とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十六話
我が祖国でも政治家同士がホテルで会談というニュースを嫌というほど聞かされたものだが、まさか自分が異世界で会談を行う側に回るとは夢にも思っていなかった。主賓なのだから恐ろしい。
ミッドチルダ全土が注目するベルカ自治領における首脳会談、大手マスメディアも多く参加申込枠に組み込まれている。記者会見ではなくとも、参席枠が存在するらしい。全く知らなかった。
猟兵団や傭兵団、聖王教会や時空管理局ほどの巨大組織となれば、自推薦のマスメディアを準備させている。首脳会談に善悪はなくとも、是非は存在する。太鼓持ちはどの組織でも必要だ。
白旗は一般庶民の俺が掲げる平和的弱小組織、融通するメディアなど存在しない。その点、スポンサーであるカレイドウルフ大商会が全て準備を整えている。恐れ入るばかりであった。
首脳会談のような国際会議となると、このスポンサーの存在も重要だ。宿の手配から現地ホテルでの移動まで全て手配する事で、国際的な宣伝を行える。中小企業の入る余地もない、VIP席であった。
「マイア、今日というこの日は誰の為に在りますの?」
「カリーナ姫様の為です!」
「よろしい、出発しなさい」
「この観光バスで現地入りするのか!? 白旗のスポンサーとして申し分ないけどすっかりお抱え運転手になっているな、お前」
「何もかもお客様のおかげですよ。本日もカリーナ姫様直々にご命令頂けて身に余る光栄です、今日一日頑張りますね!」
前々からリニューアル工事そのものは行われていたのだが、魔女襲撃の件もあってセキュリティ面を含めた工事計画そのものが見直されて、宿アグスタは一から全て建て直しとなった。
ジェイル・スカリエッティ博士提案のセキュリティはカレイドウルフ大商会が目を見張るシステム構築となっており、元々貧民街でお嬢様の美的感覚に合わない立地だった点も考慮して全面改装された。
女将であるマイアも戦力不足になった白旗の低迷を目の当たりにして奮起、低下しつつあった冒険者宿を根本から立て直すことに尽力、この子が居てこそ白旗の根幹は揺らがずに済んだ。
元々人当たりの良い子であり、カリーナお嬢様のような目上の人物にも媚びず、甘えず、敬意を失わず、お客様としてもてなした。その結果、スポンサーが保有する参加枠の第一席に任命されたのだ。
首脳会談ゲストの運転手とは、単なる車の運転ではない。首脳を預かる大事な立場であり、スポンサーも乗せるとなればその広報力は計り知れない。
なのに――マイアは少しも浮かれず、初心の微笑みを絶やさない。カリーナお嬢様は彼女の元気ある返答に、大変満足げに微笑んでいる。
「首本日の為に"ホテル"アグスタの幟も御用意致しました、カリーナお嬢様」
「……この幟の生地。カリーナのお古のドレスによく似ているのですが、気のせいですの!?」
猟兵団に傭兵団、聖王教会に白旗と加えて、カレイドウルフ大商会代表のカリーナ姫様と従者のセレナさん。首脳同士の会談が行われる場所は高級ホテルであり、初日に宿泊した宿でもあった。
聖騎士の出迎えに加えて政治家が利用する高級ホテル、招待で訪れた俺に対して聖王教会は大層な期待をしてくれていたらしい。期待に応えられているかどうかは、別にして。
運転手のマイアは俺達の送迎を終えた後、ホテル側へと移ってミッドチルダの記者達に交じる。首脳会談は役者と観客、そして舞台裏の黒子が居てこそ成立する。彼女がそちらへと移るのだ。
ホテルの警備には白旗より妹さんが加わり、他の組織からも物々しい連中が派遣されている。子供の妹さんが浮いて見えるが、夜の王女の存在感は際立っていて見劣り自体はしていない。
聖王教会は騎士団が壊滅している為、現地派遣の時空管理局が警備に訪れている。アリサの策謀と三役の働きかけのおかげだ。彼らの影響力と発言力は、聖地で日増しに高まっている。
近々管理局からも増援が来るとあって、警備についた局員達も気概に満ちていた。目が合った隊長さんも初対面とは打って変わって、不敵に笑って敬礼。気恥ずかしくも、嬉しかった。
ただ聖王教会にも立場と面子がかかっている。シャッハ同様、戦えるシスターさんが来ると聞いて――げっ、セッテだ!?
「……?」
おお、取材陣から猛烈にフラッシュがたかれている。背中に巨大なブーメランを背負った聖女様の世話係、その可憐さもあって注目度は抜群だった。おお、困惑しとるわ。
右往左往していたが、遠目で俺を目の当たりにして最敬礼。ポーズと勘違いされて、取材陣は黄色い声を上げて大騒ぎ。すっかり聖王教会の顔役となってしまった。
ちなみに後日、ゴシップ誌などで「聖女の護衛、最有力候補」と派手に飾られて、セッテが雑誌を片手に必死で俺に弁明したのが面白かったというエピソードがあった。
聖王教会がセッテを護衛として選出したのはこうしたマスメディアへの対応と、聖女の護衛というコネがあってこそだろう。教会の要望と本人の強い希望があって実現した。
第一目的は想像するまでもなく俺の警護、第二目的は想像したくもない裏切り者の抹殺。クアットロが確実に関与している以上、会場に姿を現すかもしれないと警戒している。
こう言っては何だが、あの子がいるだけでクアットロのあらゆる干渉を寄せ付けないだろう。教会のマスコットであるのと同時に、スカリエッティ家族の鬼妹だ。存在感が圧倒的だった。
ホテル内では武装解除が基本で、デバイス関連も持ち込めない。アギトは結局妹さんの補佐に回り、人質探しに専念。竹刀であっても同様で、今日は携帯していない。どうも落ち着かないが。
カリーナ姫様がもったいぶったので、俺達の到着は最後となっていた。首脳会談開催会場には、主役が出揃っていた――
聖王教会より代理人としてギル・グレアム時空管理局顧問官が出席、初老の勇士は権威ある制服を着こなして着席している。威厳ある佇まいは威圧より、正義そのものを主張していた。
護衛は仮面を付けた、正装の男性。首脳会談の場で面を隠すその無礼は、隙のない立ち振舞で周囲を黙らせている。並み居る強者の中でも別格の実力を感じさせる。
紅鴉猟兵団より副団長を名乗るエテルナ・ランティスが出席、首脳会談の席で赤いドレスを着こなす社交性。政治的会談の場には不釣り合いという常識を、洗練された美が覆している。
各組織の思惑が絡み合う権力闘争の舞台で堂々と微笑む美しき女豹に、記者達が撮るのも忘れて立ち尽くしている。抜群のスタイルからは、異性を圧倒する暴力的な色気が醸しだされていた。
"紫電"エテルナ・ランティスの護衛は、ノア・コンチェルトと名乗った少女。数多くの人間が並ぶ席で、彼女は周囲を見渡している。ネコのように瞳を細めて、多分妹さんを探しているのだろう。
怜悧な目をした少女は、赤いジャケットをラフに羽織っている。切り揃えられたショートの銀髪の女の子には、媚びを含まぬ純粋で透明な美しさがあった。
傭兵師団マリアージュより団長のオルティア・イーグレットが出席、事務的な傭兵団独自の制服はむしろ美しく整えられたプロポーションを際立たせていた。心さえも奪われる。
ドラマや映画で陳腐に用いられる、女を鉱物に例える醜悪な表現。忌み嫌っていたが、今こそ認識を改めよう――この女性こそ青い髪の麗人、世にも美しい極上の青い宝石であると。
護衛を務めているのは、大柄の女性。凛々しいビジネススーツに身を包み、大きなバイザーで顔を完全に隠している。ローゼが気にかけていた傭兵団の戦力、もしかするとこの女の事だろうか。
異様な空気を漂わせている女は一心不乱に、俺に注目している。視線は固定化されており、気のせいか口元が禍々しく緩んでいるように見えた。何だこいつ、気持ち悪い。
白旗は言わずと知れた俺が出席、護衛にはバリアジャケットを着装したレヴィがガッチリと脇を固めてくれている。エテルナを見つけて、実に嬉しそうにウキウキしていた。
特筆すべき点をあげるとすれば各組織の秘書官が無個性な面々に対し、こちらはリーゼアリア秘書官を同席させている点だろう。理性的な美人であり管理局推薦の有能な女性、皆も注目している。
一瞬苦渋に顔を歪めるグレアムは当然として、何故か護衛の仮面男までリーゼアリアを見るなり苛立たげに足踏みしている。よほど気に入らないのか、仮面の奥から俺への敵意を感じられた。
企業側からカリーナお嬢様が満を持して出席、護衛役にセレナさんがついている。メイドの彼女に対し、誰からも抗議や疑問の視線がない。実力まで認められている証拠だった。
ベルカ自治領を代表する面々の揃い踏みに、異世界ミッドチルダ中の観客がモニターを通じて注目している。会談の失敗は組織の恥であり、権威の失墜に繋がる。
「今日という佳き日に会談を実現された皆様方に、心から感謝を申し上げます。偉大なる神が降り立つ聖地の一員としてこの場に立つ事を、私は誇りに思います」
聖王教会の代理人として、会談の開催を祝うギル・グレアム時空管理局顧問官の言葉が会談の幕開けを告げる。現時点を持って立場の違いを示す絶好の機会に、内心歯噛みする。
クアットロの脅迫により強制的に参席となり、魔女の差し金で首脳会談が成立された。各組織の思惑通りであり、白旗には不都合な会談。せめて権威を示すべき時をリーゼアリアの策謀で奪われた。
アリサが歯噛みしていたのもこの点で、聖王教会代理の立場を奪われた時点で、聖地における教会の意向はグレアムに託された事になる。何とかして主導権を奪わなければならないが、厳しい。
司祭がいてくれれば協力できたのに、ドゥーエまで魔女に攫われている。つくづくあの女は、俺に嫌がらせばかりしてくる。聖地を弄んでいた女が獲物を見つけ、ストーキングに夢中となった。
実力を示さなければクアットロは失望し、魔女は人質の価値を下げるだろう。何としても優位に立たなければならないが、どの陣営も相当手強い。
「現在世界には数多くの思想や宗教が生まれておりますが、互いを許し合える寛容の精神こそ神に認められた我々の誇りでありましょう。
聖女殿の予言が成就される中において、平和の理念を求めてお互いに協力し合える関係と成り得る事を強く願っております」
「ええ、この聖地はアタシ達にとっても今や故郷そのもの。大切にしていきたい気持ちに変わりはありませんわ、代理人殿」
「我々も同様です、グレアム顧問官。民を守り、聖地を栄え、この自治領に輝かしい未来をもたらしましょう」
まあ一応、経済と政治的交流を目指す会談だからな。気持ちの有無はともかくとして、この程度の認識は一致するだろうよ。俺も適度に、追従しておいた。
外交手腕が問われる場では些細な挨拶や世俗の会話一つ一つにも、心理的攻防が行われている。世界会議では常に劣勢かつ不利な立場であったが、この会談では同等である。
秘書官のリーゼアリアも喜びの言葉を無難に口にして、拍手が送られる。カリーナ姫様はさすがというべきか、欠伸を噛み殺していた。態度に出ているので、苦笑いが浮かんでしまう。
平和理念の一致となれば、当然矛先はこちらへ向けられる。白い旗を、堂々と掲げているのだから。
「聖王教会においても信徒に尽くして聖地を守る白旗の方々に対し、惜しみない賞賛と尊敬の念を抱いております。
ただ些かではありますが、自治領の理念を超えての行動に些少の疑問を持つ声もあるのも事実です」
「我々の行動の是非については、教会の方々も思う所はございましょう。今後も分かり合う姿勢を持って、皆様方に望む所存です」
しかも真っ先に、聖王教会側であるグレアムが会談の場で釘を差してきた。記者団も大袈裟に驚いて、記事にしたためている。おのれ、神の代理人を気取るつもりか。
時空管理局最高顧問であれば場違いとして苦情を申し立てられるが、教会代理人に迂闊な反論は出来ない。異議申立てせず、追従する形で場を濁した。
こういう時アリサが絶妙のフォローをしてくれるのに、リーゼアリア秘書官は無言でタイピング。書記官の真似事でシカトしやがった、うぐぐ。
しかも賛同と反省の意思を見せたのにもかかわらず、戦争と戦乱のプロは手を緩めなかった。
「これは驚きの発言ですね。白旗の治安維持活動は、聖王協会公認ではないと仰るのですか」
「現地に派遣された時空管理局の方々とも懇意にされていると評判ですが、教会を蔑ろにしているとなると問題なのではありませんか?
ああ、そういえば――最近時空管理局の皆様方における、聖地への干渉は強まっていますわね。教会への不満が白旗との癒着へと繋がったと、安易に考える方々も出てくるでしょうね」
うげっ、アリサの策謀を白旗の疑惑に変貌させやがった!? エテルナの鋭い指摘とオルティアの追及に、舌を巻いた。この女共、日頃何考えて生きているのだろうか。怖すぎる。
三役の働きかけは現地派遣の管理局員の冷遇を憂いての変革だったが、聖王教会を蔑ろにしているという前提に立てば管理局の身勝手な独走と受け止められてしまう。視点の違いで、こうも変わるか。
司祭であれば否定してくれるのだが、肝心のグレアムまで疑惑の発言を行うと、たちまち立場が悪くなる。管理プランはあくまで"黙認"であり、正当性は今のところ無いのだ。
リーゼアリアは沈んだ表情で俯くばかり、さも痛い所をつかれたと言わんばかりの芝居顔。公然と反論しないグレアムのイエスマンに、歯噛みするしかない。
聖女がいても、状況は変わらないだろう。護衛失敗で、彼女の俺に対する疑惑は深い。この生中継を見て溜飲を下げているかもしれない、悲しかった。
「聖王教会を蔑ろにするつもりは毛頭ございません。聖騎士様にも御協力頂いて、聖地の治安維持に進んで協力している次第です」
「あなた方へ協力するべく、かの聖騎士殿は騎士団を除隊されている」
「まあ、聖騎士様は聖王教会を代表する神の守護者ではありませんか。心中、お察しいたしますわ」
「聖地に住まう方々からも、聖騎士様の除隊を憂う声をお聞きしております。白旗の崇高なる理念には深く敬意を評しますが、教会の方々の悲しみにも理解を示して頂きたいものです」
よし、分かった。あのジジイの脳天を、唐竹割りさせろ。エテルナの揶揄する笑顔やオルティアの冷笑は、美しさもあって切れ味抜群だった。見栄えする美貌が、腹立たしい。
聖騎士の除隊が騎士団を揺るがし、聖王教会を覆す一大ニュースとなった事は知っている。俺も確かに除隊してまで協力してくれる真意は分からないが、その決意は崇高なものだった。
でもそう考えているのは俺だけで、ルーラーから見れば苦渋の決断だったのかもしれない。騎士団長を主と決めた今の彼女からすれば、毎日の活動は苦悩の日々であることも否定出来ない。
聖騎士が居ても、状況は変わらないだろう。騎士団壊滅で、彼女の俺に対する疑惑は深い。この生中継を見てよく指摘したと安堵しているかもしれない、悲しかった。
「我々の治安維持活動は、皆様方からすれば憂うべき事態であると仰られるのですか。ご懸念されるお気持は分かりますが、私は敢えて肯定も否定もいたしません。
白旗は民の声を代弁する代理人ではない、民の声を求める賛同者なのです。この場には今、民の代理に相応しい御方が別にいらっしゃる。
貴方こそ聖王教会の代理であり、聖地の民を代表する者――そう考えてよろしいのですね、ギル・グレアム代理人殿」
「……っ」
ふふふ、否定も肯定も出来まい。お前は立場を代理する人間、否定すれば教会の威信は損なわれ、肯定すれば民の代表者の自称となってしまう。両極端には、至れないのだ。
代理という立場の曖昧さを利用した威嚇は、所詮張子の虎。真実を追求すれば、ぐうの音も出ない。カレンやディアーナという本物の権力者を相手にした俺を侮るなよ。
だが自分でも分かっている、この抗弁は攻撃であって防御じゃない。追求さるような落ち度があったのは事実だと、認めたようなものだった。
「聖地に生きる民の方々の心中は民に問うべきものであり、教会へ求めるものではないでしょう」
「なるほど、でしたら民に問いかける時期が来ているのかもしれませんね。昨今の猟兵団のご活躍ぶりに、民もさぞ喜んでいるでしょうから」
「白旗の代表者にそう言って頂けると、団長代理で出席するアタシとしても光栄の至りですわ」
聖地を容赦なく支配している猟兵団への賞賛に、エテルナは牙を向いて威嚇する。微笑ましい会談に、記者達は震え上がって息を呑んでいる。
支配と安寧、どちらも国家の体制を示す表現。どちらが正しくて、どちらが間違えているのかは歴史が示すのであって、当事者が証明するものではない。だからこそ、いがみ合って主張する。
これほどの修羅場を目の当たりにしても、蒼き宝石は涼しい顔。惚れ惚れする瞳を向けて、可憐な声で容赦なく急所を突き刺した。
「民の安寧を第一に願い、此度の復活祭開催を提案されたと伺っております。世界が注目するこの会談の場を借りて、お聞かせ下さい。
神の復活を祈願するこの祭り、聖地の動乱に惑う民の方々を思っての事であれば――何よりもまず神が御姿をお見せして、民を導くべきではないでしょうか」
うぐっ、やばい――この女、復活祭開催の是非を問うている。有り体に言えば、神の存在を疑っている。
復活祭を開催する第一目的は、本来神が行使するべき義務である救済がなされていないからだ。なぜ神自ら民を守り、導かないのか。神が民を守らないのであれば、聖地の意義が失われてしまう。
その通りである。オリヴィエが世界を滅ぼそうとしているから、代わりに俺が民を守るべく復活祭を開催したのだ。代理人と言うのであれば、俺が誰よりも不遜なのである。
オルティアの追求は容赦ないが、未経験ではない。世界会議でも女帝や経済王が俺を抹殺するべく、あの手この手で破滅の一手を指してきた。弱者である俺は追い込まれるのみ。
追い詰められたネズミが出来るのは、噛み付くだけである。
「首脳会談の場で恐るべき指摘を行いますね、イーグレット殿。聖地の安寧を願う首脳会談で、神の真意を貴女は問い質すのですか」
「神と面識を交わした貴方様であれば、お答えできると確信しての問いでした。それに宗教とは、常に神へ問いかけるものでございましょう。
多様性を認め合う寛容の精神こそ、神が求める人への試練であると私は考えます」
「試練は大いに結構ですが、疲弊するのもまた民であります。今は復活した神と共に平和を喜び合い、未来を願うべきでありましょう」
「失礼ながら、私にはこの復活祭開催が神への安易な依存に思えてなりません。人々の平和を守るのはあくまで、人が行うべき行為――そして、白旗の理念ではありませんか?」
この女、本当に手強い。あの手この手で言葉を投げかけるが、全部叩き落とされて執拗に急所を狙ってくる。どういう生き方をすれば、この若さと美貌でこれほどの権力闘争が行えるのか。
思えばカレンやディアーナは会議の場でも手を緩めなかったが、根底には俺への敬意が確かにあった。会議の前後で二人は俺に恩があった、それゆえに真っ向から向き合えたのだ。
オルティア・イーグレットは違う。彼女は完全なる敵対者であり、敵組織の頂点。敵国であるトップ同士の会談であれば、慈悲を許さず噛み付いてくる。エテルナも同じだ。
紅鴉猟兵団の副団長、エテルナ・ランティス。傭兵師団マリアージュを率いる、オルティア・イーグレット――どちらも恐ろしい、やり手だった。
「この際、ハッキリ言わせてもらいましょうか。アタシ達は復活祭に協力する意思はある、けれど貴方達白旗に対しては少なからず疑問を持っている。
時空管理局との癒着に加えて、聖女の護衛抜擢におけるゆりかご調査の原因不明の事故。白旗は今、深刻な人手不足との噂も飛び交っている」
「聖女様の護衛は実質上失敗、聖王教会騎士団も壊滅。治安維持活動も低下しつつある中、聖王教会を代理する方からの疑念もあります。
トップである貴方の責任を問う立場ではありませんが、この首脳会談では復活祭開催における貴方の遂行能力は傭兵師団代表の立場から問えますよ」
「白旗の代表者よ――聖女を守れず、聖騎士を支えられず、民の安否を損なう貴方に、神の復活を祝う資格があるのだろうか」
聖王教会の代理人ギル・グレアム、紅鴉猟兵団の副団長、エテルナ・ランティス、傭兵師団マリアージュを率いるオルティア・イーグレット――首脳陣の、最終確認。
記者達は息を呑んでカメラを向け、聖地に生きる民が注目し、ミッドチルダ全土の人間が、俺に問いかけている。俺の才能を、俺の実力を、俺の器を、疑問視している。
ハッタリでも何でもいい、一つ頷けばいいのだ。堂々と、YESと訴えればいい。出来るのだと、言えばいいのだ。ただそれだけの、事。
それだけの事さえ出来ないから――凡人、なのだ。
事実じゃないか。聖女を守れなかった、聖騎士は倒れた、聖地は崩壊している。家族が倒れ、仲間が奪われ、敵ばかり増やしてしまった。俺はこの聖地にきて、何かを成せただろうか。
守るべきローゼは操られ、自由を求めるアギトには面倒をかけている。聖女には疎まれ、聖騎士には嫌われている。グレアムは俺を敵視し、リーゼアリアは虎視眈々と隙を狙っている。
どうして俺は、こんな大それた舞台に立っているのだろう。俺に、何が出来るというのだろう。神でさえも、他人を否定しているというのに。
俺に、いったい何が――
「ふふ……あはははははは、いい加減笑いを堪えられませんの、あははははははははははは!」
緊迫した場をぶち破る、けたたましい笑い声。顔を上げて見やると、俺の隣でカリーナお嬢様はドレスを翻して大笑いしていた。セレナさんまで、口元を抑えている。
面白がっての笑い声じゃない。初めて会った頃と同じ、険悪で嫌悪に満ちた侮蔑の嘲笑。下々の民を見下ろす、王者の無邪気であった。
場違いな笑い声に、グレアム達は揃って目を見開いている。首脳陣に対してこの有り様、カレイドウルフ大商会の名を傷つける傍若無人さであった。
だが、彼女にとって自分以外は全て愚かなる民――微動だに、しない。
「お嬢様、首脳会談の場ですよ」
「お前もよく知っているでしょう、セレナ。このカリーナのこの世で最も嫌いなものとは、何なのか」
「勿論でございます。カリーナお嬢様はこのような――無知蒙昧な"楽しくない田舎者"が、お嫌いでいらっしゃる」
――今、なんて言った……?
俺を見つめる――カリーナ姫様の会心の笑顔と、セレナさんの優しくも悪戯っぽい微笑み。えっ、えっ、ええええええええっ、あんたら、まさか――!?
笑いが堪え切れないと、カリーナ姫様は言った。彼女達が言う本物の田舎者を前にした、田舎者の仮面をつけていた男。田舎者の芝居をする男との日々は、とても滑稽で――楽しくて。
本物の田舎者とはこういう連中なのだと、"偽物の"俺に向かって得意気に笑っていた。うがあああああああ、こいつら、性格が悪いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
「醜悪な田舎者共の分際で、よくもこのカリーナの家族に対して舐めた口をききましたわね、後悔させてやりますの。セレナ、この男の資質を思う存分この馬鹿共に知らしめなさい」
「畏まりました、カリーナお嬢様。では少しの間この場をお借りしまして、カレイドウルフが支援する白旗より皆様の懸念を払う一大発表をさせて頂きます。
聖地を脅かす魔物や幽霊、武装勢力の所持が噂されるAMF、制御不能な聖王のゆりかご、聖女様の入院、聖騎士様や騎士団の壊滅――白旗はかねてより、こうした脅威に強い懸念を抱いておりました。
白旗の代表者であり、私の主人であられる宮本良介様はお考えになったのです。
魔導を第一とする、今のやり方に限界が訪れている。聖地の嘆き声こそ、その証。民の悲しみこそ、その証明。世界は今こそ変わらなければならないのだと、思い立ったのです。
皆様、満を持して発表いたしましょう」
コラコラコラ、まさかこの状況で本当に発表するつもりか!? おい、やめろ。今度こそ、全世界から大笑いされるぞ!!
「聖地を守る、我らの新たな剣――最新型武装端末『CW-AECシリーズ』です!」
魔導端末メーカー「カレドヴルフ・テクニクス」が製作する武装端末、CW-AECシリーズ。
CWコネクト――聖王のゆりかごでの状況を元に創案した、電波遮断状況下での通信を可能とした新技術。傍受による解析を困難にするCW独自の暗号化技術を使用の為、模倣は不可能。
CW-AEC00X――AMF等の魔力非結合状況を元に創案した、魔力遮断状況下での戦闘を可能とした新技術。メインユニットによる統括コントロールは、CW独自の技術を用いて使用可能。
魔導兵器の概念を根底から覆す概念、剣を持たぬ民を守る総合支援ユニットが全世界に向けて発表。創設者にして発案者はこの俺、宮本良介。
うああああああああああああああ、終わったああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――あれ……?
ど、どうしたんだ、皆。ここは笑うべきところだろう、何故絶句している。おいおい、記者達よ、何故顔色を変えてスクープだと騒いで本社に連絡なんぞ取っているんだ!?
グレアム、何故そんな呆けた顔で俺を見ている。エテルナ、何故鬼を殺すような形相で俺を睨みつける。オ、オルティアさんよ、そんなに唇を噛んでいると切れるぞ!?
リーゼアリアは泣きそうな顔で俺を締め上げる。こんな偉大な発明が出来るはずがないと、詰め寄ってくる。おいおいおい、こんなの、小学生の自由工作レベルじゃねえか!
突然鳴り出す、ホテル館内の高らかなファンファーレ――魔女の操作、あいつまで俺を馬鹿にするのか! うわ、警備していたセッテまで来て、泣いて拍手している。
"到達点にして開始点"――翌日異世界ミッドチルダはそこまで辿り着いた偉人だと、俺を飾り立て派手に馬鹿にしてくれた。
<続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
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