とらいあんぐるハート3 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十四話




 チーム別に別れて一日を行動している俺達だが、幽霊退治チームが一番仕事を終えるのが遅かったようだ。宿アグスタに戻って見ると、他のメンバーが既に仕事を終えて帰宅していた。

全敷地を浄化して屋敷の中も掃除したのだ、時間がかかるのは仕方がなかった。それ自体は責められなかったが、俺達が帰るなり全員待っていたとばかりに宿のカウンターを促された。

何気なく視線を向けて、思わずゲッソリしてしまう。カウンターの前で揉めている二人組、カリーナ・カレイドウルフとメイドのセレナ。また居所を嗅ぎ付けられたらしい。

仕事が終わって疲れている時にこの二人組の相手はキツイが、権力闘争に昼も夜もありはしない。渋々田舎者の仮面を着用して、ミヤとアギトを連れて行く。


「本日もご機嫌麗しゅうございます、カリーナ姫。セレナさんもお元気そうで何よりです」

「ようやく帰って来ましたわね。このカリーナ・カレイドウルフを待たせるなんて、どういう了見なのかしら。然るべき理由が無ければ、許しませんの」

「またまたご冗談を。登る朝陽に豊作の実りを祈願し、下る夕陽に一日の無事を感謝する。この聖なる時刻、カリーナ姫様とセレナさんを天に願うのは当然ではありませんか」

「そ、それも田舎の風習なんですの……? あ、勿論カリーナはちゃんと知っておりますわよ!」

「はい、ですからこうしてお二人と今日もお逢いすることが出来ました。足を運んで頂いて、ありがとうございます」


「大変に気分が良いですわ、許してあげますの」


 セレナさんが軽く目を見張った。何となく分かる、このお嬢様は一度機嫌を損ねると周囲の迷惑を考えず癇癪を起こすのだろう。上辺のお世辞など社交界では常識、機嫌直しの薬にもならない。

俺が今言ったのはお世辞ではなく、あくまで田舎の風習である。風習に願いを託すのは、純然たる想いそのものだ。実際の行動に出なくても、意味合いはきちんと伝わる。

しかしこんなことに慣れている自分が情けなく思える。躊躇もなくスラスラ言えたのは、ロシアの殺人姫クリスチーナの護衛を務めた経験だ。あの子は機嫌を損ねると、すぐに殺される。

機嫌を直したベルカ自治領のお姫様は、ようやくとばかりに宿屋の内装を見渡した。


「田舎者にはお似合いの、不衛生で汚らしい宿屋ですわね……セレナ。この宿を引き払い、すぐにカレイドウルフ直営のホテルへ連絡を取りなさい。
喜びなさい、田舎者。今、カリーナは機嫌が良い。腰が抜けるほどの贅沢をさせてあげますの」

「ええっ!? そ、そんな、困ります……!」


「――たかがボロ屋の一主人が、このカリーナの決定に意見をするつもりですの?」

「貧民街での経営には、多くの規制がございます。調査団を派遣して調べさせれば、営業法違反が適用出来るでしょう。すぐに本社へ連絡を取ります」


 眉を顰めるカリーナとセレナに、アグスタの主人であるマイヤが泣きそうな顔になる。カレイドウルフ商会の規模は想像も出来ないが、想像は出来る。恐竜と蟻、かつての俺と夜の一族との差だ。

苦情を申し立てること自体は容易いが、矛先がこちらに向くだけで何の解決にもならない。俺一人なら奮然と立ち向かえるが、マイアも含めて俺には仲間がいる。身勝手な行動は出来ない。

田舎者であっても、反対すればそれは苦情になる。正義や悪など、関係ない。権力者に逆らえば潰される、それだけだ。宿アグスタの歴史は今日、潰える。


ならばいっその事、過剰なまでに賛成しよう。


「ありがとうございます、お優しいカリーナ姫様。私もこの宿には大いに不満を持っておりました」

「えっ、お、お客様!?」


「この宿の部屋には寝床がないのです。藁布団も用意しないなんて、酷い話だとは思いませんか」


「わ、藁布団……ですの?」

「屋根も石造りなんて非常識です、藁葺き屋根が当然ではありませんか。勿論カリーナ姫様が用意して下さるホテルには完備されておりますよね?
やはり藁葺きでなければどうにも寝付けなくて困っていたのです。さすがカリーナ姫様、私の悩みを察して下さって感謝しております」

「も、勿論ですの! このカリーナを甘く見てもらっては困りますわね、おほほほほ――サ、セレナ」

「お任せ下さい、お嬢様。このセレナ、藁製の下着を着用する造詣を持っております」

「乳首とか痛くならないのですの、それ!?」

「しかしながらお嬢様、残念なお知らせがございます。昨今の経済情勢において、藁の価格が現在急激に高騰しております。早急に用意するとなると、莫大な赤字が発生するでしょう」

「この田舎者が来た途端に!? 藁ってそんなに希少価値がありましたの!?」

「お嬢様。この田舎者にロイヤルスイートルームを用意しても、恐らくカリーナお嬢様の威光は全く、これっぽっちも、一切合切伝わりません。
いかがでしょう。この宿に資金と人材を提供し、田舎者が望む全てを用意させるのです。カレイドウルフの支援であれば、お嬢様の名誉が保たれます」

「そ、それですわ! おっほん、マイアと言いましたわね?」


 ――こうしてこの宿アグスタは、ミッドチルダ有数の大商会カレイドウルフの資金提供を受ける事になった。何故こうなったのか俺にも分からないが、マイアに感謝感激で頭を下げられた。

この機を逃さずと俺は皆を促すと、仲間達も心得たもので全員立ち上がって拍手喝采。お世辞でも何でもなく、この宿が支援を受けるのは純粋に嬉しい。全員で祝福と感謝を行った。

ミヤやアギトからも喜ばれて、カリーナ姫様も有頂天。営業許可どころか、カレイドウルフの名においてこの宿のあらゆる法の承認を取り付ける手続きも行ってくれた。


「あら……薄汚い娼婦の分際で、意外に飲めるお茶を入れますのね」

「『殿方を癒やす事しか能のない身ではありますが、せめてカリーナ姫様に憩いを提供出来るお茶の葉をご用意させて頂きました』」

「よろしい、常にその心掛けでいればいいですの。女将、明日の朝食の紅茶はこの者に用意させなさい」

「『畏まりました。カリーナ姫様がご満足頂けるお時間を提供させて頂きます』」


 テーブル席にてご機嫌で紅茶を飲むカリーナ姫様と控えのセレナさん、その背後でカンペを掲げている俺。マイアも娼婦も必死で俺の用意した台詞を読んでいる。

ADまがいの行動をしている俺を、遠目からアリサ達が笑いを堪えて鑑賞している。聖騎士やシスター達まで微笑ましく見ていた。あいつら、絶対後でぶん殴る。

娼婦の入れる紅茶とマイアの用意した庶民の夕食を気に入ったのか、マイアより今日はこの宿に泊まるとまで言い出し、ご満悦で自分の部屋へミヤとアギトを連れて行った。

カリーナ姫様の気に入る客室を用意すべく、セレナさん監修の元マイアも大慌てで改装。その改装作業中、セレナさんが耳打ちした。


「明日の朝、お時間を頂けますか。例の商談を纏めるべく、お嬢様よりご提案がございます」

「畏まりました。カリーナ姫様のご都合に合わせます」


 ミヤとアギトを購入する為に、また何か新しい提案を持ち込んで来たらしい。宿屋への莫大な資金提供でさえ、カリーナ姫様にとってはほんの前座らしい。恐るべきベルカの姫君だった。

半ばご機嫌取りの形でミヤとアギトに迷惑をかけてしまったが、二人して特に嫌そうではなかったのはせめてもの救いか。面倒だとは言ってたが、アギトは意外とカリーナ姫が嫌いではないらしい。

カリーナ姫やセレナは善悪で照らし合わせるのは難しい人間、味方ではないが今のところ敵でもない。結局、俺の応対次第となるだろう。明日は朝から気を使う羽目になりそうだ。

今回俺の人間関係でマイアを巻き込んでしまったので、謝罪の上で恒例の話し合いに参加して貰った。事情を知らせておかないと、四苦八苦させてしまう。


夜の家族会議、明日への打ち合わせ。各チームの状況を報告する会議で、俺は幽霊退治の一件と自分の推察を説明する。


「せ、聖女様の予言が聖王様の御霊であると仰るのですか!?」

「そもそも神の降臨といえば、普通本人を示すもんだろう。本人が死んでいるのなら、幽霊が来るのだと結び付けられる。
那美。例えば伝承にまつわる人物の霊が降りた場合、霊障の規模はどうなる?」

「――非業の死を遂げ畏れられた霊は、『祟り神』と呼ばれる強力な神魂となる場合があります。祟りの規模にもよりますが、災厄が降り懸かれば大変な事態となるでしょう」

「そ、そんな筈はありません!? あの予言は間違いなく、この聖なる地を導く神の降臨を告げております。事実、剣士殿がこの地を訪れました!」


 えっ、俺ってルーラーに災厄だと思われているのか!? あ、違う、そうじゃない。ローゼの中にジュエルシードがある、ロストロギアの暴走を懸念しているのだ。

思わず焦ってしまったが、彼女の立場を考えればプランを推奨する俺を警戒するのも無理はない。その為の裁定チームだ、彼女の目には注意しなければならない。

それにしてもやはり、まだまだルーラーには信用されていないようだ。早く彼女に認められる為にも、結果を出さなければならない。

事情が絡む裁定チームはともかくとして、聖女に全然無関係な娼婦が予言成就にすっかり怯えてしまっている。無駄な責任感に、頭を叩いた。


「まだ可能性の話だ、そんなにビビるな。何の為に俺達がいると思っているんだ。那美や久遠なら霊障を抑え、聖地の浄化が行える。
今日の仕事で浄化とまではいかないが、シスターのお祈りも効果が働いていた。この聖地には信者も多く居る、いざとなれば皆の力を借りればいい。

今後も当てにさせてもらっていいかな、シスター」

「勿論です、剣士様。カ――しょ、娼婦様も毅然とかまえてらして下さい。神咲様や久遠様がお力になって下さいます」

「お二人は心強い味方だね、僕も出来るかぎり力とならせてもらうよ」

「異郷の地であれど、私も巫女です。出来るかぎり、力とならせて頂きます。それに祟り神と言っても、手厚く祀りあげる事で強力な守護神へ転身いたします。
御霊信仰とも呼ばれておりますが、祟り神もまた神様ですから恩恵を受けられる場合もあるのです」

「ありがとうございます、本当に……御主人様や皆様がいらして下さって、本当によかった」


 その台詞は是非とも聖女様本人から聞きたいよ、俺は。今のところ不安材料が募るばかりで、聖女へのアピールは全然出来ていないからな。聖堂に篭っている以上、俺の存在を伝えようがない。

せめて安心させてあげたいのだが、俺達のような弱小チームでは存在すら浮き彫りにならない。せめて噂だけでも広めたいが、実績が皆無に等しい。

結果そのものを焦っているつもりはない。どのみち長くかかるし、権力闘争に加わるつもりはない。人々を救い、聖地を守る。地道な努力を続けていくのみだ。

俺が焦っているのは、今の聖女の心痛を察しているからこそだ。味方が一人もおらず、孤立している今の状況だけを何とかしてやりたい。その為には、最低限でも名を売らなければならない。


俺がこんなに心配しているのに、何故か誰一人賛同してくれなかった。ただただ、生温かい目を向けている。


「皆さん、あの――」

「分かってる」

「ア、アリサさん……?」


「"娼婦"さんの事、この場にいる全員が分かってる。今でも分かってないのは、そいつだけ」


「――そ、そうでしたか……あの、私――」

「いいの、何も言わなくて。真剣に馬鹿だけど、そいつは本当に"聖女"を守るつもりでいる。だったらあたし達は何も言わず、力になるだけよ」

「皆さん……っ……」


「えっ、何を泣いているの、こいつ?」

「女泣かせですね、父上は」

「女性を悲しませてはいけませんよ、お客様」

「不名誉を被ってる!?」


 うーむ、確かに俺以外全員女だからな、うちのチーム。ヴェロッサはベルカの人間だし、ザフィーラの旦那は気遣いの出来る騎士。ベルカ生まれの娼婦の考えることはよく分からん。

ひとまず幽霊の件は、今後も優先依頼として積極的に解決していく方針を固めた。霊障の原因は今も不明であり、別の場所でも今後発生する可能性はある。浄化していく必要があるだろう。

ただその為にもやはり、助力を求められる知名度は必要となる。除霊屋として表立って宣伝すると、心霊写真レベルの無駄な懸案まで招いてしまうからだ。出来れば本案件のように依頼されたい。

俺本人じゃないが、実力そのものはあるのだ。権力闘争にいちいち加わらなくても、成果さえ上げれば名は売れる。今必要なのは権力そのものではなく、機会だ。


悩んでいると、監督役兼保護者役のルーテシアが手を挙げる。


「あまり薦められないけど、依頼はある。今日、時空管理局に問い合わせてみたの」

「おっ、局からの依頼か!?」

「違う、私達への依頼じゃない。時空管理局より大々的に公募されている案件がある――それが、この依頼」



依頼番号:XXX
依頼内容:時空管理局顧問官ギル・グレアム提督の聖地案内と、護衛任務
依頼人:Administrative bureau(時空管理局)



 グレアム提督が聖地に来訪!? 薦められないと言っていたルーテシアの真意はよく分かった。多分問い合わせたのではなく、ゼスト隊長達に定時報告した際に聞いたのだ。

管理プランの移設はグレアム提督とリーゼアリア秘書官が査問中、リンディやレティ提督に懇願して取り付けた。その後復帰して俺達の動きを知り、慌てて行動したに違いない。

聖地はベルカの自治領であり、時空管理局の直接の干渉は受けない。とはいえ両組織は良好な関係を築いている、本局からの名誉顧問の来訪は一大ニュースとなる。

歯軋りする。もはや管理プランは聖王教会預かりとなった、指図される謂れはないのだがこの動きは気にかかる。教会に余計な口出しをするかもしれない。


事情背景を直接聞いていないディアーチェ達は、この依頼を聞いて納得した顔を見せる。


「なるほど、この依頼だったのか。我らが今日各地で依頼を解決した際に、依頼人より噂程度ではあるが話を聞いた。
時空管理局高官の極めて異例な護衛任務とあって、各勢力がこぞって手を挙げておる。

競争率こそ高いが局の最高幹部の護衛とあれば、確実に名を馳せられる。高官の名こそ聞いていないが依頼人より我らも推薦されたのだ、父上」

「アタシやザフィーラも、今日連中のこの動きを見てきた。猟兵団はてめえらが取り行っている権力者に頼んで、団長レベルの猛者が手を挙げているみたいだぜ」

「傭兵さん達も見苦しく戦果をアピールしようと迷惑顧みずに聖地で暴れてましたよ、良介様。街中で決闘騒ぎにまでなって必死で止めたんです。ね、ナハトちゃん」

「おー!」


「――良介」

「ああ、明らかに俺達を誘ってやがるな」


 そもそも公募する意味がない。俺は弱者ではあるが、リーゼアリア秘書官の実力くらい肌で感じられる。時空管理局の高官ならば、それこそ局員を連れて行けばいい。

なのにわざわざ、現地に公募までかけて護衛を依頼している。現地で活動する俺達を意識しているとしか思えない。聖女の護衛となる為には、どうしても名を馳せる必要があるからだ。

罠だと分かっていても、俺達が来ると読んでいる。おいしい仕事は概ね、猟兵団などの強者達に奪われるからだ。公募であれば対等条件、実力でチャンスを手に入れられる。

多分、ユーリ達のパフォーマンスを奴の手の者が見ていたに違いない。妹さんが先日、俺に耳打ちしてきたことを改めて聞いてみた。


「妹さん。先日この聖地で、忍の家を監視していた奴の"声"を聞いたんだったよな?」

「はい。仮面をつけた二人組の一人から聞こえました」


 ユーリ達が実力を見せたあの時、妹さんの報告にあった二人組を見たような気がする。仮面をつけてはいたが体格は男だった、リーゼアリア本人ではないだろう。

くそっ、元プラン提唱地にいるはやて達には注意を引きつけられなかったか。連れて来られなかったとはいえ、囮にした意味が無くなってしまっ――いや、そうでもないか。

この依頼はグレアム直々の依頼じゃないし、秘書官のリーゼアリアも通していない。時空管理局という巨大組織の大々的な公募としたのは、こっちの動きを正確に読めていないからだ。

俺達を監視するなら、リーゼアリア本人が直接監視するべきだ。だというのに奴らは仮面の男達を使って、監視させている。恐らく、はやて達も同様に注視しているのだろう。

グレアム達の事を知らない現地組の為に、奴らとの確執の詳細を説明する。マイアももはや一蓮托生だ、話を聞いてもらった。


「許せません! 名誉顧問官ともあろう御方が、自らの正義を貫くために権力を行使してまで強制介入するとは!」

「査察官候補である僕としては、申し訳ないけど提督殿の主張も頷けなくはないね。ローゼさん本人を悪くいう気はないけど、ロストロギアは確かに危険な代物だ」

「で、でもでも、盗聴や盗撮を正当化するなんて間違っていますよ! お客様商売をしているからこそ、私はどうしても賛同できません」

「聖地への来訪となれば、もしかすると聖女への面会も希望されているかもしれませんね……御主人様、私は明日教会へ調べに行ってみます」

「情報収集はかまいませんが、この依頼についての対応は決めておくべきです。いかがしますか、父上」

「お父さん。この人達、私の事を知ってこの公募を出したんですよね。だったら私、お父さんの為に戦います」

「ボクもやるよ! 任せて、パパ。あんな奴ら、ボク達の敵じゃないよ! ぜーんぶ、ボクが薙ぎ払ってみせるから!」


「クイントおばさん達は皆、おにーちゃんに預けると言っている――どうするの、今こそ皆の信頼に応えるべきだよ」


 ルーテシアの静かな双眸が突き刺さる。罠なのは分かり切っている。連中はプラン反対派、姿勢は絶対に揺るがない。もはや俺達の主義主張は通じない、その上で邪魔立てする気でいる。

一番手っ取り早いのは、公募に乗った俺達を護衛選別の名目で潰す事。ユーリ達の実力を看破しているのなら、あの仮面二人組を含めて手強い実力者を勢揃いさせるに違いない。

俺は時空管理局の勢力そのものを把握していない。正直に言わせてもらうと、クロノ達相手ならユーリであれば勝てるとは思う。ただ組織の底力を知らない以上、甘い見通しは危険だ。

ゼスト隊長クラスを揃えられると、相当な脅威だ。シュテル達であれど、危ないかもしれない。猟兵団や傭兵達だって、この厳しい異世界を勝ち抜く強者達だ。油断できない。

かといって危険を恐れて受けないとあれば、知名度を上げるチャンスを潰すことになる。敵が俺達を見誤っているのならば、これこそチャンスというべきだろう。


管理プランではグレアム提督の権力に潰されたが、ここは聖地だ。ルーラーやシャッハ達を連れて行けば、護衛任務に余計な難癖はつけられない。奴も正当に評価するしかない。


つまり公募で勝ち抜けられさえすれば、俺達は名誉顧問官の護衛というビッグネームを与えられる。そうすれば一気に名を上げられるし、グレアム提督への意趣返しとなる。

俺にはユーリ達が居る、のろうさ達も居る、教会組も力になってくれる。頼りになる仲間達が居る。敵の罠を恐れるか、敵の罠を掻い潜るか、結局はその選択だ。

クイント達は、現地の俺達を信頼してくれている。その信頼に応えるにはどうすればいいのか、ルーテシアは俺に決断を促す。


仲間を信じて敵の罠に飛び込むか、それとも敵の罠を恐れて仲間達を撤退させるか――決断するべきなのは、どっちか。



「この依頼は、受けない」



 ――俺は、後者を選んだ。飛び込んできた夢の様な機会を、自分で潰してしまった。恐ろしい喪失感と虚脱感が、全身を包み込む。耐え難い苦痛だった。

アリサや妹さんは何も言わなかったが、ディアーチェ達は目を剥いて立ち上がった。よく分かる、この決断は仲間を信じないと宣言したのとほぼ同じだ。

俺に心からの尊敬を向けていたディアーチェは特に、拳を震わせて叫んだ。


「何故だ、父上……それほど、我らが信じられないというのか!」

「違う、これは敵の罠だ」

「そのような事、指摘せずとも分かっている! 我は罠を恐れて交代した父上の覚悟の是非を問うておる!」

「俺達のやるべきことは何だ、ディアーチェ!!」


 負けじと、俺もテーブルに拳を叩きつける。自分の娘から非難される苦痛は、敵そのものより耐え難いものがあった。こんな決断、俺だってしたくはない。

だが、今の俺は父親ではいられない。家族を背負い、仲間を背負い、ローゼやアギトの運命を担っている。家族ごっこに興じる余裕なんてないのだ。


俺は親娘の情よりも、仲間達への信頼よりも――今は、"海鳴"を選ぶ。


「俺達のやるべきことは、聖女の護衛だ。その為に聖地を守り、人々を救う義務がある。ハッキリ言って、グレアム一人に割く労力などない」

「しかしこの依頼を達成すれば敵を挫き、なおかつ名も上げられる。一石二鳥ではないか!」

「時空管理局高官の面子を潰せば、俺達のプランを支援する聖王教会へ強制干渉する余地を与えてしまう」

「むっ、それは……」


「聖女を守る俺達が、聖王教会に迷惑をかけてはいけない。奴も俺達から接触さえなければ、聖王教会に無理強いはしない。プランそのものは極秘事項だ、司祭様も干渉は拒否するだろう。
あいつへの接点は、徹底的に排除する。俺達が掲げている旗を思い出せ、ディアーチェ。戦旗ではない、白旗なんだ」


「……っ……分かった……すまぬ、父上」

「いいや、俺の方こそ悪かった。お前の悔しい気持ちは、本当によく分かる。俺だって本当は奴と徹底的に戦って、分からせてやりたい。
俺の仲間は――俺の家族は、お前たちなんぞに負けたりはしないと」

「父上……!」


 ディアーチェは、涙を伏して俺に縋り付いてきた。誇り高き実の娘が、苦渋に甘んじる辛さ、我慢できぬ筈がない。すまなかったと、言うしかなかった。

涙を堪える俺達を目の当たりにして、ルーテシアは静かに頷いてくれた。それでいいのだと、大人である彼女が理解してくれた。蛮勇だけが正義ではないと、彼女がよく分かっているのだろう。

勝てる戦いを自ら棒に振り、不戦敗する道を選んだ。辛くて悲しくて、泣きそうになる。でも――俺は、リーダーなんだ。聖女を守らなければならないんだ。

一個人の勝手な決断で、聖王教会に――ベルカ自治領に、時空管理局の強制干渉を許す契機を与えてはならない。人々に、自分の決断の責任を取らせてはならない。


たとえ自分を、家族を、仲間達全員を、敗北させることになろうとも。


「――ローゼ、忘れんなよ。お前を守るために今日、お前の主は惨めな敗北を選んだ」

「はい。私は、主を誇りに思います」

「ほら那美、泣いちゃ駄目でしょう。私達が、侍君を応援してあげないと!」

「はい、はい……でも、良介さんの辛さが伝わってきて、私本当に悔しくて……!」


「リーゼアリアさん……この屈辱は、絶対に忘れないわよ。いずれ必ず、あたしがあんた達を潰してやる」


 あろうことか、あのアリサまで悔し泣きをしていた。申し訳無さに、心が潰れそうだった。人の上に立つとは、これほどまでに辛いのか。剣士であっても、自由には戦えない。

これで、振り出しに戻った。機会を自分で踏み躙ったのだ。幸運は完璧に尽きただろう。挽回するのは、死ぬほど大変だ。でもそれこそ、後退する道はない。

暗い雰囲気を感じ取ったのか、ファリンが無理に明るい声を上げる。


「良介様、良介様! あのですね、わたし達は今日決闘騒ぎで町中を暴れ回っていた傭兵さん達をやっつけて、お年寄りの方々をお救いしたんです。
そしたら仲良くなりまして、私たちのことをお話したら明日の観光案内と護衛をお願いされたんです!」

「こっちも護衛かよ……まあでも、お年寄り相手の方が俺達らしいといえるか。ディアーチェ、明日は父さんと一緒に仕事をしようか」

「本当か、父上!? 無論、行くとも。我に任せておけ!」

「あ、ずるいです! お父さん、私も一緒しますからね!」

「ボクも、ボクも!」

「父上。観光案内でしたら、聖地を事前調査して熟知している貴方の右腕にお任せ下さい」

「おとーさん!」


 ということで、明日は娘達と一緒に行動することになった。ルーラーやシャッハ達も事情を察してくれて、ローゼやアギトの面倒を見てくれるらしい。心遣いが、嬉しかった。

那美達はシャッハ達教会組と霊障の調査、のろうさ達は公募を行う強者達の観察、ルーテシア達はグレアム提督達の動向を監視、マイアやノエル達はカリーナ姫のご機嫌伺い。

魔物については召喚陣を消し去り、白旗を立てている。この旗を見れば犯人達も動き出すだろう、動向を伺って尻尾を掴んでやる。


打ち合わせも終わって全員それぞれ自室へ戻る中、背中にナハトを背負ったままファリンを手招きして聞いてみる。


「ところでお年寄り達と言ってたが、名前とかちゃんと聞いたのか?」

「直接は、教えてもらえませんでした。おじいちゃんが二人と、おばあちゃんがお一人のご家族で、"おしのび"だと笑っておられました。
ナハトちゃんをすごく可愛がって頂きまして、抱っことかしてくれたんです。その時にえーと――そうだ!


ご自分を"ミゼットばあちゃん"、"ラルゴおじいちゃん"、"レオーネじいちゃん"とか、仰っておられました!」


「ふーん、どこぞのご隠居かな」

「おじーちゃん、おばーちゃん!」

「おお、ナハトが新しい言葉を覚えてる!? よほど懐いたんだな……」


 ファリンやナハトヴァールを、正義の味方ごっことか何かと勘違いしたようだ。仮にも傭兵を倒した子供達だというのに、ずいぶん肝っ玉のあるじいさんばあさんだな。

可愛がってもらったということは、仮面を取って仲良くお喋りしたのだろう。ナハトの笑顔はミッドチルダ一番だからな、自分の孫のように可愛がられたらしい。大した愛娘だった。

それにしても他の勢力は時空管理局高官の公募に乗り出す中、俺達はお年寄りの観光案内。落差に目眩がするが、これもまた聖地を良くする活動だ。堅実にやっていくしかないだろう。

考えて見れば、ルーテシアが管理局のお偉いさんを紹介してくれればいいのに。こういう事には本当に厳しいよな、あいつ。


くそ、異世界で人脈を作るのは本当に難しい。なかなか聖女には会えそうにないし、聖騎士には信用されていないし、管理局のお偉いさんにはお目通りも出来やしない。


グレアム名誉顧問官の公募を蹴って、爺さん婆さん三人組のお相手――時空管理局という栄光を捨てた、茨の道。それが、自分の取った決断であった。










<続く>








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