とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十七話
カレドヴルフ・テクニクス社の創設、次世代武装端末「CW-AECシリーズ」の開発発表。次元世界全土に発表されたニュースにより、連日連夜取材陣に追われる事となった。
1990年代のパソコン用OS発表を超える騒ぎだと忍は大笑いしていたが、本人としては堪ったものではない。社長秘書を名乗るセレナさんが対応してくれたので、馬脚を現さずに済んだけど。
他勢力は断固として反対したが、カレドヴルフ・テクニクス社長に就任した俺の提言により復活祭開催が決定。庶民の力無き一言がカレイドウルフ大商会により、世界的企業の社長の宣言となった。
もしも首脳会談開催直後に発表していたら、これほどのインパクトは与えられなかっただろう。最強にして最高のタイミングでの発表、カリーナお嬢様の手腕が遺憾なく発揮された。
俺としては呆然とするしかない。世界中が俺を騙しているのではないかと、今でも疑っている。物陰からドッキリの札でも掲げて現れてくれないだろうか。
しかし事実は小説より奇なり――俺が認められた証として、人質が開放された。
「ただいまっす!」
「軽いな、おい!?」
棒つきキャンディを手に帰ってきたウェンディを見て、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。送り出された際に魔女から貰ったとの事で、ゴキゲンで甘い飴をしゃぶっている。殴りたい。
首脳会談が終了した段階で送り出されたとの事で、俺がマスメディアに囲まれている時に妹さん達が保護してくれたらしい。怪我一つなく、憔悴している様子もない。
得体の知れない虫に刺されて操られたのだ、さぞ怖かっただろうに本人はケロリとした顔をしている。というのも、
「絶対助けてくれると信じてたのもあるんすけど、何より――トーレ姉が側にいて、守ってくれたっすから!」
「いや、その、姉というのは……私如きに、勿体ない御言葉。ありがとうございます、王太女殿下」
「トーレも解放されたのか、話はチンクから聞いているよ。ウェンディを守ってくれて、ありがとう」
「申し訳ございませんでした、陛下。"ライドインパルス"であの魔女と刺し違える事も出来たのですが、王太女殿下の身の安全を考えると――」
「いいんだよ、それで。懸命な判断をしてくれる人が仲間だと、俺も心強い。博士が魔女対策に取り組んでくれているから、二人共後でウーノの所で治療と検査を受けてくれ」
首脳会談の顛末がよほど魔女のお気に召したのか、ウェンディの護衛として自ら捕らわれていたトーレまで一緒に開放してくれた。こちらは精神的に落ち込んでいるが、外見上傷一つない。
どういう訳か魔女はウェンディを自分の妹のように大層可愛がり、膝の上に乗せて一緒に遊んでいたようだ。クアットロの干渉は、トーレが睨みを付けて寄せ付けなかった。
魔女の拠点そのものは割り出せたが、奪われたガジェットドローンや保有戦力等の行方は一切不明。魔女にはあのガリューが付いており、余計に手出し出来なかったらしい。
情報としてはプラスにはならない。あいつの家なんて、俺が聞けば簡単に答えるだろう。自分に閉ざす扉はない、俺が無視しているからストーキングを繰り返すのだ。
セッテは即座にクアットロを追ったが、見失う。どうもあいつの能力とやらに翻弄されたらしく、殺気を漲らせながらとぼとぼと帰ってきた。可哀想に。
魔力を物理エネルギーに変換、CW-AECシリーズの根幹となる思想。幼稚園児でも思い付く発想だと思うのだが、無事に人質が解放された以上クアットロでさえ認めた発想であるらしい。
全世界のあらゆる企業が経済支援や提携等で殺到、懇意にしている時空管理局や聖王教会からも問い合わせがあった時、カリーナお嬢様とセレナさんが計画通りだと、エグイ笑みを浮かべていた。
実現出来ない発想とは、いずれ忘れられる空想である――何処かの誰かが言った言葉が、CW-AECシリーズの困難さを示していた。飛行機は飛ばせても、魔法の箒は作り出せない。
この最新型武装端末は魔導世界ミッドチルダでは法に抵触する可能性がある難しい構想であるらしく、仮に作り出せても特許を得られるのは不可能に等しい。質量兵器を極端に嫌うこの世界では、特に。
法の組織、時空管理局。神の組織、聖王教会。ロストロギア関連では認識を共有する両組織を認めさせるには、価値観の垣根を超えたい繋がりが必須。二人はあろうことか、俺を仲介役とした。
CW−AECシリーズも俺個人が発表すれば、世界中の笑いものとされただろう。カレイドウルフのお嬢様が宣言し、セレナさんが構想を形にしたからこそ、人々は魔法の杖の完成に熱狂したのだ。
あの二人には色々問い質してやりたいのだが、カリーナお嬢様は"カレイドウルフ"の対応、セレナさんは"カレドヴルフ"の対応に追われている。俺の社会的立場を守る為なので、文句は言えない。
こうして俺が次元世界に翻弄されている中、仲間達もまた負けじと色々動いてくれているようだ――
「――お話は、分かりました。確かに私はクアットロさんの"声"を聞いて、彼女を確実に追う事が出来ます。ですが、私は今の貴女のお力にはなれません」
「!?」
「セッテさん。今の貴女がクアットロさんと対峙しても、また翻弄されてしまうでしょう。その理由が、貴女には分かりますか?」
「……?」
「"敬意を払え"」
「!」
「怒りや憎しみに囚われてはいけません、自分自身が見えなくなってしまいます。貴女の身体、貴女の武器、貴女は何者なのか――こういう時は、笑うのです」
「……」
「この本を貸しましょう、全24巻あります。この本を読めば、貴女のスローターアームズ――貴女の"回転"は、進化を遂げるでしょう。銀幕のカーテンを、引き裂けるほどに。
戦闘機人である貴女の目であれば、きっと正確に見える。個に囚われず全を見つめ、顔を上げて世界の美しさを見るのです。たゆまぬ努力はきっと実を結びます、頑張ってください」
「あ……ありが、とう」
「感動した……わたしの生徒があんな立派な事、言ってる」
「――どこか得意げなあの顔。絶対あの子、漫画を読む度に名言集を脳内で作るタイプだわ」
「久遠、大丈夫? 最近、元気が無いね」
「……くぅん」
「聖地全体に蔓延しつつある霊障に加えて、良介さんが持つ竹刀――祟り霊、聖王オリヴィエ様。荒御魂の影響は、着実に久遠に悪影響を及ぼしている。
もしもオリヴィエ様が解放されてしまったら、オリヴィエ様との相互干渉で久遠の"封印"も解けてしまう」
「……」
「私の我儘でこれ以上久遠を苦しめるなら、やっぱり良介さんにお詫びして海鳴へ――」
「だめ」
「く、久遠!? 駄目よ、大人にモードチェンジしては!」
「かえっちゃだめ」
「でも、このままでは貴女が!」
「かえれない」
「帰れない……どういう事?」
「ずっと、くおんをみてる。りょうすけからはなれたら、くおんころされる」
『にゅーすをはいけんしました。ふぃあんせとして、わたくしもはながたかいですわ』
「ありがとうございます、ヴィクトーリアお嬢様。なかなかご連絡が取れず、申し訳ありません」
『そのようなことをおっしゃらないでください。しゃちょうしゅうにんをみな(家族)がいわってくださり、せいしきなこんやくをみとめてくださいましたの』
「皆さん(お友達)が祝ってくださったのですか、微笑ましい限りですな」
『ですが、おこころをわるくせずきいていただきたいのですが――その、ジークのことで』
「以前紹介して頂けるとの話でしたね。何か、不都合でもありましたか」
『だれにふきこまれたのか、わたくしとあなたのけっこんをせいりゃくけっこんだとおこっているのです』
「……はて? 最初からそういうお話だったのではないかと――」
『ちがいますわ。わたくしとあなたは、しゅくふくされたかんけいです!』
「あー、まあ、確かに祝福されてはいますけど」
『あなたをこらしめると、いってきかないのです。おへやにとじこもっていたころよりは、あうつもりではあるようなのですが……もうしわけございません』
「ははは、可愛らしいじゃないですか。それほど、貴方様を大切に想っていらっしゃる証拠ですよ。素敵な友達ですね」
『ほんとうにそうおもってくださるのですか?』
「ええ、勿論です。友達は大切ですよ、お嬢様――傷つけた後では、もう遅いのです」
『やさしいおかた……ですが、ほんとうにだいじょうぶでしょうか? あのこはちょっと"とくべつ"で、とてもつよくて』
「はっはっは、ドンと来てくださいよ。"どんな攻撃でも"、受け止めてみせますよ」
『まあ、たのもしい』
「――どう思う?」
「今聞かせていただいた貴方の予測は恐らく正しいでしょう。早急に対策を練らなければなりませんが、その前に」
「ああ、何としてもあのチビスケを取り戻さなきゃならねえ」
「貴女はそれでいいのですか? ミヤさんと"そのような事"を行えば、最悪貴女は――」
「いいよ」
「……」
「勘違いするなよ、山猫。アタシに自己犠牲の精神はねえ。可能性としてはありえると、腹を括っているだけだ」
「彼を、貴方の主と認めたのですね」
「いいや、違うね。あいつとだけは絶対嫌だと、決めたのさ」
「……素直じゃありませんね。自由になるのが、貴方の望みだったのでしょう」
「アタシはもう自由さ、やりたいようにやる」
「分かりました、協力しましょう――あくまで己を道具とする、貴方の覚悟は私にもよく分かります。痛いほどに」
「リニス、だっけ? あんたも色々大変だったんだな」
「ふふ、お互い大変な主を持つと苦労しますね」
「主じゃねえっての、たく……この戦場、アタシの敵は間違いなく"アイツ"だ。ぜってえ、復活祭にも乗り込んでくる。
アタシは烈火の剣精、古代ベルカの融合騎――アギト様だ。お前の好き勝手にさせてたまるか
最後まで、役割を果たしてやるさ」
「お帰りなさい、リーゼアリア秘書官。聖王教会との打ち合わせはいかがでしたか」
「わざと黙っていたのね、信じられない。公式の会談の場で提督に恥をかかせて、何が楽しいというの!?」
「聖王教会の立場は、あくまで中立ですよ。代理人であるグレアム提督が何故にあのような強弁に出ていたのか、あたしの方こそ信じられない思いでした」
「元々、白旗の活動理念には問題がありました。提督は教会の疑念を口にしただけです」
「でしたら、何の問題もないでしょう。こうして疑念は晴れて、教会は今彼という人間との出会いを盛大に歓迎していらっしゃる」
「高度な社会的立場を手に入れたところで、政治的理念のない彼では翻弄されるだけでしょう。いい気にならないで」
「その立場を補佐するのが貴方の仕事でしょう、リーゼアリア秘書官」
「聞きなさい、アリサ・ローウェル。あの男は断じて、貴方ほどの女性が肩入れする人間じゃない」
「どうしてそれほど――あー、もう、埒が明かない。何でそんなに、あいつを嫌うのよ」
「……っ」
「!? えっ、何、なんでいきなり泣いてるの!」
「私だって……好きで、こんな事をしているんじゃ……!」
「リーゼアリア……」
「クロノとリンディ提督の無念を晴らす為にも、私はあの男の事を認めてはいけないの」
「いかがでしょう、博士」
「"フレンド・ガジェットドローン・システム"――自動人形生成技術とデバイスのAI、私のガジェットシステムを用いた新運用カスタム。
素晴らしいよ、月村忍君。夜の一族との関係を通じて君を知り、一度是非話してみたいと思っていた。彼の愛人に相応しい逸材だよ、君は」
「ふふふ、これ以上ない褒め言葉です。カレイドウルフへ持ち込みましょう」
「待ちたまえ、この上ない状況であるからこそ注意が必要だ。科学者というものは、常に冷静でなければならないよ。
君の発想を、まずは私が実現させる。持ち込むかどうかは、その後の論議だ。何しろこの"フレンド・ガジェットドローン・システム"は、莫大な富を生み出す金の卵だからね。
CW-AECシリーズは企業方面にいかせるが、この"フレンド・ガジェットドローン・システム"は民間利用でこそ最大限の効果を生み出せる。扱い次第では、世界の市場を支配できるぞ!」
「先日の彼の発想をどう思いましたか、博士は」
「特筆すべき点はない」
「おや、意外。絶賛するかと思っていたのですが、平然としていますね」
「当然だとも。聖王のゆりかごにAMF、二つもの要素に触れて、彼ほどの人間が思い浮かばない筈がない。今頃になって驚き慌てる世界そのものが私にとっては滑稽極まりないよ、ふふふふふ。
むしろ注目すべき点は彼自身の発想そのものではなく、自分の発想を即座に実現出来るあの機運だろうね。王というものは"成る"ものではなく"成す"ものなのだよ、忍君。
彼が望めば世界が動く、彼が閃けば世界が実現に向かう――今世界は、彼の意のままにあると言えよう!」
「ならば、その偉業を目の当たりにできる私達こそ」
「彼の真なる理解者、という事さ。はは、はははははははははは!」
「ふふふふふふふふふ!」
「――出会ってはいけない二人が出会った瞬間だった」
「どーしたの、パパ。頭を抱えて」
ようやくマスメディアから解放されて、一息ついた。周囲はまだ騒いでいるが、復活祭開催が告知された以上は準備にも取り掛からなければいけない。今後は個人ではなく、企業対応となる。
首脳会談での発表は世界中の人間と、何よりも魔女とクアットロの注意を引いてくれた。魔女の拠点は勿論のこと、残る人質達の居場所や動きも妹さんが掴んでくれたのだ。そう、動きも含めて。
ウェンディを除いて、残る人質達はほとんど移動している。魔女は操っているのか、彼女達自身の行動によるものか。団体ではなく個人で動いているので、行動目的が掴めない。
唯一動きを見せていないのは――
「待たせたわね、田舎者。話があるというので、特別に来てあげましたの」
「ご招待にあずかりまして、参上いたしましたわ」
連日の記者会見や企業挨拶を終えて、カリーナお嬢様やセレナさんも普段の服装に戻っている。露出の高い衣装とメイド服、スタイルの良い二人の艶姿は目の毒であった。気に入っているのか。
宿アグスタに訪れて、カリーナお嬢様は食事とお茶を御所望。注文を受けたマイアがすかさず準備して、お嬢様のご機嫌伺いとセレナさんへの挨拶を行っている。プロだった。
お茶を堪能してご満悦のお嬢様、移り気な機嫌の持ち主である彼女を問いかける機会が訪れた。
「先日の首脳会談、口添え頂きましてありがとうございました。社会的な地位を得たことで、おかげさまで復活祭開催を取り行う面目が立ちました」
「面目を立てるとは上手い言い回しですわね、田舎者。根強い反対の意見を考慮した、田舎者らしくない皮肉の利いた表現ですの」
「……お二人は、私の事をご存知だったのですね」
「いいえ、全然知りませんの」
「ええ、ですので本当に苦労させられましたわ」
「ええっ、だってあの時に!?」
「田舎者とは、田舎に住む人間と物を知らない人間の二種類の意味がございます。カレイドウルフを知らず、カレイドウルフでも身元を探れなかった貴方は間違いなく前者でありましょう」
「何の後ろ盾もなく聖地へ乗り込んで、人脈を築き上げ、管理局及び教会との親密な関係を結び、あらゆる敵勢力を退け、聖女と聖騎士の信頼を得て、聖王のゆりかごへ乗船した人間。
お前ほどの人間が物を知らぬ愚か者ではないことくらい、このカリーナの目を持ってすれば容易く見抜けますの」
なるほど、管理外世界から来た人間だと分かっていたから田舎者と呼んでいたのか。カレイドウルフはミッドチルダを代表する企業、初対面の時は知らなくて首を傾げていたからな。
その後の俺の行動や言動、白旗の活動などに注目して、田舎者の仮面に気付いたのか。考えてみれがこれほどの才の持ち主、気付かないほうがどうかしている。
仮面をつけていたのはむしろ、彼女達の方だったのだ。物知らぬお嬢様の仮面をつけて、彼女は道化者を鑑賞していた。器の違いを見せつけられた。
「そろそろ頃合いですの。これまでは支援のみだったけれど、今後は提携して事に望む。いい加減このカリーナに、お前の正体を打ち明けなさいですの」
「お見合いの場をセッティングしてもお話頂けず、私はとても寂しい思いをさせられたのですよ」
「あ、あの婚約の場には、そういう意図もあったのですか……」
セレナさんほどの麗しき女性が花嫁になるとあれば、男なら誰でも口が軽くなるというものだろう。俺は人間関係の新しい可能性に挑戦すべく、茶飲み話に興じてしまったけど。
まあいい加減、事情を打ち明けてもいいだろう。復活祭開催となれば、聖王教会の事情にも絡んでくる。魔女の存在もある、管理プランの継続は彼女達の協力が不可欠だった。
田舎者には扮しないが、庶民であることには違いない。俺は場を弁えた上で、自分自身の事を全て話した――
「時空管理局の法を管理の外では変えようがなく、管理の網がかからないこの自治領へ望みを託して来訪したのですか。ならば何故、このカリーナに取り次ごうとしなかったんですの」
「ご冗談を。貴女こそ法に管理されない存在でありましょう、カリーナお嬢様」
「もう田舎者の演技は必要無いですの」
「お嬢様への敬意を欠かしたことはありませんよ」
「実に見上げた根性ですの、生意気な」
クスクス笑って、カリーナお嬢様はティーカップを傾ける。世界会議以降、気位の高い女性には自然と敬意を払うようになってしまった。自分と、あまりに違うからだろう。
格式の高い女性は日々、己を洗練して磨いている。対して俺は自由であることを理由に、何もせず呆けて旅していただけだった。努力するのも実力の一つなのだと、今更ながら気付けたのだ。
敬意を払う事を、社交辞令だと卑屈になるつもりはない。セレナさんのように、誰であろうと相手を敬う女性もまた美しいものだ。俺は、手本にするべき人間に恵まれている。
「ロストロギアに犯罪者、そして芸術品――お前も珍種好きな人間なのですね。このカリーナに相応しい、いい趣味をしてますの」
「芸術品……?」
「私と同じメイドをしておられた、あのノエルという女性です。あの方も先ほど話題に出ておりました、貴方様の仰る自動人形と呼ばれる特別な逸品なのでありましょう」
「? 一体、何の話をしているのですか」
「"オークション"に出品されたのでしょう。
"至高の芸術品"、表裏を問わずあらゆる業者、あらゆる投資家、あらゆる権力者がこぞって求めている、最高の一品。
落札金額の全てを聖王教会及びベルカ自治領へ寄付、先のゆりかご起動事件や聖地の動乱で被害を受けた方々への復興支援とする。匿名希望の提供者からの、たった一つの意思。
貴方様らしい意思表示であり、貴方様らしくない手段。秘書である私にまず一言、事前に相談していただきたかったですわ」
「今日忙しい時間を割いて来てやったのは、その事を問い質す為でもありますの。あれほどの芸術品、何故まずこのカリーナに売り込まないんですの!」
魔女にクアットロ、あいつらのしわざかあああああああああああああああああああああああああああああああああ!
唯一動きがなかったのが、そのノエル本人だった。どうやら首脳会談直後あたりで、容赦なくオークションとやらに売り飛ばしていたようだ。自動人形だと知っての、狼藉。
月村安次郎の野郎も言っていた、自動人形のノエルは金になるのだと。戦闘能力の高さは言うまでもないが、ノエルの容姿は人には成し得ない美がある。至高の芸術品に、相応しい。
次から次へと余計な真似をしやがって、あいつら。どうやら俺という人間への評価が振り切れて、明後日の方向へ暴走したらしい。何が寄付じゃ、お前らのせいで荒れているんだよ。
大体、オークション開催側もなんで受理なんてしたんだ。ノエルは自動人形だぞ、自由を奪われているとはいえ、抵抗くらいは――あっ!
ローゼと違って、ノエルの動力源は電力。忍の話だと確か、何日かに一度は充電しないと完全に停止してしまう。文字通り、ただの美しい人形となってしまうのだ。
ノエルの体内は俺もよく知らないが、目立った武装関連は装備されていない。ブレードは外部接続で白旗の倉庫、ロケットパンチなるものもあるそうだが、発射しなければ単なる腕。
機械部品も多く使用されているが、人形の構成に見える。元々壊れていた人形を忍が修理した自動人形、メイド用であって戦闘用ではない。分解したって、ロストロギアだと判断するのは難しい。
くそっ、こうなったらカリーナお嬢様にお金を――えっ、ちょっと待て。
「お、お嬢様、もしかしてそのオークションに」
「勿論、参加するですの。至高の芸術品は、このカリーナが買い上げます」
「い、いや、しかし、復活祭スポンサーのお嬢様がお買い上げされるというのは、何というか、マッチポンプに」
「何を言っているんですの、その為の"匿名"システムなのでしょう」
「うっ……あ、あの、実はですね、これは私が出した品では――」
「どんな事情があろうと、もう決定ですの。邪魔をするのなら、お前でも容赦しませんの」
「っ……お、お嬢様……」
「どんな理由があろうと、お前はこのカリーナを騙していた。取り返したいのなら"カレイドウルフ"から奪いなさい、"宮本良介"」
ご馳走様と一言告げて、カリーナお嬢様は宿を出て行った。セレナさんは優雅に一礼して、お嬢様の後へ続く。マイアは俺とお嬢様を交互に見て、オロオロするのみ。
騙していた、そう告げた時お嬢様は悲しみを――まるで浮かべず、不敵に微笑んでいた。あの笑顔と、セレナさんの立ち振舞いを見て気付いた。
勝負を、挑まれた。魔女と同じくこの俺という人間、仮面の下にあった素顔の全てを暴き立てるつもりでいる。オークションという、"金"の勝負で。彼女が得意とする、戦場で。
ノエルを取り返すには、金を作らなければならない。あの"カレイドウルフ"を超える資金、世界的企業を上回る札束を築きあげなければならない。
彼女だけではない。オークションともなれば、多数の金持ちが乗り込んでくるだろう。権力者も大勢いる。ノエルほどの逸品であれば、全ての経済王者が敵だと断言できる。
しかし同時に、これはチャンスでもある。今まで猟兵団や傭兵団はともかく、宗教権力者には手出し出来なかった。だがこのオークションであれば、彼らとも戦えるのだ。
あの首脳会談でよく分かった、エテルナとオルティアは手強い。彼女達に宗教権力者が加われば、復活祭への大きな障害となってしまう。最低でも、権力者の影響力を剥ぎ取らなければならない。
だがこのオークション争奪戦で権力者達に勝てば、復活祭は滞りなく行える。オークションにさえ勝てれば、問題なく復活祭当日を迎えられるのだ。
オークションは純然たる金の勝負、もしも俺がノエルを勝ち取っても仕返しなんてする馬鹿はいない。オークションは金の信頼で成り立つ場、勝者への手出しは掟破り。総スカンを食らうからだ。
金と権力を前提にした薄汚い信頼、損得勘定の人間関係――ゆえにあざとく、分かりやすい。金を積む事が強者の証、あらゆる宗教権力者を認めさせる最大のチャンスだった。
しかし、どうやって金を稼ごうかな――うーん……
ノエルを賞品とした戦い――宗教権力者達との、経済戦争が勃発した。
<続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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