とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十八話
――連日、ルーテシア・アルピーノ捜査官と三役はジェイル・スカリエッティへの事情聴取を行っている。入院中だったミゼット女史とも連絡を取り合って、密談に興じていた。
ジュエルシード事件を始めとした、一連の出来事。法の組織時空管理局に潜む内部犯の存在も含めて、事件の背後に潜む黒幕の存在は会議室の中で明らかにされていた。犯人が、発見されたのだ。
協力関係にあるとはいえ、所詮民間人の一人でしかない俺には捜査事情は教えられない。その建前を理由に、俺一人にだけ真実は知らされずにいる。仲間はずれもイジメの一種だと、言いたい。
だからといって拗ねているようではリーダーは務まらないので、アリサや三役に再三注意されていた客観的視点を持って、今の白旗の現状を分析してみよう。
白旗に対する世論の評価は、全く安定していない。聖王のゆりかご起動は聖王の降臨を意味するのと同時に、ミッドチルダ全土を揺るがした霊災の原因でもあるからだ。
聖王の降臨は予言の成就を意味しており、状況を顧みれば白旗に所属する誰かが聖王である事を意味する。聖王教会にとって聖王の存在は絶対、信者にとって神に等しい。皆が平伏す王である。
霊災は聖女の昏睡と聖王教会騎士団の全滅を意味しており、聖地を恐怖に陥れた災いそのものである。治安は壊滅状態にあり、聖地は混沌と欲望の坩堝に浸かってしまった。戦乱の始まりである。
両方の起因となった白旗の評価は、聖地の間で二分している。権力者及び強者達は蛇蝎の如く嫌っており、信者達は希望の象徴の如く讃えている。天秤は、危ういところで均衡を保っている。
となれば後は、下降する一方だろう。弱者は、強者に勝てない。世論は支配に弱く、恐怖に挫かれる。民意は容易く流されて、居場所は失われる。弱い善意では、強き悪徳には勝てない。
状況を覆すには信任を得るしかないのだが、可能性は絶望的だろう。ユーリ達の入院による戦力喪失も痛いが、何より大きな二つの信任を俺達は失ってしまったのだ。
聖王教会の聖女カリム・グラシアと、聖王教会騎士団の聖騎士――聖女は守れず、聖騎士は倒れてしまった。二人の信頼は不信に、好意は嫌悪に変わってしまっただろう。
聖女の護衛は、目標であるローゼとアギトの自由には必須。聖騎士の存在は、聖地を守る要である。白旗の目標と象徴を失った俺達には、この先相当な窮地に立たされるだろう。
なんとか聖女に弁明の機会を頂きたいが面会拒絶の一点張り、よほど嫌われたようだ。病院に連絡しても、同病院に入院する娼婦しか出ない。あいつに見舞いを喜ばれても、全く意味がない。
聖騎士はヴェロッサの口利きで何とか協力は取り付けたが、彼女は騎士団長を主と決めている。その騎士団が壊滅したのだ、信頼を失った俺への協力は今後にまで期待出来ない。
聖女と聖騎士――今こそこの二人の信頼が何より必要なのに、取り戻すのは不可能に近い。だから三役やアリサも危機感を感じており、俺に客観的分析を求めたのだ。なるほど、理解した。
となればのんきに暇を持て余していられない。治安を取り戻すには戦力の増強を、治安を維持するには権力の補強をしなければならない。就活と婚活、どちらも極めて重要な仕事だ。
就活はマイアの宿に人を呼び出し、婚活はカリーナのホテルに俺が呼び出される。俺が他人を評価し、他人が俺を評価する。一日で何度も立場が一転するが、人の上に立つのであれば必要不可欠だ。
仲介人として就活はアリサ、婚活はセレナさんが担当してくれる。面接者の紹介をアリサが行い、婚約者の紹介をセレナさんが行ってくれる。必要なのはコミュニケーション、苦手分野だ。
だが幸いにもアリサや三役のおかげで、俺は客観的分析が行えるようになった。人間を見る目も養われているだろう、相手には悪いが人間関係を構築する良い機会になりそうだ。
事件の真相が明らかになる表舞台の影で、俺は連日就活と婚活を行う事となった。
『ニダイ・ホンダ、接近戦のスペシャリスト。ベルカ自治領入国審査では『剣型のアームドデバイス所有』と登録されているけど、実際の型は日本で言う刀型だわ。ベルカでは珍しいタイプね。
この娘は白旗への直接志望ではなく、マイアの宿の前で行き倒れていたのを拾ったのよ。一飯の恩に報いたいと、熱心に志望しているわ』
「貴方がアリサ殿の主様でござるか。拙者、フタヨ・ホンダと申します。ご挨拶が遅れて、誠に申し訳ない!」
「実に綺麗な土下座だな!? いやいや、顔を上げてくだされ!」
プロフィールから堅苦しい日本男児をイメージしていたが、ご立派な服装の武家娘だった。年頃の娘の耽美さと、武人としての凛々しさを併せ持つポニーテールの美少女。
就職の面接の場だというのに、主人への奉公を思わせる姿勢。堅苦しく落ち着いた身なりだが、生粋の武士ならではの融通の利かなさもあるらしい。チンクの騎士道を思わせて、何とも微笑ましい。
あの子も戦うこと以外では、世間知らずな面があった。やや天然の入った言動に思わず、俺までつられてしまった。
「御恩返しというのであれば是非もないが、入国審査まで受けて聖地へ来られた理由もおありでしょう」
「左様。拙者は最強を目指しておりまして、強者と戦う事が生き甲斐でござる。今聖地には多くの強者が集っているとあれば、直接足を運ぶ甲斐があるというもの」
「旅から旅への武者修行――なるほど、私も覚えがあります」
「おお、主殿も戦士でござったか、ご立派でござるよ!」
「……でも今の平和な世の中、剣士は生きていけないですよね」
「……路銀も尽きたでござる。働きたいでござる」
――異世界でようやく見つけた同好の士を、白旗所属の『剣士』として登録。交流所に貼りだされた依頼紙を手に、武家娘は今日も聖地で剣を振るう。
『ヴィクトーリア・ダールグリュン様、旧ベルカの王家であられる「雷帝」ダールグリュンの血統を引き継いだ、貴族のお嬢様であらせられます。
過去に領政の方向性を巡って派閥抗争が起きた際、当カレイドウルフ商会が仲介に入りまして事なきを得ました。名門ダールグリュン家とは懇意の関係となり、多くの援助をさせて頂いております』
「ちちとははをとおしてはしつれいとおもい、ちょくせつおことわりにまいりましたの」
「私との婚約は、お気に召さないと?」
「わたくしのけっこんあいては、わたくしでえらびますわ!」
長い金髪に気品ある緑の瞳、ロングスカートのドレスを着た少女。人形のように整った顔立ちで陶器のように清らかな白い肌、幼い柔らかさの目鼻立ちをしたお嬢様。
高級ホテルのロイヤルスイートルームに釣り合った、端麗な容姿。将来さぞ美しい女性になるであろう、あらゆる美に恵まれている。少女でありながら、知性と意思の光に輝いていた。
そう、誰がどう見ても少女である。高町なのはやフェイトよりも年下だろう、気概に満ち溢れているが大人を前にやや緊張している。
「妙な事をおっしゃいますね、ダールグリュン様」
「なにがおっしゃりたいの?」
「私と貴方は今、こうして初めてお逢いしました。確かにお互い企業や御家の事情により来ておりますが、それはあくまで出会いの場でありましょう」
「……わたくしとあなたがこうしておあいしたのは、じぶんのいしであると?」
「最後に選ぶのは、自分でしょう」
「きべんですわ。せいりゃくけっこんであることに、ちがいはありません」
「貴方は今、仰ったではありませんか――直接、お断りに来たのだと。貴方の崇高な意思が、おありでしょう」
「むっ……」
ドレスの裾を掴んで、モジモジしている。子供には分かりにくい話とは、全く思わない。子供だからと侮れるほど、俺は大人ではない。だからこそ、蚊帳の外に置かれてしまっている。
ダールグリュン様は少し気恥ずかしそうにしていたが、毅然とした態度は崩さなかった。
「ひとつ、うかがってもよろしいですか」
「どうぞ」
「わたくしは、こどもです。なのにどうして、あなたはけいいをはらっていただけるのですか」
「当然でしょう。自分の妻となるかもしれない女性を、前にしているのですから」
「せいりゃくけっこんでしょう。だーるぐりゅんがこわいのですか」
「いいえ、私が怖いのは貴女本人です。いきなり断られてしまいましたから」
「……ふふ、いじわるでいらっしゃるのね」
ダールグリュン家のお嬢様は初めて、微笑みを浮かべて下さった。華のように美しく、お日様のように明るい笑顔。
金色の髪にとてもよく似合った、気品に満ちた微笑みだった。
「おゆるしください。しつれいなことをいってしまいました」
「お気になさらずに。貴女のご想像通り、私は所詮田舎者。気位の差に恐縮してしまいます」
「あら、いけませんわね。わたくしのこんやくしゃが、そのようないしきではこまりますわ。
そうね、まずは――"ヴィクトーリア"、とおよびくださいな」
お嬢様は立ち上がって――俺の手を、取った。
「――いかがでしたか?」
「直接お断りに来た、と言われました」
「なるほど、破談に終わりましたか」
『レイズ・リーゼ、聖王教会騎士団の元教導部隊長。教会を通じて経歴を確認したけど、本当だったわ。聖女の予言と連動して、騎士団を退団して民間救助活動を行っている。
聖騎士が掲げる白旗の理念に強く共感して、入団を希望しているわ。ただ騎士団との摩擦も懸念されるから、あんたの一存に任せる』
「経歴を確認させて頂きました。お若くして部隊長まで出世なさった方が、こうして足を運んで頂けるのは光栄です」
「作戦参謀も務めておりましたが、聖女様の予言後における聖王教会の理念に疑問を持ち、退団いたしました。
私とて聖王様の降臨を望んでおりますが、所属も知れぬ者達までこの地へ招き入れるやり方には賛同できません。
しかしながらその中で法と理念に照らし合わせて、日々活動される白旗の活動には強い共感を覚えております。是非とも、白旗の下で働かせて頂きたい」
実に規律正しく、真面目な性格のお嬢様風の女性。騎士団を離れて信徒の服装をしているが、佇まいに隙はなく、身構えは立派であった。背筋が綺麗に通っている。
作戦参謀の経験を生かしているのか、今後の白旗における活動内容と展望まで詳細に記載されている。よほど詳しく白旗の活動を知らなければ、ここまでの現状把握は行えないだろう。
ということは、つまり、
「お話はよく分かりましたが、残念ながら採用はできません」
「……理由を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「この展望書に沿えば、騎士団との共合も望めるでしょう。しかしながら、参謀である貴女のさじ加減で競合にまで発展してしまう。
聖王教会の理念に疑問を持つ貴女が何故、教会の展望に沿っているのですか」
「私が教会の信者であれば、当然だと思われますが」
「いいえ、貴女は信者ではない。信者を、監視する立場でしょう」
その場で経歴書を破くと、レイズ・リーゼは気分を害するどころか微笑みを深めた。やはり教会からのスパイだったか、内心で舌打ちした。
思いつく限りの理由を重ねたが、単純な後付けである。実のところ見破れたのは、こいつがドゥーエと同じ気配を放っていたからである。とはいえ力量は劣るので、俺のような弱者でも見破れた。
ドゥーエとは生死に関わる謀略戦を行った関係である、命懸けの戦いをすれば嗅覚だって鋭くなる。単純な潜入なら恐らく見破れなかっただろう。
スパイだからこそ、分かったのだ。
「残念ですわ。任務とは関係なく、貴方のことを知りたかったのに」
「そういうセリフはベットの上で言ってくれ」
「うふふ、楽しい一時でした。いずれまた、会いましょう」
女性は静かに、椅子から立ち上がった。
『ルシア・レイネシア、ファルシア=レイネシア王国の第二王女。まだ歴史の浅い君主制の国家ですが、多民族及び多宗教を内包する大きな領域を統治する国家であります。
聖王教会も建国時より深く関わっており、カレイドウルフ出資企業の多くが王国発展に貢献しております。中立性が高く、多人種にも非常に融和的ですわ』
「アタシの婿と聞いて来れば何なのよ、この軟弱者は。黄色い肌をした男との婚約なんて、死んでも嫌」
「どこが多人種にも融和的なんだ!?」
実に自尊心が強く、強気で尊大で我侭な性格だった。王女様らしくレースをたっぷりとあしらった純白のエプロンドレスが、照明を浴びてキラキラと光っている。
赤い色の髪と清潔感に溢れる白のブリムの融和も極上だが、美しく切れ上がった瞳が鋭く睨んでいる。融和どころか、実に攻撃的だった。
蹴り飛ばしてやりたいところだが、一国の王女に傷一つ付ければ、容赦なくギロチンだろう。平和的な国家だとは到底思えなかった、この王女を見る限りでは。
ヴィクトーリア様とは違って年代は俺とほぼ同じで、ドレスの上からでも分かる均整の取れたラインを描いていた。
「多民族国家だからと、胡座をかかれては困るわ。王位継承順位は低いけど、王族の一員となる事に違いはないもの。どうして私が、あんたの子供なんて産まないといけないのよ」
「既に世継ぎのことまで考えておられるとはご立派ですね、王女殿下」
「お父様が世継ぎに悩まれた経緯があるから、婚約話にも慎重なのよ。我が王家が信任するカレイドウルフの推薦と聞いていたのに、ガッカリだわ。
どうしてくれるのよ、アタシのこの無駄な時間。弁償してもらうからね」
「お値段としてはいかほどでしょう?」
「ハァ? 馬鹿じゃないの、アンタ。時間に値段なんて付けられるわけがないでしょう、これだから田舎者は」
「ほほう、自分の時間に値段も付けられないと?」
「むっ……アンタそれ、王族への侮辱?」
「至極、真っ当な質問であると自負しております」
「い、いい性格しているわね、アンタ……」
おお、怒っとる怒っとるわ、がはは。残念ながらアリサという小悪魔メイドを雇っている俺には、性格の悪い生意気な娘には耐久力があるのだよ。
権力の補強に来た以上失礼があってはならないが、相手の土台に立っていれば話は別。この王女は態度こそ悪いが、気位は非常に高い。自分の発言を無視して、刃傷沙汰に及べない。
切れ長の瞳で睨み付けてきたが、やがて嘆息した。
「ああもう、分かったわよ。意地悪言って悪かったわ」
「良かった、これで結婚ですね」
「何でよ!? 破談まで撤回していないわよ。黄色人種の男なんて、死んでも嫌」
「失礼ながらお聞きしますが、王女様のお好みはどのような方でしょう」
「もちろん、白馬の王子様よ。私を颯爽と攫いに来て下さる、麗しき男性――アンタのような田舎者とは、似ても似つかないわ」
「貴女を攫ったら、王族誘拐の重罪人になりますよ」
「例えの話でしょう、そういう立派な王子様がいいのよ!」
「犯罪者のどこが立派なのか、全く分かりませんが」
「うう、こいつ、生意気ばかり言ってぇぇ……アタシの国まで引っ立てて、斬首にしてやるわ!」
「私を攫って頂けるのですか、白馬の王女様!」
「ああ、しまった!?」
その後やいのやいの言い合って――最後には次の日取りで絶対泣かすと、泣きながら宣言して王女様は帰っていった。
「――いかがでしたか?」
「黄色い肌をした男との婚約なんて死んでも嫌、と言われました」
「なるほど、破談に終わりましたか」
『ルオン・ナダック、AAクラスの魔導師。灰鋼のルオンと呼ばれる評判の術者で、実績も数多く積んでいる。時空管理局にも過去、表彰されているわ。
聖地へ商売に来たけど、傭兵と猟兵との仕事の取り合いにウンザリして、白旗の門を叩いてきたの』
「経歴を拝見する限り実力も経験もお持ちのようですが、何故管理局や聖王教会への希望を出されなかったのですか?」
「お役所勤めは性に合っておらず、萬の請け負いで生活しております。居場所を求めていない訳ではないですが、一箇所に留まるのは苦手ですね」
「でしたら、白旗へも長くは務められないのでは?」
「これはまた、意地悪な質問ですね……"交流所"の評判は、お聞きしておりますよ。規制こそされていますが、猟兵や傭兵達も指を銜えて見ている。個々の仕事は実に旨味がありますからね。
掲示板に張り出された仕事を選び、一つ一つこなして実績を積んでいく。無償の人助けに等しい下積み経験を嫌がる人間も居るようですが、展望なき愚者と言わざるを得ません」
冷静で、頭が切れる男性。実力に適した才覚と、実力に見合った性格をしている。粗野であらず、さりとて謙らず。真っ当ではないが、ひん曲がってもいない。
世渡り上手に生きているからこそ、この交流所に目をつけたというべきだろう。白旗の理念には興味はなく、あくまで白旗の実績に目を向けている。
白旗の活動に沿えば論外の男ではある、が――印を押した。
「分かりました、貴方を"登録"いたしましょう」
「残念ながら、"採用"ではないようですね」
「お望み通りの結果でしょう、灰鋼のルオンさん」
「ふふふ……才ある者も、非才の者も等しく機会を与え、さりとて競争心も煽る。貴方が単なる偽善者でなくてホッとしましたよ」
「俺もアンタのような人は、嫌いじゃない。嫌われないように、俺も結果を出していくので安心してくれ」
「気に入らなければすぐに出て行くつもりでしたが、存外上手くやっていけそうだ。よろしくお願いします」
――後に"支部"の一つを管理することになる、"幹部"の在籍が決まった。
『セラ・メイファ、ミッドチルダを代表するセララ財閥の一人娘。過去に一度婚姻を結んでおりましたが、結婚式当日になって相手の家の問題が発覚して破談となりました。
結婚当日に逃げられた経緯が汚名となってしまい、誹謗中傷もあってその後の婚約話も立ち行かなくなる一方。心神喪失に陥ってしまい、今回の婚約話も相手側の強い要望によるものです』
「婚約はお受け致します。全て貴方様のご意向に従いますので、どうぞ末永く宜しくお願い致します」
「……」
どこか壊れ物のような儚さを秘めた美貌。吸い込まれる程に澄んだ翡翠色の瞳は暗く沈んでおり、薄栗色の長く美しい髪が力なく垂れ下がっている。
一応こちらを向いているのだが表情は無く、俺を正しく見ているのかも疑わしい。このままベットへ連れ込んでも、何も抵抗しないだろう。
婚姻話が無いのが信じられない、慎ましやかな色気。控えめな性格でありながら、肉感的で強調的な肢体。ぞくっとするほど艶かしく、女の色香を漂わせている。
金持ちの坊ちゃんや御曹司ともなれば、こんないい女でも一度の破談さえ許さないのか。中古だの、バツイチだの、色々言われてしまい、心を患ってしまったらしい。
抱き込むのは非常に簡単ではあるのだが――
「申し訳ありませんが、貴女との婚約はお受けできません」
「……結婚式に逃げられる女、だからですか?」
「いえ、ジョギングをしたいからです」
「は……?」
おっ、顔を上げてくれた。ようやくちゃんとこちらを意識してくれて、会話も出来る準備が整ったと言える。やはり人間、お互いの顔を見て話をしなければならない。
交流というものは、一方的では駄目なのだ。善意も悪意も、押し付けあってはいけない。どんな感情であろうと、相手と向き合ってぶつけ合わなければ進展なんてありえない。
いい男も、いい女も――待っているだけでは、絶対に出会えない。
「私は身体を鍛えておりまして、毎日この聖地をジョギングしております。一緒に走りましょう」
「あ、あの……お話が、よく分からないのですが」
「逃げられたのなら、追えばいいでしょう」
「えっ……!?」
「結婚式当日に逃げるような男を、今更追えとは言いません。しかし悪口を言うようなケチな男には、言っていればいいんですよ。
"もしもまた逃げられても今度は追いかけて捕まえます"、と」
「……で、でも、私にはとても」
「だから、ジョギングです。私も一緒に走りますから、外に出て頑張ってみませんか?」
「――っ」
暗く閉ざされた、孤独という卑怯な言い分で閉じこもっていた俺を――桃子達が、外へ連れ出してくれた。青い空と温かいお日様は心の闇よりもずっと厳しくて、優しかった。
過去は、絶対に変えられない。汚名は、なかなか晴らせない。けれど、悪口くらいは黙らせられる。言いたいことだって、何時でも言える。
この人に必要なのは婚約者ではなく、戦友だ。
「はい。よろしくお願いいたします、旦那様」
「――いかがでしたか?」
「貴女との婚約はお受けできません、と言ってしまいました」
「なるほど、破談に終わりましたか」
『ルーテシアさんの強い推薦、会ってあげて』
「どうもよろしくっす!」
「軽いな、おい!?」
赤い髪を後頭部でまとめた女の子が椅子に座って、にこやかに手を振る。お日様のような快活な笑顔が人を温かくさせる、天性の明るさを持っていた。子供だけどね。
高町なのは達とほぼ同年代の子供、潜入捜査で変身しているルーテシアと確かに同じ年頃に見えるが、彼女は変身しているだけで大人の女性である。友達では断じてない。
経歴書を見ても名前と顔写真しか記載されていない。子供に身分も経歴もあったものではないが、今求めているのは優秀な人材である。何故、こんな子供を推薦したのか。
拾った訳ではなさそうだが、彼女達の意図がよく分からない。
「うちに面接に来たということは働きたいんだよな、学校はどうしたんだ」
「しゃかいべんきょう、というやつっすね」
「自慢気に言われても、学校をバックレているだけだろう」
「じょーしきをまなべとか、ぎむきょーいくとか、あねやいもうとにおこられてとびだしてきたっすよ、うしし」
「事情はよく分かった、不採用」
「いやーん、まって!」
「馴れ馴れしく抱き着いてくるな!」
異世界の女の子は、実にアメリカンだった。オーバーリアクションで抱きついて来て、ビビらされる。家族でもなければこれほど気安く接してこないぞ、おい。
何がそんなに嬉しいのか、むぎゅっとしがみついて来る。幼女趣味はこれっぽっちも無いので、容赦なく一本背負いする。受け身を取られてしまう、凄い身の軽さじゃねえか。
不採用で追い出そうとするが、必死で自己アピールしてくる。
「たよりになるっすよ、アタシは。この"ライディングボード"にのって、このおおきな町くらいよゆーでかけまわれるっす!」
「うおっ、空飛ぶスケボーじゃねえか!? 男の子の憧れだぞ!」
「えっへん、のりまわせるっすよ。きずだらけになるまで、めちゃくちゃころんだんすから」
「恐れを知らない奴だな、この野郎。何でそこまでして、大人の仕事をしたいんだ」
「白旗(ここ)に、アタシのおにーちゃんがいるんすよ。そのひとを、さがしにきたっす」
「聖地(ここ)に、お前の兄貴がいるのか。なるほど、兄貴を頼ってガキンチョが一人わざわざ来たんだな」
涙ぐましい話である。聖地は今良くも悪くも、活気づいている。兄貴がどんな仕事をしているのか知らないが、妹にとっては頼れる憧れの存在ということだ。
家族の元を飛び出してまで会いに行くのは感心しない話ではあるが、ルーテシア推薦ということは恐らく入国審査に引っ掛かったのだろう。だったら多分、家族に連絡くらいはいっている筈だ。
家族が迎えに来るまで、この白旗に預かって欲しいということか。子供の面倒を見るなんて嫌だけど、白旗は元々子供が多い。今更一人や二人増えても、変わらない。
「分かった、しばらく面倒みてやるよ」
「ほんとうっすか!? やったー、もうだいすきっすよ!」
「そういう台詞は、兄貴に言え。たく……それで、お前の名前は?」
「ウェンディ――ウェンディ・ナカジマ、よろしくっす!」
「へえ、どこにでもある苗字だな」
「ひどいっすよ、きにいっているのに!」
『セレナと申します、カリーナ・カレイドウルフお嬢様のメイドを務めております』
「自己紹介じゃないですか!?」
銀が掛かった美しい髪の、女性。カリーナ姫様の命令により、俺の婚活を仲介してくれている女性。婚約者が座る対面には腰掛けず、いつもと変わらず俺の隣に立っている。
端麗な容姿が持つ鋭利な硬さ、不可侵の気品が纏う女性。メイドでありながら媚びを含まない、純粋で透明な美しさがある。
常に落ち着いた物腰が、彼女特有の静謐な雰囲気をより一層際立たせていた。カレイドウルフのメイド長の表情は水晶のように透き通っていて、柔らかな微笑を浮かべている。
「これまでお会いになられたお嬢様方からのご回答はカリーナ姫様の元へ直接届く予定ですが、貴方様のお話の限りではどの方ともご縁がなかったとの事。
気落ちされているお気持ちを察しまして、本日僭越ながら私が御相手させていただきますわ」
「気を使って下さったのですね、ありがとうございます」
「内の人への気遣いは、細君の務めですわ」
紅茶を入れてくださったので、ありがたく頂く事にする。格式高い女性との連日の交流は勉強にはなるが、相互理解に努めるのはなかなか難しい。
政略結婚ともなれば相手がいい顔をしないのは当然で、こちらとしても配慮しながらも深入りせず務めなければならない。良縁を維持しながらも、縁組となってはならないのだから。
セレナさんはノエルと同じ立場の女性であり、立場こそ相手が上だが恋愛に発展するのはありえないので、男女関係への気遣いはせずに済む。
「身元や出身こそさまざまですが、相手方の女性は節度を弁えた方々ばかりです。関係を悪くされたとしても、カレイドウルフ家が責任を持ちますのでご安心下さい」
「申し訳ありません。良縁ある関係を望まれたでしょうに」
「私としては望みつつも、望まれなかった事実にほんの少し安堵しておりますけれど」
「ははは、私のような田舎者にはとても似合わない格式ある女性ばかりですからね」
「こうしてお茶を交えてお話が出来る女性との縁を、大事にされた方が良いのかもしれませんね」
「でしたら今後も是非、お茶を二人で楽しむとしましょうか」
「まあ、嬉しい。良き茶葉と自慢の菓子を振る舞いますわ」
「些かながら、私の舌が肥えないか心配ですよ。田舎のお米に不満を感じてしまいそうだ」
「どのような食材でも、調理次第で馳走となるものですよ。是非とも炊事場に、私を立たせて下さいな」
「貴方ほどの女性を連れていけば、村の者達は腰を抜かしますよ。天女が舞い降りたと、騒ぎ立てて」
「うふふ、その時は貴方様の細君を名乗りましょうか」
「あはは、なんともお腹をくすぐられるご冗談ですな。照れてしまう」
「私も何だか、胸がぽかぽかいたしますわ」
こうして――綺麗な女性との会話を遠慮せずに、ただ楽しめばいいのだ。
「――いかがでしたか?」
「美味しいお茶でした」
「ありがとうございます。縁談を進めさせていただきますね」
『魔導師ランク――測定不能』
「あれ、今日の面接の方ですか? 申し訳ない、連絡が行き違いになっていたようですね」
アリサから何も聞いていないのに、面接部屋に一人の女の子が座っている。たまたま廊下を歩いていて覗いてみただけなのだが、慌てて部屋に入った。
面接官の席に座って向かい合って――自分の、愚かさに気付いた。
少女、ではない。
「みつけた」
――鏡、だった。
自分自身、己の心の具現化。直感なんて生易しいものではない、向き合った瞬間に察した。同等でも、同質でも、等価でもない、自分の相似形。
自分そのものが、自分との面接を望んでいる。馬鹿馬鹿しいにも程がある。面接とは相手を知って、相手を分析する場。自分を、評価しろとでも言うのか。
自分が、語りかける。
「あなたのユメは、何かしら」
「独りになること」
「独りでは生きられない」
「だから、他人を必要とする」
「けれど、他人を必要とはしない」
「――嘘をつくなよ、俺」
「――嘘をつかないで、わたし」
黒曜石の瞳に、絹糸の艶を併せ持つ長い黒髪。赤を基調とした、華美な洋服で着飾った少女。闇に彩られた怪物が、美しく嗤っている。
漆黒の闇の中で、恋人の手が見えない相手の輪郭を確かめる仕草。反応を渇望としながらも、反応を疎ましげに嫌悪する矛盾。孤独を望みながら孤独を嫌う、独りの存在。
ロココ調の装いに暗い死の影が染み付いていて、それゆえに可憐さが際立っている。俺は刀を手に取り、少女は箒を手にしている。俺は剣士、少女は――
"魔女"、だった。
「お前は一体、何者だ」
「わたしは、あなた」
「心情の問題じゃない」
「自分以外の何を、問いかけるというのかしら。わたしはあなたで、あなたはわたし。それ以上は、必要ない」
「俺には、他人が必要だ。お前とは、違う」
「必要としていながら、必要とされるのを嫌ってるのに」
クスクスと、笑う。ケタケタと、嗤う。苛立ちがこみ上げるのは、拒否感に似ている。自覚していながら反発してしまう、意地。俺の心の奥底まで、見透かされている。
だからこそ分かる。少女は笑っているが、微笑っていない。自分の気持ちに気付いて、自分を微笑うものなどいないのだ。
「かわいそうな、わたし。すぐに、助けてあげる」
「お前のような奴が、救われたりするものか」
「救われるわ――この世界から、他人を全て消してしまえば」
戦慄する。一体何度、そう思った事だろう。大人を憎み、他人を拒絶して、孤独を求め続けた。剣士になって他人を斬り、斬り続けて行けば自分一人になると確信した。
自分の求めた天下とは、孤高の頂。全員を斬り殺せば、自分一人が天下人となる。ああ、そうだ……俺は最初、本当にそう思い込んでいたのだ。
首を振る。
「不可能だ。お前も俺も、結局は同じ人間なんだよ」
「だから他人に、縋ったのね。おバカで、愚かで、とても愛しいあたし。他人なんていなくても、生きていけるわ。
この子のような存在がいるもの――
おいで、"ガリュー"」
天井を突き破って、少女の前に異形が立ちはだかる。四つ目をした、人型の魔獣。四つの目から血涙を不気味に垂れ流しており、壮絶な殺意を纏って長い爪を鳴らす。
ザフィーラのような守護獣でも、久遠のような妖怪でもない。完全に、支配している。魔獣は全身を震わせながら、少女の前に平伏した。矯正され、強制されてしまった。
無様な平伏に少女は禍々しい笑みを浮かべて、異形の頭を撫でる。優しく、それでいて乱暴に。
「簡単でしょう、こうして支配しちゃえばいいのよ」
「魔物の支配――まさか、聖地に魔物を召喚しているのはお前か!?」
「あなたが望んだ夢を、あたしが叶えただけよ。それほど人が必要であれば、霊を呼んであげましょうか」
「! まさか、各地の霊障も――ふざけるな、誰がそんなことを望むか!」
「敵がいるから、味方を必要とする。戦争があるから、平和を望む。"魔物"がいるから、"白旗"が必要――
"魔女(わたし)"がいるから、"英雄(あなた)"がいる」
息を呑んだ、どうして違うといえるのだろうか。正義とは、悪が居なければ成立しない。脅威が無くなれば、護衛もまた不要となる。こいつがいるから、俺が此処にいられる。
ならばこいつを倒すことは、自分を否定することになってしまうのか。
「英雄の、舞曲――"ポロネーズ"は、奏でられている。わたしが奏で、あなたが歌う」
「他人を傷つけて、何が楽しい!?」
「ウフフ、とっても楽しいわよ。だって――」
「――」
手から、竹刀が滑り落ちた。
目から、涙がこぼれ落ちた。
足から、力が抜けて崩れた。
――こいつは今、なんて言った?
「お客様が来られたので、そろそろ失礼するわ。また会いましょう、大好きなわたし」
少女はガリューと名乗る魔獣に乗って、そのまま空へと舞い上がっていった。止められなかった、ただ恐ろしかった。心臓を鷲掴みにされた。
ドアを蹴破って、妹さんが飛び込んで来る。強力な結界が張られていたと、血に濡れた拳を震わせている。結界を破ってくれたのは、この人だと紹介される。
予定のなかった、面接者――客人。フィリスにとてもよく似た雰囲気の人に、俺は思わず縋ってしまった。
「――っかりしなさ――」
「――嘘だ」
"もしもあなたが、強ければ――"
「しっかりしなさい、一体どうしたのですか!」
「あいつの言っていることは、嘘だと言ってくれ」
他人を斬って、楽しんでいたでしょう。
「違うと言ってくれ――リニス」
「……婿殿」
わたしは、あなたよ。
<続く>
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