とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第六十話
――龍族の姫プレセア・レヴェントンと魔龍バハムートの処分。聖王教会騎士団は公開処刑を望み、聖王教会は穏健派と過激派に別れ、時空管理局は聖王教会の意向に沿う動きを取っている。
この流れを放置すれば聖王教会騎士団の嘆願が過激派を後押しして教会を動かし、聖王教会の威信を守る形で時空管理局は黙認。人外の公開処刑が盛大に執り行われるだろう。
同族であれば眉をしかめる非道であっても、人外の脅威であれば断罪の光景として祭り上げられる。聖王の復活で熱狂する信徒達は、神の敵である魔の討伐を輝かしく歓迎してしまう。
人でなければ何をしてもいいという道理はない。されど彼らは間違いなく民を脅かし、聖地を焦土と化さんとした神敵。俺が阻止しなければ、ベルカ自治領は破滅していた。情状酌量の余地はない。
聖王教会騎士団の団長の要望、聖王教会の司祭の意向、時空管理局の最高顧問の思想。共通するのは罪に対する追求であり、罰に対する執行であった。自治権の采配は、彼らに委ねられている。
彼らの覚悟を聞かされて、自分も覚悟が固まった。他人の意志に揺り動かされる自分の弱さには呆れ果てるが、反面自分らしいとも自嘲する。あのグレアムであろうと、自分より年上の大人だった。
「聖王教会騎士団に決闘を申し込んだ。復活祭最終日、聖王教会の神であらせられる聖王様の御前で正当なる決闘が行われる」
「魔龍の公開処刑により存在と価値を主張する騎士団が、陛下との決闘を受けたのですか?」
聖王教会騎士団、聖王教会に時空管理局。ベルカ自治領の治安管理を行う各組織の意向と要望を聞いて、俺は再び白旗の面々を揃えて会議を開催。方針の討論ではなく、方針を説明する会議。
まどろっこしいが面倒だと省いたりせず、団長や司祭様、最高顧問との討論を順序立てて説明。彼らの主義主張を懇切丁寧に説明した上で、決定事項を皆の前で発表する。
司祭様に近しい立場であるドゥーエは、聖王教会騎士団の苦境をよく知っている。公開処刑という手札を持つ騎士団が、わざわざ白旗の申し出を受ける理由が分からないのだろう。
聖王復活と魔龍討伐に熱狂する今の信徒達の前で公開処刑を行えば、世論操作がある程度必要となるだろうが、それでも忌避より賛同を得られやすい。勝敗を分かつ決闘を行う必要性は無い。
己の傍らに控える騎士を見やる――揺るぎ無き信念と曇り無き信頼に満ちた、聖騎士、彼女の信任を賭けた決闘だと公言するのは、憚られた。俺も団長も、立場ある身なのだから。
「聖王教会騎士団は、時空管理局精鋭陣に匹敵する一騎当千の集団だ。時空管理局の法に寄らず、ベルカの自治法で成り立つ彼らの存在は大きい。特に、騎士団長は誉れ高き血筋の強者。
俺達白旗は民の信任こそ受けているが、ミッドチルダの法に認定されていない族の集まりだからな。聖地でも、実力に対しては懐疑的な見方が多い」
「愚かしい限りだ。陛下は、恐るべき魔龍の姫と古龍バハムートを討伐なされたというのに」
「陛下は剣による統一ではなく、和に基づいた平定を望んでおられますからね。対外的に弱腰と取られたのかもしれませんわ。病欠していた連中が言える事じゃないですけどー」
忌々しげに吐き捨てるトーレと、にこやかに邪険にするクアットロ。擁護してくれるトーレの気持ちは嬉しいが、心情的にはクアットロの言い分に納得出来ていた。
猟兵団の横暴や傭兵団の専横に対してもあらゆる手段こそ駆使していたが、本質的には話し合いに基づいた対応で望んでいた。治安維持活動こそ行っていたが、衝突まで起こしたケースはない。
彼らが素直に話し合いに応じたのではない。白旗を掲げる聖騎士の存在、聖王教会の象徴とも言うべき彼女の存在が絶対であった。彼女本人が抑止力となり、誰も手出し出来なかったのだ。
言い換えると、白旗は高潔なる旗手に守られていたとも言える。有名無実どころか、何処ぞと知れぬ余所者の集まりなんぞ抑止にすらならない。功名も実績も、後から積み上げたものでしか無い。
魔導師ランクどころか、住民票もない俺達の存在を保証していたのは、聖王教会と時空管理局へのコネがあってこそ。両組織の保証がなければ、ただのチンピラ集団である。
「要するに戦えば必ず勝てるのだと舐められているのね、あたし達は。アンタの場合、それ以前の話だけど」
「仮にも騎士道に則った高名な団長殿が今のみすぼらしい貴方の姿を見て、尚決闘を受けたというのですか。よほど無謀な挑戦に見えたのでしょうね」
「……うちの秘書達はどうしてこうも辛辣なのか」
「ズタボロじゃねえか、今のお前。見る奴が見れば、怪我の具合でさえ把握出来るぜ」
白旗の魔導師総掛かりで行った回復魔法と、退魔師と夜の一族の力を行使した治癒術。表面的な怪我や傷の具合はほぼ回復しているが、破損した部位は手酷い後遺症が刻まれている。
牙で喰らいつかれた喉笛は痛々しい包帯が巻かれており、槍で貫かれた肩は固定、魔龍に激突された四肢は骨に至る罅が生じている。身体は動かせるが、最前線に出れる状態ではない。
仲間達の力で補佐して貰えれば戦闘にも出られるが、プレセア戦のような一騎打ちは不可能だ。地力がそもそも低いので怪我のフォローは出来ても、実力の補佐が行えなくなる。
一般人には元気そうに見えても、歴戦の戦士から見れば俺のガタつき具合は一目瞭然というわけだ。アリサ達の懸念を、俺は決闘方法で払拭する。
「決闘方法は、多数対多数の大規模な集団戦。『ライフポイント制』という安全ルールを用いての、魔法戦技術を競うやり方で行われる」
「意外ですね。神の名の下で行われる御前試合形式であれば、模擬戦闘という形で披露する戦技披露会の公式ルールが採用されると思っていたのですが」
「戦技披露会……?」
「時空管理局本局の武装隊が名物としている戦技披露の場だよ。一軍に匹敵する能力を持つ魔導師達が在籍する管理局が行う、お披露目会だね」
聖王教会騎士団との決闘方法、ライフポイント制による御前試合。騎士団長が決めた決闘方法に対して、ウーノの疑問視をジェイルが補足する。管理局でもそうした戦技会を行うのか。
興味深い話ではあるが、特段意外にも感じなかった。うちの国の自衛隊等でも、各種戦技に応じた競技会が行われる。各部門で開催される戦技競技会は、仲間達で力を高め合う絶好の場だ。
治安維持組織同士の決闘と聞けば物騒ではあるが、戦技披露会という形であれば健全な御前試合となり得る。殺し合いではなくルールに基づいた試合であれば、観客も盛り上がるというものだ。
拮抗しているかどうかは別にして、お互いに高度な実力を発揮出来れば観客を通じて世界中に周知される。聖地に聖王教会騎士団ありと、高らかに喧伝出来るというわけだ。
――という思惑だったのに公開処刑の有無や聖騎士の忠義の在り処などを巡り、数々の思惑を孕んだ決闘となってしまった。
「聖地や信徒達を守り抜いた君の勇姿は、世界中が見ている。明らかに負傷している君を決闘の場に引き摺り出すのは、君自身の挑戦であれど騎士の名誉に傷がつきかねない。
同じ魔法戦技を競う形であるのならば、ライフポイント制を用いた安全ルールによる決闘方法が望ましいと判断したのだろう」
「管理局が開催する戦技披露会は結界や審判の配慮こそあるが、実際に隊員を戦わせて実力を発揮させるんじゃ。同じ実戦形式ではあるが実際のダメージと、ダメージ"判定"ではまるで異なる。
仲裁する時空管理局のみならず、主催する聖王教会の体面もある。今のお前さんは"聖王"様じゃからのう、神の象徴を傷付ける真似は出来まいよ。ほっほっほ」
「まして白旗はユーリお嬢ちゃん達のような子供が多いんだ。今のミッドチルダは実力社会、性別や年齢を問わないとはいえ、それでも口煩い連中も大勢いる。
今の聖地は世界中が注目しているからね、同じ治安維持組織での決闘であっても余計な火花は散らしたくないというのが本音だろうね」
レオーネ氏の見解にラルゴ老の感想、ミゼット女史の意見は恐らく的を射ている。白旗が台頭しているとはいえ、これまで聖地を守ってきた組織は騎士団だ。気軽に決闘には応じられない。
騎士団長ともなれば各方面への配慮が不可欠。審判や結界があっても実際に傷つけ合う戦技披露会と、あくまでもダメージ判定となるライフポイント制では、同じ実戦でもまるで異なる。
むしろ当日のコンディションや状況に左右されやすい戦技披露会より、確実な判定が行われるライフポイント制の方が、実際の実力を"測る"事が出来る。実力を発揮するお披露目にはうってつけだ。
高潔な精神を持つ聖王教会騎士団だからこその、決着の付け方――猟兵団や傭兵団相手では、決して成り立たない決闘方法だった。
「決闘方法については何の異存もございません、陛下。ただ、騎士団長が唱えられている公開処刑についてはいかがされますか?」
「僕もそれが気になっていた。何しろ今回の決闘では、教会に属する僕達は立場上参加出来ないからね」
「陛下――いえ、剣士殿には数多くの御恩がございます。出来ればお力になりたいと思っておりますし、どのようなお考えであろうと出来うる限り叶える努力をさせて頂きたいのです」
「せ、聖女様もきっと私達と気持ちは同じだと思います。どうかご主人様のお考えをお聞かせ下さい」
そう、この決闘で決められるのは正義の在り処ではない。個人の主張であり、組織の方針であり、罪の所在であり、罰の与え方である。プレセアとバハムート、奴らをどうするのか。
当初時空管理局の法か聖王教会の裁き、もしくはベルカの自治権に委ねるべきだと考えていた。だが罪は揺れ動いており、正義の在り処で罰が与えられようとしている。
聖王教会騎士団、時空管理局、聖王教会。法と正義を律する組織の方針を聞き、改めて自分の心に問いただしてみた。他人の考えを聞いて、彼らをどうするべきなのか考えてみた。それで分かった。
――俺が、考える事ではないと。
「まず、公開処刑は行わない。やる意味が全くない」
「こ、これは反論じゃないからね、セッテちゃん。コホン――陛下ご自身が執り行うのであれば、意味はなくても意義はあると思われますが?」
「聖地に生きる民の安寧を願うべく、復活祭を開催したんだ。聖王の降臨により、今後の聖地は安心なのだと民に印象付けている。
……本当は聖女様の予言と聖王のゆりかご起動による証明を行いたかったんだけど、"聖王"宣言が起きた以上仕方がない。俺が役割を演じている限り、治安の維持は保証される」
「こ、これは問い質しているのではないのよ、セッテ。オホン――ご自身の仰っている事を理解されておいでですか、陛下。
貴方が象徴として立たれるというのであれば、カリーナ・カレイドウルフの宣言を正式に認めるという事なのですよ」
「元より聖女の護衛となる上で、聖王の存在は絶対視されていたんだ。結局"聖王"でしかないけれど俺の存在が民を守り、聖女様のお心を救うのであれば仕方がないだろう」
セッテの顔色を窺いつつも指摘してくるクアットロやドゥーエに苦笑しつつも、自分の決意を語った。どのみちここまで喧伝されたら、否定するには極めて困難だ。
加えてアナスタシヤも最初こそ誤解があったとはいえ、彼女ほどの騎士が俺に仕えると誓ってくれたのだ。彼女の誓いにはなるべく応えたいと思っている。
一応言っておくが、犠牲の精神に基いた結論ではない。他人を守るために、自分の人生を犠牲にするつもりなんぞ更々ない。今必要だから、演じるだけだ。
他人事みたいな顔で俺の隣でお茶を飲んでいるローゼの両肩を、力強く叩いてやった。
「なーに、この聖地には"聖王"だけではなく、救世主様もいらっしゃるんだ。こいつの存在が民の拠り所となれば、俺もお役御免となるだろうよ」
「この地には、聖王の存在は絶対だ。聖王教会の信仰そのものでもある、そう容易くお役御免とはならないと思うがね」
「俺を甘く見るなよ、ジェイル。仮にも世界最悪の次元犯罪者だったお前を変えた男だろう、俺は。お前の期待にだって応えてみせるさ」
「君は、まさか――」
「聖王教会の信仰とは"聖王"ではない、かつて戦乱から民を救った聖王様だ。聖王オリヴィエ――この人だって、俺が必ず変えてみせる」
聖王が封印されている自分の剣を掲げる。こいつも結局他の信徒達と同じだ。"聖王"に縋り付いている、己の心の中にある信仰に必死で縋り付こうとしている。
彼女が世界の破滅と人類の滅亡を望む気持ちに、多分嘘はない。本心でなければ魂がこれほど歪み、怨念と憎悪に彩られた祟り霊に変貌する筈がない。それほど甘くはないのは分かっている。
だけど先月、狂気に走ったリスティは哭いていた。狂剣を振るう高町美由希は、泣いていた。どれほど嫌おうと、どんなに憎もうと――それでも決して、優しさは捨てられないのだ。
「俺が"聖王"となる事で、彼女もきっとかつての自分の在り方を思い出す。いずれはきっと過去の自分を思い出し、正義の在り方を見出すと信じている。
いや、信じられるようになったというべきかな。俺の麗しき婚約者殿と、愛しき共犯者のおかげで」
「うふふ、すずかさまとのけっとうによって"らいてい"のきげんをみいだせたおかげですわ――なぐられましたけど」
「ぜんりょくぜんかいでたたかったおかげで、うちも"えれみあ"とむきあえたからね――けられたけど」
頭にたんこぶを作ったヴィクトーリアお嬢様と、頬に靴の跡がついたジークリンデ。妹さんと何やら喧嘩した二人が、泣きながらも俺に聖王について少し教えてくれた。
ガキンチョの言う事なので正直意味不明に近かったのだが、それでも彼女達が唱える聖王の本質は決して祟り霊ではない事が窺えた。聖王は決して根っからの悪ではない。
勿論、過去の偉人に正義の役目を押し付けるつもりはない。けれど、人には生き方というものがある。"聖王"という紛い物を拠り所とするのではなく、聖王に寄り添った生き方を民にして欲しい。
世界が間違えているのであれば、世界に生きる人達が一人一人変えていけばいいのだ。
「公開処刑を行わないお考えはよく分かりました、父上。ただ処刑を行わないとなると、プレセア・レヴェントンとバハムートはどうされるのですか?」
「それこそ、俺一人が決めることじゃないだろう」
「と、いいますと?」
「知っているか、シュテル。そもそも決闘というのは、正式な裁判手続きの一つでもあるんだぜ。
犯罪を犯した事が明らかであるにもかかわらず、罪の証拠や所在が十分でない場合、罪についての決闘が行われるんだ」
「決闘裁判と呼ばれるやり方だな。我は知っておるぞ、父よ。しかし決闘裁判とは通常、被害者が加害者に決闘を申し込む筈だぞ」
「よく知っているな、ディアーチェ。ただ決闘裁判の場合、決闘責任者こそが裁判官なんだ。そしてこの決闘は、神の名の下に行われる。そこに、この決闘の意義がある。
決闘裁判は、「神は正しいものに味方する」と信じられているからこそ、その結果は絶対的なものとして受け入れられる。神聖なる儀式であり、宗教祭事の一つともされていたんだ」
「ではお父さんはこの決闘を裁判として、罪を犯したプレセア・レヴェントンさんを裁きの場に――観衆である信徒の方々の前に、立たせると?」
「公開処刑は確かに行わない。だが騎士団長や聖王教会、時空管理局の理念にはある程度賛同はしているんだぜ、俺も。彼らの意見を聞いたからこそ、思い付けた。
公開処刑を望む騎士団長と、処刑を望まない俺。神は正しいものに、勝利をもたらすであろうな」
「うわっ、騎士団の力に自信持ってて、神様の正義をしっこーするだんちょーさんには絶対断れないだろうね、ニシシ」
レヴィの意地悪な言い方を窘めつつも、正直俺も意地悪い考えだとは思う。神だのなんだのと言っているが、結局は実力で決まるのだから。神はあくまで方便に過ぎない。
そして決闘裁判によって、俺達が"神に選ばれた"場合――
あくまでも提案ではあるが、事前に皆に打ち明けた。
「管理局や聖王教会と話し合う必要があるけど、プレセアはジェイル・スカリエッティ同様白旗が身柄を預かり、龍族と交渉を行う。
あの女が本当に龍族の姫であるのならば、報復などによる新たな脅威となりかねない。不当な逆恨みをされてはたまらないからな。人の地で好き勝手しようとしたんだ、責任は取ってもらう」
――この発言でアリサとリーゼアリアが突っ伏し、三役が頭を抱えた。
「魔龍バハムートは今の聖地を脅かす最大の脅威である魔女の対抗策として、ルーテシア・アルピーノと契約を結んで究極召喚獣となってもらおう」
――この発言で、ルーテシア・アルピーノが泡を吹いて気絶した。
<続く>
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