とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十話




 ――振り返ってみると実戦経験こそあっても、俺には戦争の経験が一切なかった。木の棒きれを振り回して剣士を気取ろうとも、平和主義国家の日本では戦争が行われる事はない。徴兵もなく、呑気に生きて来た。

この聖地で戦乱が起きる気配は確かにあったが、実際に戦争が起きる事を想像していた人間は恐らくいない。聖地は聖王教会騎士団が治安を守り、ミッドチルダは時空管理局が法による守護を行っているからだ。

誰かが守ってくれるという確信は、自分では守らないという怠惰でもある。戦乱だの戦争だの危機感を募らせても、結局のところ俺も平和な世界で生きて来た一般人であり、甘ちゃんだったのだろう。


だからこそ――本物の戦争を目の当たりにして、棒立ちになってしまった。


剣と血が飛び交う戦場に、信徒達が祈りを捧げる神は存在していない。戦場という非日常には、民衆が謳う正義の法は行使されていない。血と肉が焼け爛れ、強烈な臭気と殺意が夥しく蔓延していた。

地平線を覆い隠す黒い異形の魔物、地雷王の大群。召喚魔法陣を中心に湧き出てくる巨大甲虫の群れは広大な大地を我が物顔で破壊しており、局地的地震を起こして世界と人類を滅ぼすべく闊歩している。



「フハハハハハハハハハハ。どうかしたのかね、随分とご機嫌斜めじゃないか。せっかく君が開いたお祭りだ、もっと盛大にもてなしたまえよ」

「――ちょっとだけ……イラッと来ちゃったかな、うふふ……」


 破壊の権化を指揮するのは、紅衣の魔女。狂気と狂乱の魔力を十全に撒き散らしながら、かつて戦乱を巻き起こさんとしていた科学者を相手に、敵意と殺意の微笑みを浮かべて向き合っていた。

ガジェットドローン"II型"、航空型ジャミングシステム。対地攻撃も可能な戦闘攻撃機に搭載されているのは、ローゼにも使用されている超高度の演算解析能力。このシステムが、魔女の介入を阻害。

戦闘機人や自動人形、デバイスまで支配出来る魔女のインゼクトに対抗した攻撃機。新型ガジェットドローンにより、魔女は今機械操作が行えない。博士が躍起になって開発したのである。


――だが、魔物や霊障の干渉までは防げない。魔物は大暴れして戦士達の戦意を誘い、霊障による人体への影響で怨霊達の激しい殺意が伝播して荒んだ戦争を引き起こしている。


血が迸るような戦火に燃え上がる戦場を蹂躙しているのは、装軌式戦車。ミッドチルダでは一般的な回転砲塔を持つ戦車で、比較的短砲身かつ大口径の砲を装備した対歩兵戦用の主力兵器。

六連装ランチャーに加えて、シーカーまで搭載されている誘導弾発射装置まで設置。撃ちっ放しまで可能とするアクティブホーミング式魔導弾が、戦場に雨あられと降り注いでいる。

実戦用ではなく、戦争用の最新装備。ハンドグレネードまで手にした戦争屋集団、猟兵団が柄付手榴弾まで用いて、聖地を荒らす障害を破壊している。対象が人間であろうと、一切の躊躇がなかった。


凍てつく大地を焦がす灼熱の戦場を、凛々しくも怜悧な殺戮集団が数多ある命を奪い去る。戦場を彩る殺戮の舞踏を舞うのは、対魔導式銃火器装備を搭載する殺戮の軍勢。冷徹な殺意が、戦場を血に濡らす。

望むと望まぬとに関わらず、美しく例外もなく破壊。万物を呑み込む死は、法や正義より平等に敵を討伐。金で雇われた暴力の傭兵達、破壊を約束された殺意の機械人形達。正義を成せと、悪が叫ぶ。

無慈悲に投下されているのは、M24型柄付手榴弾。弾頭部分に化学兵器を装填、噴煙の中舞い上がる麻痺性の毒ガスが戦場の狩人達を一瞬で無力化。許さぬと、ただ許さぬと、敵味方無く殺し続ける。


かつて魔天の空を覆っていた、漆黒の魔龍。空の覇者が見下ろしていた大地に鎮座、轟音と地響きを伴いながら白き旗の元に集った勇士達が結界を張り巡らせている。熾烈を極める地上戦が、繰り広げられていた。


「何やっているんだ、こいつら」

「……陛下」


 ベルカ自治領に刻まれている火柱、絶え間なく響き渡る銃声と魔音、人類と人外の咆哮に埋め尽くされており、敵を殺さんとする殺意が蔓延している。地の底より龍が昇り立つかのように、世界が慟哭していた。

震源地である戦場は絶え間なく地面を振動させていて、頭上から土砂や瓦礫類が降り注いでいる。魔物の山が高く積み上がっていて、何人もの戦士が倒れ伏している。されど、誰もが止まる気配がない。

争いを止めるべく、争いを起こす。戦争を止めるべく、戦争を起こす。戦いを止めるべく、戦い続ける。鉄臭い血の匂いが鼻につき、銃声が騒音のように鼓膜を震わせる。正義も悪もあったものではなかった。


初めて目の当たりにした戦争を前にして、心の底から込み上げてくるのは――煮え滾るような、怒りだった。義憤などでは決して無い。単純に、ただ馬鹿らしかった。


「我が騎士、アナスタシヤ。この馬鹿騒ぎを治めよ」

「かしこまりました」


 旗手である聖騎士アナスタシヤが掲げる旗は、白き旗。主の前で振りかぶる無様は晒さず、一手にして投擲。剣林弾雨が荒れ狂う戦場を一直線に貫いて、砲弾を発射し続ける戦車に突き刺さった。

猟兵団の主力兵器であり、それ以上でも以下でもない。損失には違いないが、戦力の低下というにはやや弱い。だが、たかが一機の戦車に旗が突き刺さったというだけで、荒れ狂っていた戦場が停止した。


驚くべきは、その技――鉄の戦車を貫通する技術、破壊ではなく停止に留める技量、操縦者の生命を停止させない技能。一切の隙がない、完璧なる命令の遂行が行われた。


戦場にたなびく白き旗に、誰もが皆息を呑んでいる。感じたのだ、己が欲望を満たす魔女の蛮行や、正義を盾に戦闘行為を行う猟兵団と傭兵団――彼らに対する、深き怒りを。

聖女の予言を発端に、各地より集った亡者達。正義を言い訳とした横行、治安維持を名目とした支配。聖地に生きる善良なる人達は何も言えず、恐怖に口を閉ざしていた日々。

そして今も尚、聖地の外で戦乱を起こしている。勝利さえすれば後で何とでも言い繕える、事実今までその通り支配出来ていた。もしもここで白旗が敗れれば、同じことの繰り返しとなるだろう。

聖地の人達は憤っていた。彼らを護りし聖騎士もまた、思いは同じだった。ただ騎士とは、主君あっての存在。己の立場を理解しているだけに動けず、さぞ歯痒かったに違いない。


清廉かつ気高き聖騎士が、戦士達の邪気を一時的とはいえ挫いた。


「我が娘、ユーリ・エーベルヴァイン。魔龍を死守せよ」

「分かりました、お父さん」


 沈む事なき、黒い太陽。影落とす月、ゆえに決して砕かれぬ闇。暴虐の魔龍の上空に飛来した太陽が両手を広げた瞬間、戦場に蔓延していた霊素や魔素が凄まじい勢いで吸い上げられていった。

猟兵団は目を剥き、傭兵団が瞠目する。霊素がなくなれば取り憑いた影響は消えなくても、召喚された怨霊達までは存在を保てない。魔力素が無くなれば、魔法が使えなくなるのは道理であった。

されど、かの者達は強者達。魔法が使えなくなる状況を想定してこそ、一流。戦車は火を吹き、兵器は雷を鳴らし、戦士達が銃火を轟かせる。殺せないのであれば壊せと、轟き叫ぶ。

猛撃に晒される天空の闇は恐れず慌てず、公然と宣言した。


「永遠結晶エグザミア、起動」


 "魄翼"、闇色の炎を宿した巨大な翼。デバイスを一切使用せず、呪文を一切唱えず、瞬き一つで強大な魔法を行使。銃火の雨に晒されても傷一つつかず、防壁を構築していた。

魔龍に群がっていた魔物が蒸発し、魔龍に押し寄せていた戦士達が昏倒。死守を命じられた以上攻撃をせず、命じられるままに守る。意志一つで、戦場の暴力を寄せ付けない。

誰もが手をこまねいている中、人でなしが軽い調子で拍手を奏でる。ユーリを目にした科学者は鉤爪の如き義手を白衣に収め、魔女が歓喜のままに飛び上がった。


「素晴らしい力だわ、"わたし"の娘。気高く美しき"わたし"の魔を引き継いだ貴女に、祝福あれ!」

「――我が娘、ロード・ディアーチェ。魔女を討伐せよ」

「承知した、父よ」


 コキュートス、その一言が魔女の哄笑を止める。大広域氷結魔法、業火の戦場に暗黒のブリザードを巻き起こる。極地的な暴風雪は大地を覆って、聖地を揺るがす地震さえも氷結させてしまった。

温暖な聖地において、後に史上最大級のブリザードとまで言わしめた大魔法。激しい吹雪は地雷王を粉々に、凍てついた大地を巻き上げる氷河は、魔女を芯まで凍結させてしまった。

史上最大の自然災害を起こした少女は眉一つ動かさず、奮然と地平線を睨みつける。巨大な氷柱に囚われながらも、魔女の微笑みは消えない。ニコニコと、邪気に満ちた笑顔を見せている。


「わたしを殺すのね、"わたし"の娘。わたしを殺し尽くせると言うのね、"わたし"の娘」

「ひかえよ、塵芥。我は闇統べる王、偉大なる我が父宮本良介の後継者である」

「正しいわ。わたしを殺せるのはいつだって、"わたし"だけだもの――ガリュー」


 ディアーチェが放ったコキュートスで無力化された巨大昆虫の大群が、蠢動する。圧倒的支配を持って召喚された人型殺戮昆虫が、氷結地獄を打ち破ったのだ。

魔女と対立するディアーチェへと刃を振り上げるが、ディアーチェは揺るぎもしない。一切の逡巡もなく、魔女の一挙一動から目を離さない。揺るがぬ闇の王に、魔女は唇を釣り上げた。

背を預ける我が娘の信頼に応えるべく、娘の安否を一切気遣わずに名を下した。


「同胞、ルーテシア・アルピーノ。ガリューは、貴女にお任せする」

「信頼には応える」


 ソニック、可憐な唇より紡がれた韻で猛然とディアーチェに襲い掛かってきたガリューの前に瞬間移動。刹那の攻防を制したのもまた、時空管理局の一流捜査官。

高速移動に合わせての射撃、トーデス・ドルヒと唱えられた連続魔法によって魔女の下僕が為す術もなく撃ち落とされた。見事な魔法の技量に、敵味方関係なく見惚れてしまう。

傷つき倒れても、人型の魔獣は恐れもなく立ち上がる。殺意の眼差しは偽りであると、可憐な少女は慈悲深く断じた。


「可哀想な子、貴方はわたしが救ってあげる」

「■■■っ――!」


 ルーテシアとガリューが向かい合う中、美しき救出劇を感激する連中はこの場には存在しない。敵の敵は味方とはならず、誰であろうと殺すのが戦場の常識。

白く凍てついた大地の上空より紫の雷が降り注ぎ、停滞を余儀なくさせられていた虫達が消し炭になる。戦塵が舞う戦場では珍しくもない火花も、雷槌に彩られれば話は別。

ディアーチェの氷結魔法を打ち破った戦士もまた、麗しき女性。猟兵団副団長エテルナ・ランティスは、銃剣を光らせて魔獣であるガリューに襲いかかった。


敵を助ける筋合いなんぞ無いが、味方が救出を望んでいるのであれば、俺はその信頼に応えてみせる。俺の娘も同じ意見だ。


「我が娘、レヴィ・ザ・スラッシャー。猟兵団の副団長エテルナ・ランティスを、止めろ」

「りょーかい、パパ!」


 雷刃の襲撃者とは、よく言ったものだ。ワインレッドなツリ目を喜びに輝かせ、青いマントを翻して、雷の如く襲いかかってデバイスのバルニフィカスを振るった。

真横から飛んできた雷刃に目を見開きつつも、銃をぶっ放して足止め。レヴィが急停止したその瞬間に、銃剣を容赦なく切り結ぶ。眼前にまで届く刃をレヴィは無造作に蹴り上げて、上空から青い雷を落とした。

雷の魔力変換、同質の才能を持つ魔導師。一瞬で相手の技量を看破した副団長は迎撃の雷弾をぶっ放して、火花を飛び散らせた。雷を雷で相殺する物理法則への逆襲、自然法則を捻じ曲げる技量。


お互いが強敵だと認め合いながらも、深い因縁が仇敵であると睨み合わせる。


「なるほど、あんただったのね。わたしの可愛い子達を、散々痛めつけたのは!」

「パパの敵は、ボクの敵だもん。邪魔をするなら容赦しないよ、おばさん」


 その瞬間をチャンスと捉えるのは、流石としか言いようが無い。絶好の機会を一切逃さぬ洞察力が彼女をここまで強くし、一大勢力を作り上げたに違いない。

雷を雷で相殺する魔導の因果が成立するのであれば、氷結を氷結で停滞させるのもまた魔導技術。凍てついていた女性オルティア・イーグレットが、殺意を載せた氷弾を発射した。

狙いは、副団長エテルナ・ランティス。白旗のレヴィを敢えて狙わなかった政治的判断と、粛清を理由に副団長のエテルナを狙う戦場の常識。瞬間的な計算力は、人智を超えてしまっている。


対抗するには、予め予測するしかない――同等の高度な計算力を持つ我が娘が、予め忠告しておいてくれている。


「我が娘、シュテル・ザ・デストラクター。傭兵団の団長オルティア・イーグレットを、止めろ」

「お任せ下さい、父上」


 殲滅者を名乗るシュテルは事前の計算通り、炎弾を放った。炎熱変換の資質も加わった魔力弾は星光のように発射されて、氷結弾を真っ向から撃ち落とした。

白旗を狙うべきではないという判断は、防衛であれば翻せる。それもまた計算済みなのか、何の躊躇もなくシュテルに向かって氷結弾を連射していく。

眉一つ動かさず次々と撃ち落としつつも、シュテルは俺から距離を取って間合いを測る。巻き込むのは本位ではないのは彼女も同じ、オルティアもまた距離を取った。


恐るべき頭脳戦、同レベルの魔導師は共に優れた頭脳を開花させて、向き合った。


「シュテルさんですね、私は貴女との戦闘を望みません。貴女ほど優れた魔導師とは、是非とも協力し合いたいと思っております」

「ありがとうございます、オルティアさん。でしたら是非とも、父上の理想に協力して頂きたいですね」

「……どうして貴女ほどの人が、父とまで慕って彼に従うのですか? 理想は所詮、理想に過ぎないのですよ」

「私は、父の理想に従っているのではない。貴女の正義に、共感もしていない。私はあくまで、私の気持ちに素直でいるだけです」


 彼女達の高度な頭脳戦を尻目に、恐るべき計算違いが戦場で起きている。氷結魔法から開放された虫達はあろうことか、召喚による支配からも解き放たれてしまったのだ。

魔女はディアーチェに夢中になっており、猟兵団や傭兵団の指揮官はレヴィやシュテルに集中。ガリューはルーテシアが抑えてくれているが、地雷王の大群はどうしようもない。

支配から開放されたからといっても、地雷王は良識ある存在ではない。巨大昆虫が人の支配から解き放たれれば、虫の本能に従って暴走するしかない。人を殺し、街を襲うのだ。


そして信徒達が集う街を守ることが、騎士団の務めである。


「我が騎士達よ。地雷王を、殲滅せよ!」

「かしこまりました、陛下!」


 一番槍は永らく出撃を待ち焦がれていた、聖王騎士団団長のセッテ。自身には大きすぎるブーメランブレードを抜き放って、地雷王の群れを両断していった。

暴走し始める虫達は戦場に倒れ伏す戦士達を食らうべく牙を剥くが、参謀役であるクアットロのシルバーカーテンが認識を阻害。支配とは別の混乱に襲われて、右往左往してしまう。

右も左も分からない虫達でも、局地的地震は起こせる。震え上がる大地を駆け回るのは、トーレ。彼女のライドインパルスは高速移動能力、地震に左右されず虫達を殲滅する。


街へ向かおうとする愚か者達には、街を守りし騎士達が立ちはだかった。


「まさかベルカの街を守る日が来るなんて思わなかったな――"シュワルベフリーゲン"!」

「今の我らは真なる主と友を得た騎士、不思議はあるまい――"鋼の軛"!」


 動乱する戦場において、安全地帯などありはない。最早心身共に疲弊している剣士など、絶好の的であろう。それが大将首であれば、垂涎の的であった。

魔法による干渉をまるで寄せ付けない、傭兵団の殺人兵器。妹さんやファリンを悪戦苦闘させた機械人形達が、俺を見るなり一目散に襲い掛かってくる。

戦闘機人や自動人形とはタイプが異なる人型兵器、女の形をした魔人――映画のような悪役に対して、古代の歴史より生み出された従者に命じた。


「我が従者、イレイン。傭兵団の殺人兵器を、殲滅しろ」

「任せておくれ、マスター!」


 思えばイレインに下す戦闘命令は、これが初めてかもしれない。主が思いを馳せるよりも、従者の方が思い入れが強いだろう。喜々として、イレインは能力を全開放した。

"静かなる蛇"、最終型自動人形に搭載された兵器。古代の叡智と近代の科学より再開発された絶対の武器が、思う存分振るわれる。高圧電流を流す鞭、どれほど頑強な機械であろうと防げない。

ジェイル・スカリエッティによって整備された兵器は電速を超えて敵を捉え、その殺傷力は傭兵として戦える頑強な機械人形を一瞬で炭化させた。恐るべき威力を秘めている。


「何処の誰が作ったのか知らないけど、生憎とアタシは主に恵まれた兵器なんだ。"自由気ままに"戦える強さってのを教えてやるよ!」

「……フフッ」


 白旗の理念は、戦場では通じない。そうと分かっていながらも、俺は納得せずに呼びかけ続ける――かつて、なのは達が俺に呼びかけてくれたように。

そうした停戦を求める声など、戦場の混乱の前には雀の囁きでしかない。か弱い"雀"の声は、野鳥である"烏"を招き入れてしまう。


足腰も満足に立たない雀の前に悠然と姿を見せたのは、紅"鴉"猟兵団の団員ノア・コンチェルト。硝煙の匂いを漂わせながら、気軽に手を挙げる。


「足止めしておいた」

「よくやってくれた、何とか間に合ったよ」


「じゃあ、仕事に移るね」


 赤いジャケットをラフに羽織った、切り揃えられたショートの銀髪の女の子。媚びを含まぬ純粋で透明な美しさのある、怜悧な目をした少女が、銃と短剣を手にする。

分かりきった話であった。彼女は猟兵団の一員であり、俺は白旗の大将。私生活ではお喋りする仲であっても、仕事場には持ち込まない。彼女は、間違えていない。

シスターが武器を構え、妹さんが拳を握る――頼もしき二人を前にしながら、どうしてなのだと俺は聞かなかった。彼女も口にはしない。一つの獲物を前にしている以上、分かち合うことはあり得ない。

プレセア戦で、肉体を負傷した。団長との決闘で、精神が摩耗した。剣は握れず、剣を握る心は疲弊している。自分では戦えず、仲間達は決して戦わせてくれない。シスターに背負われていて、誰よりも無力だった。


――けれど。

「決闘は俺が勝ったぞ」

「すごいね」

「あの獲物は俺のものだ」

「それはどうかな」

「何でだよ、決闘に勝ったんだぞ」

「決闘の結果で処遇が決まるのは龍姫であって、魔龍ではない」

「どっちも繋がっているじゃないか」

「繋がっていると、思われているだけ。聖地の外であり、自治領でもある此処は、管理局と教会の枠外」

「俺を倒しても大勢は変わらんぞ」


「そう思っているのは、君だけ――あんな化け物揃い、君にしか統率できない」


「友達だと思っているのもお前だけだけどな」

「激しく傷付いた、許さない」

「だったら、仕方がないな」

「やるっきゃないね」


「戦術的撤退――さらばだ、フハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 俺の意図を即座に察して、シスターは心得た顔で高速移動。妹さんもギア2を発動して追走し、流れ弾や他の追跡者などの露払い。ノアは目を見開いて、慌てて追いかけてくる。

無論、戦場そのものから離脱しない。その場から離れただけだ。建物を通り抜け出来るシスターの能力があれば、誰にもぶつからずに戦場を縦横無尽に逃げ回れる。妹さんが守護ってくれれば、矢でも鉄砲でも安心。

言葉は通じない、だからといって話し合うことを止めたりはしない。なのはたちはそうして、俺を救ってくれた。剣は振るえなくても、それが俺の戦いなのだから。


こうして距離を取りながら、言葉を投げかけて――えっ!?



「よっ」



「私と同等の高速移動!?」

「魔法を使っていないのに、何でそんなに早く走れるんだよ!?」

「このままでは追いつかれます、剣士さん」


 己の宿命――そして己の宿敵を前にして、俺達は戦いを始めた。










<続く>








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