とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十三話




依頼番号:1
依頼内容:売却予定の屋敷に出る幽霊を退治して欲しい
依頼人:(有)イーグレット・セキュリティ・サービス





「セキュリティ会社? 確か中堅所の商会からの依頼じゃなかったか」

「中堅クラスの商会ともなりますと各サービスに専門部署を設置し、固定の取引先を決めております。難題が解決出来ないとあれば、双方の取引に甚大な悪影響を及ぼすでしょう。
聖地では今熾烈な競争が繰り広げられている、大事な時期。商会の品位を貶めぬように直接依頼せず、取引先を通じて問題を解決させるのです。

――と、御息女様が仰っておられました」

「妙に詳しいと思ったら、シュテルの受け売りか。じゃあそのイーグレットというのも、商会の取引先か」

「取引先の関連会社より独立した、起業されたばかりの会社とお聞きしております」

「たらい回し過ぎて目が回りそうになる。トカゲの尻尾の先に付いた埃程度だな、今の俺達は」


 午後。裁定チームと合流して管理プランが正式施行されたので、俺は管理対象のローゼ達を連れて仕事に取り掛かった。午後の予定は幽霊退治、シュテル達が手に入れた大口の依頼だ。

『交流所』開業にあたり、依頼はナンバリングされて経営顧問役のアリサにより徹底した管理が行われている。依頼は既に何件も同時に行われているが、本案件の番号は1とされた。

一応社長である俺の初仕事ということで、我が娘のディアーチェ達が熱心に薦めてくれたのだ。初仕事、初任務、白旗を掲げた俺達チームがいよいよこの聖地で活動する事となる。

取引先は聖地でも中堅にあたり大きな商会だが、取引の流れが長く途方もない。よほどの成果を挙げないと、中堅どころの商会にまで評価は届かないだろう。零細企業は辛い。


メモを見ながら辿々しく説明する娼婦を、裁定チームがとても優しい目で見守っている。たかが娼婦一人に、大袈裟な親心だった。


「この依頼を解決すれば最低でもイーグレット社に、今日中に解決すれば商会にも評価は届くだろう」

「随分自信がありそうだね、剣士。聖地でも中堅クラスの商会がこれまで解決出来なかった案件だよ。難易度が高いからこそ、たらい回しで僕達にまで依頼が回ってきた。
期待どころか出来ないと高を括られているよ、これは」

「だからこそ俺達が解決すれば評価が得られ、注目されるようになる。同レベルの難易度の仕事を任されるようになれば、商会から直接依頼が来るようになるだろうよ。
これはその足掛かりだ、気合を入れていこう。大体幽霊退治はそれこそ、教会のお得意分野じゃないのか」

「神は万人に祝福をお与え下さいますが、神の祈りが届かない存在もおります。悲しい話ですが、救いの手はなかなか届かないのが現状です」


 仕事に自信を示す俺とは違い、シャッハやヴェロッサは懐疑的だった。気持ちはよく分かる。何しろ幽霊だ、物理的攻撃は何一つ通じない。魔法が物理なんて、俺としては思いたくないが。

教会側も幽霊の存在そのものは認識しているが、どうやら具体的な例は少ないようだ。信者の相談も寄せられているだろうが、本当かどうか区別する術がない。

俺だってアリサの存在が無ければ、幽霊なんて絶対に信じなかった。あいつだって最初は立体映像だと思っていたんだ。アリサが幽霊だと知れば、シャッハ達がどんな顔をするだろうか。

何にしても、この案件における教会側の助けは得られそうにない。日本側の実力を見せる、絶好の機会と言えた。


「安心しろ、お前達。俺が今日連れて来たメンバーは、幽霊の専門家だ。一応言っておくが、口外しないように」

「実力であればむしろ誇るべきではありませんか、剣士殿」

「自己アピールは大切だが、幽霊の案件は複雑だ。心霊写真レベルの眉唾ものまで押し付けられたらかなわないからな」

「なるほど、ご賢察恐れいりました」


 白旗を掲げたルーラーが大袈裟に恐縮するが、別段大した話じゃない。地球ではよくテレビで怪談番組とかやっていて、明らかに似非の専門家が我が物顔で出ているのを見ていたからである。

アリサを知るまで俺が幽霊を眉唾物だと思っていたのは、創作の怪奇現象が多かったからだ。真偽を図るのが難しいだけに、気のせいレベルの怪談が絶え間なくてウンザリさせられていた。

笑い話で済めばいいのだが、気のせいレベルまで専門家に押し付けられたらたまらない。気のせいであることを、証明なんて出来ないからだ。

先々のことを考えて、今の内に彼女達を紹介しておくことにした。


「紹介しよう。専門家の神咲那美、この子狐は"使い魔"の久遠だ。妖狐と呼ばれる特別な種類で、童女に変身出来る」

「ご紹介にあずかりました、神咲です。精一杯頑張りますので、今日からよろしくお願いします」

「……よろ、しく」


 巫女服に着替えた那美と、童女に変身した久遠が同時に頭を下げる姿が何とも可愛らしい。今日の仕事にあたり、本人達と事前に相談して久遠の事を含めて紹介するように決めている。

アルフのような使い魔の存在が異世界に在る事は、正直ありがたかった。子狐のままでもかまわないのだが、何かの拍子でバレる可能性もある。不和の種は芽生える前に、潰しておきたい。

俺達の世界では異端でも、魔法が存在する異世界であれば久遠は大して目立たなかった。見栄えの愛らしさに、むしろ娼婦達に黄色い歓声を上げられる程だ。俺より人気があるじゃねえか。

人見知りの久遠が恐縮して俺の後ろに隠れてしまうのが、何とも微笑ましい。腰にしがみつく久遠の頭を撫でてやりながら、専門家の意見を聞いてみる。


「実際の所どうだ、那美。この屋敷に幽霊は出そうかな」

「屋敷の中を見なければ断定は出来ませんが、屋敷の各所から霊気は感じられます。ただ――」

「ただ?」

「霊気は感じられますが、霊体の存在は知覚出来ません。元々、昼間は霊気が弱くなりますから」


 幽霊は夜に出るという定説は、現実味のある話のようだ。夜になれば霊気が強くなる理由はよく分からんが、人間だって太陽の光を浴びないと弱る。命持たぬ者の時間なのかもしれない。

昼間でも平然としていたアリサは特殊らしいので、あいつはあまり参考にならない。最初は意気消沈していたくせに、俺と会ってから日々元気に俺の悪口を言っていたからな。

専門家が何やら首を傾げている様子なので、次はレーダーに頼ってみる事にする。この子は、潜水艦探知機よりも精度が高い。


「妹さんはどうだ?」

「"声"が全く聞こえません」


 幽霊というあやふやな存在の為か、妹さんにしては珍しく全くとまで表現を付け加えて言い切った。知覚出来ず、"声"まで聞こえないとなると、幽霊はいないようだ。

しかしそうなると、他の取引先がどうして解決できないのか分からない。いやむしろ、どうしてこの案件が発生したのだろうか。詳細を突き詰める必要がある。

相変わらずメモを持って俺の傍らに立つ娼婦に、質問してみる。


「専門家達の見立てでは、この屋敷に幽霊は居ないらしいぞ。依頼人の話はどうなっている」

「依頼内容が前後していますが、元々この屋敷は客人や取引先用の別宅だったそうですが、ここ最近宿泊した方々が体調不良を訴えたそうです。
お医者様に診せても直接の原因が分からず幽霊の仕業だと噂されるようになり、持ち主の商会長が結局売却を決めたでしょう」

「当初は体調不良のみだったが、噂に尾ひれがついて幽霊の仕業とまで言われるようになったのか。調査すればもっと詳しい内容が分かるかもしれないが、多分時間の無駄だな」

「むしろ他の取引先がこぞって原因調査を行った為解決に時間がかかった挙句、噂に拍車をかけたのではないでしょうか?」

「自分達の失敗を能力不足だと言いたくなかったから、何でもかんでも幽霊の責任にしちまったんだな。あー、やだやだ」


 娼婦の説明に、ローゼやアギトの容赦なくも鋭い指摘が加わる。恐らく事実だろうが、そうなると厄介だ。幽霊という幻影に、この案件が思いっきり振り回されることになる。

幽霊は居ないが、霊的被害が起きてしまっている。なのに、その原因が不明。泊まった連中が不運にも体調不良を起こした可能性も考えられるのだ、突き詰めていけばキリがない。

最初の依頼から、とんだ貧乏籤を引いてしまった。理想的達成は今日中の解決だが、この分だと長期間の上に未解決の可能性まで出てきた。他の連中と同列になってしまう。


「幽霊の存在は無くても、霊気は感じられるんだよな? 例えば夜の強い霊気に触れて、体調不良とか起こさないのか」

「人にはそもそも霊気が大小なれど、秘められています。夜の霊気に触れて都度体調を崩せば、人間は生きていけません」

「うーむ……今昼間だから幽霊の"声"が聞こえないとか、考えられないか?」

「曖昧ではありますが、それでも幽霊の"声"は存在すれば確実に聞こえます。この屋敷には幽霊は居ません」


「ど、どうされますか、御主人様……?」

「今日中の解決なんてとても無理だよ、剣士。いやむしろ、この案件そのものに無理がある。悪魔の証明なんて出来ない」

「むしろ解決困難だからこそ手に負えず、私達に回ってきたのかもしれませんね。困りました」

「この聖地をお守り下さると、剣士殿は我々に約束して下さいました。皆さん、剣士殿を信じましょう」


 何じゃ、そのプレッシャーは!? 俺をどんな奴だと思っているんだ、こいつら。ここまで明白に他人に期待された事なんてないので困るのだが、投げ出す訳にはいかない。

考えろ、落とし所を考えるんだ、今までのように面倒だから投げ出そうとするな。俺の失敗じゃない――俺達の失敗になるんだ。

教会側のメンバーが不安そうに、俺を見ている。この戦いは俺個人ではない、俺達全員の戦いなんだ。辛くても苦しくても、俺一人が絶対に投げ出していい問題じゃない。

いい機会だ、いい加減意識を切り替えろ。俺だけじゃない、全員だ。全員が納得する結末を用意する。そうでなければ、聖女が望む護衛にはなれない。


「――待てよ? だったら何で、昼間の今でも霊気が感じられるんだ。幽霊も居ないのに」

「あっ!? た、確かにそうですね――この屋敷の何処か、もしくは屋敷の外に霊気が高める要因があるのかもしれません。
もし霊気が通常よりも高められているのであれば、霊障の可能性があります」


 霊障とは未成仏霊や邪気邪念等が及ぼす恐ろしい現象で、目に見えない強い霊力が人間に悪影響を及ぼしてしまうらしい。病院で異状なしと診断されるのに、体調不良が続くケースもあるそうだ。

幽霊本体は居なくても霊気が強まると霊力となり、その場に居る人間を傷付けてしまう。太陽の紫外線と同じだ。悪意はなくても、強いエネルギーに人は耐えられないのだ。

そう考えると他の取引先が解決出来ず、失敗に終わる理由も分かる。長期化すれば屋敷の強い霊気に調査員までやられてしまい、撤退を余儀なくさせられるのだ。解決出来なくて当然だった。


だが俺達には霊の専門家が居て、霊を優しく慰める神の使徒もいる。一人では解決できないが、全員ならば解決できる。


「霊気が原因ならば、解決する方法はありそうだな。那美、霊気を弱める事は出来るか?」

「癒しの術の応用で、屋敷を浄化する事は可能です。久遠も手伝ってね」

「うん!」

「幽霊本体は居なくても、霊気を高める原因に霊的要素は確実に絡んでいる。シスター、プランとは関係なくて申し訳ないが、祈りを捧げて頂けないだろうか?」

「元より、私の本分です。お任せ下さい」

「僕は屋敷内を見て回るよ。幽霊は専門外だが、探索は得意でね。何らかの原因は突き止められるかもしれない」

「妹さんも協力してやってくれ。霊的要素があれば、出来るかぎり除去してほしい」

「お任せ下さい、剣士さん」

「大体、こういうのは気持ちの問題でもある。外から見た限りでも屋敷は老朽化しているし、売却予定とはいえ放置されているっぽいしな。
まずは、全部綺麗にしよう。ローゼとアギトは一階、ルーラーは俺と一緒に二階の掃除をお願いしてもいいだろうか」

「勿論です、早速取り掛かりましょう」

「今日のローゼはマスターの松葉杖ではなく、箒として活躍しますよ」

「何でアタシまで掃除なんぞしなきゃいけないんだ、全く」


 こうして半日がかりで、屋敷全体の浄化に取り掛かった。霊的に、物理的に、そして何より人為的に俺達は積極的に活動して、屋敷を綺麗にして回った。

作業が全て終わった頃には夕刻、日が沈む時間帯。那美が屋敷内の霊気を辿って行くが、日が沈んでも高まるどころか感じ取れなくなった。完璧に除去出来たらしい、成功だった。


依頼達成の瞬間――全員埃まみれになったが、汚れた顔にも清々しい笑顔が浮かんでいた。


「依頼達成だな、何とか今日中に解決出来た。後は持ち主の許可を得て、売却まで白旗を掲げておくことしよう」

「成果の強調――ではなく仕事の保証だね、剣士」

「俺達は聖女の護衛が目的であり、街の人達を守るのが本分だ。相手が霊的要素であっても、俺達は守らなければならない。また問題が起きても、俺達が必ず解決しよう。
その時はまたよろしく頼むぞ、那美」

「はい、頑張りますね。お役立てできて、私も何だか嬉しいです」

「くおんも、がんばる」


「ふふふ、皆さん良いチームですね」

「ええ、本当に。剣士殿を筆頭に、皆さんならば必ずこの聖地を良くして下さるでしょう」


「何を他人事のように言っているんだ、あんたら。シスターも、ルーラーも、俺の仲間だ。今日だって立派に貢献してくれたじゃないか。
俺達でこうやって聖地の人達に貢献し、聖女を守っていこう」

「――孤立無援の戦いだと思っておりましたが、貴方という御方を巡り会えたこの奇跡を神に感謝しなければなりませんね」

「我が剣は、貴方様の為にあります」

「素敵です、御主人様!」

「お前が照れてどうするんだ、馬鹿」

「痛っ!? うう、殴らなくても……」


 ――ただ気がかりなのは、霊気が高まった要因が結局分からなかった事だ。最悪、この屋敷だけの問題ではなくなるかもしれない。


那美が浄化し、シスターが祈りを捧げてくれたので、屋敷自体はもう大丈夫。そういう意味では依頼そのものは解決したが、事件の真相が突き止められていない。

そもそも幽霊が居ないのに、霊気だけが高まるなんて異常だ。絶対に何か、原因がある。思い付いた最悪の可能性に、ゾッとした。


もしも聖地全体の霊気が高まってしまったら、ベルカ自治領は破滅だ。


俺達が守ろうとしている人間全員が誰一人逃れられず、原因不明の体調不良で死んでしまう。

聖女の予言、聖王のゆりかご、神咲那美――久遠。全てが本当に、偶然なのだろうか? この聖地にはもう既に、"何か"が居るんじゃないのか。


"待ち人、来たる"――"聖王"の、降臨。




人類史上例のない、異世界全体の大規模"霊災"――聖地全土を根底より揺るがす、"幽霊"の存在。




せめて、祈ろう。



あの子のように、アリサのように。





その幽霊に、大いなる悲劇など――"無念"など、ありはしないと。










<続く>








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