とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十六話
”我が娘、シュテル・ザ・デストラクター。傭兵団の団長オルティア・イーグレットを、止めろ"
"お任せ下さい、父上"
レヴィとエテルナは同じ魔力変換資質同士の決闘であったが、シュテル・ザ・デストラクターとオルティア・イーグレットは真逆の魔力変換資質を持つ者の決闘であった。両者の属性は、相反している。
シュテル・ザ・デストラクターの魔力変換資質は「炎熱」、オルティア・イーグレットの魔力変換資質は「凍結」。同じ資質であれば勝敗を分けるのは力量、異なる資質であれば知略が優劣を定める。
真面目で物静かで礼儀正しい内面、卓越した頭脳、並外れた魔法センス、戦闘スタイルは優れた戦術が要求される射撃タイプ。あまりにも似通っている二人を隔てているのは、才能と才覚が問われる魔力変換資質であった。
そうした魔力変換資質を有効活用する目的、目的に沿った理念こそが両者を競い争わせている。力量も頭脳も互角、火と水がぶつかり合って消失。体力と気力の削り合いは、不毛の一言。
壮絶な知略戦を終えて、両者は互いの実力を察知――理念と信念を賭けた頭脳戦へと発展した。
「星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクターさん。白旗の中で私が最初に強い興味を抱き、好感を持った人間が貴女でした」
「身元も素性も知れぬ人間に好感を抱くとは、貴女も変わった女性ですね」
自分自身を徹底的に調べ上げられていることを前提に、シュテルは会話の糸口を切り出している。優秀な頭脳を持った者同士、不要な挨拶や確認事項を一切挟まずに探り合いが行える。
身元不明である事を自分から切り出したシュテルに対し、オルティアからの返答は優美な微笑みであった。純粋に会話を楽しみ、交流を淀みなく行えている事に心地良さを感じている。
俺のような教育が行き届いていない人間であれば、一言二言でこれほど相手に深入り出来ないだろう。優秀な者達が対面すれば、一を話すだけで十の情報を探り当てられる。
自分と同じ変わり者、そう告げられてもオルティアには不快な感情が一切宿らなかった。
「今の聖地で求められているのは純粋な力であり、素性ではありません。逆に素性が判明したところで、力無き理念であれば淘汰されるのみです」
「貴女の仰る通りです。だからこそ父上は魔龍を支配する龍姫を討伐し、見事に聖女の預言を成就なされました」
「白旗の象徴である"カイゼル・ファルベ"こそ力無き理念そのものではありませんか、シュテル・ザ・デストラクターさん」
オルティアの指摘にシュテルは黙して語らず、遠くから耳に届いていた俺は舌打ちする。強さを主張する猟兵団とは違い、傭兵団を率いるオルティアは知識を持って訴えている。
ユーノ・スクライアが以前述べていた。カイゼル・ファルベ、虹色の魔力光は聖王の血統に頻出する現象。血統を示す証拠ではあるが、聖王の真価を発揮する希望の光ではない。
事実虹色の魔力光を知りながらも、クロノやユーノは俺が聖王ではないと断言していた。聖王家の魔力光を演出出来ても、聖王の実力は発揮出来ていない。プレセア戦でも、俺は苦戦と苦難の連続だった。
俺の魔力光は虹色ではあるが、聖王の盾とはならない。それこそが力無き理念であると、オルティアは断じた。あの女、聖王伝説について相当な知識を持っている。
「シュテルさん、貴女ほどの魔導師であれば聖王についても精通されていらっしゃるでしょう。力無き理念に縋り付く今の聖地では、正義は為されない」
「父上の尊き光に希望を見出すのは、他ならぬ民です。民は信仰を唱え、父は救いを与える。宗教国家の在るべき姿であると、私は捉えております」
「そうして民は過去の栄光に縋り付き、過去の過ちを繰り返そうとしている。王こそ神であり、絶対者であると崇め奉り、信徒は己の足で歩む事を忘れてしまう。
白旗を掲げる"聖王"陛下である彼は、昨日へと後戻りしている。民に、思い出を見せつけている。辛い今よりも、優しい過去に戻ろうとしているのです。
彼が生み出す理想の光景に、未来などありはしない」
優しかった昨日を、求めている――彼女の指摘で思い浮かんだのは、海鳴での光景。高町家で過ごしていた、嫌になるほど幸せだったあの時の思い出が蘇って胸を締め付けられた。
単なる思い出、二度と戻ってこない過去。高町美由希と刃を交え、高町なのはを破綻させ、フィアッセ・クリステラの声を奪ってしまった。桃子は店を閉めてしまい、城島晶は家を飛び出してしまった。
俺が人の繋がりに希望を見出しているのは、あの優しい過去を教訓としているからだ。過去を美化して、今を変えて、未来を望んでいる。その先に在るのは思い出だと断じられて、言葉を失ってしまう。
どうして違うのだと、言い切れる。どんな困難に遭っても、教訓としたのは過去の思い出だ。自分で今を破壊してしまったからこそ、せめて未来だけは立て直そうと努力している。
俺が見ているのは、今の崩壊した高町家ではない。家族団欒で過ごしていた、昔の思い出なのだ――
「貴女の言う過去の積み重ねを経験と呼ぶのですよ、オルティア・イーグレットさん」
――そして昔の思い出を一切持たない、俺の娘が怯むこと無く真実を物語る。優しい思い出が一切なく、長く暗い時間を経て今に誕生したシステムの構築体。
話しかける言葉は敬意に満ちており、父を断罪する言葉の刃に思慮深く対応している。淑女然としている姿勢は優雅そのもので、揺るぎない気品に飾られていた。理念と真心を持った、少女。
辞書を開くように話しかける知識は経験としては記載されていなくても、自分の内なる想いから節度を持って打ち明けられているのがよく分かる。俺の命に、忠実に応えようとしている。
そう、あの子は――"止めよう"としているのだ、歴戦の傭兵を。
「そして経験の連なりを持って、知識が生まれる。麗しき思い出であれ、痛く苦しい過去であれ、人は昔を無くして今を生きられない。優しい過去に夢を見ることを、私は悪い事だとは思わない」
「同じ過ちが繰り返されるのであれば、経験を生かせていない事になります。思い出を美化して、現実を直視していないではありませんか」
「貴女は実に優秀な方です。多くの経験を積み重ねて膨大な知識を蓄積して、真実を追求している。だからこそ、貴女は経験則でしか物事を測ろうとしていない。
今起きている戦乱、貴女は聖地の惨状に昔の過ちを重ねている。同じ戦乱が起きているから、同じ歴史が繰り返されるのだと、貴方は知識と経験で決めつけている。
それが貴女の限界なのです、オルティア・イーグレットさん」
オルティア・イーグレットが感じている現実の苦境は、俺自身も感じた印象だった。古代ベルカの戦乱が、聖女の予言を持って今も繰り返されようとしている。その危機感は、同じであった。
共有された危機感に対して、他ならぬ俺の娘が否であると明言している。思い出を持たない実の娘は過去を語らず、現実を見つめて正しく分析しているのかもしれない。
俺やオルティア、エテルナのように――経験や過去を持つ人間には見えない今が、あの子には見えているのか。
「多種多様なこの時代、多次元で構成された世界が築き上げられた今、同じ悲劇が起きることなど在り得ない」
「何故、そう言い切れるのですか。聖王を神とする宗教文化があり、聖王のゆりかごが現代に蘇っているのですよ」
「生きている人間が違います。人は一人一人違う心を持ち、異なる理念を持っている。同じ信念を抱く人間など、存在しない。価値観の共有など、空想でしかありません」
「人間が同じ過ちを繰り返すことは、歴史が証明しています。どれほど時間を隔てても、人間は簡単には変わらない」
「同じ人間であると高を括っている、同じ時代を経ているのだと思い込んでいる。貴女もまた過去を見ている一人にすぎないのだと、証明しているではありませんか」
「同じ過ちを繰り返さないためにも、過去の教訓は生かされなければなりません。それこそが貴女の仰っていた、経験則でしょう」
「父が教訓としている経験によるものです。貴女と同じだ」
「私は、彼とは違います」
「ええ、父上と貴女は違う。貴女は今を対処し、父上は未来を作ろうとしている」
「過去を美化するあの人に、未来はありません」
「かつて優しかった世界を、人々の手でもう一度蘇らせる。そうした行為を"復興"と呼ぶのですよ、オルティア・イーグレットさん」
「――!?」
「戦乱で脅かされた聖地を再び、元の平和なベルカ自治領へと復興させる。正義による統率ではなく、暴力による支配でもなく、人々による復興によって世界を再生する。
一歩一歩着実に、決して急がず、急かさず慌てずに、震える人々の足を支え、怯む人々の背を優しく押して、父上は人々と一緒に歩み出しているのです。
輝かしい未来を作ろうとする、貴女の理念は素晴らしいと思います――ですが聖地の人々は貴女ではなく、父上を陛下として崇めている。
それは何故なのか、私の今の話を聞けばお分かりになるでしょう」
「……人々は理想や理念ではなく、平和な生活を望んでいると言うのですか?」
「何とも凡庸な話でしょう。実に現実的な、単なるボランティア活動です」
「馬鹿な、そんな……誰にでも出来るようなことを!」
「誰にでも出来そうだから、人々も何とか頑張ろうとするんじゃないですか。貴女は前提から思い違いをしているのですよ、オルティア・イーグレットさん。
私はシュテル・ザ・デストラクター、あの人の娘。凡庸な父を愛する、凡庸な娘なのです。理想や理念は大いに結構ですが、私は平凡な人生を歩んでいきたい。
信徒の方々も同じですよ。彼らは正義の味方になりたいのではない。英雄ではなく――英雄ポロネーズに憧れるだけの、一般人なのです。英雄物語は聞けば楽しいですが、自分で成るのは疲れるだけですから」
もしも俺が正しい事を語っていれば、オルティアは頑として首を縦に振らなかっただろう。正義と正義は互いにぶつかり合うだけ、どちらが正しいのか誰にも分からない。自分で決めるしかない。
傭兵団は猟兵団とは違い暴力で支配せず、権力による統率で人々に規律を敷いていた。無法を肯定するつもりはないし、規則による統率もまた治安維持に基づいたやり方であることは分かっている。
だからこそ、俺は彼女と分かり合えなかった。あの人もまた、俺とは分かり得ないと忌み嫌っていた。不毛な争いはやがて、戦争へと発展していたかもしれない。正義を執行する、聖戦として。
過去を持たず、今を現実的に直視するシュテルだからこそ待ったをかけられる。
「ならば尚の事、彼は信徒の方々が求める聖王陛下ではないと言うことではありませんか。人々を守る盾を持たない偽王に、人々を守る資格はありません!」
「それを決めるのは貴女ではない、人々です。人々は過去の聖王ではなく、今の"聖王"を選んだ」
「力がない正義に、一体何の価値があるというのですか!」
「だからこそ、私達がいるのです――あれをご覧下さい」
「――なっ!?」
ユーリ・エーベルヴァインに向けられた殲滅兵器、他ならぬ傭兵団の部隊長が放った戦略兵器が火を噴いて――ユーリ・エーベルヴァインによって、鎮圧された。
我が子ユーリはシュテルの言葉を体現するように、罪を滅して罰を与えなかった。涙を流して崩れ落ちている女性をユーリは叱りつけ、懸命に説得している。過ちを正し、正しい事を望む為に。
独断とはいえ、傭兵団が所有していた禁断の兵器が使用された。自らの正義が暴走し、挙句の果てに通じなかったとあって、オルティア・イーグレットは膝をついた。
結局、自分達も同じだった――正義の名の下に、兵器を持って悪を滅ぼそうとしていた。人々を巻き込むことを、犠牲の一言で片付けて。優秀であるが故に、彼女は己の過ちに気付けた
「父は剣を掲げておりますが、刃を持ちません。人を斬る剣士を選びながらも、人を斬る意義を常に己に問いかけているのです」
「……強大な力は常に、自分自身をも傷つけると承知していると?」
「だから我々が父の代わりに力を持っております。そんな私達を父は武器ではなく、家族として信頼してくれている」
「無責任な話ですね、他人に頼って己の非力を補っている」
「人に優しくすることが出来る方なのです。貴女も、そうしていただけませんか?」
「正義を成すのではなく、他人に優しくする――"復興"を手伝えと言うのですか」
「申し訳ありません、ボランティアなので給料が出せません」
「ふふ、彼のお手伝いをするのはお断りしますが――まずは貴方と友達になることから始めたいです」
「私でよければ、喜んで」
――こうして、決着が着いた。どちらも強大な力を持ちながらも、理念と理想を語り合って、単なる一歩ではあるが歩み寄れたのだ。
シュテルは結局、最後の最後まで俺の命令に忠実だった。オルティア・イーグレット相手に力で挑めば、倒せても止められない。だから精一杯言葉を尽くして、彼女を説得したのだ。
頭脳明晰な理のマテリアル、あの子だからこそ出来た決着。これもまた、シュテル本人の実力なのだろう。俺はもう、感心するしかない。
オルティアと握手を交わして、シュテルは俺に念話を送ってきた。
"父上、命を果たしました"
"見事だったぞ、シュテル。俺も励まされる思いだ"
"父上の信念や正義はディアーチェやレヴィが、私は理念を受け継いでおります。力での制圧も手段の一つですが、言葉による理解もまた大切。
父上の右腕として当然の役目を果たしたまでです。頼れる娘で、父もさぞ安心でしょう"
"ここぞとばかりに攻めてくる自己アピールも流石の一言だな"
"父上こそ見事な逃げっぷり、感心してしまいます。父を愛する娘として、ここから愛の声援を送ります"
"助けに来いよ!?"
くそっ、娘にあそこまで見事に説得されては、父親としても頑張らなければならない。シュテルは見事だったけど、無駄にハードルを上げられて俺としては困り切っていた。
ノアを相手に必死で逃げまくりながら説得する俺に、戦いを終えたシュテルから情報が連携された。
"彼女から、実に有益な情報を得られました"
"申してみよ"
"オルティア・イーグレットさん、こちらの女性は父上の元お見合い相手です。高貴な家柄のお嬢様とのご縁談により、一方的に破断にされたといたくお怒りです。
時空管理局(ルーテシアさん)及び聖王教会(聖女様)へ被害届を提出。後日怒りの家族会議を開催しますので、是非ともご参加をお待ちしております"
"知らねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?"
<続く>
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