とらいあんぐるハート３ To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第六十一話
白旗と聖王教会騎士団の、御前試合。関係者は決闘の認識で、関係者以外は試合の認識で取り決められた、聖王復活祭最終日のメインイベント。開催決定後、即日派手に宣伝されてしまった。
復活祭の主催を務めているカレイドウルフ大商会により全次元世界に喧伝、時空管理局と聖王教会仲介の元で関係者各位に告知、"聖王"復活で沸いていた人々の希望の火がさらに明るく燃え上がった。
かつてより噂されていた聖王教会騎士団の強さ、かつてより懸念されていた白旗の実力。前者は華やかに歓喜され、後者はしめやかに囁かれた。無理も無い事だと、当事者含めて頷いている。
聖地を守り抜いてきた騎士団、聖地を支えてきた白旗。騎士団には確かな実績があるが、白旗には曖昧な功名しかない。"聖王"は降臨すれど、白旗は真っ白なままたなびくのみだった。
正義の味方であるファリン達は子供達のヒーローであり、治安維持活動を行ってきたディアーチェ達は老人達の話し相手。実力を発揮したケースは少なく、依頼内容も日常的案件が多い。
霊障封印や魔物退治は人々の不安の種となるので隠蔽され、聖王のゆりかご調査の結果は聖王教会と時空管理局が緘口令を敷いた。宗教権力者や商業関係者達相手に実力を見せても、名前しか挙げられない。
猟兵団や傭兵団との激突は小競り合いが大半であり、当たり前だが全面戦争にまで発展した事はなかった。騎士団、猟兵団、傭兵団――彼らは過去の実績があり、白旗は今の実績しかないのだ。
ゆえにこそ御前試合――"聖王"という冠を乗せた俺一人ではなく、俺達白旗の実力を人々の前で発揮する日を、今日初めて迎えられたのである。
「――今度は、どうした？」
『も、申し訳ありません、こ、腰が痛くて……いたたた』
「頭痛に歯痛、次は腰痛って、お前は老人か！」
白旗の晴れの舞台、当日になって来た連絡は祝報ではなく、娼婦からの幸先悪い病欠の報告だった。あいつのせいで、俺達白旗がいつも一致団結出来ない。肝心な時に休みやがる。
ベルカ自治領は比較的温暖な気候なのだが、毎日暑苦しいローブを着ている娼婦の顔を今まで見た事がない。声こそ若い女なのだが、実は老女ではないかと勘繰っている。この推理は当りそうだ。
風俗の女が腰を痛めるなんて致命的だと思うのだが、何故か俺以外の全員が娼婦の擁護に回るのでクビにできない。水商売の女は人脈を作ることは俺より上手いらしい、憎たらしい奴だ。
本日は復活祭の最終日、人々は締め括りではなくこの御前試合をメインに訪れている。名高い著名人や財界人、政界人のみならず、あの聖女様までご観覧下さるというのに、やれやれだ。
「必要な手続きは全て滞り無く済ませておいたわ。私は管理局代表の一員として提督のお傍に控えるので、表立って応援は出来ないから」
「分かってる、別に咎めたりしないさ。ところで、ナハトヴァールは一緒ではないのか？」
「ファリンちゃんと朝の見回りに行ったきり、帰って来ないのよ。捜索願を用意したから、一応保護者である貴方のサインを書いて」
「準備が良すぎて震えるわ！？ まだ半日も経過していないぞ！」
「ユーリちゃん達も清掃のお手伝いだから心配ないというのよ、どういう事かしら」
「清掃の……？」
「『"鴉"に睨みを利かせている』と言っているもの、ゴミ掃除のお手伝いでしょう。あの子は本当に偉いわ、お菓子屋さんを買ってあげないと」
「既に量ではない単位！？」
魔女の支配より解き放たれたファリンはまたライダーに戻って、ナハトヴァールと一緒に聖地の治安維持に頑張っている。前に行われたショーにより、ファリンは子供達のヒーローとなった。
祭りで羽目を外した大人達を注意し、祭りに乗じて治安を乱すチンピラをぶっ飛ばし、祭りの裏に潜む悪者達を更生させる。ナハトの鼻とファリンの勘で、何故か正しく犯罪を嗅ぎつけられる。
ヒーローの大活躍で犯罪も減ってきたのか、どうやら今度は聖地のお掃除に取り掛かっているらしい。地道に正しい事をするから、大人としては咎められなくて困るんだよな。
――それにしても日本ならともかく、聖地に鴉なんかいただろうか？ 日本ほど数はいなかった気がするのだが、まあ悪い事じゃないのでやらせておこう。リーゼアリアに、後の事を頼んで別れた。
「おはよう、マスター！ 今日もいい喧嘩日和だよな、あっはっは！」
「……朝から元気だな、"イレイン"」
「アタシの活躍をしっかり見ておけよ、マスター。あんなボランティア活動しか出来ないアホンダラより、賢いアタシの方がマスターの役に立つことを証明してやるよ。
今日大活躍したアタシに惚れ込んで、毎日マスターに頼られたらどうしよう……いやー困ったなー、忙しくなっちゃうなー、でもどうしてもというのなら仕方ないなー、もうー！」
――"ローゼ"は信徒達の救世主、白旗所属であれど立場上中立でなければならない。だからモデルチェンジした"イレイン"に出動要請したら、この通りのテンションである。
ローゼは真性のアホだが、イレインはどうやら天然のアホらしい。命令するまで頑なに顔を出さないくせに、ほんの少し頼んでみたらこの通りやる気満々で武装チェンジしてくれた。
最終型自動人形は"起動"するとマスター人格に切り替わり、外見から武装に至るまでモデルチェンジする。ローゼとは似ても似つかない、タイプの違うメカ娘になるので誰も結び付けられない。
まあローゼはにこりともせずにボケる分、こんなツンツンデレデレの顔ではしゃぐイレインを見ても、両者は比べられないだろう。実際身体が同体であるだけで、同じ人間ではないからな。
「おはようございます、お父さん」
「来たな、ユーリ。悪いな、うちの頭脳陣がどうしてもお前を俺の盾にすると言い張っていてよ」
「気にしないでください、むしろとても嬉しいです。お父さんより頂いたこの力、お父さんを守る為に使えるなんて夢みたいです」
聖王教会騎士団が恐れている人間は、白旗の中に二人いる。魔龍を撃墜した宮本良介、聖地を白夜に染めたユーリ・エーベルヴァイン。俺を畏れて討伐し、ユーリを恐れて回避する。
人が恐怖と巡り合った時に浮かぶ二つの選択肢を、うちの頭脳陣が同時に潰しにかかった。王将を守る陣形、将棋で言うところの『美濃囲い』という戦法である。
美濃囲いとは将棋において基本かつ代表的な囲いであり、玉将を据えた後に右の銀将と、左の金将を動かして作る囲いである。この囲いを手堅く固めた陣形は、銀冠と呼ばれる。
実際の将棋ではないので通常の美濃囲いとは異なるのだが、ようするに俺の前にユーリ・エーベルヴァインを置き、俺の隣に月村すずかを配置して銀冠と呼ばれる陣形を作り上げる。
この囲いは上部からの攻めに手厚く、王である俺を主軸として広さに重点を置いた陣形となっている。決戦となるであろう、騎士団とのぶつかり合いにも非常に強い配置だった。
この配置に加えて前面に主戦力であるイレイン上げる事で上部が手厚く攻撃的な形になるのだが、逆に下段が薄くなってしまう欠点もある。つまり、最前線に立つ戦士達の守りが薄いのだ。
ディアーチェ達を列強の騎士達の前に晒す囲い方、最前線が激戦区となる陣形――反対するのは俺一人だった為、この美濃囲いが用いられる事となった。
「皆して、俺を何だと思っているんだろうな。剣士である俺こそ最前線に立つべきなのに、怪我人は引っ込んでろとかのたまいやがって」
「み、皆さん、お父さんを心配しているんですよ。皆さん、お父さんのことが大好きですから――あ、その、私も……」
「あはは、可愛いことを言いやがる。でもお前だって、皆に可愛がられているんだぞ。ほら、作戦会議の席で皆が揃って言ってたじゃないか。
お前が最前線で戦うと『御前試合にならない』から、俺の守りとして配置するべきと。お前はお人形さんのように可愛らしいからな、騎士団の連中も剣を向けられないんだよ」
「やめて下さい、お父さん。は、恥ずかしいです……！」
娘を当然のように愛でてやると、ユーリは顔を真っ赤にして手をブンブン振っている。魔力が並外れて高いのは知っているが、やはり俺の盾にするのは罪悪感がある。
ライフポイント制である以上、当人の精神に関係なくライフがゼロになれば敗北である。そしてこのルールである以上、一番不利なのは何をかくそう当人の俺であった。
これまでの戦い――通り魔の爺さんからプレセア戦に至るまで、俺は全て辛勝している。本来敗北である状態を、夜の一族の血や癒やしの魂など外部要因で支えて勝ってきたのだ。
つまり、勝つべくして勝ったことなんて一度もない。致命傷はいつも絶対に負っている。致命傷を負いながら、他の誰かの力を借りて何とか立ち上がって勝ったのだ。
ライフポイント制に、そんな外部要素は一切ない。ルールとして決められたダメージでライフが減り、ゼロになれば終了する。血や魂などによる、ライフアップなんぞ一切ないのだ。
リニスやヴィータ達、俺の指導者達にはどうして「実戦形式」ではなく、「実践形式」のルールを受けたのだと怒られた。頼りにしている力がこれで一切使えないと、頭を抱えられたのだ。
「俺としては少し、誘惑に駆られているんだけどな」
「どういう事ですか、お父さん」
「ライフポイント制ならば、自分一人の力が試される。夜天の人や魔導書、夜の一族の血や那美の魂、ミヤやアギトなどのデバイス――
そうした援護が一切ない、俺という独りの剣士の力。そんな自分を試してみたかったよ――あの高潔なる騎士、聖王教会騎士団の団長殿と」
「……お父さん……で、でも……」
「分かってる。俺には、お前たちが居る。一人じゃない。それは本当に幸せなことなんだけど……ほんの少しだけ、懐かしく思えるんだ」
過去の自分なんて、最悪である。定職にもつかず、学業から逃げ出し、夢という妄想だけを追って、垢にまみれた身体で全国を当てもなく放浪していた。木切れを拾って、振り回すだけで。
何の生産性もないあの自分に、未来なんぞありはしなかった。恵まれている今は、単純に他人より与えられた幸運にすぎない。海鳴町に来なければ、その内野垂れ死にしていただろう。
自由であることを、勘違いしてはいけない。自由になるにもまた、強さがいるのである。弱者の俺に、そんな資格も権利もない。支えられている今に、感謝しなければならない。
だから、これは単なる未練なのだ――
「"聖王"殿」
「こ、これは騎士団長殿……おはようございます」
「……」
ユーリと話し込んでいて気が取られていたのか、本日の対戦相手が接近していたことに気が付かなかった。見目麗しい白銀の鎧に身を包んだ男性が、俺に声をかけてきた。
本日鎬を削る相手であっても、礼を失さない姿勢は見事なものだった。気の利いた挨拶を返すべきか悩んだが、相手からも何故か反応がなかった。
俺を見つめるその目は訝しげであり、どこか哀切を感じさせる視線でもあった。まずい、もしかして会話の内容を聞かれていただろうか……？
別に悪口を言っていた訳ではないのだが、気が咎められる――だが騎士団長は何も言わず、一礼して去っていった。ホッとする。
「ユーリ、会場へ向かおう」
「はい。行きましょう、お父さん」
愛する娘と手を繋ぎ、戦いとなる会場へ向かう。これでいい、俺が選んだ道なのだ。他人と繋がって強くなる、他人と団結して生きていく。これが正しいのだ。
今日の俺は剣士ではなく、組織を代表する王将。王将が前に出て、危険にさらされてはならない。将棋は、王将が取られたら負けなのだ。アリサの言うように、王将は引っ込んでいよう。
取るに足らない感傷は、捨てるべきだ。
蜜月関係にある聖王教会と時空管理局は不定期ではあるが、実戦を行う部隊や騎士団を一堂に集めて共同訓練が行われる。共同訓練の場合模擬戦闘であり、今回の御前試合だと仮想競技という違いはあるが。
模擬であろうと戦闘訓練。戦闘による騒音が長時間続く為に共同管理の前線基地が建築されている。聖地を含めた周辺の自治体にあらかじめ通知が出され、共同訓練が行われるのである。
時空管理局と聖王教会が仲介する御前試合は何と、この前線基地を丸ごと借り受けられた。大規模な仮想シミュレーターのある前線基地はとてつもなく広く、大規模戦闘に耐える施設が設営。
大多数の客数収納規模を誇り、尚且つ共同訓練を監督する上で高度な中継設備も用意。その場に集まった大勢の観客だけではなく、中継を通して全次元世界で放映される仕組みだ。
聖地では復活祭最終日、この日ばかりは通常放送ではなく、この御前試合のみが放映される。ミッドチルダでも特別枠が設けられ、数多くの視聴者が固唾を呑んで見守っている。
前線基地で行われる以上情報管理もまた徹底され、警備も万全。あらゆる外的要素は除外され、邪魔の入らない決闘が行われる。魔女対策に、博士も内密でスタッフに加わっていた。
「事前に打ち合わせた通り、今回の指揮は俺を通してクアットロが行う」
「……本当に私でよろしいのですわね、陛下。貴方を裏切った女ですわよ」
「そうですとも、貴方には私という頼れる娘がおりますでしょうに」
「シュテルは俺を贔屓にしすぎるから駄目。それに俺の前で裏切ったと公言してもいいのか、クアットロさんよ」
「……」
「ひっ、う、裏切っていません！？ 裏切りませんとも、オホホホホ！」
「ははは、セッテもそう睨んでやるな。これまで多く俺を悩ませてきたこいつの妨害工作には、目を見張るものがあったからな」
「フン……あらゆる全てを破ってこられた貴方が言うと嫌味ですわよ、陛下。セッテちゃん、こう見えてお姉さん、それなりに反省しているし、陛下は尊敬しているのよ。
この人には私には見えなかった何かがある、今のところそれでお仕えするには十分。研究させてもらうとしましょう」
「裏切ったお前には憤りを覚えるが、お前一人を責められん。私もまた一度は陛下の能力に疑心を感じた、今覚えば恥ずべき事だった」
「過去を恥じるな、トーレ。今の我々には陛下を頂く輝かしい未来が待っている。今日この日が、我々新生騎士団の晴れ舞台なのだぞ！」
「……」
「まがいもののきしだんをぜんいんとうばつ！？ かげきなめーれーっすね、セッテだんちょー！」
「……アタシらもちびうさ騎士団を、名乗ってみようか？」
「……おー、可愛くていいですね！」
「……うちとしてはわるものっぽい"ふっけばいん"をなのりたいかなー」
「……可愛い路線に走らないでくれよ、姐御」
「……我は狼、その名はやめてもらいたい」
今回初の実力お披露目となる、白旗総員。出入りこそ激しかったが、ようやくすべての人員が集結したのである。教会メンバーを除いて、その輝かしいメンバーがエントリーしている。
・宮本良介（大将）
・ミヤ
・月村すずか
・アギト
・ルーテシア・アルピーノ
・イレイン
・のろうさ仮面（ヴィータ）
・ザフィーラ
・シュテル・ザ・デストラクター
・レヴィ・ザ・スラッシャー
・ロード・ディアーチェ
・ユーリ・エーベルヴァイン
・クアットロ
・チンク
・トーレ
・ウェンディ（交代要員）
・ジークリンデ・エレミア（交代要員）
・ヴィクトーリア・ダールグリュン（婚約者）
ノエルは観覧する忍や那美達の護衛と、那美の強い要望により久遠を抱いている。ユーノやウーノ、ファリンやナハトヴァール達は俺達が留守にしている間の聖地防衛に当たってくれている。
セッテを含めた教会メンバーは審判の聖王教会側に回り、リーゼアリアを含めた管理局メンバーは仲介の時空管理局側に回っている。ルーテシアは潜入捜査中なので、偽った身分のまま参加。
正直聖王教会騎士団に比べれば数は少なく、戦力には差がある。人々も俺を筆頭とした白旗を治安維持組織として頼りにはしつつも、この試合で勝利するのは騎士団だと高を括っている。
人々は、笑っている――勝敗の決まった、御前試合に。
権力者達は、嗤っている――無謀な挑戦である、決闘に。
そして。
「いよいよ晴れ舞台だ。白旗の力、思う存分お披露目しろお前達！」
『おおっ！』
最後に笑うのは、俺達だ。
＜続く＞
|
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