在であり、自分以外の全てを踏み台にして我が人生を歩む孤独の人間。


余程の理由、余程の価値――余程の強さが無ければ、名前なんて覚えないのだ。


「わたしを殺せるのはいつだって、"わたし"だけだもの――『ガリュー』」


 愛娘と思い込んでいるディアーチェと戯れる魔女は、召喚虫であるガリューに命令。召喚だと勝手に思い込んでいたのだが、俺は自分の浅はかさに舌打ちしてしまう。余程、他人に染まっていたらしい。

ディアーチェに襲いかかるガリューを撃墜したのは、ルーテシア・アルピーノ。紫系ドレスにコーディネートされた少女を装っていても、本質は時空管理局捜査官。凶暴な魔獣を見事に足止めしたかに見えた。

ところが、ルーテシアと向き合った瞬間にガリューは咆哮。支配主に一言名を告げられただけで、体細胞分裂を起こして変型。ルーテシアの美しき目は鋭く細まって、魔法陣を展開。プロである彼女もまた、察した。


魔女の支配下に置かれていたガリューが、名を許されて『解放』――支配からの解放ではなく、理性から解放されてしまったのだ。


「■■■――!!」

「"プロテクション"」


 皮下組織が変異して、魔獣を包み込んでいた魔女の魔力が圧縮。強烈な魔力を供給された骨格は異常な変形を見せて、凶暴な魔竜を模した手足をルーテシアに叩き付ける。

かつて俺を一度は殺した使い魔アルフの狂拳が見劣りしてしまう、魔獣の連打。素早く、強く、雑多で、凶悪。殺害ではなく、破壊を目的とした攻撃。華奢な少女には極めて残酷な攻撃は悲惨の一言だった。

各局面で壮絶な戦いが繰り広げられているが、これほど原始的で野蛮な戦闘はない。人を壊すのに魔法は不要と言わんばかりに、己の肉体のみ酷使して少女の全てを削り取っていく。


暴悪の全てに晒されて、ルーテシアは壮絶に微笑んだ。


「お馬鹿さんね、魔女。この子は理性的な獣人、知性があってこその強さよ」


 あろう事か、防御膜を左手に一点集中させて連続攻撃を防いでいる。バリア系の防御魔法、ルーテシアほどの力量となれば一点集中させれば要塞の壁に匹敵する耐久力を持たせる事が可能なのか。

特に打撃系の攻撃には強いのか、どれほど強固な手足を叩き付けられても傷一つ付かない。骨も砕かんと一心不乱に打ち込まれているのだが、ルーテシアの防御には揺るぎはない。

利点ばかりに見えるが、防御系の魔法には一貫して短所もある。攻撃と防御は、同時に行えない。相手の消耗を待つ長期戦は試合では有効な戦術だが、戦争では褒められた戦術ではない。

俺のようなド素人でも認識している事実を、プロの捜査官が把握していない道理はない。


「さて、問題です。"これ"、なーんだ?」

「っ――!?」


 理性から解放されて、本能で動く魔獣。弱肉強食の自然世界で生きる魔獣だからこそ、警戒心もまた強い。本能レベルで状況把握を行って、呼吸する間もなかった連続攻撃が止まってしまう。

両手を広げたルーテシア、少女と魔獣の周囲を漆黒のダガーが包囲している。遠くから観察していた俺でも気付けなかった、早業。漆黒の殺意に染まったダガーが大量に展開されている。

魔獣への報復を示すかのように、隙間一つなく完璧に包囲。気付いたその時には、逃げ場は残されていない。術者が一流の魔導師である以上、近距離であろうとルーテシア本人に被弾することはない。


「正解者にはもれなく簡易誘導性能に加えて、着弾爆裂の効果までつけちゃいます――"トーデス・ドルヒ"」

「■■■――!」


 包囲していたルーテシアの黒いダガーが、少女の華やかな声により命じられて発動。近距離で一斉射出されてしまえば、たとえ神速を用いて体感時間を停止させても回避は不可能だろう。

ルーテシアの喧伝に嘘偽りは一切なく、彼女の研ぎ澄まされた魔力が付与されたダガーはガリューに次々と突き刺さり、即座に爆破。体細胞まで爆裂されたガリューは黒煙を上げて地面へ落下していく。

妥協は許さず、墜落したガリューに対して射撃魔法を撃ち込んでいく。呻き声を上げて回避を試みても、誘導操作されたダガーからは逃れられず、ダガーは突き刺さる。非情であり、それゆえに正しい。

支配されていても、誰かを傷付けるのであれば容赦はしない。少女に変身したルーテシア・アルピーノの覚悟が窺えるようだった。


"悪戦苦闘しているようね。そっち、手伝おうか?"

"そっちは情け容赦なく仕留めたんだな"


"手を抜いていたら、殺されていた――わたしではなく、他の人が"


 ――自分のミスで、自分ではなく自分以外の他人が殺される。その厳しい指摘に俺が怯んでしまうのは、とどのつまりは弱さなのだろう。非情であることが、必ずしも無慈悲なのではない。

どれほど同情すべき事情があっても、犯罪を犯しているのであれば逮捕しなければならない。牙を向いている相手に笑顔で対応しても、情け容赦なく殺されてしまう。その牙は自分だけではなく、他人にも向かうだろう。

ルーテシア・アルピーノは手伝うと、言った。ノアの説得を手伝うのではない、ノアの逮捕に協力すると言っている。犯罪者として取り締まるべきだと、彼女は戦場の理を正しく指摘する。


ノアは説得には応じない。どう言葉を投げかけても、彼女はナイフを向けてくる。今は自分を襲っているが、いずれは他人を襲うかもしれない。俺の仲間へと、標的を変えるかもしれないのだ。


戦況は今白旗へと傾きつつあるのだが、予断は決して許されない。どの局面においても、どの相手であっても、敵は強力で戦い慣れた猛者達ばかりである。ノアが参戦すれば、戦局は再び傾いてしまうだろう。

俺が戦えなくても、シャッハや妹さんに命令すればいい。ルーテシア・アルピーノに協力を求めれば、無力化することは可能だ。時間ばかりかけるよりも、よほど有意義に事を進められるだろう。

そのくらいの理屈は分かってきたことに、何だか苦笑してしまう。自分以外のことに、随分と気にかけるようになったもんだ。


"協力は必要ない、このまま説得を続ける"

"心掛けは立派だけど、戦場の指揮官が出すべき決断ではないよ"

"この白旗の指揮官であれば出せる決断だよ、ルーテシア。お前達のおかげで、俺は根気強く説得を行える"

"……甘えん坊"

"説得に失敗したら、叱ってくれ"


 ルーテシア・アルピーノの言う通り、この決断は仲間に甘えているだけなのだろう。自分の弱さには恥じているが、この繋がりはむしろ今となっては誇らしいものだった。

正義のヒーローを気取るつもりはない。俺はむしろ救われた側なのだ。天使のように優しい人達、ヒーローのように正しい人達。海鳴の家族達や異世界の仲間達に、俺という人間が救われたのだ。

だからこそ、俺も精一杯助けてみたいと思う。ノアは孤高の強者、他人に甘えなくても生きていける強者。その強さは立派ではあるが、長生きは出来ないだろう。人は独りでも生きていけるが、楽しくはないのだ。

俺も剣士だ、戦闘の意義を否定するつもりはない。ただ、話し合う大切さを教えたいだけなんだ。


「余所見している余裕はないよ」

「■■■■■■――!」


"俺は、こいつを説得する。だから――"

"――ガリューは、わたしに任せて"


 恐るべき瞬速で駆けるノアは姿が消えて、ガリューは咆哮しながら放出した魔力によってフィールドを生成。周囲から完全に自分の姿を消して、闇へと同化してしまった。

加速で姿が消えたノアに対し、ガリューは魔力で生成したフィールドで姿を隠している。明るい日中では魔力フィールドが目視されやすくて効果が薄いのだが、血煙漂う戦場は不透明であり目視出来ない。

ノアは同じ加速能力を持つシャッハで迎撃可能だが、ステルス能力を持たないルーテシア・アルピーノではガリューを捕捉出来ない。変身魔法による幻惑は自分の姿を変えるだけで、自分の姿までは消せないのだ。


「"プラズマシューター"――うーん、駄目か」


 中距離で用いられる、フィニッシュブロー射撃。威力よりも速度を重視したフィニッシュブローが、カスリもしない。デタラメに撃っているのではないのだが、とにかく相手が速すぎる。

ルーテシアがガリューを捕捉できていたのは彼女の長年の戦闘経験と、空気中の砂塵の動きなどの視覚情報を用いてこそだ。姿を消されてしまえば、気配だけで追っても間に合わない。接近されて、攻撃を受けてしまう。

先程も言ったが、攻撃と防御は同時に行えない。ルーテシアほどの実力者だからこそ、攻撃と防御の間隔を限りなく0に近付けられるのだ。だが人間である以上、どうしても完全な0には出来ない。


不利な状況だが防御に徹していても、姿が遮断されていると攻撃が完全には読めない。致命打こそ無いが、強力無比な攻撃を捌くのが精一杯でルーテシアの柔肌が傷付けられる。


だというのにあの女、俺を見るなり安心したように微笑んだ。自分よりも俺が無事だったことに安堵している。そこまで気遣われていても、屈辱だとは思わなかった。

俺は自分で戦っていない、シャッハや妹さんに任せている。自分の剣を掲げていないのに、プライドなんて振りかざせない。だったらせめて、自分は大丈夫だと笑い返すだけだろう。

俺のメッセージを受け取り、力強く頷いたルーテシアは自分の戦術を今こそ披露した。


「"ブンターヴィヒト"――ガジェットドローン全機、転送移動」


 ――魔女よ、時空管理局が誇るプロの捜査官を侮ってもらっては困る。かつてお前に奪われたガジェットドローンは、ルーテシア・アルピーノが全機回収させてもらっている。

魔女が何機か使い壊してしまっていたが、ローゼとの連携捜査でルーテシアは見事ガジェットドローンを取り戻した。下手に手元には戻さず、悪事に使用されないように細工を施していた。

空間転送魔法を用いてガジェットドローンを呼び出したルーテシアは、ガジェットドローンの機能の一つである索敵を使用。数多ある次元世界への探索・索敵が行えるガジェットドローンの機能が開放される。

魔法による探索は不可能でも、機械による索敵であれば、ガリューのフィールドは見破れる。


「見つけた、"クラウソラス"」

「■――ガァッ……!」


 一斉射撃ではなく、弾幕放射。積み重ねられた魔力量が生み出せる弾丸の雨嵐に晒されて、ガリューが居ても立っても居られないとばかりにフィールドを解除してしまう。

ただし、敵も黙ってやられるタマではない。弾幕による放射は威力こそ高いが、精度が劣る。あろうことか自身の魔力を衝撃に変換して、ガリューはがむしゃらに魔力の全方位放射を行った。

正規の術式なんて組まれていない魔法とはいえ、膨大な魔力を持つ者、加えて魔女の恩恵を受けた者が使用すれば強大な破壊力を生む。包囲していたガジェットドローンが残さず吹き飛ばされて、大爆発。


ユーリに放たれた殲滅兵器の音を掻き消す爆撃音、その後には――漆黒のドレスをズタズタに切り裂かれた、血みどろの少女が立っている。



「吾は乞う、小さき者、羽搏く者。言の葉に応え、我が命を果たせ」



 ――ルーテシア・アルピーノには、使命がある。正しいと信じている、正義がある。必ず救うと約束した、誓いがある。大切なモノを守るのであれば、自分が傷つくことも厭わない。


自分が大切な人間には決して持てない強さ、俺が遂にひれ伏した気高さがそこにあった。切れた唇から血が溢れても、切り裂かれた頬が破れていても、ルーテシア・アルピーノは美しく呪文を唱える。

ディアーチェの魔法が、魔女を攻撃。ユーリの攻撃に気を取られた魔女は、我が身可愛さで敗れた。ルーテシアは見向きもせず、自分の役割を果たすべく実行する。


だからここでも、魔女は敗北した。



「"召喚"」



 その理の名は、シュテーレ・ゲネゲン。ルーテシア・アルピーノが召喚したのは極小の召喚虫だった。かつて俺たちの絆を破壊した召喚虫、"インゼクト"。

無機物操作を行う魔女の手足を今、ルーテシアが奪った。支配権を奪ったのではない、支配から解き放ったのだ。魔女の支配から解き放たれた虫達に、ルーテシアは協力を求めた。

同じ支配に苦しめられている魔獣ガリューを、今こそ解き放つ為に。同じ苦しみを持った仲間を今こそ救い出すべく、インゼクト達はルーテシア・アルピーノを主として認めた。

皮下組織や骨格を変形させた武装を持って、ガリューは突撃を仕掛ける。腕部骨格を突起物にした武器が狙うのは、ルーテシアの心臓――それでも怯まない。


「今こそ解放してあげる――"キャプチュード・ネット"」


 大量のインゼクトが吐き出した太い糸状の物質が、猛然と仕掛けるガリューを縛り上げる。インゼクトが鋲のようになって相手を磔にするバインド、捕縛魔法の一種だった。

暴悪な戦力を持つガリューだが、あくまで二足歩行をする人間サイズの虫である。蜘蛛の糸に絡められては、虫は抵抗出来ない。捕縛されたガリューは抵抗を続けるが、インゼクトの強制力は絶対であった。


暴れ続けるガリューに近付いたルーテシアは、傷を厭わず彼を抱き締めた。


「言葉を発することは出来なくても、わたしの言葉は理解できるのでしょう」

「……」

「あの子が諦めないのであれば、わたしも諦めない。ガリュー、あの子と共にわたしと家族になりましょう」


 見事だった、もう笑うしかない。人を甘ったれと言いながら、あいつは俺に模範を示してみせた。力でそのまま押さえ込めたのに、説得を始めてしまったのだ。

人間の言葉や感情を理解出来る知能を有しているのだとしても、確証は何もない。不可能に近いというのに、ルーテシアはガリューと分かり合うべく努力を行ってくれたのだ。


悔しかった、笑い出したくなるほどに悔しかった。



俺が出会う大人というのは、本当に――どいつもこいつも、カッコよすぎる。










<続く>








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