とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第三十話




 復活祭は聖なる神が復活した事を記念する宗教上最も重要な祭りであり、神の復活を後世まで記録する特別な礼拝なのである。聖地で復活祭を行う意義は非常に大きく、非常に重要である。

聖王教会主催で行われない理由は復活祭という宗教文化を知らない事もあるだろうが、何より神の不在が今の聖地を作り出している意味を重視している点が大きい。宗教にも、権力闘争がある。

神の不在は待ち人の不在を指しており、聖女の護衛の空席を物語っている。闘争する余地があれば戦争は勃発し、戦争による特需は歴然として生まれる。聖地は潤い、自治領は満たされる。

聖地で復活祭を行えば、神の到来を認める事と同義だ。待ち人の到来は予言の成就であり、聖女の護衛の決定である。席は埋まり、戦争の意味はなくなり、特需は消える。空腹を懸念している。


だが、俺のような弱者には関係のない話だ。戦争で勝つのは強者、競争で勝つのは権力者、戦乱が起これば弱者はただ奪われて死ぬだけだ。民は疲弊し、大地は摩耗する。


俺も剣士だ、弱肉強食を否定するつもりはない。誰だって成功したいし、誰だって栄えたい。競争によって人は成長し、戦争によって技術は進歩する。その価値まで拒絶はしない。

正義感でも何でもなく、強者に対して弱者が抗うだけだ。自分が蟻であっても、黙って恐竜に踏み潰されるつもりはない。純白の旗を掲げて、弱者の権利と存在を主張するのみ。

欲望と欺瞞で栄える今の聖地で、正々堂々と神の復活を祝ってみせよう。嘘をついている大人達に、子供が真実を素直に教えてやろうではないか。正義ではなく、自分なりの正しさを示してみせる。



「俺の剣に、聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトの霊が取り憑いている」



 聖王のゆりかご調査で起きた真実の全てを、まずは素直に大人達に打ち明けた。三役にジェイル・スカリエッティ、現地合流組からウーノ達新規採用者達に事実を説明する。

試用期間中の中途採用者である冒険者達には詳細は伝えられないが、復活祭開催については告知する予定。入院中の既存メンバーは退院後伝えるつもりだが、復活祭まで間に合わないかもしれない。

仲間達の衝撃は大きかった、無理もない話だ。かつてベルカの戦乱を収めて世界平和に貢献した王が、変わらぬ世界と人々に絶望して滅ぼそうとしている。神は救済ではなく、破滅を望んでいる。


元犯罪者であるジェイル達も興味深そうではあるが、動揺も大きいようだ。


「――まさか、ゆりかごの玉座に聖王の霊が眠っていたとは驚きだ」

『ゆりかごを聖地に破棄された事が祟り霊現界の理由となった、陛下と巫女様のご推察通りであれば皮肉な話ですね」


「お話をお聞きする限りだと、陛下の存在が決め手になったとも思われますわね。それで私、ご説明を伺って気になっているんですけど――

どうしてオリヴィエ様は、陛下を御子息だと思い込んだのでしょうねー?」


「うむ、巫女殿と"聖王の魔導書"の鎮魂術により正気に戻った経緯は分かったのだが、何故君を自分の息子であると思ったのだろう」

「聖王の伝承には明るくはないが、かの王の言によれば世継ぎには恵まれなかったのじゃろう。特に聖王のDNAは特殊じゃ、君と見間違う筈はないんじゃがのう」


 クアットロがニヤニヤと余計な事を質問したせいで、レオーネ氏とラルゴ老が疑惑を深めている。俺の虹色の魔力光については誤解を受けかねないので、敢えて話していないからだ。

仮に話したところで、聖王が誤解した理由は俺だってよく分からない。子供が埋めない身体だとほざいているくせに、俺が我が子だと頑なに思い込んでしまっている。

本人に聞けばいいのだが、話がややこしくなるだけなので竹刀袋に封印している。今のところ大人しいが祟り霊は世界を壊滅させる巨大な霊魂、封印では抑えきれないので本人の意志で解放される。

今は世界の破滅より俺との契約を優先してくれているだけだ、情勢が悪化すれば容易く世界を滅ぼすだろう。何としても、聖地で起きている戦乱を止めなければならない。


俺は立ち上がって、宣言する。


「聖王オリヴィエ・ゼーゲブレヒトとの契約であろうと、初心そのものは変わらない。聖地を平和に導いて聖女を守る、その為に復活祭を行って人々に希望をもたらせよう」

「かつて聖王は自分自身がゆりかごの鍵となり、ベルカの希望として人々に安寧をもたらした――聖王本人を希望とした復活祭、歴史の再現となりそうだね」

「同じ歴史なんてありえないさ、ジェイル。俺達は過ちを繰り返さないように、今を生きているのだから」

「それでこそ君だ。私は元より表舞台に立つ性分ではない、観客席から大いに君を見届けさせてもらうよ」


「舞台裏で働けよ、ボケ――よし、セッテを呼んで見張らせよう」

「やめて下さい、陛下。死んでしまいます!?」


 クアットロに泣いて土下座をされた、自分の妹がそれほど嫌か!? 三役やルーテシアにお願いしなくても、セッテ一人に頼めばこいつらは更生しそうな気がする。


聖王オリヴィエとの対話も望まれたが、正式なお披露目は教会組やユーリ達の退院を待った方がいいだろう。同じ説明を繰り返したくないし、紹介は大々的にやった方がいい。

結局三役やルーテシア達からジェイルが語った事件の全容を一切聞けなかったが、余程の事情なのか即逮捕とならず、聖地の自治法に照らし合わせてジェイル達は補導となった。

復活祭開催と管理プランの進捗報告の為、後日聖王教会の司祭と会議を行う予定だが、ジェイル・スカリエッティを連れて三役が同席する事となった。事情を知らない俺では説明出来ないからだ。

紆余曲折あるだろうが秘書のドゥーエの口添えにより、最終的な身元引受は全て管理プランに委ねられる事になるだろう。司祭承認の元で復活祭は開催され、管理プランは継続される。



ジュエルシードを動力源とする自動人形ローゼ、古代ベルカの融合騎アギト、聖王の魂が取り憑いた竹刀、夜天の魔導書、ジェイル・スカリエッティとウーノ達――この全てを、俺が管理する。



「……」

「あたしとすずかが居る限り、一人投げ出して旅には出られないわよ」

「何故分かった!?」


 問題を解決していく度に、懸案が積まれていく恐ろしい現実。ローゼとアギトだけでも大変なのに、聖王や魔導書に加えて、犯罪者の更生までやらなければならない。理不尽過ぎる。

自分の人生にいつ集中出来るのか頭が痛いが、幸いにも仲間や家族も増えている。優秀な人達に協力を求めて、一つ一つ解決していくしかない。天才と違い、弱者は地道に頑張るしかないのだ。

教会への相談は翌日行うとして、祭りを行うにあたってまずは地元の理解を得なければならない。根回しなんて真似はしたくないが、お偉いさんへのご挨拶は必須事項である。仕方がない。

この聖地における代表と言えば誰もが名を挙げる"カレイドウルフ商会"、カリーナ姫様への取り次ぎなんぞ庶民の俺には無理だが、幸いにも俺にはコネがある。


「婚活は大失敗だったけど、唯一の成果はセレナさんのプライベート番号を教わった事だな。ティーカップにそっとメッセージカードを置くあたり、あの人らしいけど」


 天才とまで呼ばれる強者もまた、自分自身の難題に取り組んでいるようだ。俺が連絡を取っていると、妹さんとルーテシアが何やら話し込んでいた。

カリーナ姫とセレナさんがわざわざ来てくれるそうだし、護衛は必要ないだろう。彼女達の会話を聞き流しながら、俺はそっと宿の正面口へと向かった――





「――すずかちゃん、びっくりだよ……」

「いかがでしたか?」

「魔導師ランク、測定不能。魔導師適正、判定不可。デバイス検査、適性範囲外――ミッドチルダ及びベルカ、古代から近代に渡って調べても、すずかちゃんの適性が一切見つからないの。
そ、そして……ま、魔力変換資質だけど――


"炎熱"、"電気"、"凍結"、"閃光"、"土精"、"冥闇"、"鮮血"、"猛風"――そ、"創世"? 他にも沢山……と、"凍結"のスキルは針が振り切れてる!? 天才なんてレベルじゃないよ。


あのね、ミッドチルダでは今優秀な魔導師育成に着目していて、きちんとした英才教育制度があるんだ。わたしが全面的に支援するから、すずかちゃんは是非――」

「身に余る申し出、感謝いたします。お気持ちだけ、受け取らせて下さい」

「もったいないよ、絶対!」

「私にはナカジマ先生と、アルピーノコーチがおります。信頼出来る先生とコーチ、お二人がいれば英才教育は必要ありません」

「っ……すずかちゃん、わたし頑張る!」

「では是非とも、お願い致します」


「"ギア4"は駄目」


「……"十分"休めば、回復します」

「珍しく言い切るその"十分"の根拠を教えて欲しいんだけど……とにかく、駄目。不完全過ぎる」

「"動物図鑑"の学習は完璧です」

「"予備動作"は不完全でしょう」

「"格闘戦技"でカバー出来る範囲です」


「"スタイル"は?」

「……」


「自分の"スタイル"を見つけなさい、そしたらきっと完成出来るわ。貴方が考案した"ギア4"を」

「分かりました、先生。我儘を言って申し訳ありません」

「今度一緒に行こう、この前紹介してあげた"ルーフェン武術道場"。あそこなら、きっとすずかちゃんに必要なものが見つかるよ」

「わたしに、必要なもの……?」


「うん。必要なのは――」















「このカリーナにわざわざ足を運ばせるなんてどういう了見をしていますの? 説明次第では、お前の処遇を考えなければなりませんの」

「カリーナお嬢様は、退屈されておいでです。腕の見せどころですわ」


 わざわざ宿まで来てくれるなんて随分親切だと思ったら、退屈していただけかよ!? セレナさんは実ににこやかに、意気揚々と俺に難癖をつけるお嬢様の御相手を申し付けた。


ご機嫌斜めなご発言ではあるが、獲物を前にしたライオンのような肉食獣の笑顔を見せている。良い退屈凌ぎが現れたと、ニコニコ顔で俺を殺す気満々だった。

時の支配者は、その場の気分一つで弱者の首を狩る。人が死ぬのに、大仰な理由など必要ない。蟻を踏むのに躊躇する恐竜など、この世には存在しない。畜生、弱者は辛すぎる。

カリーナ姫のこうした気性はまだ分かるのだが、セレナさんの意図が全く分からない。カリーナ姫を第一とする完全で瀟洒な従者だが、このような理不尽な押し付けなんてしない人だ。

返答次第では、カリーナ姫は容赦なく俺を社会的に抹殺するだろう。この人から今経済支援を受けているが、快い関係では決してない。彼女の気分一つで、支援なんぞ簡単に切られる。


ご機嫌斜めと言いながら、機嫌良く返答を待つカリーナ姫。無理難題を言いながら、おしとやかに返答を待つセレナさん――この二人、どういうつもりなんだ?


「お約束を果たすべく、お越し頂いた次第でございます」

「約束……? お前のような田舎者との間に、どのような約束があったというのですの?」

「カリーナ姫様のお披露目でございます」


「……こいつ、何言っているんですの?」

「――お嬢様、お静かに。この方の本領はここからですわ。常に、お嬢様を楽しませて下さったでしょう」

「――フン、そうでなければ足を運んだりしませんの。田舎者、続けなさい」


「この企画書を、御覧下さい。日々退屈されていらっしゃるお嬢様の為に、この度この私めが企画させて頂きました」

「復活祭(イースター)、神の復活を祝う祭り――神!?」

「この私にとっての神とは誰か、お分かりですね?」

「無論、このカリーナですわ!」


 夜着であるホワイトパイピングのナイトドレスをひるがえして、お嬢様は目を輝かせて企画書を見やる。そういえばこの人、こんなプライベートな姿を俺に見せて平気なのだろうか……?

神の定義まで明確にしなかった周到さも、従者のセレナさんは見透かしてしまう。主人の企画書を覗きこむ無礼は侵さずに、己が領分に合った認識より質問を投げかける。

自分の立ち位置を決して崩さない彼女の振る舞いは、夜更けの訪問であろうと完璧であった。


「神の復活を祝う祭りをこの聖地で行えば、参加される方々は誰もが聖王教会が信望する聖王様と思われるのではありませんか?」

「むっ、確かにそうですの。もしかしてお前、このカリーナを謀ったのですの?」

「はい、確かに人々は聖王様の復活を祝うでしょう。それに対して、何か問題がございますか」


「――こいつとの会話は、いつも気が狂いそうになりますの。セレナ、翻訳しなさい!」

「お任せ下さい、お嬢様。このセレナ、無限書庫の本全てを丸暗記しております」

「何で司書にならないんですの!?」


「つまり、この御方は人々の認識など関係ないと仰られているのですわ」

「か、関係ない……?」


「カリーナ姫様が復活祭にご参席されれば、誰もが皆お気付きになるでしょう。カリーナ姫様こそ至高の存在、この聖地の頂点に立つ絶対の姫君であらせられると。
さすれば聖王が神を名乗ったところで、何の心配があるというのですか。"神"では、"姫"の美しさには到底及びません!」


「……カ、カリーナが、神より美しい……?」

「それともまさか、私の認識が間違えておりましたか!?」


「い、いいえ!? め、珍しく、お前の認識は正しいですの! カ、カリーナが、女神より美しい、姫……ふふふ」


「カリーナ姫様、この私にお命じ下さい!」

「いいでしょう、このカリーナ・カレイドウルフが命じますわ。復活祭を、成功させなさい!」

「かしこまりました!」


 よし、承認を得られたぞ。冷や汗をかかされたが、結果的に復活祭の全面協力を得られた。たとえ聖王復活を祝う祭りであろうと、神より上のカリーナ姫はただ優雅に見下ろすだけだ。

祭りの会場ではカリーナ姫様を最上段のVIP席にお招きしよう。復活祭のスポンサーであり、あのカレイドウルフ大商会のお嬢様であれば、何処からも文句が出ない。

むしろ彼女が主催となれば、誰もが顔色を伺って平伏するだろう。その様子を目の当たりにした彼女の機嫌なんて、図るまでもない。実際、見目麗しい少女ではあるからな。


安堵の息を吐くと、白い手とハンカチが額の汗をぬぐってくれた。


「……セレナさん」

「うふふ、お見事でしたわ」

「冗談がきついですよ」

「女性の冗談を決して否定せず、いつも快く対応して下さる紳士な貴方様でこその結果でありましょう」

「結果に繋がればいいのですけどね、難しいものです」

「いつも、私がついておりますわ」


 うーむ、それなりに追求したつもりなのだが、にこやかに躱されてしまった。この人の本心が未だによく見えなくて戸惑ってしまう。清楚な微笑みの奥に、どのような感情があるのだろう。

そこまで考えこんで、顔を青褪める――しまった、婚活の事を忘れていた。多分、カリーナ様の元へ婚約者の方々からの返答が届いているだろう。

セレナさんの返答も含まれている以上、ここで誤魔化せない。後回しにするなんて、論外だ。お断りされても態度を変えられない、俺が弱者である以上お逢い頂いた礼をしなければならない。

心苦しいが、今聞かなければ余計にこじれてしまう。頭を下げて、ご機嫌伺いをするしかなかった。


「あ、あの、カリーナ姫様」

「何ですの?」

「その――この前の、婚約者との顔合わせの件ですが」


「ああ、忘れていましたの。セレナ、ヴィクトーリア・ダールグリュンを連れて来なさい」


「畏まりました、お嬢様」

「ダ、ダールグリュン家のお嬢様が直接来られたのですか!?」


 げええ、そこまで怒らせてしまったのか! 復活祭どころの話ではなくなった、下手をすれば白旗への活動に支障が出てしまう。

政略結婚は非常に厄介である。特に結婚を申し出る側にとって、申し込まれた側の機嫌一つで関係悪化となってしまう。政略結婚の失敗は、お家断絶にさえ繋がりかねない。


セレナさんより丁重に案内されて、この宿アグスタにまでダールグリュン家の姫君がまいられた。


「わたくしのごきぼうをかなえてくださり、まことにありがとうございました」

「ダールグリュン家の当主直々の申し出であれば、無碍に出来ませんの。此処はカリーナが所有する宿、安全と秘密は保証しますわ。
セレナを控えさせますので、何かあれば申し出て下さいな――では、失礼しますの」


 えっ、仲介もしてくれないのか!? この前の顔合わせがよほど酷かったのか、当事者だけを残してカリーナはマイアを呼び付けてとっとと自分の部屋へ行ってしまった。

セレナさんはテーブル席とお茶をセッティングするだけ、当事者同士気まずい顔をして並べるのみ。うう、まさか子供相手にこれほど心苦しく思う日が来るとは思わなかった。

とりあえず誠心誠意、頭を下げるしかない。


「あの、この前は――」

「このまえはきちんとおはなしもせず、もうしわけございませんでした」

「いえ、そのようにお気遣いなさずに。お嬢様の心境は、沈痛の思いで察しております」

「ほ、ほんとうですか……わたくしのことを、おわかりいただいていると!?」

「勿論でございます。ですから、貴女様はこの手を取って下さったのでしょう」

「あっ……!?」


 ヴィクターお嬢様の高貴な瞳に、涙が滲み出てしまう。やはりあの手は、淑女のご挨拶だったのだ。お別れを告げる相手へのせめてものお気持ち、俺はそれを察せられなかった。

当然である。何処の世界に十七の男を好きになる、幼女がいるというのか。幼女を嫁にしようとする男なんて、不気味の一言である。そんな変態、俺なら成敗してくれるわ。

それでもヴィクターお嬢様は名家の姫君だ、顔合わせした男性に対してせめてもの礼儀として、あのように手を取って下さった。子供でありながら、なんという気高い少女であろうか。


ヴィクターお嬢様はスカートを握り締め、唇を震わせる。


「ごぞんじのとおり、わたくしはだーるぐりゅん――"らいてい"のちをひいております。ちょっぴり、ほんのすこしなのですよ!

なのに……なのに、おともだちがいうんです。わたくしのてにふれるのはこわい、"びりびり"するってにげられました」

「は、はあ……」

「おともだちだとおもっていたのに、そうおもっていたのに……! みんな、わたくしをこわがるんです……!」

「な、なるほど……」

「こんないえにうまれたくなかった……こんなちから、ほしくなかった……どうして、わたくしと"あのこ"には……!」


 ――この子、何を言っているんだろう……? "らいてい"――らいてい? らいは「来」、ていは確か、「邸」と書くから、「来邸」の「地」――ああ、友達が家に来たってことか。


なるほど、分かった。この年頃には、よくあるんだよな。女の子の友達を、妙に嫌がってしまう。照れ臭いというより、女友達が居るのが軟弱だと勝手に決め付けるんだ。

ガキンチョのそうした勝手な気持ちなんて、女の子には分からない。だからこの子は友達に逃げられたのだと、泣いているんだ。ははは、可愛らしい悩みだな。

よし、大人の男として堂々と手を握ってやろうではないか。


「申し訳ありませんが、私はヴィクターお嬢様がダールグリュンである事に感謝しておりますよ」

「な、なぜですか?」

「お嬢様がダールグリュンであるからこそ、私はこうして貴女と出逢えました」

「……ほんとう、ですか? ほんとうに、あなたはそうおもっていただける?」

「はい。だってあの時、私は貴女の手を取ったではありませんか。私は、嫌がっていましたか?」

「いいえ……いいえ! あなたは、わたくしのてをとってくださいましたわ!」

「お嬢様、自信を持って下さい。貴女は美しく、そして気高い方だ。ダールグリュンである事に胸を張り、誇りを持って下さい。
そうすればきっといつか、周囲が羨む素敵な淑女となりますよ」


「――じぶんに、じしんをもつ――だーるぐりゅんに、ほこりをもつ……」


 どうせガキンチョの照れなんぞ、子供の時だけだ。このヴィクターお嬢様は必ず、美しく成長するだろう。麗しき淑女となれば、男共なんて向こうから寄ってくるもんさ。

ほんと、無駄な意地だ。つまらん硬派なんぞ、大抵大人になれば後悔するもんだ。そういう照れを残したままのガキが恋人も出来ずに、貧しい思春期を送ってしまうんだ。


そんなガキンチョに、純金であるこの子が傷付けられていい筈がない――今度は俺から失礼のないように手を差し出すと、ヴィクターお嬢様は涙を滲ませた笑顔を浮かべて握りしめた。


「ゆうきをだしてあいにきてよかったです。これからも、わたくしのてをとってくださいますか」

「喜んで、お嬢様」


 ――あれ……? これでなんで、破談になったんだろう。うーむ、女心というのはよく分からん。ガキンチョは単純だが、少女の心は奇々怪々であった。

満面の微笑みを浮かべたまま、ヴィクターお嬢様は俺の手を離そうとしない。お嬢様の素直な微笑みは、まるで天使のようだった。

政略結婚こそ失敗したが、これなら少なくとも破談にはならないだろう。嫁と夫の関係になることだけが、政略ではない。ようするに、良好な関係を築けばいいのだ。


「あの、よろしければこんど、おともだちをつれてきてもよろしいですか?」

「ええ、是非紹介して下さい」

「しんしなあなたさまならきっと、あのこもすくっていただけるとおもうのです。そのこは――」


 
 ヴィクトーリア・ダールグリュンが、運命の名を告げる。



"すずかちゃんに必要なのは――敵でも、味方でもない。『ライバル』だよ"

「"エレミア"――"ジークリンデ・エレミア"と、もうしますの」










<続く>








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