とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十九話




 ――海鳴に流れ着いた時、最初にした事は道場破りだった。ドアを蹴破って受付の人間を脅し、道場生を脅迫して師範を試合に引きずり出した。他人の迷惑を一切考えず、斬る事しか頭になかった。

通り魔を追ったのは冤罪を晴らす為であり、通り魔に襲われていた高町なのはを助ける為ではない。通り魔と戦ったのは一度敗北した為、正義も悪も何も関係なかった。

ジュエルシード事件の解決に乗り出したのは、単純に巻き込まれた為だ。自分の行動で大勢の人間が傷付いた、負債は払わなければならない。贖罪や反省は、特に考えていなかった。

海鳴に辿り着く前は、もっと酷かった。強い人間を斬り続けて強くなり、天下を取る事しか頭にない。天下無双とは孤高の存在、頂点に立つのは独り。他人は蹴落とすしかない、幼稚な理論だった。


自分の世界で俺は人を斬る剣を取り、異世界であいつは魔法の杖を選んだ。剣と魔法――男は最強を求め、女は最高を夢見る。子供のお伽噺に憧れる、分かりやすい子供だった。


俺とあいつは、同じ人間。あいつが感じたことは、俺も感じている。ショックを受けたのは、同じだと言われた事ではない。『同じだと言われてショックを受けた』、その事実に衝撃を受けた。

独りでは生きられないから、他人を望んだ。他人と関わることで、成長しようと頑張っていた。それは過程であり、結果ではない。最後に望んでいたのは、一人で生きる事の筈だった。

あいつの狙いは、とてもよく分かる。自分自身そのものであるあいつの目的は、看過出来た。自分の力を思う存分発揮して、他人に見せびらかしている。つまり――



聖地という強者が集まる"道場"を――破っているのだ。



「少しは、落ち着きましたか」

「ああ、迷惑をかけたな」


 リニス・テスタロッサ、執行役員。人材募集をかけていた白旗の面接に訪れた女性はアリサの採用試験及び三役の役員面接を見事合格して、白旗の役員候補に内定された。


執行役員は白旗の業務執行を行う重要な使用人の役職で、言わば社法上の役員には該当しない。アリサや三役の業務を担う執行役員となり、トップの俺に助言を行う職務となる。お目付け役だった。

夜天の人と同じく現地合流組の一人であるのに俺との関係を明かさず、実力のみで白旗の役員候補に選ばれたのである。驚くべき才媛であり、三役も優秀な彼女の内定にとても喜んでいる。

一見回りくどく見えるが、理由はとてもよく分かる。潔癖な彼女は、コネを使うのを嫌ったのだ。個人ではなく組織となった俺と合流する為だけに、彼女は組織の人間としての立場を求めた。

俺の教育係として誰の目から見ても相応しくあるように、自分を律した。聖騎士や守護騎士達と同じ、高潔な魂を持つ女性であった。


「敵を前に心を乱すようでは、まだまだ修行が足りませんね。明日からまた、厳しく教育しますからね」

「実に耳が痛い叱責だが、反論は出来ないな、まさか、自分自身を見せられて動揺するなんて」

「同一の、存在ですか――考えられないですね」

「だが、事実だ。初めて目の当たりにした時、鏡を見ている錯覚に陥ったよ。容姿も性別も何もかも違うのに、自分そのものが見えた」


「ならば、狼狽える必要はないでしょう。同一の存在ではないからこそ、貴方は彼女との差異に動揺してしまった」


 リニスの言いたいことは、分かる。自分に似ているからこそ、自分と違う点に動揺する。過去と今の自分に違いが生じている、その不快感に心が乱されている。的は外れていない。

でも何となくだが、違う。過去とか今とかではなく、本質が同一なのだ。他人を支配するあいつと他人を求める俺、過程の違いは手段の違いでしかない。電車かバスか、言うならその程度なのだ。

魔物や霊を呼び出している犯人があいつであるのならば、いずれ戦わなければならない。しかし、俺はあいつを否定出来るだろうか? 敵となれるかどうか、自信がなかった。

その点、あいつは分かりやすい。ハッキリと、俺を自分と認識している。あの時俺を殺せたはずなのに、俺を敵とさえ認識せずに笑って帰っていった。とても無邪気に、残酷に。


暗澹としていると、不意に頬を抓られた。


「何ですか、そのみっともない顔は。テスタロッサ家の婿となる人間が、そんな気構えでどうするのですか」

「あいたたた!? 前から聞きたかったが、その婿ってのは何なんだ」

「アリシアとフェイトの“夫”となる以上、テスタロッサ家への婿入りは義務でしょう」

「待って待って、嫁が二人の時点で駄目だろう」

「男子たるもの、二人の女性を幸せにせずにどうするのですか。アリシアとフェイトはいずれ立派な淑女となり、貴方を支える美しい花嫁となるでしょう。
いずれ来るであろう最高の結婚式を迎える為に、私は貴方の使い魔として教育していきます。それがテスタロッサ家を救って頂いた、貴方への恩返しなのですよ」

「うわっ、ありがた迷惑」

「何か、言いましたか?」

「あいたたたたたた!? 耳を引っ張るな!」

「貴方の法術も強化されて、山猫からこうして使い魔形態を維持出来るようになったのは僥倖です。女性の姿であれば、貴方に性教育も施せますからね」

「性教育……?」

「テスタロッサ家の跡取りである良い子を作って頂くには、正しい性教育による女性の悦ばせ方が大切です。女性の私であれば実践出来るでしょう」

「そこは全く恥ずかしがらないんだ!?」


 さすが教育係、とてもにこやかに性教育を訴える。確かに保健体育の先生が性教育にいちいち狼狽えるようでは話にならないが、生徒から見れば美人教師の性教育は何というか恥ずかしく感じる。

十字模様の帽子に隠れた耳、一体型のワンピースに隠れた尻尾。山猫を素体とした使い魔だがれっきとした女性であり、胸元より覗かせる白い肌と胸の谷間は目のやり場に困る。

何とも厳しくも困った女性だが、テキパキとした態度に救われた心持ちだった。悩んでいても仕方がない、どうあれ立場は敵なのだ。対応しなければならない。

教育係ではなく執行役員に対して、俺は命令を下した。


「緊急会議を行う、関係者全員を集めてくれ」

「承知いたしました、すぐに」

「敵襲撃による、周辺の被害は出ていないか?」

「ローゼさんのセキュリティシステムとザフィーラさんの広域防衛魔法により、一切の被害は出ておりません。敵が至急撤退したのも、探知と追跡を逃れる為でしょう。
すずかお嬢様にも御協力頂いておりますが、足取りを追うのは現状難しいかもしれません」


 リニスはテスタロッサ家に仕える使い魔だが、山猫リニスの飼い主は月村すずかだ。妹さんに対しては、リニスは格別の敬意を払っている。お嬢様として敬愛していた。

ローゼやザフィーラの防衛網や妹さんの探知を突破出来た理由はよく分かる、俺と完全に同一だからだ。敵か味方か、セキュリティでは区別出来ない。本人パターンが分からない限りは。

本拠地である宿アグスタを含めて、周辺一帯はローゼやザフィーラ達による科学と魔法の最先端を駆使した防御態勢が敷かれている。少なくとも短時間で全て破壊するのは不可能だ。

ただそれにしても、白旗の中心である俺の元まで辿り着けたのは脅威だ。ユーリ達やルーラー達が不在である点を差し引いても、あいつは大将まで悠々と刃を突きつけた、対応が必要だ。


執行役員リニスの呼びかけにより、その夜入院している連中を除いて関係者一同が揃った。ウーノも医療施設より、空間モニターを使用して参席した。


「就活や婚活で人の出入りが激しい今の時期を狙って、敵が潜り込んできた。聖地で蔓延する霊障及び魔物の召喚、そのどちらも封じた俺達白旗の偵察に来たのだろう。
敵が残した魔法陣や霊障の跡地に白旗を立てていたから、挑発に乗ってきたという点では狙いは当たったといえるけどな」

「申し訳ございません、陛下。近衛騎士隊長の任を担いながら早速の不手際、腹を切ってお詫びいたします」

「陛下の任を妨げる可能性を考慮し、チンクを退かせた私の失態です。私こそ親衛隊長、失格です」

「剣士さんの護衛でありながら――」

「責任というなら、宿の天井を強化しなかったローゼの失態だな。松葉杖、降任だ」

「畏まりました、主。この責任を果たすべく、本日より靴磨きに励みます」

「くそっ、どっちが扱いとして下なのかよく分からない申し出をしやがって」


 婚活にはチンク、就活にはトーレ、宿には妹さんと、それぞれ配置してしばらく行動していた。三役とジェイル達の会議に外されたとはいえ、単独行動するほど俺も愚かではない。

そもそもの話白旗の大将である俺という人間を知った時点で、あいつは敵意も害意も無くした筈だ。彼女達が事態に気付いて戻って来たから、あいつは逃走を図った。

トーレ達を恐れたというより、俺の仲間だから傷付けなかったのだろう。嫌われたくないのではない、俺ともっと遊びたいのだ。俺の仲間を、将棋やチェスの駒としてしか見ていない。

責任問題を収めて、俺は敵の容姿や能力について知り得る限りの事を語った。


「――魔獣は恐らく、召喚獣だと思う。形態からすると召喚虫の一種、かな」

「虫の一種か、厄介だな……無理やり支配されている様子だったけど、召喚ってのはあんなものなのか」

「術者と召喚獣の関係によって異なるよ。使役する術者が多いけど、異なる観点で見れば強制とも言えるでしょう。
単純な支配であれば、術者の未熟なんだけど――この聖地で封じて来た召喚魔法陣は、精密かつ高度な魔法陣だったの。その子は恐らく完全に支配出来る筈なのに、わざと意思を残してる。

抵抗を楽しみ、調教する嫌なやり方。私が一番嫌いな、召喚術式だよ」


 任務に徹して少女の容貌で説明しているが、ルーテシアの憤りは深い。聖地で発生する召喚魔法陣を幾つも消して回った事もあり、犯人には強い怒りを覚えていたのだろう。

分かっていた事ではあるが、やはりあいつは強大な力を持っているらしい。もしも強ければ俺も道場破りを成功させて、他人を傷つけ続けていただろう。今の、あいつのように。

魔法については今も詳しくないので、聞いてみる。


「あいつの支配を解くことは出来るか、ルーテシア」

「やってみる」

「やる、じゃなくて?」


「――少なくとも、魔導師としての実力は向こうが上。聖地に蔓延る魔物や霊の数が、尋常じゃない。あれほど多種多様な魔獣を召喚出来る術者を、私は知らない。
ただ護衛に"ガリュー"という虫を用いている点を考慮すると、得意な分野は召喚虫だと思う。だとすると――脅威。
召喚虫は最も種類が多く、次元世界には"第一種稀少個体"と呼ばれる『ロストロギア』級の生物が存在する。


もしも"究極召喚"が行われたら――聖地は、破壊される」


 生唾を飲んだ――忍が。というか、お前かよ!? 異世界では魔王級のモンスターを召喚出来るらしい、ゲーマーなこいつが喜びそうな魔法だった。はしゃいだりしないだけの分別はあるようだ。

ベルカ自治領を破壊する召喚獣と聞いて想像出来るのは、映画の特撮物にありがちな怪獣だ。海より現れて大地を蹂躙し、大都市へ迫って世界を破壊する。本物が見れるとは思わなかった。

緊迫した空気が漂う中でルーテシアは神秘の仮面を外して、明るく最悪を否定する。


「大丈夫、私が何とかする」

「何とかって、どうやって?」

「究極召喚を封じるか、同等の究極召喚を行って対抗すればいい」

「……前者はいいとして、後者の場合怪獣二匹が暴れることになるんですけど?」

「……てへっ」

「笑って誤魔化すな!?」


 ――誤魔化されてしまった、舌打ちする。先程こいつは「やってみる」と、言った。もしかするとこいつ、召喚は専門外じゃないのか?

仮に召喚が行えるほどの術者であっても、究極召喚は出来ない筈だ。やったことがないから言葉を濁したのではない、出来そうではあるけど容易くはないのだ。


もしも出来たとしても、


「おにーちゃん、私はやるよ」

「ルーテシア、それは――」


「やれと、命令しなさい――それが私の、貴方への、最後の試験」



 その時は恐らく――命を、落とすのだ。自分の生命の全てを燃やして、究極召喚を阻止するつもりなのだ。



楽観的に考えれば、別に今からでも究極召喚を行える術者を探せばいい。時空管理局ほどの巨大な組織であれば、究極召喚を使える術者も所属しているだろう。聖王教会を頼ってもいい。

奴とて、すぐには行動に出ない。ならば、時間は幾らでもある。何もルーテシアが、無理する必要はない。彼女が死ぬ必要なんて、何処にもないのだ。

だけどルーテシアが言いたいのは、そういう事ではない。彼女は死ねと言えと俺に強制しているのではないのだ。『その程度の』、単純な試験じゃない。


彼女は他の誰かではなく――自分に、命令しろといったのだ。


「――どうしてそこまでして、俺に?」

「貴方が、クイントの子供だから」

「そんな事で、自分の命を――!」


「貴方を私の子供にしたいと、思ってしまったから」


 だから――『我が子』を泣かせた、あの子が許せない。我が子と同じ子供だから、親でありたい自分が片をつける。悪い子は、親が叱らなければならないから。

ルーテシアは、知っていたのだ。あいつの言葉に俺が泣いてしまった事も、あいつの存在に俺が悩んでいることも、あいつを敵として――剣を、向けられない事を。

親が必要なら、クイントを呼べばいい。けれど、自分がなりたいと思ってしまった。我が子を助けたいと思ってしまった。それは親友への大いなる裏切り、断じて許される事じゃない。


止められない――確信した。三役も悲痛な表情を浮かべながらも、口を出せずにいる。何を言おうと、何を言われようと、彼女は実行に移すだろう。その時が、来れば。


「説得は、するからな」

「うん。それでこそ、おにーちゃんだよ」


 剣を向けられないのなら、せめて言葉をぶつけてやる。あいつが俺自身である以上堂々巡りでしかないが、あいつも俺であれば耳を傾けるだろう。何とか説得してやる。

実力では勝てないが、これでも世界会議で夜の一族を論破した実績を持っているのだ。欧州の覇者達に比べれば、あんなお伽噺の魔女なんぞに負けたりはしない。

究極召喚の課題はあくまで仮だがルーテシア一任とした上で、対抗策を練っていく。召喚獣はそれでいいとして、召喚者の対応は決めておかねばならない。


「問題は、あいつが聖地で召喚している点だな」

「何処で召喚しても問題行為でしょう、侍君?」

「違うぞ、忍嬢ちゃん。自治権のある聖地では、聖王教会が治安を統括しておる。聖地の事情が絡むとなると、自治権の采配が些か面倒となるのじゃよ」

「聖地の支配圏を広げている猟兵団及び傭兵達、彼らが主とする仕事は魔物の討伐。商会や財界、政界の権力者達の護衛もまた魔物の脅威があってこそ成り立つ。
彼らにとって原因不明の召喚獣は、絶好の餌なのだよ。まして今は治安維持を行う騎士団が壊滅している状態、彼らが台頭する最大の機会だ。

言ってみればこの召喚者は、必要悪。捕縛の協力どころか、逮捕の妨害さえ行ってくる可能性がある」


 ラルゴ老とレオーネ氏が、忍の疑問に難しい顔をして説明する。あいつの思惑と強者達の目的が一致している以上、あいつの存在は聖地では半ば黙認されているのだ。

俺と同じく自己顕示欲の強い少女があれほど目立った召喚を繰り返して、騎士団や他の勢力に何の手掛かりも与えない筈がない。捕縛は無理でも、追跡は出来た筈なのだ。

だが実際、誰も捕まえようとしていない。あいつが、『必要とされている悪』だからだ。ルーラーには悪いが、多分騎士団も本気で追っていない。魔物討伐は、騎士団の実績にもなるからだ。


悪がいるから、正義が必要とされる――"魔女(わたし)"がいるから、"英雄(あなた)"がいる。あいつの言っていた通りで、癪に障る。


「そんな……管理局の方々には協力を求められないのですか!?」

「ダメよ、ダメダメ。顔色を窺ってばかりの管理局なんて何の役にも立ちませんよね〜、オジサマ方」


 那美の心配げな声に、クアットロが聖地の波乱を嘲笑う。イヤらしい言い方だが的を射た指摘に、ラルゴ老やレオーネ氏は渋い顔をしている。

現地に派遣されている管理局は、聖王教会との連携で治安維持の協力を行っている。聖地の事情が優先される以上、聖地が望まない事は出来ない。治安領域は非常にデリケートな問題だ。

いずれにしてもどの勢力の協力も得られないとなれば、やはり俺達白旗がどうにかしなければならない。アカデミック・ポストに就任したジェイル・スカリエッティが、意見を求める。


「陛下、我々は新参者だ。ここは是非、今後の方針をお聞かせ願いたい」

「聖地の治安は今、最悪だ。保安機能は不全に陥っており、聖王教会は聖王のゆりかご起動と騎士団壊滅の解明に手一杯。聖女と聖騎士の入院により、信者の希望は失われてしまった。
欲望は蔓延しており、支配圏争いは加速する一方。入国審査が行われていない現状で余所者が大量に入り、このままでは本格的な戦乱が始まってしまう。

白旗による対処療法では正直、対応しきれないと思う。ジェイル達を筆頭に優秀な人材を多く雇えたが、今のままだと白旗は単なる一勢力の一つで終わってしまうだろうな」


 治安活動は当然再開するが、人々を多く救う分依頼の数は飽和状態になるだろう。メンバーが死ぬ気で働いても、幸福の数より不幸の数が上回ってしまう。

ユーノやルーラー達より、聖王の伝説を聞かされて分かった。神と崇められる聖王でさえも聖王のゆりかごに頼らなければ、戦乱を起こす列強諸国の王達を止められなかった。

聖王に比べれば、俺なんて単なる一般人だ。聖王のゆりかごも当然起動できず、使えない。一般庶民なんて戦火に巻き込まれて終わり、命運は強者に委ねられるのみ。

俺の現状把握に反対や異議の声はなかったが、明確な方針も言っていないのでクアットロが急かしてくる。


「それでそれで、一体全体陛下はどうされるのですか〜? まさか、何の対策もないなんて無為無策は――はっ、ちょ、ちょっとお待ち下さい!?」


 突如クアットロは顔を青褪めて、慌てて会議を行っている部屋の扉を開けて左右を見渡す。誰も居ないことを確認しても安心せず、耳をすませる――何やってるんだ、あいつ。

おかしな挙動に首を傾げるが、アリサ達は分かっているらしく苦笑い。博士やウーノ達姉妹は顔を引き攣らせて、固唾を呑んで見守っている。静かで、緊張感漂う一瞬。


湯のみのお茶を飲んで、妹さんが一言告げる。



「セッテさんでしたら、聖女様の入院先に行かれていますよ」



 クアットロが露骨にホッとする、自分の妹なのに!? 博士は白衣を汗に染めて、安堵の息を吐いた。冷静なウーノも額の汗を拭っている、お前らそれでいいのか。

小さな未来の騎士団長殿は、日々家族内での覇権を広げているようだ。クアットロやドゥーエのような態度の悪い女性は、特に厳しく教育しているらしい。

背中のブーメランは今の彼女には大き過ぎる武器だが、あの凶悪な刃はスカリエッティ一家の恐怖の対象となっているようだ。無口だけど、存在感が半端無いからな。

長女のウーノはコホンと咳払いして、改めて俺の真意を問い質す。


「それで陛下、現状を踏まえた上で今後どうなさるのですか?」


「"復活祭(イースター)"を行う」


 俺の宣言に、アリサが机に突っ伏した。さすが俺のメイド、この一言だけで俺の目的を看破したか。突っ伏したまま、長い髪を掻き毟っている。すまぬ、すまぬ、また迷惑をかける。

忍は長い付き合いだが言葉の意味を飲み込めず、那美は日本人なので馴染みがなく首を傾げている。他の異世界人は、復活祭についてそもそも知らない。

全員が疑問符を浮かべる中、最初に問い質したウーノが責任を持って疑問を投げ返してくれた。


「申し訳ございません、陛下。イースターとは一体どのような意味なのでしょうか?」

「イースターとは、神の復活を記念する祭の事だ。厳しい冬が終わり、暖かな春の日差しの到来により命が芽生える祝福の宴を意味する」

「へ、陛下!? まさか貴方は――」


「聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの復活を、この聖地で俺達白旗が盛大に祝福しようではないか!」


 ジェイル・スカリエッティが真っ先に、大笑いした。ウーノは盛大に頭を抱え、クアットロは顎が外れんばかりにぽかんと口を開けている。忍はこの人頭がオカシイと、ゲラゲラ笑っていた。

当然真面目かつ優秀な大人である、三役の方々がこれ以上ないほど鋭く切り込んでくる。


「君は聖王の復活祭を開催すると言っているのかね!? 何故いきなり、この時期に!」

「聖王のゆりかごが起動したと、世間では認知されています。ゆりかごが起動したのであれば、聖王が降臨したと誰もが考えるでしょう。その事実を祝うことに、何の問題が?」

「とぼけた物言いはやめたまえ、君には分かっている筈だ。聖王教会が今も事実関係を公表していないのは調査中である事以上に、事実が判明すれば聖地が混乱するからだ。
我々白旗は聖地の安寧を願って行動する組織、混乱を煽ってどうするのだね」

「違いますよ、レオーネ氏。今混乱しているのは、事実が明らかにされていないからです。事実が判明していない点をついて、強者達は好き勝手に解釈して行動している。 聖王の降臨は聖女の予言の成就、復活祭を執り行えば真実は事実にもなる」

「ど、どういう事だね。君のその口振りでは――ま、まさか!?」


「今まできちんとお話できず、申し訳なく思っています。聖女様や聖騎士の方々、教会関係者の回復を待ちたかったのですが、世情が猶予を許しそうにありません。
ですので後程、真実を明らかにさせて頂きます。ただ貴方の今推察された事は、正しい。


聖女の予言は、成就している――聖王は、降臨しています」


 ハッキリと告げた事実に、現場にいた関係者や事実を知る者達を除いて一同が絶句する。聖女の予言は絶対といえど、確定ではなかっただけに疑問視もされていた。それが今、真実となった。

温厚かつ平穏なラルゴ老も今この時ばかりは、興奮と驚愕に顔を赤く染めている。


「後で必ず、事実を説明してもらおう。じゃが聖王の降臨が事実として、何故教会を飛び越えて我々で神の降臨を祝うのかね」

「私はゆりかごの調査から今日に至るまで聖地を観察し、教会の行動を窺っておりました。彼らが真実を明らかにするのであれば、私もこのような事は申しません。
だが、現状はお察しの通りの有様です。聖女の護衛、その席を巡って醜い争いが続いている。待ち人の不在を好き勝手に利用し、権力者達がやりたい放題にしている。
余所者は我がもの顔で聖地を踏み荒らし、聖女や聖騎士の不在で人々は希望を失って苦しんでいる。聖地は今、この上なく荒れ果ててしまっているんです。

希望が必要です。笑顔が必要です。人々の、明るい声が――必要なんですよ、今は」

「だからこその祭りなのだね、陛下」

「だからこその復活祭だよ、ジェイル・スカリエッティ。聖女の護衛を行い、ゆりかごの真実を知った俺達が、聖王の復活を祝おうじゃないか」

「そ、そのような宴を開催したところで、誰も信用しないではありませんか!?」

「無視なんて出来ないさ、ゆりかごの調査結果を知るのは俺達だけ。強者達が詭弁を弄し、嘘八百を並べたところで、真実を知る俺達には絶対勝てない。切り札は、俺達が握っているんだ。
聖王の復活を祝う復活祭を『俺達白旗が』行うと大々的に宣伝すれば、各勢力は死に物狂いで俺達の邪魔をしに来るだろうな。特にあの時、襲撃を仕掛けてきた猟兵団や傭兵は。
面目を潰された連中のこうした行動は、俺達白旗が正しいと告げるようなものだ。そうなれば他の勢力、何より余所者連中もこれ以上デカイ面は出来なくなるだろうよ。


連中が何をほざこうと、聖女の護衛は"待ち人"である聖王様が最有力候補なのだから」


 強者達は聖王の存在に戦々恐々となり、弱者達は聖王の存在に和気藹藹となる。皮肉にも聖王教会の建前が現実となり、聖王様が絶望に沈む聖地の希望となるのだ。

聖王の復活を祝う復活祭となれば聖王教会も黙っていないだろうが、表立って反対も出来ない。神の否定は、信仰の否定に繋がるのだから。


「そ、壮大かつ壮絶な賭けとなるぞ、宮本君。確かに真実が明らかになれば、聖地を荒らす者達の大義名分はこぞって失われるだろう。
だが彼らとて、牙は抜かれていない。名目を失った連中が暴走する危険もある」

「そこで、時空管理局の機能を復活させるのです。騎士団が壊滅した今こそ、現地の管理局を機能させる最大のチャンスです。
連中が暴発して暴れれば聖王教会も対応には苦慮するでしょう、彼らが頼るのは民間の我々よりまず第一に時空管理局です」

「協力を求められれば、時空管理局の本部に増援を呼びかけられて、現地の発言権も高められる――という算段か。いやはや、とんでもない博打に打って出るのう」


「あなた方を始めとするお三方に、優秀なスタッフ達。そして何よりこうして集った、新しい精鋭達。皆がいるから、思い切った手に出れるのです。
ジェイル、それにクアットロ達――お前達の働きに、期待しているぞ」


「!? お、お任せ下さい、陛下!」

「汚名返上の機会を与えて下さってありがとうございます、陛下!」


 俺の呼びかけにチンクやトーレが最敬礼、ウーノやクアットロもこの先の苦労に溜息を吐きながらも、優秀な頭脳と手腕をフルに発揮している。

聖地を巻き込む大々的な祭りを開催するとなれば、費用や物資も当然必要となる。収支を十分に考慮した上で、カリーナ姫やセレナさんに提案しよう。宿アグスタも、繁盛する筈だ。

出来れば、そう――出来れば、婚活で出会ったお嬢様方にも協力を求めたい。国賓級の方々が出席すれば、復活祭は間違いなく成功する。聖地の戦力図は、劇的に変わるだろう。

だけど肝心の婚活が上手くいかなかったからな……そういえばそろそろ婚活の結果である、お嬢様方の返答が届いているはずだ。よし、まず真っ先にカリーナ姫とセレナさんに話をしに行こう。


ただ――婚活した全員に断られたとなれば、カリーナ姫のメンツも潰すことになる。全員成功ならカリーナ姫も大喜びだろうけど、ありえない。話し合いは難航しそうで、気が重いな。


あっ、そうだ。これだけはちゃんと、皆に言っておかなければならない。


「一応言っておくけど、これはあくまで方針だ。決定じゃないぞ」

「何言っているのよ、あんた。ここまで盛り上げておいて」

「馬鹿、何言っているんだ。祭りを好き勝手に開催できるはずがないだろう、ゆりかごの真実を明らかにするのであれば許可が必要だ」

「……一応聞くけど、誰の?」


「ゆりかご調査の責任者である聖女様と治安維持の中心だった聖騎士、聖王教会を取り仕切る司祭様だ。特に聖女や聖騎士の許可を取るのは、非常に難しい。
地に落ちている信頼をどう取り戻すのか、今から皆で話し合って――」


「司祭様には、ドゥーエさんがついているのよね?」

「はい、バッチリですわ」

「じゃあ、承認決定。全員解散、お疲れ様でした」

「おい、こら!?」


 あれ、あれれれれれ!? アリサ達どころか、ラルゴ老やレオーネ氏まで席を立つ。待て待て、司祭はともかく、聖女や聖騎士はどうするんだよ!?

会議室に残されたのは、俺一人。この組織、リーダーに冷たくないか? 絶っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ対、いつか独りで生きてやるからな!


ともあれ聖王の復活を祝う"復活祭"開催に向けて、俺達白旗が動き出した。










<続く>








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