とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十五話




 クアットロからの依頼、あいつ本人はともかくとして魔女の狙いは透けて見える。引き受ければ俺の資質を、引き受けなければ俺の性質を測れる。どう転んでも、あいつにとっては喜ばしいのだ。

紅鴉猟兵団は聖地の『支配圏』を、傭兵師団マリアージュは聖地の『支配権』をトップで握っている。奴らとの公式面談会は世界会議と同じく、激しい論争となる。俺の実力が試される。

依頼を引き受けなければウェンディを見捨てる事となり、魔女との同質を示す結果となる。そもそも公式面談会こそ奴らの敷いた罠、拒否は賢明であり"自分"の選択は正しいと証明される。

この采配、ジェイル博士はクアットロの提案を魔女が受けたと推察している。魔女は単に面白がっているだけだろう、ウェンディの生死なんて二の次なのだ。


他人に関心がない、と聞くと冷酷だと誤解されがちだが、意外とそうではない。他人の生死は人間関係に関わる、他人に無関心な人間は人殺しを避ける傾向にある。単純に、鬱陶しいからだ。


「ウェンディの存在も魔女にとっては、あんたを測る試金石という事ね」

「あの子を殺したら、"自分"に嫌われるだろう。俺もそうだが怨恨による斬り合いは望まない、つまらないからな。ただ殺されはしないにしても、解放はしないだろうな」

「だったら面倒な事にはなるけど、引き受けるしかないわね」

「クアットロさんとの交渉及び人質解放の手筈は、私に任せて下さい。必ずウェンディさんを開放させた上で、他の人質の安否を含めた情報を探ってまいります」


 アリサに依頼承諾手続き、リニスに人質解放交渉を任せると、クアットロより各組織に公式面談会参席の返答が送られ、翌日聖地より発信されたニュースがミッドチルダ中に届けられた。

聖地の不穏は前々からミッドチルダ各地の興味を煽っていたが、管理局重鎮グレアムの来訪と聖王のゆりかご起動により、関心度は爆発的に高まっている。次元世界全土が、聖地に目を向けている。


ベルカ自治領で行われる、公式会談。政治及び経済交流による連携協定提案と聖王復活祭の開催を目指した、各有力勢力の共同参加。聖地支配の柱にすえ続けたい思惑が今、火花を散らす。


公式上でしかなくても、公式の場での会談で喧嘩をする訳にはいかない。明白な支配であっても表向き彼ら強者は弱者の支持を必要としている、荒事ではなく論争による戦争を望んでいる。

会談の目的が聖地関連である以上、聖王教会側も公式会談の場に出席。聖女様は入院中の為司祭様が望ましいが、前者は入院中により出席の返答を頂けず。後者はドゥーエ不在の傷心を引き摺っている。

組織の面目を保つ上でも、代理人の出席は認められない。聖王教会に匹敵する"格"が必要となる――そこで聖王教会はあろう事か、蜜月関係にある時空管理局に代理出席を求めたのである。


「ギル・グレアム時空管理局顧問官の出席要請だと!? どういう事だ!」

「現在世間を賑わせている聖地に公式訪問されており、治安維持に努めていらっしゃる名誉ある提督です。聖女様とも先日公式面談を行っており、聖王教会との関係強化に貢献されておられる。
これ以上の理由をまだお聞きしたいのですか、白旗代表様?」

「――司祭欠席の知らせを聞いて聖王教会へ働きかけて管理局へ手を回したのね、リーゼアリアさん」

「貴女のご想像にお任せしますよ、アリサさん。一応秘書官として、トップに知らせるべき情報を真っ先に入手している事実は認めますけれど」


 リーゼアリアの冷笑に、アリサが悔しそうに拳を握る。リーゼアリアが秘書官になっていなければ、アリサが最初に司祭欠席の報を受けていた。出遅れてしまった事が、致命的な差となった。

しかも幽霊かつ少女であるアリサは公式の場には出せない。三役に申し出てはくれたのだが、かれらはあまりにも影響力が高過ぎるので出席を見送るしかない。

つまり今まで、世界会議や管理プラン進捗会議で俺をフォローしてくれた人達が誰もいなくなる。俺は単身で強者達や、あのグレアム提督と対峙しなければならなくなってしまった。

この聖地における『聖王教会代理』の発言力は、非常に高い。立場上公平中立であるべきなのだが、絶対俺を敵視して不利な証言をかましてくる。まずい、まずいぞ。


ジェイル博士はプラン管理対象者の犯罪者、ウーノはユーリ達の治療中、リニスは人質解放交渉と犯人との取引中となると、他に頭のいい人間は――と、そうだ。


「公式面談、秘書官としてあんたも出席してくれ」

「どういうつもりですか? 公式面談の場では秘書官の失言や態度次第で、組織全体の大きな失点に繋がりますよ」

「そんな風に弁えてくれているなら助かる」

「……なるほど、信頼をチラつかせて私を靡かせようという姑息な魂胆ですか。卑怯な人ですね、この手で皆様方を騙してきたのですか。
残念ですが、私も秘書官の職務を通じてこの手の権謀術数を多く経験しております。身体を許しても、心は絶対許しませんから」


 疑心暗鬼に陥っているリーゼアリアを、公式会談の秘書官に指名。グレアムの手先である事実は危険要素であり、立場の保証でもある。公式の立場を持つ人間が、公式の場を疎かにはしない。

彼女が俺を憎むのはあくまで管理プランに対する意見の相違であり、彼女本人は清廉潔白な女性だ。内心どうあろうと、白旗で出席するからには白旗を守ってくれる。

リーゼアリアが矢面に立てば、グレアムも――いや、やめておこう。秘書官を盾にするやり方は、俺が昔一番嫌っていた権力者像そのものだ。秘書の責任にする政治家にはなりたくない。


このクアットロの罠は、魔女の関心を大いに引きつけるだろう。この隙を狙わない手はない、やられっぱなしでいるものか。


「妹さんは今回護衛から外れて、警備側に回ってくれ」

「警備と護衛なら意味合いは同じでしょう、侍君」

「護衛は一個人だけど、警備となると警戒する範囲が劇的に広まる。公式会談の場は沸騰するだろうから、クアットロや魔女の注意を大いに引きつけられる。
妹さんは攫われた面々全員の"声"を知っているからな。さすがに取り返しに行くとバレるから、"声"を聞いて正確な場所を突き止めてくれ」

「お任せ下さい、剣士さん。ですが、肝心の剣士さんの護衛はいかがいたしましょうか」

「まったくしかたねえな、アタシが護衛についてやるよ」

「……ミヤちゃんが居なくなってからニヤニヤが増えたよね、アギト」


 仕方がないという割に満面の笑顔で護衛を申し出る、アギト。忍の呆れ顔はもっともだが、アギトはミヤの行方不明を喜ぶような陰湿な性格ではない。心配していないだけだ。

魔女が俺と同じ人間である事は、事件に関わったアギトも肌で感じている。俺と同じ人間であれば、ミヤのようなお人好しの存在は苦手な部類。苦手意識は、殺意や敵意とは意外と乖離している。

恐怖は時に殺意を招くが、苦手意識はむしろ距離を置く。デバイスである以上魔女に洗脳されている可能性は高いが、本質まで歪めるのは難しいものだ。ミヤの存在価値まで消してしまう。

信頼とは全く別次元だが、アギトは魔女がミヤをどうにもしない確信を持っていた。最悪敵として現れても、アギトならミヤを笑って攻撃するだろう。洗脳を理由にイジメるのだ。


「残念だが、アギトは駄目」

「はあっ!? 何でだよ!」

「公式会談の場に、デバイスを持ち込むのは禁止だ。隠していてもバレる」


 露骨にがっくりと肩を落とすアギトを、忍が笑って慰める。アギトは感情豊かな良い子なので忘れそうになるが、一応デバイスであり武器だ。公式の場に、武器なんぞ持ち込めない。

この条件は俺にはむしろ有利だ。猟兵団や傭兵団のトップは間違いなく実力者、戦えば俺は確実に負ける。武器を取り上げても強いだろうが、素手で殴りかかるような馬鹿な真似はしないだろう。

護衛ならば特別許可が出るのだが、デバイスそのものを護衛とするのはやや苦しい。管理プラン対象である以上、公式の場で揉めたくはない。


幸いにも、今回の護衛にふさわしい人材がいる。


「だったらパパ、ボクに任せてよ。ボクは怪我だけだったからナハト達より早く退院出来たしね!」

「連中にとってもいい牽制になるだろうからな、よろしく頼むぞ」


 ウーノに預けた治療組の中で真っ先に退院出来たのは、レヴィだった。この子は霊障こそ幸運にも免れたのだが、山間部の激戦で負傷して治療を受けていたのである。

アンチ・マギリング・フィールド影響下の魔法が使えない環境で、猟兵団及び傭兵達を単身で足止めした少女。その恐るべき実力は、彼らに大きな脅威を与えたはずだ。

戦争に長けた猛者達を退けた少女はいわば、彼らにとっては罪そのものである。宗教権力者が揉み消しても、聖女を襲った事実は消えない。場に居るだけで、あいつらの脅威となる。

レヴィも大きな負傷はなくすぐに退院も出来たのだが、ユーリ達が心配で残ってくれていたのだ。海鳴より与えられた優しさを、この子は俺から受け継いでいる。


「うっしっし、いい噂を聞いちゃったし、会うのがすごく楽しみだなー」

「噂……主治医のウーノから、何か吹き込まれたのか?」


「『紅鴉猟兵団』副団長のエテルナって奴、ボクと同じタイプなんだ。魔力光と魔力体質から――"紫電"と呼ばれている、恐ろしい女らしいよ。
団長はおっかないからナハトに譲るけど、こいつはボクが相手してやるんだ」


 紫電、雷を操る魔導師――フェイトと同じタイプか。そう言えばレヴィも山間部の死闘で、蒼き稲妻を戦士達に頭上から浴びせていた。この手の魔力を変換出来る人間は珍しいらしい。

どういう訳か俺よりも妹さんが多大に興味を示して、レヴィから詳しい話を聞いている。背中に太鼓とか、福耳がどうのとか、妙な特徴を聞き出していた。会った事があるはずなのだが。

俺としてはその副団長よりも、気になることがあった。


「ジェイルの奴もナハトを推薦していたけど、団長というのはどういう奴なんだ」

「えーと、ボクにはちょっと難しい話だったんだけど――本当はエテルナってのに団長の座を譲ったそうなんだけど、本人が断ってるから団長と副団長で立場がややこしいんだって」

「なるほど、本人が先代のつもりだとすると公式の場で姿を見せるのか微妙だな」

「姿は見せないと思うよ」

「えっ、どうしてだ」


「だって、怖いもん。ユーリも怯えて逃げちゃうだろうし、ちゃんと戦って勝てるのはナハトか――さいきょーのパパくらいじゃないかな」


 何故ユーリやナハトより、俺を上に置くのか。親は子より強いという風習は、昭和で終わっているのだと教育しなければならない。今の時代、異世界だろうと地球だろうと、子供が強すぎる。

ユーリが怯えて逃げる程の実力者、想像もつかない。ユーリはミッドチルダの夜を照らし出す力を持っている。ウーノの情報は信頼性があるが、こればかりはいくら何でもデマだろう。


太陽を相手に勝てる、『人間』なんていない。


「こっちの護衛はレヴィ、グレアムはどうせあの仮面男。猟兵団や傭兵師団は粒ぞろいから、質の高い実力者が出てきそうだな」

「ノアという少女も恐るべき実力を秘めています。あの子が出てくるとなると、心配です」

「傭兵師団も侮れない。今メンテナンス中のローゼが過去に探っていた時、気になる情報が幾つかあったそうだからな」

「なになに、ボクも気になる!」


「外部から強力な支援を受けているらしい――『トレディア・グラーゼ』とか名乗る活動家らしいけど」


 どういう訳か、ローゼはこの件に関して固く口を閉ざしていた。自分自身でも色々探っていて、全てが判明すれば知らせる事だけ約束して独自で追っていた。何か感じるものでもあったのか。

そのローゼも、まだ目覚めていない。妹さんの火拳銃によるダメージも大きいが、何より魔女に完全に操られた後なので精神面の不安もあった。現在、メンテナンスしてもらっている。

あいつは基本マイペースだが、今回の件を知れば責任を感じるだろう。変に考えこまなければいいが、心配だ。製作者の博士が魔女には激怒して、二度と支配されないように対策してくれている。

いずれにしてもローゼが目覚めない以上、これ以上の情報は探れない。今は攻撃より防御、ハッキングよりセキュリティに重きを置くべきだ。公式会談に向けて、準備に取り掛かる。


やがて日取りも決まり、出席者も公表されて――耳を、疑った。宿アグスタへ毎度のように来訪した機会を窺って、慎重に問いかける。


「カリーナ姫様。セレナさんを護衛に公式会談の場に出席と、ニュースで伺いました」

「田舎者、お前には失望しましたの」

「失望……?」

「復活祭はカレイドウルフ商会の支援による開催であり、白旗はカレイドウルフ商会が援助する組織。公式の場に出席する代表者は、カリーナ姫様であるべきです。
なにゆえにお嬢様を差し置いて何も報告せず、貴方の独断で出席を決めていらっしゃるのでしょう。説明を求めます」


 事実関係を精査すれば、彼女達の追及はもっともだった。俺の詭弁でしかないが、一応白旗の立場は指摘通りとなっている。報告の義務を問われれば、その通りだろう。

嘘に嘘を重ねるのは良くないという、典型的な悪例であった。カリーナお嬢様とセレナさんの相手を務めるにあたって、毎度田舎者として対応してきたツケが出てしまった。

しかし白旗に対する裁量権は、そもそも俺に委託されている筈である。今まで数多くの重要な決断を彼女達に隠し立てせず俺が決めてきたのだ、今更追及されるなんて思わなかった。どうしよう。

ふと見るとご機嫌斜めなお嬢様は唇を尖らせつつも横目で俺を追い、追及するセレナさんは涼しげな微笑を浮かべて俺の返答を待っている


何なんだ、一体。人を陥れるのが、それほど楽しいのか。お金持ちは、本当に悪趣味だな――慌てて、田舎者の仮面をつける。


「説明する必要はございません」

「――それはこのカリーナに対する犯意と受け止めますの」

「申し開きもいたしません」


「お前は本当に、それでいいですの!? ほらほら、いつもの田舎節をカリーナに聞かせなさい!」

「いかがされたのですか。何かお悩み事があるのでしたら、後日逢引の場を設けますのでこのセレナにだけ打ち明けて下さいな」


 態度が一変した!? 確かにこの論調には続きがあるけど、どうして打って変わって心配するんだ!? お前らは何がしたいんだよ!

何やら慌て出した主従の混乱を落ち着けて、俺は悲嘆に暮れた声で心情を激白する。


「会談の相手は、お嬢様が粗野と罵る集団のトップ。そのような会談の場に大切な姫様を参席させるくらいであれば、私は敢えて死を選びます」

「お、お前はカリーナの身を案じて、一人批判される決断をしたのですの!?」

「ご心情は分からなくはありませんが、会談の場にお嬢様が不在とあればカレイドウルフ商会の面目が立ちません。その点については?」

「ご安心下さい、先日聖王教会と交渉いたしまして司祭様より復活祭開催の承認を頂いております。無論カレイドウルフ大商会の看板あってこその、開催。
此度の会談は名目上であれ経済交流の場、司祭様の承認を受けた以上は復活祭とは別の提案。白旗に追及こそされようとも、カリーナお嬢様の栄誉は保たれます」

「ならば最初から、そう申し開きすればいいのですの。どうして何も言わなかったのですか」

「お嬢様ご本人が参席を名乗りでた以上、従者の私は口を閉ざすしかありません」


「ふふふ、田舎者のお前にもようやくこのカリーナの従者である心構えが出来てきたようですわね。結構、今の言葉を謝罪としましょう」

「メイドと従者、こうして肩を並べるお立場となられて心より喜びを申し上げますわ」


 魔女との戦いが神経戦なら、お嬢様との戦いは消耗戦だった。相手は圧倒的権力者である以上、弱者かつ一般市民の俺はただ我慢を強いられるしかない。

勝てる相手ではない以上、負けないように辛抱しなければならない。剣の稽古に使われる藁にでもなった気分だった。

俺はいつも苦労させられるというのに、カリーナ姫様もセレナさんも日を追う事に笑顔が増えている。機嫌が常に悪かった初対面とは、雲泥の差だった。


「お前もこの階段に出席すると聞きました。お前は、このカリーナの従者として公の場に立つことになりますの」

「貴方様はダールグリュン家との婚姻を筆頭に、名家との縁談も結ばれて、正当なる家系の一員となりました。私との結婚を通じて、カリーナお嬢様との関係も確定しております」

「ですがカレイドウルフの名を語る以上、お前には家柄のみならず資質も問われます」

「資質といいますと?」


「セレナ、この田舎者に分かりやすく説明してあげなさいな」

「お任せ下さい、お嬢様。このセレナ、話が通じない女だと地元でも評判でした」

「通じてないですの!? ええい、カリーナが説明してやりますの!

たとえばこのセレナ、メイド技能は無論の事、カレイドウルフ商会に多大な利益をもたらした社長業の実績もありますの」


 えっ、セレナさんってビジネスウーマンだったのか!? 考えてみればこのカリーナお嬢様の従者が、単なるメイドで務まるはずがない。多種多様な資質が必要とされる。

聞いてみると多くの関連企業及び商会を成立させて、多国籍に及ぶ人脈を形成して、一大経営産業を作り上げたらしい。その功績を買われて、彼女はカリーナの従者に就任した。

天才とは才能有る人間であり、天武とは才能を活かす天資。誉れ多き才覚は美を磨き、彼女はカリーナという至高の華に相応し大輪の花となった。


「一国の凛々しい王子に見初められ、華やかな宴の場でプロポーズされた事もありましたの。カリーナの従者となった今でも絶えず、婚姻及び縁談の話を持ちかけられています」

「高貴な方々には大変恐縮ではありますが、このセレナはお嬢様の従者。お嬢様に全て捧げておりますので、確かな身分の御方であれどお断りさせて頂いております」

「なるほど、貴方ほどの女性であればさぞ縁談も多く――えっ、全てお断りしている?」

「はい」


「でも、この前は私とお見合いしましたよね?」

「はい、させて頂きましたわ」


 セレナさんは微笑みを絶やす事なく、変わらず俺を見つめている。うーむ、人間関係とは本当に難しいものだな。男と女の付き合い方にも、色んな表現があるらしい。

政界及び財界の有力者を袖にするほどの女性だ、俺のような庶民には計り知れない考え方をお持ちのようだ。だが庶民として、友好を証明する方法はあるのだ。


笑顔で、握手――彼女の優しい手を取り微笑むと、セレナさんは目を丸くするが嬉しげに握り返してくれた。ふふ、俺も少しは人間関係を分かってきたじゃないか。


「このセレナと同じく、田舎者であれどお前もカリーナに相応しい従者である事を示さなければなりませんの」

「ちなみに、証明出来なければどうなりますか?」

「お前の出席を、取り消しますの」


 公式会談の欠席 = ウェンディの死亡決定。このお嬢様、庶民を常に断崖絶壁に立たせる悪魔である。やばい、資質なんて俺に一番無い言葉じゃないか!


依頼を引き受ける前と後では、全然状況が違う。クアットロの取引に応じておきながら、当日になってドタキャンなんてしたら、いくらなんでも魔女は怒るだろう。俺だってキレるわ。

カリーナお嬢様に今回の誘拐劇を知らせても、情状酌量の余地も与えてくれないだろう。大商会のお嬢様は実績主義者、誘拐ですら白旗の過失と受け止める。まずいぞ。

しかし資質を示せなどと漠然に命令されても、どうすればいいんだ。くそっ、こんな事になるなら復活祭の企画はこの場で持ち出すべきだったか。


俺は田舎者、田舎者らしい提案、素朴なプロジェクト、純朴な企画――当たり前の、発想。


「わ、我がカレドヴルフは――」

「カレドヴルフは?」



「かの猟兵団及び傭兵団が使用した魔力無効化に対抗するべく、対魔力無効化術式用の武装デバイスを提案いたします!」



 カリーナお嬢様だけではない、一大経営産業を作り上げたセレナさんまで目を見張った。何、何なの、その反応!? いくらなんでも、当たり前過ぎたか!

不幸中の幸いだったのは、レヴィ達と猟兵団や傭兵団を話題にしていた事だ。あの時AMFという新技術に襲われて、魔法が使えなくなる局面を強いられた。

百戦錬磨だったレヴィのお陰で何とか対応できたが、従来の魔導師であればあの状況に陥ったら為す術もないだろう。魔法が使えなくなるのだ、完全に無力化させられる。

魔力に頼れないのであれば、デバイスに頼るしかない。魔法使いが杖に頼るというおとぎ話的な発想しか思い浮かばなかった、自分の発想の貧困さを勢いで誤魔化す!


ええと、ええと、落ち着けよ、レヴィの話、妹さんの話、紫電、火拳銃――


「こ、個人の資質にもよりますが、魔力とは"雷"や"炎"のようなさまざまな自然体系に変換出来る側面を持っています。この高速魔力変換を、運用技術に用いるのです。
デバイスのような個人装備サイズでの実用的な高速魔力変換運用技術をもって、術者の魔力をデバイス内部で物理エネルギーに変換して出力。物理攻撃であれば、魔力無効化の影響を受けません」


「……セ、セレナ……この発想は」

「落ち着いて下さい、カリーナお嬢様。
――貴方様。魔力を物理エネルギーに変換と仰っておりましたが、具体的にどのようなエネルギーを持って使用するのでしょうか?」


 中卒の俺はエネルギーと聞かれたら、電気しか思いつかない。あひゃあひゃあひゃ。


「バ、バッテリーを使用します。少々重くなりますが、消耗の激しさが予測されますのでバッテリーを内蔵して実装すればよいのではないでしょうか!」

「……」

「……」


 終わった、グッバイウェンディ――すいません、せめて高校は卒業するべきでした。恥ずかしい、穴に入りたい。

魔力が使えないのなら物理に変換すればいいじゃん、としか思いつかないんだよ。幼稚園児でも思いつく発想、羞恥に身悶えする。


「田舎者」

「す、すいません、私は畑を耕すことしか能のない田舎者で――」


「第3管理世界"ヴァイゼン"、将来的に総合メーカーを作り上げる企業地――今日この時点を持ってお前を一大企業の責任者とし、『カレドヴルフ・テクニクス』の名を与えます。
管理局及び聖王教会、各政界にも働きかけて、名義上お前をその大領地の主と任命させましょう」

「は……?」


 りょ、領主……えっ、何言ってるの?


「セレナ、お前に少しの間暇を出します。今この男が言った発想を実用化してみせなさい」

「お任せ下さい、カリーナお嬢様。このセレナ、かつてない興奮と感動に身を震わせております」


「ふふ、妖精かと思いきや、まさかこの田舎者が拾い物になるとは思いませんでしたの。公式会談の場で、正式に"CW"をお前の名で発表しましょう。

田舎者、喜びなさい――お前が産み出した発想"CW"の成功は、長年停滞していた魔導エネルギーの歴史そのものを変えるでしょう」


 この時初めて、カリーナお嬢様は下賎な身分である俺の手を取った。セレナさんは美しい瞳を潤ませ、頬を染めて俺を見つめている。馬鹿にされているというより、同情されてしまっている。

二人は何度も俺に暖かく声援を送ってくれて、すぐさま車に乗って猛烈な勢いで走りだした。終わった、全てが終わった――その場で、膝をついた。


公式会談の場で俺の名で発表――昔の学校であった学級会での作文発表と同じ、見せしめである。よく書けていますなどという、笑いもの行事だった。


まさか十を超えた若者になってまで、こんな羞恥に晒されるとは思わなかった。よほど哀れに思われたのか、カリーナお嬢様までかつてないほど優しかった気がする。

グレアムが聞けば、恥晒しの愚か者だと笑うだろう。猟兵団や傭兵団のトップも、嬉々として罵倒するに違いない。白旗の権威が失われる。『歴史を変える程の』狂気とまで言われた、恥ずかしい。



だが最悪なのは魔女と――クアットロだ。明らかに俺を試しているあいつらが、この"CW(カレドヴルフ・テクニクス)"発想を聞けば、大いに失望するだろう。

俺を観察するリーゼアリアも俺の愚かさに呆れ果てて、秘書官を降りてしまう。俺に妙な期待をかけている、ジェイル博士達も去るかもしれない。



こうして最悪の禍根を遺して、当日――ミッドチルダ全土に生中継される、公式会談の日を迎えた。










<続く>








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