とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十二話




 男女共同部屋を提案したのは確かに俺だけど、年頃の娘達が全員揃いも揃って大喜びで賛同するのはどうかと思う。娘達と同じベットに寝ながら、自分の教育方針に悩んだ夜を過ごした。

長期滞在先が正式に決まった次の日、昨晩決めた行動方針に従って各自動き出す。宿アグスタ組、依頼達成組、管理プラン組、パトロール組等、各自の役割を果たすべく行動を開始する。

俺の今日の予定は午前中裁定チームとの合流、午後からは幽霊退治を行う。時間があれば気になる魔物退治の様子を見に行くつもりだが、ひとまず自分の持ち分は果たさなければならない。

午前と午後で編成されるチームも異なる。例えば午前中はプラン組との行動なので護衛の妹さんは依頼達成組に回り、午後の幽霊退治から合流する予定となる。ルーラーを信頼している証拠だった。


丸一日共に行動するのは、一番気軽なパトロール組だ。ナハトヴァールを軽やかに背負った、ファリンが敬礼する。


「良介様、聖地の安全を守るべくパトロールへ行ってまいります!」

「……たまに思うんだが妹さん付きのメイドだということを忘れているだろう、お前」

「すずか様にも許可を頂いております。我々の正義を果たす為に今こそ行動する時です、良介様!」

「うおー!」


 自動人形の動力は電気で、一度の充電で最大二十時間もの稼動を可能する。体内で電流を可変する事で人間を遥かに凌駕するエネルギーを出力出来るのである。

異世界ミッドチルダでの電力確保は管理プランの自動人形担当である月村忍が、レティ提督の部下であるマリエル博士より機材提供を受けて充電を行っている。技術畑として仲良くしているらしい。

月村忍は俺と同じく、他者との交流には否定的な女。そんな彼女が俺に合わせるように、赤の他人との交流を行っている。打算的な面は多々あれど、前進はしているようだ。

ナハトヴァールは本当に何でも食べてよく眠るので、今日も朝から元気いっぱいだった。こいつらに、低血圧の心配は無駄らしい。


「行きますよ、ライダー三号。変身!」

「とおー!」


 ナハトヴァールを背負ったまま軽々と高く飛び上がり、空中で華麗なフォームを決めて着地。もし入国審査が行われていたら絶対笑われていた、ライダーの仮面を二人してつけていた。

今の変身ポーズに何の意味があるのか全く分からんが、二人は砂煙を上げて街中へ走り去っていった。ファリンの背中に乗っているナハトは、"ライダー"と言えなくもない。

俺に向かっておそらく仮面の下に満面の笑顔を浮かべ手を振り続けるナハトは、この世の純真さそのものだった。あの子の笑顔が、聖地を蔓延する悪意を必ず払ってくれるだろう。

二人を送り届けた俺は宿へと戻らずにいると、ほぼ入れ違いに娼婦がアグスタへとやって来た。


「おはようございます、御主人様。聖騎士様のお出迎えですか」

「今日から裁定チームを率いるルーラーだけどな。ローゼとアギトは中で待ってる、お前はどうする?」

「ご挨拶もありましょう。私のような娼婦がお出迎えなど恐れ多いので、中でお待ち申し上げております」


 元売春宿の前で出迎える娼婦というのも、確かにイメージは悪いかもしれない。至極もっともな理由で、娼婦もアギト達と同じく中で待機する事になった。三日目ともなると照れも無くなるのか。

俺達"海鳴"を象徴する白旗は昨晩、手先が器用なノエル達が縫い上げてくれた。昨晩の段階で用意していた白旗を元に、見事な本旗を準備してくれたのだ。この旗をルーラーである彼女に託す。

チーム全員から色々な意見が挙がったが、聖王教会騎士団長の騎士となった彼女から信頼を得るにはこの旗しかないと思っている。自分の信念を預けなければ、彼女の心は動かない。

俺も弱い人間だ、緊張や不安は当然ある。だが宿内の受付にて緊張で震え上がるマイアを見ると、可笑しさで解れた。聖王教会関係者が今日から滞在するのだ、彼女が緊張するのも無理は無い。


この宿の場所と名前は滞在が決まったその時に、宿から連絡してある――程なくして、二人の男女を連れたルーラーが参上する。


「おはようございます、剣士殿。司祭様ご用命の下ロストロギア管理プランを裁定すべく、我ら一同本日より着任致します。改めて、よろしくお願い致します」

「聖騎士殿による裁定とあれば、公明正大でありましょう。我々の方こそ、よろしくお願い致します」

「昨日を持って、私は聖王教会騎士団を除隊致しました。此処に居るのは一介の騎士であり、剣士殿が提唱されるプランの裁定者であります」


 ふーむ、本当に除隊したのか。聖王教会の司祭直々でなければ、恐らく除隊など叶わなかっただろう。短い付き合いだが、彼女以外に務められる聖騎士がいるとはとても思えない。

特に聖地は今不安定であり、待望の神が降臨する大切な時期。聖女と並んで聖王教会を代表する聖騎士の存在は、必要不可欠だった筈だ。成果のない管理プランがそこまで重要視されていない。

となれば恐らく、昨晩の内に聖王教会騎士団長への騎士を拝命されたのだろう。団長の騎士という特別な立場であれば、隊そのものを除隊しても許可さえ降りれば自身の裁量で動ける。


懸念はしていたが、やはり恐れていた事態が起きてしまった。これほど尊く麗しい騎士を、己が騎士とした団長に嫉妬さえ覚える。この騎士は遂に、聖王教会の騎士となってしまった。


それを証拠に彼女が連れて来た二人の表情も鋭く、全ての希望を失ったかのように曇りがかった瞳をしている。余所者である俺のプランに賛同していないと、表情が物語っている。

アリサやのろうさがやかましく言っていたが、やはり白旗を用意して正解だった。後手に回っていれば手遅れだった。着任した今日この瞬間でなければ、信任など得られない。


「剣士殿、紹介させて頂きます。彼らは――」


「修道女をしております、シャッハ・ヌエラと申します。昨年見習いを卒業したばかりの身ではありますが、大任を果たすべく精一杯努力させて頂きます」
「ヴェロッサ・アコース、査察官希望の候補生です。このような大任が務められるのか大いに疑問ですが、何とか頑張ります」

「二人共、剣士殿の前で失礼ではありませんか! 本当に申し訳ありません、剣士殿」

「努力は致します、と申し上げました」
「務まりそうになければ、除任して頂いてもかまいませんよ」


 うわっ、あからさまだな。こんな任務やりたくないと、態度や言動が物語っている。胡散臭くて危険なプランであるのは認めるけど、そこまで嫌われるとは思わなかった。

チンピラ風情の気質であれば、俺だって文句は言っている。初対面で舐められる筋合いはない。抗弁しないのはこの二人がプランに反対なだけで、人間としては出来ていると見た目で分かるからだ。

シャッハ・ヌエラ、修道服を着た細身の女性。痩せているのではない、剣のように研ぎ澄まされている。日本刀のような、流麗な美しさのある女性。刃の表面はとても綺麗で、敬虔に光っている。

ヴェロッサ・アコース、長髪の青年。洗練された服を着こなしている、二枚目の男性。品性と理性で、顔立ちが整っている。査察官より、外交官が似合いそうだった。


カレンやディアーナ達のように幼少時より才気を磨いていなければ、これほど立派な佇まいは出来ない。一言一言が痛烈だが、嫌味を感じさせないのだ。


ドゥーエめ、何が俺の味方だ。余計な人材を派遣しやがって、余り物のように言っていたが立派な人材じゃねえか。敵対される俺にとって、マイナス以外の何物でもない。

仮面の奥で柳眉を釣り上げるルーラーを、むしろ俺が宥めなければならなかった。二人は明らかに、このプランから外れたがっている。そうでなければ普段、こんな態度は絶対取らないはずだ。

厄介なことになった。娼婦になんぞ任せたら怒り狂って出て行きそうだが、聖女をあそこまで完璧に調べ上げたのだ。こいつらに関する情報を、握っているかもしれない。

こうなったら最低でも、ルーラーだけは絶対味方にしなければならない。二人きりで話をすべく、何とかこの二人を引き離そう。人材紹介と称して、あいつらを呼んでくる。


「主の従者を務めております、ローゼです。本日よりどうぞよろしくお願い申し上げます」

「アギトだ、よろしく」


「シャッハ・ヌエラ様、ヴェロッサ・アコース様でいらっしゃいますね」


「……、……ぇ……え……? えっ、ええっ、えええええっ、カ――むぐっ!?」

「ちょ、ちょ、ちょちょ、ちょっと、もしかしてねえ――モゴっ!?」

「『はじめまして』、御主人様の娼婦です。今日からどうぞ、よろしくお願い申し上げます」


 な、なな、何してるの、お前!? 娼婦を見た途端鉄壁の表情を容易く崩した二人の口を、豪快に両手で塞いだ娼婦。昨晩練習でもしたのかと勘ぐるほどの、早業ぶりだった。

夜の一族の世界会議に単独乗り込んで敵対した俺だって、そこまで無礼千万しなかったわ! あまりにも酷すぎる振る舞いに、むしろ俺の方がビビってしまった。

娼婦ともなれば男を喜ばす為に手先が器用でなければならないのだろうが、修道女と査察官候補に反論を許さんとばかりに口を塞ぐのはどうなのかと思ってしまう。

もしかして娼婦の説得とは、物理的な何かなのだろうか――茫然自失とする俺に、娼婦が向き直る。


「御主人様。このお二人と今後の為に友好を深めたいので、事前にお話しました通り席を外してもよろしいでしょうか?」

「お、おう……その、二人がそれでいいのなら」


「シャッハ様、ヴェロッサ様――かまいませんよね?」


「むぐ、むぐ、むぐぅっ!」

「モゴ、モゴモゴっ!」

「心良い御返答を頂きましたので、少しの間席を外します。御主人様より頂いた御役目、必ず果たしますのでしばらくお待ち下さい」


 二人の口を塞いだまま、宿の中でずるずると引きずり込んで行く。お前、それほどの強引さがあれば遊郭街でも上手くやっていけたんじゃねえか? 男を寝床に連れ込む達人だった。

アギトやローゼもポカンとしているが、一番気になるのは裁定チームである二人を率いるルーラーが口出ししなかった事だ。三人揃って連れ込む姿を、微笑ましくさえ見ている。

清廉かつ高潔な騎士の目であれば、三人が仲良くにでも見えるのだろうか。俺はむしろ不安しかないが、場は既に立ってしまっている。娼婦に任せるしかない。

俺は残されたルーラーに、昨晩皆で話し合った今度の行動方針を説明する。


「『交流所』ですか。なるほど、仕事ではなく依頼の形式とすることで、より民に近しい立場から手を差し伸べるのですね」

「完全なボランティア活動では称賛こそ得られても、信頼にまでは結び付かないだろうからな。タダほど高いものはない、不要に勘繰られてしまう。
交渉次第となるが、双方が納得する依頼形式であればお互いの利になると思ってる。助けられてばかりでは、堕落するだけだからな。

人を助けるのだという傲慢な意識ではなく、助け合っていこうとする精神でこの聖地を皆で良くしていくつもりだ」

「ご立派です、剣士殿。プランを裁定する立場ではありますが、どうぞこの私にも剣士殿の偉業を御手伝いさせて下さい」

「ありがとう。そんな貴女にならば、任せられる。ローゼ、旗を持ってこい」

「はい、主――どうぞ、お持ち下さい」


 "海鳴"を象徴する、白き旗。聖地に広がる青い空の下で、純白の旗が優しい風に揺れて雄々しく広がっている。渡されたルーラーは、旗を持つ手を震わせていた。

単純な旗持ちだとは当然思わない。この白旗こそ、俺達の信念。停戦であり平和であり、人々の自由を象徴するこの白旗は、俺達そのものだった。

この旗を手にするということは、俺達の理念を預けるということだ。赤の他人には、絶対に渡せない。本来であればそれこそ、理念を訴える俺が持つべきなのだろう。


理念の象徴を、俺は彼女に託した。


「聖地を守り、人々を救す事を、俺はこの旗に誓う。そして――心から信頼出来る貴女に、俺はこの旗を預けたい」

「……っ……ぁ……ありがたき、幸せ。身に余る光栄に存じます!」


 旗を握りしめ、ルーラーはその場に膝をついて傅いた。お、大袈裟過ぎる!? 俺は単に信頼していると、言っただけなのに!

此処は貧民街なので幸い人目はつかないが、もし他の人達に見られたら誤解されてしまうじゃないか。こういう態度は、自分の主にしなければ駄目だろう。

必死で顔を上げるように求めたのだが、聞こえていないのかルーラーは感涙に咽び泣いていた。


「主よ、神よ、貴方様に感謝致します。私に今日というこの日をお与え下さったことを、私は絶対に忘れません。この旗と我が剣にかけて、貴方様への忠誠を誓います!」

「分かった、分かったから、顔を上げて!?」


「……分かったなどと、承認の言葉を口にしてもよいのでしょうか?」

「……あいつはアホだから、絶対分かってない。ほっとけ、もう」


 何だか大袈裟に取られてしまったが、何とか"信用"を得る事は出来た。後は彼女に"信頼"されるように、俺も努力していかなければならない。彼女が掲げる旗を見て、気を引き締める。

桃子達より教わった理念を口にしたところで、彼女達のように実践しなければ意味がない。口だけなら何とでも言える、結果を出さなければ信用さえも失うだろう。

彼女はこの先、厳しい目で俺を監視する事になる。旗を放り出されないように、理念を形にしなければならない。彼女との信頼関係は、これから始まるのだ。


言わば、今が最低ライン。それに残り二人、娼婦が説得できなければ終わりだ。正直、二人のあの態度ではとても見込みは無さそう――


「お待たせいたしました、御主人様」


「剣士様。先程の無礼な発言の数々、どうぞお許し下さい!」

「本当に失礼しました。どのような罰もお受けします!」


 土下座してる!? いやいや、何なのあんたら! ルーラーといい、こいつらといい、聖王教会関係者は低姿勢で他人に接する教えでもあるのか!?

態度が一変したどころの話じゃない。先程とは打って変わって、何が何でも俺には嫌われたくないという萎縮ぶり。やりたくない仕事だったはずだろう、あんたら!

地面に額を擦りつけながら、二人は嘆願する。


「剣士様のお立場やお考えを、このお方より伺いました。自分の見識の愚かしいまでの浅はかさに、ただただ恐縮するばかりでございます」

「聖女をお助けしたいという御心、感動致しました。どうかお願い致します、私達も貴方のお力にならせて下さい」


「――おい、お前。媚薬か何かやばい薬を盛っただろう、正直に吐け」

「――ご、御主人様の娼婦ですから当然です!」


 どういうことなの!? 娼婦って実は、万能職業者だったりするのか。第一、女も居るじゃねえか。もしかしてのもしかして、こいつは拾い物だったのだろうか。

娼婦を嫌がっていたくせに、どうして俺の娼婦になった途端その技能を開花させるんだよ。その割に娼婦家業をさせようとしたら、必死になって拒否するのに。

ルーラーに止めてもらおうとしたら、本人まで感じ入って深く頷いている。どこに感動する要素があったんだ、こいつら絶対に頭おかしい。


今まで自分に不都合な局面ばかりだったが、異世界に来てからというもの自分に都合のいい展開ばかりで眩暈がしてくる。もしかして異世界って、俺の楽園なのか?


「どういう話をしたのか分かりませんが、うちの娼婦が失礼しました。どうかお顔を上げて下さい」

「いえ、私からもお礼を言わせて下さい。この方を助けて頂いて、本当にありがとうございました」

「ご自分の全財産を費やして、救って下さったそうですね。お金は後日必ず、私の方で御用達いたしますので」


「いやいや、そこまでしなくても――というかその顔、大丈夫ですか?」


 顔を上げたヴェロッサの両頬が、腫れている。娼婦かシスターか、あるいは両方に叩かれたらしい。話し合いの際に何かあったのだろうか、男は苦笑いしていた。

ともあれ、協力的になってくれたのは正直助かる。何がどうなっているのか、それこそ神様にでも聞きたいが、この都合の良い展開を利用しない手はない。

俺は態度を改めて、恐縮してばかりの二人に呼びかける。


「この者から聞いたと思いますが、俺達は管理プランを通じて聖女をお守りする所存です。彼女を助け、そして彼女に助けを求める。守り、そして守られるその為に。
俺の為でも、ローゼの為でもない。他ならぬ聖女様の為に、お二人の力を貸して頂けませんか?」


 二人は互いに頷き合い、俺の手を取ってくれた。


「聖王教会所属の修道女、シャッハ・ヌエラ。本日より、貴方様の麾下に加わります」

「同じく査察官候補生、ヴェロッサ・アコース。尽力させて頂きます」


「だったら、俺達は仲間だ。上も下もなく、共に戦おう」

「ふふ、そうですね。剣士殿」

「よかった、お固い職場は苦手なんで。僕からもよろしく、剣士さん」


 こうして本日、白い旗を掲げた新しいチームが誕生した。ルーラーに修道女、査察官候補まで加わっての陣営で、この聖地に挑んでいく。

手強い敵ばかりの戦場、現状では俺達が間違いなく最弱だろう。それでも強者達に萎縮せず、人を助けることに躊躇わない。


この白い旗が聖地全体に広がるその時まで、俺達の飽くなき戦いは続く。今日が、その始まりであった。










<続く>








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