とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十四話




 紆余曲折あったが、ギル・グレアム名誉顧問とリーゼアリア秘書官の協力は正式に得られた。意見の違いこそあれど、仲違いしていない三役も非常に喜んでくれた。和解の第一歩となりそうだ。

俺は三役との仲介役を約束したが、管理プランについては妥協するつもりはない。白旗は聖地の安寧と聖女の護衛を主とした組織、主義主張に反する人間を組織運営や内部事情には触れさせられない。

だが立場上は時空管理局顧問官を務める局の重鎮、復活祭のお手伝いさんでは済まされない。取り扱いに正直困り果てていたが、アリサが人事に意見を出した。


「聖王復活祭開催にあたり、快く御協力頂けたギル・グレアム様には『特別栄誉職』に就任して頂きましょう」

「待って下さい。事もあろうに時空管理局顧問官の重鎮をお飾りにするつもりですか!?」

「時空管理局では名誉顧問に就任されている方への、これ以上ない配慮であると認識しておりますが」

「詭弁です。発言力を持った者を組織運営から遠ざける目的でしょう!」


「妙なご指摘をなさいますね、リーゼアリア秘書官。名誉顧問に就任されているグレアム提督は、一旗艦の艦長が黙認する管理プランに対して積極的に御意見されておりました。
あの場での強硬な主義主張は、貴女の言う組織運営から遠ざかれた方の姿勢とは思えませんでした」


「……ぐっ……しかし」

「しかし?」

「――グレアム提督、これで本当によろしいのですか!?」

「むぅ……」

「反論がないようでしたら、この提案を審議させて頂きますね。ご安心下さい、あくまでもあたしの一案に過ぎませんから」

「よくもぬけぬけと……メイドなどと嘘言する貴女の正体も、必ず突き止めてみせるから!」


 見ていて気の毒になるほどだったが、可哀想にも聖王復活祭のギル・グレアム特別栄誉職就任が決定となった。聖王の復活を祈願する祭りの信憑性は、この就任ニュースにより大いに高まった。

時空管理局顧問官の重鎮が特別栄誉職就任を引き受けたとあれば話題性も大きく、時空管理局地上本部や本局も承認しない訳にはいかない。時空管理局が承認すれば、聖王教会も公認となる。

当初の思惑通りこの機に乗じて三役は積極的に働きかけて、ベルカ自治領における治安維持活動への干渉力は飛躍的に向上。地上本部及び本局からも、増援が決定。近日、増員派遣となった。

聖女と騎士団壊滅による乱れに乱れた聖地の治安と人々の不安は、このニュース一つで大幅に改善されて、復活祭への期待と白旗への信頼は聖地全体に高鳴りを見せた。

現地派遣で冷遇されていた管理局員は大いに沸き立ち、隊長さんは即日感謝の挨拶と積極的な協力関係への働きかけを約束。聖王教会の代表者達も、支援と援助を約束してくれたた。


単にグレアム提督を実務から遠ざけるだけではなく、時空管理局と聖王教会の関係改善及び聖地の治安向上まで成立させたこの一手――アリサという少女一人が成し得たと、誰が思うだろうか。


「――お前、とんでもない奴だな」

「ふふふ、あたしをメイドにして良かったでしょう。あたしに出会えた幸運に感謝しなさい」

「廃墟でゴミ掃除させるだけのつもりだったのに、凄いもんだ」

「少女虐待で訴えるわよ、あんた」


 こうしてグレアム提督の権力封鎖には成功したが、アリサの影響力でも「リーゼアリア秘書官まで押さえ込む事は出来なかった。

白旗は現在戦力不足、優秀な人材は喉から手が出るほど欲している。ただ現状微妙な時期なだけに、新しい人材には注意しなければならない。実際、スパイも来たからな。

三役が苦笑してしまうほど、アリサが採用試験の監督官を強行したのだが――


「筆記試験が満点、ぐぬぬ……!」

「何度面接して下さってもかまいませんよ、経歴及び取得資格一覧も記載しておきました」

「じ、時空管理局は副職なんて認めていないでしょう!?」

「辞表を出します」

「ア、アリア!? 何を考えている、やめなさい。秘書官はどうするのだ!」

「申し訳ございません、提督。今後お傍にはいられませんが――遠く離れていても、貴方への気持ちに変わりはありません」


「――遠距離恋愛って、最初そう言って盛り上がるんだよね。大体、後ですぐ寂しくなるけど」

「――し、忍さん、聞こえますよ!?」


「君の気持ちは嬉しい。けれど私は君に嫌な思いをさせてまで、願いを叶えようとは思わない」

「お心遣い、ありがとうございます。大丈夫です、どのような仕打ちを受けても私、耐えられますから」


「――こういう最初の覚悟って、思いがけず優しくされると絆されちゃうんじゃないですか……?」

「――な、なかなか言うわね、那美も」


 分かっていた事だがリーゼアリア秘書官はグレアムの色眼鏡ではなく、実力で名誉顧問の秘書官に任命された才色兼備の女性だった。才能ある人間には、難癖をつけづらい。

アリサも根負けして採用、負け惜しみとして採用試験を設けてリニスと並ぶ臨時秘書官となった。三役の秘書はリニスが行い、リーゼアリアは俺の秘書を担当する。

部屋の割り当てはどういう理由か全く分からないが、秘書としての務めとばかりに俺の部屋に転がり込んできた。アリサが強行に反対したが、何故かリニスは承認――おいおい。


「あいつは見え見えのスパイだぞ。分かっているのか、リニス」

「自分から希望を出した異動です、承認するのが筋でしょう。スパイだというのなら尚更、遠慮する必要はありません」

「遠慮……?」

「ここ最近の貴方の女性に対する認識は、赤点です。勘違いが酷く、思い上がりも甚だしい。聖女様や聖騎士様は、特に顕著な例ですね。
いい機会ではありませんか、間もなく聖地へ来られるアリシアの為にも女性への接し方を学んで下さい。聖王オリヴィエと同じく、上位霊への昇華に成功すれば実体化も可能と判明しましたから。

睦まじき仲となりましたら、次のステップである性教育へ移ります。その時は私が教官として、部屋を共にしましょう」

「俺のプライベートがゼロなんですけど」


 プライベートといえば、魔女の件。リーゼアリアの引っ越しの隙を突いて抜け出し、怒り心頭のアリサへの機嫌直しとばかりに話を伺う。


「魔女はどうするんだ。ローゼの封印処置は廃案に出来たけど、俺達の手で必要悪にしてしまったぞ」

「何言っているのよ。堂々と戦って、コテンパンにのしちゃいなさい」

「何でだよ。捕まえてしまったら、脅威が無くなってリーゼアリアやグレアムがまた蒸し返してくるぞ」

「セキュリティ問題を甘く見ているでしょう、あんた。あたしは魔女を必要悪になんかしていないわよ、魔女という存在を"前例"にしたの」

「前例……?」

「セキュリティというのは一度でも破られたら、原因を排除するだけでは済まないの。然るべき対策と今後の見通しを、徹底的に立てなければならない。
魔女と同じ脅威が今後出ないと、どうして言えるの? 魔女より機械操作に優れた犯罪者が現れたら、どうするの? "前例"が出来上がった以上、封印という安全神話はもう崩壊しているのよ。

リーゼアリア秘書官やグレアム提督が問題の本質をローゼ一人に押し付けようとしたのはプラン廃止以外に、時空管理局という組織問題を押さえる意味もあったのよ」

「何だそれ、法の組織が事の問題を女の子一人に押し付けて矮小化しようとしたのか!?」

「セキュリティ問題ってのは、それほどデリケートなのよ。問題を起こした本人一人を処分すれば済む話じゃない。だから問題を明らかにした上で、博士がセキュリティ改善をしたのよ。
ジェイル・スカリエッティ博士を犯罪者だと公言してしまった彼らは、当然博士に同じ依頼なんて出来ない。封印処置は取り消すしかなかったのよ」

「色々考えているんだな、お前」

「リーダーであるあんたも少しは考えて行動しなさい、たく……第一、ロストロギアを横流しされている時点で大問題じゃない」

「まあな――よし、お前のおかげでようやく見通しが立ったぞ」

「見通しって、何の?」


「聖女と聖騎士の関係悪化問題だよ、聖地の治安貢献と聖王教会の公認を受けた今がチャンスだ。お前の働きに応えるべく、俺も今から問題解決に動くぞ」

「えっ、まだそのことで悩んでいたの、あんた!?」


 まさかグレアムとリーゼアリアが、聖女と聖騎士の橋渡し役となるとは思わなかった。リニスにも注意されたので、関係改善に動こう。まずはセッテに会いに行く。

聖王教会騎士団全滅と聖女護衛の失敗は、重い。聖王教会との関係が蜜月となったとはいえ、人間関係にそのままスライドされたりはしない。いきなり見舞いに行っても嫌がられるので、彼女に会う。

入院する病院か聖王教会へ直接出向くつもりだったが、電話一本でセッテはすぐ馳せ参じてくれた。出会い頭の最敬礼にも、ようやく慣れつつある。

修道服を着た少女に、背中のブーメランの凶悪さは非常にアンバランスだ。口約束で騎士団長着任となって以来常時装備しているが、本人は大き過ぎるのでまだ慣れずにふらついている。


「わざわざ来てくれてありがとう、セッテ。君にお願いがあって連絡したんだ」

「――!」

「違う違う、裏切り者の討伐じゃない!? 走って行かないで!」


 お任せ下さいと、行方不明のクアットロ探しに行きそうなセッテを止める。あの件はよほどセッテの逆鱗に触れたのか、命令一つで弾丸のように飛び出して行きそうだった。

もしも今後敵として俺達の前に姿を見せたら、その瞬間ブーメランを投げそうな勢いがある。初見殺しの恐ろしさは、この小さな騎士団長に異名を与えそうである。

まずアリサの一案による治安向上と聖王教会との蜜月関係を説明した上で、聖女様との謁見を何とか求める。


「……」

「さすが陛下、見事な手腕と褒め称えられるのは悪い気分じゃないけど、俺の手柄じゃないんだ――ははは、そう言ってくれるとむず痒いよ」


 そんな事はないと輝いた目で見上げるセッテに、歳相応の可愛らしさが見えて微笑ましい。この尊敬が崇拝にまでなってしまわないか、やや怖くはあるのだが。

セッテは無口だが、無感情ではないようだ。言葉ではない独特の自己表現は機械じみて見えるが、慣れてしまえば彼女なりの自己表現方法だと納得させられる。

今日も同行してくれている護衛の妹さんも同じく口数は少ないが、その存在感は一般庶民よりも確立されていた。

セッテは話を聞いてくれた上で、見慣れない通信機を取り出した。デバイスに似ているが、どうやら異世界の携帯電話らしい。空間モニターでテレビ電話のように連絡出来るとの事、便利なものだ。

聖女様の世話係である彼女は、早速入院中の聖女様に連絡。取り次ぎして頂けるかドキドキしていたが、通話越しに驚愕と悲鳴が上がる。どうしたんだ、急に。


何やら慌ただしい音が響き渡って、ようやくセッテが振り返った。お待たせ致しましたと深く頭を下げて、ブーメランの重さに前転びするセッテがちょっと可愛い。非公式の面談がこうして始まる。


「聖女様。入院中でありながら、このような形での非常識な面会を深くお詫びいたします」

『いえ、そのような事を仰らないで下さい! モニター越しとはいえ貴方様のお顔をこうして拝見出来て、天にも昇る心地です』


 ――凄いな、聖女様。病院の広々とした特別室において、彼女は凛々しくも華やかな正装を着てお顔をお見せ下さっている。入院中、その服装ではとても寝られない気がする。

化粧こそしていないが、麗しき御尊顔には僅かな乱れもない。絹のような金髪も整えられ、美貌は清楚に磨かれて、美しき肢体を乱れのない正装で着飾っておられる。隙のないお出迎えだった。

ひょっとして先程のバタバタは急な取り次ぎで慌てて着替えたのではないかと邪推したが、仮にも相手は聖女様だ。俺如きの面会なら、わざわざ身支度せずに断るだろう。


彼女が小奇麗にする理由など、一切ないのだ。綺麗な身の振る舞いやお世辞に、期待なんぞしてはいけない。


「遅くなってしまいましたが、護衛任務の不始末を謝罪させて下さい。大層な大口を叩いておきながら、貴女様をお守りできず誠に申し訳なく思っております」

『貴方様が責任を感じられる事はありませんが、もしも罪に思うのであれば――勝手ながら、我儘を言わせて下さい』

「如何なる裁きもお受けいたします、どうぞ仰って下さい」


『でしたらどうぞ、これからも私をお守りする騎士様で在ってください』


「し、しかし、私は――」

『如何なる裁きもお受けすると、先ほど仰いました』

「貴女はそれでよろしいのですか、私は貴女を守れなかった」

『私の振る舞いに、貴方様が懸念する乱れがございますか? 平穏無事、日々変わらず過ごせているのも貴方様が私をお護りして下さっているからです』

「私が、ですか?」

『私の心は、貴方様と共に在ります。何時でも変わらず、常にお傍に在り続ける――その事実が私を勇気付け、たとえようのない幸福を与えられるのです』


 ……こう言っては何だが、立ち位置が逆じゃないか? 護衛なんだから、俺が彼女の傍に居なければならないだろう。何故彼女の心が、俺の傍に在るのだろうか。


彼女の心を守る事もまた護衛の一環、白旗は彼女を守るべく掲げたのだが、どうも彼女には想いが伝わっていないようだ。俺の熱意が足りないのだろう、反省しなければならない。

この妙な言い分からしても、どうやら彼女はまだ俺に対しては懐疑的であるらしい。どうも先程から俺を前にそわそわしているし、居心地も悪そうだった。

俺も少しは、人間関係について勉強はしている。女性に対しての慎みは優柔不断にも取られるらしい、時には積極的にいかなければいけない。


「聖女様。セッテよりお話は伝わっているとは思いますが、この度聖王様復活を祈願する祭りを我々で開催する事となりました」

『ええ、お話は伺っております。素晴らしいお考えに、私も感動させられました。聖地に対する貴方様の崇高なる思いに、胸が締め付けられてしまいました』

「胸を痛められるご不安、ごもっともです。ですが恥を忍んで、これだけは言わせてください。
貴女様の健やかなる日々を、私は必ず取り戻す。民に平穏なる日々を約束し、貴女様の安寧を聖王様に誓いましょう!」


『えっ!? 神への誓いとは――あの……"そう受け止めて"よろしいのですか?』

「はい、今日よりいかなる時も共にあることを誓いますよ」


 これくらい直球で言わないと、彼女には伝わらない。護衛への誓いを今ここで宣言すると、彼女は薔薇のように頬を赤らめて通信を切った。あれれー!?

うーむ、女性雑誌には思いを直球に告白するべきだと書いてあったのに、雑誌を信用するべきではなかったか。これ以上ないほど、彼女を守ると誓いを立てたのに。


程なくして通信が再開されるが、画面は切り替わっていて病院の廊下になっている。しかも顔を出したのはローブ姿の女、娼婦だった。


「こら、どうしてお前が聖女様の通信に出るんだ、この長期欠勤野郎!」

『え、ええと、あのあの――せ、聖女様より急遽相談を受けまして! さ、さ、先程のお話ですが、お気持ちは泣いてしまいそうなほど嬉しかったのですが、その……

一人の女として見て頂けるのであれば――どうかこれからもご主人様の娼婦として、可愛がって下さい』


 ――凄いこと言っているぞ、こいつ。女として最低最悪とも言える、娼婦として扱ってほしいと、謎の自虐宣言をしやがった。

というか別に恋人でも、奥さんでもないのに、何でこいつが普段通りのエロい娼婦姿で奴隷宣言しているんだろう。病院の廊下だぞ、そこ。変態じゃねえか。


「色々言いたいことはあるけど、何よりまず――お前、聖女様とどうやって親しい関係になったの?」

『えっ、そ、それは……ご主人様の娼婦としてお会いしたからです!』

「俺繋がり!? 不思議だな、聖女様は護衛の失敗で嫌っているとばかり思っていたのだが」

『何を仰っているのですか!? ご主人様は昔も今も変わらず、私の至上のお人です。何があろうと想いが揺るがず、ご主人様を想い慕っております!』

「お前の気持ちなんぞどうでもいいわ」

『うう、素直な気持ちを語っているのですが……』

「見舞いに行ってやれていないが、お前も早く退院してこいよ。たまには、お前のお茶が飲みたくなる」

『あっ――はい、ご主人様! 早く治して、ご主人様の元へ帰りますね!』

「何を喜んでいるんだ、馬鹿。休みをくれてやるとは一言も言っていない、延々と休んでいるんだから少しは働け。
お前、それほど聖女様と仲が良いのなら、白旗との関係改善をはかってくれ。復活祭にはまだ時間はある、出来ればご出席願いたいからな」

『お任せ下さい、ご主人様。聖女様に関しては、私は大得意です!』


 相当難しい任務を自信満々に語って、娼婦は気持ち良く通信を切った。聖王教会関連におけるあいつの自信は、異常だった。実績を上げているから、余計に凄まじい。

まあ一応聖女様には自分の反省と気持ちは率直に伝えたから、後は娼婦の手腕に期待しよう。復活祭までに退院が間に合うか微妙だが、出席を前提に動くことにする。

ただ今回のアリサの一手により、聖地支配を企む連中を大いに刺激した事は間違いない。連中の動きを抑制するためにも、ルーラーとのこれ以上の関係悪化は避けたい。

セッテを通じた聖女様のお計らいにより聖騎士との面談は可能となったが、彼女も通信を希望したのでモニターで会話する。


『ご心配おかけして申し訳ありませんでした、剣士殿。貴方様のお気遣いにより、心身共に充実する心持ちです』

「元気そうでよかった。その、騎士団壊滅の件は――」

『はい、退団した身の上とはいえ心苦しい限りです。剣士殿の足を引っ張った挙句、聖王様との拝謁も叶いませんでした』


 うぐぐぐ、彼女の率直な言葉に秘められた非難に胸が痛む。聖王のゆりかご起動は、騎士にとっては何よりの拝謁となり得る。

その瞬間に立ち会えなかったルーラーは断腸の思いであっただろう。苦々しいが、この責め苦から逃げてはいけない。

せっかくアリサが改善してくれた状況だ、これ以上悪化させないためにもリーダーとしての責任を果たさなければならない。


「何の慰めにもならないかもしれないが、騎士団壊滅の要因となった点については改善できた。少なくとも、聖王のゆりかごはもう安心だ」

『ええ、存じ上げております。剣士殿がゆりかごへ参られたのです、本来の主を得て聖王様の墳墓に良き花となったでしょう』


 うおおお、聖騎士である彼女がこんな皮肉を言える人とは思わなかった。確かに本来の主である聖王を刺激して戦いとなった原因は俺だが、そこまで陰湿に責めるとはよほど怒っているのだろう。

何とか、彼女の怒りを沈めなければならない。必死で会話を続けた。


「ゆりかごの起動についても、教会関係者から話を聞いたんだな。大きな事態になってしまった」

『剣士殿が聖地へ来られた以上、ゆりかごの起動は予測されていた事態です。むしろ今まで貴方様を認識していなかった関係者各位に、失礼ながら私は不満を感じております』


 な、何だと、俺が必ず聖地を混乱させると思っていたのか!? まさか彼女本人が俺を出迎えたのは、聖騎士として俺を不穏分子に感じての行動だったのかもしれない。

どうしよう、不審人物が要警戒人物に変わりつつある。何とか、この重い空気を変えなければ!


「騎士団の状況については、教会の方々より伺っている。あんたの主も無事で良かったな」

『ふふ、私如きの勝手な信頼で恐縮ですが、我が主であれば何の問題もないと自負しておりました。ゆりかごの起動も無事叶い、私の認識は今や確信に変わっております』


 ――あっ、そうか。騎士団長も一応あの場にはいたんだ、彼の存在によりゆりかごが起動したと思われても不思議ではない。被害者ではあるが、関係者の一人ではあるからな。

誤解だと言いたいが、主を思う彼女の顔は仮面にこそ隠されているが乙女のように信頼に輝いている。機嫌をわざわざ悪くするのはしのびなかった。

これがチャンスだ、関係改善に向けて今こそ乗り出そう。


「騎士団壊滅の件は残念だったが、彼らの無念は晴らしてやりたいと思う。そこで、聖王様復活を祈願する祭りを開催するつもりなんだ」

『お話は伺っております。今すぐにでも馳せ参じる所存でありましたが、この身の体たらくでは主の偉業を辱めるだけ。万全の態勢は叶わずとも、身体を治して働きかける所存です』


 なるほど、主である騎士団長の名誉を晴らしたいのか。確かに聖王復活祭に聖騎士である彼女の協力があったとあれば、騎士団名誉の回復に少しは繋がるだろう。

彼女の主に対する想いの確かさには、本当に頭が下がる。騎士団長も、彼女のような崇高かつ忠実な騎士がいて幸せものだな。せめて仲間として、応援してやりたい。

そうだ、この気持ちが大切だ。関係改善などいとわず、彼女を応援しよう。


「ありがとう。貴女の気持ちに報いるべく、俺も必ず祭りを成功させてみせるよ」

『っ……私のような不甲斐なき者に斯様なお心遣い、痛み入ります。この御恩は必ず、騎士として報いてみせます!』


 よかった、気持ちは何とか通じ合えた。一騎士として白旗に協力してくれると約束をして頂いて、通信を終えた。長く、そして軽やかに息を吐いた。

延々と根底で燻っていた大きな問題が、ようやく解決できた。難関不落の要塞に等しい険悪な人間関係も、アリサのおかげで改善できたと言い切っていいだろう。

時空管理局との新しい関係、聖王教会との蜜月、聖女様のご支援、聖騎士のご協力――復活祭における、白旗の態勢は少しずつ整ってきた。


「人間関係というのは、難しいもんだな」


「……ええ、本当に」

「……陛下の仰る通りです」


 妹さんとセッテの同意に、快く頷く。心なしか彼女達の視線が生温く見えるが、気のせいだろう――と、アリサから通信だ。

長々と話している内に、随分遅くなってしまった。そろそろ日が傾き始めている。怒られそうだな。


「どうした、アリサ」

『宿アグスタに、連絡があったの。あんたに依頼よ』

「依頼が? 今、忙しいのだが」


『猟兵団と傭兵団、各勢力の代表者があんたに"公式面談"を申し込んでいる』


『この時期に、連中から公式の場での面談の申し込み……? 冗談じゃねえ、宗教権力者による嫌がらせが絶対入るじゃないか。さっさと断れよ』

『――依頼人は、あのクアットロさんよ。報酬は、"ウェンディ"だと言っている』



 セッテの耳が、ピクッと動いた。










<続く>








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