とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第七十一話
紅鴉猟兵団の団員であるノア・コンチェルトに追われながら、俺は魔龍バハムートを中心とした苛烈な戦場を観察。戦場の各局面を出来得る限り把握して、いざという時の指揮と決断を行えるように努める。
この戦場で自分に出来る事は限られている。情けない話、この戦場で一番数の多い一般兵が相手でも悪戦苦闘するだろう。心身に刻まれた負傷を除いても、傭兵や猟兵を相手に素人が安々と勝てる筈がない。
戦争への出撃は仲間達一人一人が決断した事、今更その覚悟を疑う真似はしない。自分や仲間の生死も含めて、彼らは一人一人責任を持って挑んでいる。彼らの安否を憂うのは失礼に当たる。命を賭けているのだ。
「仲間の心配なんて余裕だね」
「心配を余裕と捉えるのか。面白い視点だが、俺には当て嵌まらない」
「どういう事?」
「余裕が無いから、心配しているんだ――その点を理解しない限り俺とお前の差は埋まらないよ、ノア・コンチェルト」
信頼はしているが、だからといって責任を放棄したりはしない。彼女達の実力を信じながら、緊急事態に備えて一部始終を逃さずに見渡す。
彼らの背中を守る事が、俺の今の仕事だ。
"我が騎士、アナスタシヤ。この馬鹿騒ぎを治めよ"
"かしこまりました"
異世界の騎士の剣術――長剣を使用する剣術は、剣で相手を殺傷する為の技術である。古代ベルカより伝わる騎士剣は両刃が主とされており、俺の師匠御神美沙斗が用いるような日本刀とは扱い方が異なる。
血糊で切れ味が鈍ったりすれば武器としての実用性に欠ける為、騎士剣では切れ味よりも丈夫さが重視されている。実際あの騎士団長の大剣も切れ味ではなく、重厚さを武器に威力を高めて振るっていた。
切れ味を重視する日本刀とは異なる、騎士剣術。今では実用性も疑われており、魔導技術と複合させる事で新しい可能性が追求された。あの守護騎士シグナムも高度な技術を持ち合わせているが、魔導を主体としている。
その騎士剣を"実用的な兵器"として戦場で用いている騎士こそ、聖騎士アナスタシヤ・イグナティオスであった。
「サーチャーが破壊された!? 上空を飛んでいるのに、どうやって!」
「そ、それがその……」
「言葉を濁すな、正確に報告しろ!」
「斬撃を、飛ばして来ました」
「ど、どういう事だ……聖騎士は誉れ高き正統なる騎士、魔導の類は使用しないと聞いているぞ!」
「魔法は使っている気配はありません。ありえないとは思うのですが……純粋な、剣の技ではないかと」
「ま、まさか地上から一機も残さず斬ったとでも言うのか!?」
傭兵団マリアージュの戦闘術は、戦争屋である猟兵団と比べて巧みであった。金に物を言わせて散布した複数の小型光球を操る事によって、荒れ狂う戦場の探索を可能とする広域遠隔目視観測魔法を用いている。
殲滅対象を一度発見すれば完璧に捕捉し続けて、正確な位置データを術者に提供する事が可能。半径一メートルしか探索出来ないとミヤに嘆かれた俺のエリアサーチの最上位版で、戦場の全てを把握していた。
戦場の上空に散布されていた小型光球が片っ端から斬られて、地面に墜落する。彼らが事態を把握した時には既に、事態が把握できない状況に陥っていたのだ。
「長きに渡る歴史を持つ宗教組織が唯一認めた、"聖騎士"――この女がベルカ最強の騎士だというのか!?」
彼らの認識自体は、決して間違えていない。魔法や魔導兵器の発達によって、騎士剣術は長い歴史の中で次第に埋もれていった。実用的な剣術よりも、実践的な魔法技術の方が効率的に強くなれる。
今では騎士剣術は教養の一部でしかなく、騎士学校の教練の一環でしか教えていない。剣士を作るより魔導師を育成する方がコストが安く、ある程度一般的に社会に貢献出来る為である。
聖王教会騎士団でも例外ではない。魔導師ランクを重視した雇用制がその証拠、決闘においても魔導師ランクによる部隊編成が為されて、俺達白旗を脅かした。その事実は決して揺るがない。
高濃度のAMF、アンチ・マギリング・フィールドが展開された戦場。魔導師が無効化される非情な戦場を、アナスタシヤ・イグナティオスは騎士剣を手に駆け抜ける。
傭兵団が運用していた指揮通信車。2軸4輪の装輪装甲車に並走、手首の返しだけで裏刃を切り込ませる。荒れた地面を問題なく走る小口径のタイヤが、上半分だけ残して真一文字に両断された。
俺を含めてその瞬間を目撃した人間は呆然と見つめてしまう、地面を転がる下半分だけのマヌケなタイヤを。まるで斬られたことさえ気付いていないかのように、不整地な地面を転がっているのだ。
ある程度の抗堪性が必要とされている指揮通信車が、実に綺麗な放物線を描いて地面に着地。V字形状をした指揮通信用アンテナがバラバラにされて、通信の一切が断絶。飛び出してきたオペレータを、即時に昏倒させた。
「くそっ、見目麗しいお飾りの騎士とかいうデマを流したのは何処のどいつだよ!」
ミッドチルダでは質量兵器全般が禁止されているが、軍事技術の一環として管理局や聖王教会が取り扱いに困る兵器が一部だけ存在する。猟兵団が今使用している、光学兵器である。
ジェイル・スカリエッティや三役の話では、電子機器へ介入する事により安全性や利便性が保証されているらしい。この兵器で使用されるアームケーブルは魔導兵器への貢献も果たしている為、難儀しているようだ。
そのグレーゾーンを利用して、魔力が使用出来ない環境下でも熱光線を発射する光学兵器を彼らは使用する。アームケーブルの先端部は色々なものに換装可能である為、武器としての応用性は非常に高い。
一人の騎士を対象とした、集団戦。光学兵器を全方位から向けられて、アナスタシヤは足は左を前にして肩幅に開き、膝をリラックスさせる。剣はまっすぐ、姿勢もまっすぐにする、日本剣術でいう八双の構え。
熱光線の集中砲火が浴びせられ、聖騎士は斜め上から強烈に切り下げる。ツォルンハウと呼ばれる騎士剣術、続いて左手を雑巾を絞るように捻り込で、兵器が放つ青い射線に刃筋を滑らせた。
熱線を斬るという未知の現象、兵器を凌駕する剣の技量は相手が多人数であっても遺憾なく発揮された。切り下ろした時でも体は横や下を向かず、真っ直ぐに敵を斬り続ける。
剣を持った腕を前にかまえ動きは小さく、右へ左へ剣を自由自在に活用することで、光学兵器を用いた集団が一人残らず斬られていった。正道であるこの構えは弱点が無く、剣を立てるので疲れも少ない。
「"治安維持"を口にしながら、治安を乱すその矛盾――"聖王"陛下の騎士アナスタシヤ・イグナティオスが、"治めて"みせましょう」
誇らしく、己を名乗っていた。聖王教会ではなく、教会騎士団ではなく、一個人の騎士であるのだと、自分自身に胸を張っている。彼女には珍しく、不敵な微笑みを浮かべている。
無法者への挑発では断じてない。彼女が口にした想いこそが、聖女の予言後より延々と蔓延していた信徒達の不平不満であった。正義を口にしながら支配を行っていた者達の、唾棄すべき矛盾。
聖騎士である彼女に憤りはあれど、憎しみはない。騎士が剣を振るうのは私怨ではなく、大義。信徒達の想いに共感すれど、一介の騎士として動けなかった彼女に、俺が命を下した。鎖は、解き放たれたのだ。
左足を前に出し、切っ先を相手に向けて、右の頬の横で雄牛の角のごとく構える。オクスと呼ばれるこの剣の構えは、プロであれば誰でも知っている。戦争屋は彼女を障害ではなく、脅威として見なした。
AMFでは阻害されない、防衛用の魔力攻撃兵器。魔力を使用した砲撃が可能な遠距離用魔力砲、猟兵団が使用する魔力砲は三連装化された最新式であった。
砲弾が発射。突撃する騎士の攻撃はツベルクハウ、通常長剣の突きは手を伸ばし踏み込むのだが、卓越した騎士である彼女は僅かに体を斜めにすることで魔力砲を回避。そのまま足を進めていく。
オクスは言わば通過の構え、騎兵に近しい動きは脚の柔軟な動きを活かすのに非常に適している。片手の突きだけで切っ先が驚くほど長く突き出て、射撃手をバリアジャケットごと突き刺した。
そのままの勢いで彼女は一撃で魔力砲を切断、美しい太ももが露出した足で蹴り上げると魔力砲は爆発して大破。返す刃で、鋼鉄製の魔力攻撃兵器を豆腐のように次々と叩き斬っていった。
撃ち込まれれば相手の剣の軸線と自身の体の移動方向を違えることで、カウンターの剣刃。続いて両腕を振り上げて、猟兵に向けて剣先を下にすることで斬る。斬った後も油断せず、剣先を下に向ける脇構えで残心。
そして正面の構えでは、襲い掛かってくる猟兵に対して剣を左横に振るう。多人数に襲われれば、剣閃を折り曲げて切り返しを行う。強固な防具を身に着けていても、滑らせるようにして脇や喉を狙う。
「っ……何名、殺された?」
「0です」
「何を馬鹿な――」
「重軽傷者は多数出ておりますが、誰一人殺されておりません。し、信じられませんが……全員、生きたまま無力化されております」
騎士剣術の哲学として、攻撃と防御の一体化が提唱されている。フェンシング選手であるフランスのカミーユも言っていたが、相手の生命の生殺与奪を握ってこそ勝利とされているのだ。
人を斬る技術を極めれば、人を斬り殺さない技術も行える。戦争を治めろと命じられた以上、騎士アナスタシヤ・イグナティオスは必ず実現する。善悪さえも超越して、彼女は剣を振るう。
戦闘のプロである傭兵や、戦争屋である猟兵にとって最大の侮辱。されど、彼女には一切関係ない。生死を問う戦場で、私的な感情は挟まない。無法な戦場で、法に基づいた戦いを実行する。
回転砲塔式の三連装砲、戦艦の主砲塔に匹敵する砲台に向けて剣を走らせる。砲弾を掻い潜り接近、長い剣を一息に振るい主力兵器を下から斬り上げた。
主砲である三連装砲塔を破壊されて逆襲、砲撃手が組み討ちに持っていくが、聖騎士は細い腰のひねりと共に横合いから砲撃手の胴を薙いだ。スタイルのいい彼女の肢体が、見惚れるほど残酷であった。
相手の猟兵のガントレットに切っ先を刺し込んで引き倒し、体を回し込んで倒れた敵に止めを刺す。剣先を用いて敵の注意を向けさせ、鍔で殴りつける行動は彼女にとってたった一動作で行うことができるようだ。
魔導騎士は本来騎士甲冑の防御力に物を言わせて強引に切りこむのだが、魔導師ではない彼女は正統な騎士甲冑を装備して相手に切り込んでいる。攻撃と防御は聖騎士である彼女にとって、正に一体であった。
「聖騎士は剣士だ、魔導師ではないのだぞ! 何故、兵器を使う我々を相手に非殺傷が行える!?」
「こ、この目で見ても信じられませんが……剣による、技術としか言い様がありません!」
混乱や困惑は戦場において不要な争いを招くが、恐怖や抑圧ではむしろ前線が停止してしまう。傭兵や猟兵の動揺を確認した彼女は踵を返して、戦場のど真ん中へと突き進んでいく。
彼女の目的は、主である俺の命令を実行する事。戦争を治めろという命令は、聖地や信徒達を守る事に繋がる。不穏となる争いの種を優先して、刈り取っていく。
一時的であるが人災を収めた彼女は、次に天災へと向かう。魔女の召喚虫で山岳地帯に生息するとされている巨大甲虫、地雷王。震災を起こす害虫へ対して、彼女は剣を振り上げた。
「……お、おいおい、今の」
「嘘だろう……何で、雷なんて斬れるんだよ!?」
昆虫が生体電流によって放電すれば、神速で剣を振るって電流を断絶。人体へと電流が流れる前に斬る、お伽話でも在り得ない奇跡が脳を持たない昆虫でさえも混乱させてしまう。
彼女はそのまま鍔で魔物の触覚を横に跳ね飛ばして頭部を打ち砕く。攻撃を受ければ剣を受け止めて左足を踏み込み、付属肢を無造作に切り飛ばした。
突撃されれば剣のぶつかった箇所を支点として回りこみ、相手の胸部を突き刺す。横からぶつかってくれば左足を踏み込んで。昆虫の気管を剣先で引っ掛けて、そのまま相手の右前方へ回転しつつ切断する。
相手の右前腕部に刃を突きつけ、挟むようにして一閃。バランスを崩して相手が倒れてきたら、即座に剣を切り上げて首を撥ねる。災害を相手に慈悲は一切なかった。
昆虫が大挙して圧し掛かってくれば、剣を手放して虫の歩脚を掴む。あろうことか巨大な昆虫を掴み上げて、柔軟な体のバネを最大限駆使して放物線を描いて投げ飛ばした。
回し上げられた右手を持って剣を取り、集団行動が乱された昆虫達に対して返し刃を首筋へ押し当てる。相手の歩脚を踏み潰して引き倒すと同時に首を切った。この時可能な限り接近して、倒れた昆虫の上を飛ぶ。
飛び続ける度に斬撃音が華麗に響いて、虫達が倒れていった。統率が乱れていく地雷王の大群を相手に、彼女は足を止める。その途端、聖地全体を揺るがしていた振動が弱まる。
あくまで彼女の行動原理は、治める事。討伐は同じ騎士である、セッテ達聖王騎士団が行う。聖地への震災を止められれば、彼女の役目は果たされる。
「今だ、撃て!」
「――しかし、アレは」
「あの女はかの"聖王"の騎士、魔法でも物理でも斬る非常識な剣士だ。最早こうでもしないと止められない。発射しろ!」
足を止めた聖騎士に対して、高速で発射される砲弾。強力かつ無慈悲ではあるが、此処は戦場。足を休めど気を緩めていない騎士は間髪入れず反応して、弾頭から切り裂いた。
爆発と同時に吹き荒れるのは魔力ではなく、ガス。光学兵器や魔力砲ならともかく、弾頭部分に毒ガスが仕込まれていれば化学兵器。違法性の高い兵器であり、昆虫ならともかく人に向けるのは許されない。
便宜上、無力化ガスと呼ばれて聖地へ持ち込まれた兵器。対人は厳禁という法律は、対人で使用しなければ用途によっては認められる。だからこそ、この戦場で使用されている。
だが、人に向けてしまえば違法だ。猟兵団副団長や傭兵団団長が目を剥く中、現場判断という愚行を行った人間が哄笑した。
「安心しろ、聖騎士様。一応この毒ガスは、致死性ではなく麻痺性だ。神経ガスでも吸い過ぎればやばいけどな!」
実のところ、この手の化学兵器はミッドチルダではあまり有効とされていないらしい。理由を聞くと、そもそも神経ガスであればバリアジャケットに対毒ガス用術式を施す事で回避は可能なのだ。
しかもこういった神経ガスを使用する戦術は古典的であり、魔導師であれば対毒ガス用術式を施す事はある程度容易い。無力化するのも困難であれば、魔導師に使用するのは無意味に等しい。
魔導騎士であれば、騎士甲冑で毒ガスは無効化出来る。言い換えると、魔導騎士でなければ神経ガスは有効だ。魔導師ではない剣士に、神経ガスを無力化する術はない。
聖騎士、アナスタシヤ・イグナティオス。彼女が魔導を行わないことは、この場で証明されている。神経ガスに包まれた彼女は――
「あははははははははは――は……?」
――ガスを、斬った。
毒の霧が真っ二つにされて、そのまま晴れていく。剣を下ろした彼女は冷徹な目を向けて、剣を手にしたまま呆然とする男に歩み寄っていく。その足に乱れは一切ない。
眼前まで来られてようやく我に返った男は必死で銃を取り出すが、彼女は剣を一閃して銃を切り飛ばす。ナイフを出したら、ナイフを斬る。拳を振り上げたら、手を切り裂く。
特に感慨もなく、彼女は部隊を率いていた男を斬った。倒れた男は呻き声一つ上げていないが、激痛によって身体を痙攣させている。
人を斬り、砲弾を斬り、魔力砲を斬り、魔弾を斬り、虫を斬り、雷を斬り――気体さえも、斬る。
「まだ戦いを続けるのであれば、御相手いたしましょう。前に出なさい」
彼女こそベルカ自治領で最強を誇る聖騎士、アナスタシヤ・イグナティオス。
「……何、あの怪物」
「……ふ、ふふふ、こ、降参するなら今の内だぞ」
「声が震えている」
「うるさいよ」
「剣一本であれほど戦えるなんて理不尽」
「剣士の恐ろしさを思い知ったかね」
「剣士というレベルじゃない気がする」
「銃なんて飾りですよ」
「あのおっぱいさんは騎士。主の君さえ倒せば、止められる。頑張ろう」
「うわ、やる気を出しやがった!? シスター、ダッシュ、ダッシュ!」
一応俺も同じ剣士なんだけどな――猛然と迫り来るノアの聖騎士への評価に、何故か俺は涙が止まらなかった。
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.