とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十一話




 まさかはるばる異世界へ来て、元売春宿へ長期滞在する羽目に陥るとは夢にも思っていなかった。しかも有り金全てを失った理由は娼婦を買ったからだ、情けなくて泣けて来る。

とはいえ、無い袖は振れない。無一文の余所者軍団を泊める正規の宿などありはしない。時空管理局員という立場で元売春宿を薦めたルーテシアも、ギリギリの判断だったのだろう。

女どころか自分の娘まで元売春宿に連れ込む自分自身を客観視なんぞしたくもないが、実のところさほど悲観はしていなかった。選択肢としては最悪ではあるが、最低ではない。

日本中あちこち旅していたから知っているのだが、田舎ではビジネスホテルがラブホテルを兼業している例もある。ようするに売春宿とは、あらゆる用途を黙認する宿泊施設なのだ。


「お客様は、当宿『アグスタ』開業以来初の第一号様です。サービスさせて頂きますよ」

「俺達が初めてなのか!? 相当年季の入った宿に見えたんだが」

「改装したいんですけど、業者様にお願いするにはお金が入り用でして……わたしが頑張って一から清掃したんです。
やがて来られるお客様の笑顔を思い浮かべて清掃する日々、充実しておりました」

「三日も持たないだろう、その根性」

「ネズミさんやクモさんが出て来ると笑顔になっちゃうんです。話が弾んじゃって、ふふふ」

「貧乏浪人だった俺でも泣けて来る体験談を、笑顔で話さないでくれ」


 一人だと独り言が多くなるもんな、気持ちはよく分かる。俺の場合孤独というより、退屈だったから野良犬とかと話した事がある。一度アリサに話したら、一緒の布団で寝てくれたけど。

宿『アグスタ』の女将マイア・アルメーラ、彼女の必死な努力が宿の内装から伺えた。役人の手入れが入って潰された元売春宿、たった一人でよく建て直せたものだと思う。

聖王教会が管轄している聖地、ベルカ自治領。聖者の地で売春宿を経営していたのだ、罰当たりなんてものじゃない。恐らく、徹底的に潰れたのだろう。老朽化以前に、破損の傷跡が濃い。

今でこそ欲望に満ちているが、本来の聖地だった頃はあらゆる穢れが許されなかった。踏み荒らされ、蹂躙され、色欲の欠片も残さず破壊された。あばら家となった宿を、彼女が立て直したのだ。

セルフサービスという名の人材不足、全施設共同という名目のサービス不足、プライベート保全という言い訳の防音設備。昔の名残があるだけの、廃墟に近い。

けなしてはいない、むしろ褒めている。宿の体裁を整えるだけで、尋常ならざる努力が必要だった筈だ。ベットを並べただけの部屋であれ、何とか最低限の宿の機能は取り戻している。

煤けた照明、ヒビ割れの酷い壁、軋んだ音を立てる階段、忌まわしき売春のレッテル――安普請にも程がある、宿。一般客どころかチンピラでも嫌がる宿で、彼女は一人女将として頑張っていた。


「どうして女一人でわざわざ、此処で宿を経営しているんだ。初対面でこう言っては何だけど、立地条件だって悪いし治安もよくない。お客さんが来ない理由だって分かっているだろう」

「二番目の理由は、やはり費用ですね。お目が高いお客様は御存知かもしれませんが、此処は曰く付きでして私のような小娘でも何とか買える宿だったんです」

「二番が一番納得できる理由なんだが……一番は一体、何なんだ?」


「自分の夢を、叶えるためです」


 馬鹿げている、勇み足だ。夢見る若者の暴走、起業家にありがちな愚かな絶対観。元売春宿を選ぶなんて、最初から躓いている――その全ての嘲笑を、彼女の笑顔に潰された。

彼女の夢を問い質すまでもない。自分の城として、宿を選んだ。日本一の宿、異世界で表現するならミッドチルダで一番のホテルにする。世界で一番の女将になる。

自分の武器として剣を選び、天下一を望んだ俺に彼女を笑う権利などない。俺と彼女は似ているが、絶望的に違う。俺が日本をぶらついている間に、彼女は自分の宿を手に入れていたのだから。

一人もお客さんが来ない孤独な舞台であっても彼女は笑顔を絶やさず、汗をかいて努力を続けていたのだ。少しも上達しなかった俺の剣とは、値打ちが違う。恥ずかしかった。


「この宿でお世話になるよ、よろしく頼む」

「ありがとうございます! ただいま宿帳を持ってまいります」

「その前に宿泊費について相談させて欲しい、提案がある」

「お客様からのご提案には、真摯に耳を傾けるのが当宿のモットーです。何でも仰って下さい!」

「すげえ目を輝かせているね、あんた!? 物は相談なんだけど――」


 宿の前で待っているだろう自分の仲間達を、親指で指した。


「宿賃代わりに、将来有望なスタッフを雇ってみる気はないか?」















 ありとあらゆる人材は足りていない宿だが、見ず知らずの人間を雇い入れる馬鹿はいない。宿賃交渉の一環として、まずはスタッフ候補の彼女達を面談及び技能試験をしてもらった。

うちのチームは才能豊かな面子揃いだが年齢は若く、何より異世界も含めて社会経験なんて無いに等しい。交渉といえどこちらが下手なのだが、マイアはアリサ達をいたく気に入ってくれた。

今後の経営戦略や人材育成を含めた面談をアリサに任せ、ノエルやファリンを筆頭に俺達は宿泊の準備に取り掛かる。何もかもセルフサービス、この辺りもマイアが恐縮してしまう一面だろう。


その点、ウチのメンバーは実に頼もしい。


「私と私の妹であるこのファリンは、名のある御家の厨房を任されておりました。名家のパーティではフロントスタッフを任された経験もございます」

「先程一通り監修させて頂きましたが、失礼ながらセキュリティ面に極めて大きな問題がございます。ローゼに任せて頂けるのであれば、このアグスタを世界で一番安全な宿にする自信があります」

「壁や天井のツギハギ具合が酷すぎて、部屋で落ち着いて寝れねえよ。アタシらが来ると慌てて直したんだろう、大穴開いてる箇所を無理やり段ボールで誤魔化している所もあったぞ。
あたしとザフィーラが直してやるから、修理道具を用意してくれ。敵以前に、雨漏りやすきま風で悩みたくねえ」

「会計処理がいい加減過ぎて頭に来たぞ、昨年分からの帳簿を持ってこい。お客が来ないから意味がない? 馬鹿者、貴様も一国一城の主ならば全て把握しておくべきであろう。
我とシュテルで完璧に処理してやるから、全帳簿を持ってくるのだ!」

「忍さん、いえ名のある御家で一ヶ月間メイドをさせて頂いた経験があります。清掃には自信がありますので、是非やらせて下さい。
それであの、この宿はペット――いえ、使い魔の宿泊は大丈夫でしょうか? この子は家族なんです、お願いします」


 我が強いのが玉に瑕だが、異世界で生きていくにはこれくらいの自己主張も必要なのかもしれない。マイアも目を黒々させながらも、彼女達の有能ぶりを肌で感じてくれていた。

部屋割りは話し合いの結果一番安い男女共同部屋を、俺と娘達で宿泊。傍から見れば本当の娘達じゃないので少し揉めたが、背中に抱き着くナハトのニコニコ顔が邪推を払ってくれた。

元売春宿の名残でシングル部屋自体まだ少なく、基本各家族同士で部屋を借りる事となる。隣同士なので交流の壁もなく、管理対象のローゼとアギトはルーテシアと宿泊する事となった。

娼婦は"家"があるらしく、"家"と宿の往復で過ごすとの事。明日より派遣される裁定チームと部屋を共にし、動向を探ってくれるらしい。裁定チームは絶対許可すると胸を張るが、大丈夫だろうか。

そんなこんなでバタバタしている内に、時刻は深夜。全て終わってくたびれ果てているが、次の日に向けて話し合いをしなければならない。マイアの心配りで、食堂を貸し切ってくれた。


お茶と夜食を全員で堪能しつつ、先ずは肝心の俺から教会との交渉内容を説明した。


「聖王教会の司祭と交渉して、管理プランの承認は得られた。ただプラン施行の条件として聖騎士をルーラーとした、裁定チームは明日より派遣される事となる。
修道女シャッハ・ヌエラと査察官候補ヴェロッサ・アコース、この二名が明日から正式に加わる」

「プランの裁定といえど、公平性は望めないかもしれないね。聖騎士さんはともかく、その二人は教会側の監視者でしょう?」

「俺もその辺は憂慮しているんだが、こいつが味方に引き入れられると高を括ってるんだ。ひとまず任せてみるつもりだが――そうだな、仕事ぶりを見せてもらうか。
おい、娼婦。お前が今日調べた聖女の情報を、皆の前で報告してくれ」

「分かりました、御主人様」


 忍の心配はもっともだったが、娼婦は依然として自信を崩さない。普段は白のローブに顔を隠す小心者なのに、聖王教会の事となると堂々と発言する。

たった一日での調査なので大きな期待はしていないが、過度に責めるつもりもない。まずは報告の内容を聞いて、明日の成否を吟味するとしよう。

情報を探ってきたというのにメモの一つも持たず、娼婦は全員に向けてスラスラと報告していく。


「聖女様のお名前は、"カリム・グラシア"。ミッドチルダ極北地区のベルカ自治領出身、この聖地の生まれです。

聖王教会騎士団所属の騎士見習いでしたが、聖王降臨の予言により『聖女』の位を与えられて騎士団を名誉除隊。大いなる予言による誉れにより、時空管理局により理事官の推薦を頂いております。
聖女の役目として今年建設された聖王堂に籠もり、日々聖王様への感謝と祝福をお祈りしております」

「ず、随分具体的な情報だな……よくそんな個人情報の詳細を調べられたな」

「聖女様については、私が他の誰よりも把握しております。御主人様がお望みであれば、プライベートの一切も報告させて頂きます」

「本当に当たっていたら怖いからやめろ」


 娼婦の話だと、聖王堂への入堂が認められているのは聖女一人。日々深夜まで篭って祈りを捧げ、共も連れずに一人教会内で秘匿されているらしい。姿も見せない用心深さに呆れてしまう。

接触するのはほぼ不可能に近い。身内に姿も見せていない徹底ぶりでは、外部からの情報も遮断されていると思っていい。俺達の活動も彼女の耳にまで届くのか、怪しかった。

出入りする姿さえ誰も見ていないというのは不気味というより不用心だが、それほど秘匿性が高い証拠とも言える。聖女とも呼ばれる格の高い女性だ、黙って外に出るような危ない真似はしないか。

娼婦もとても心配そうに、俺を見やる。俺達の成果が伝わないのであれば無意味、護衛する価値はないと方針転換されるのを恐れているのだろう。心配する気持ちはよく分かるが、


「方針は、変えない。このまま聖女を護衛する」

「本当によろしいのですか、御主人様」

「聖女に褒められたくてやっているんじゃない、聖女を守るためにやるんだ。成果なんて俺達本人が宣伝しなくても、この聖地が認めてくれるさ。
どれほど教会が秘匿しようと、人の口に戸は立てられない。安心した生活を送る人々の笑顔を見れば、聖女の心も軽くなるだろうよ」

「……出過ぎた事を申しました、お許し下さい。あの――


御主人様の御活躍は、私がお傍で見ております。御主人様がどれほど素晴らしい御方なのか、私は知っておりますから!」


「お前も知られたから何だってんだ。早く、続きを話せ」


 しっしと鬱陶しげに手を振ると、慌てて娼婦が説明の続きに入る。気のせいか、叱られたというのにどこかはしゃいでいるように見える。

何で怒られて機嫌が良くなるのか、さっぱり分からない。娼婦のメンタルというのは、男にとっては常に謎である。


「聖女様の予言は古代ベルカ式のレアスキルであり、能力名は預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)。

最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出した預言書の作成を行う能力です。預言の中身は古代ベルカ語、ただし解釈によって意味が変わる難解な文章。
予想される事実を導き出すデータ管理や調査系の魔法技能なのですが、今回の予言は神の降臨を告げる端的な予言でありました。

ゆえに信頼性も高いと教会及び管理局側も詳細に分析が進められ、今日の経緯に至った訳です」

「えっ、予言の正体まで精密に調べられたのか。どうやって!?」

「しょ、娼婦繋がりで調査いたしました!」


 娼婦からどうやって聖女に繋がるんだよ!? 遊郭街は教会のお偉いさんも利用しているそうだが、閨の床で娼婦相手に秘匿情報でも囁いているのだろうか。愛を呟けよ、そこは!

時空管理局捜査官のルーテシアにこっそり検証させたが、管理局に伝わっている聖女の情報とも完璧に符合するらしい。聖王教会はまず神に感謝するより、己の色欲を懺悔すべきだと思う。

聖女本人から聞いたとしか思えないほどの、精度の高い情報だった。発表が終わって全員から拍手されている、何でだよ! 疑っている俺がおかしいのか!?

発表が終わって、娼婦は俺にどうですかと言わんばかりに詰め寄ってくる。うぐぐ、文句なく功労賞ものだった。ぐうの音も出ない。


「分かったよ、明日派遣される裁定チームへの交渉役はお前に任せる。本当に、二人を味方に出来るんだな? 一応言っておくが、向こうの目は最初から厳しいんだぞ」

「任せて下さい、御主人様。私がまず、お二人とお話いたします。まず、私が、最初に、お二人と話しますから、どうかよろしくお願いします」

「お、おう……じゃあ、お願いするよ」


 どうやら俺は一言も話さなくていいらしい。援護も要らず、自分から率先して二人と話して味方にするようだ。何か弱みでも握っているのだろうか?

ま、まあ、娼婦に二人を任せられるのなら、俺はルーラー一人に注力すればいい。彼女は話の分かる人だが、問題は騎士団長の騎士になる事なんだよな。

騎士団長の騎士になるということは、あくまで聖王教会側の味方ということだ。ここは一つ、思い切った手を打たなければならないかもしれない。

その点については、妹さんチームや忍チームの活動と連動するので報告させる。 


「月村すずか殿の協力を得て我らはベルカ自治領を積極的に廻り、悩み苦しむ民の力となった。さすがは父上の護衛を務められる女人、見事な識別能力であった」

「凄かったよね。強盗が押し入っている家を突き止めたり、物影でお金を巻き上げられている人を突き止めたり、魔物に襲われていた人を見つけたり、いっぱい助けられたよ。
ぜーんぶ危機一髪だったとこばかりでさ、ボク達いっぱい感謝されたんだよ!」

「剣士さんの御息女である皆さんのおかげです」


 ――夜の一族の王女、彼女の能力はもっと有意義に使った方がいいんじゃないだろうか。世界平和に大いに貢献出来そうで、今更ながらに恐れ入ってしまう。

妹さんが助けを求める人々の"声"を聞き、ディアーチェ達が現場へ急行して人々を救う。なるほど、良いチーム連携が取れている。娘達の実力ならば、大抵の困難は解決出来る。

詳しく聞いた話だとディアーチェとレヴィが緊急性の高い事件を即時解決し、シュテルとユーリが悩み苦しむ人達の相談と交渉役を務めて、依頼という形で解決を引き受けたらしい。

彼女達が受けた依頼を元に、俺の行動方針を明確化した忍チームが発表する。


「先程女将さんとも相談して協力を得られたの。侍君、『交流所』を作りましょう!」

「交流所……? 聖地の人達の力となる運営方式なんだぞ、お前に求めたのは」

「分かってる。つまりこの宿アグスタで相談の場を設けて、情報交流の場を作るの。人々より相談を受けた内容を種類や難易度等で千差万別に種別して報酬を決め、依頼として引き受ける。
引き受けた依頼類をうちのメンバーがこの会議の場で依頼をそれぞれ選び、引き受ける。仕事次第では今後うちに限らず、外部協力という形で募集するのもいいわね。

似たような依頼を引き受けたメンバー同士が仕事前に相談出来る場所を、ここに作るのよ。そうすれば横の繋がりも出来て、仕事の幅も広がるでしょう」

「なるほど、それで"交流場"か。あくまでこの場所はビジネスの場ではなく――」


「人と人との、交流の場だよ。困っている人の相談を聞いて、悩みを解決するお手伝いをする。悩みを解決したら、その人からお礼を貰う。
仕事を求める場所ではないの。相談を受けたり、悩みを聞いたりするだけ。単なる噂であっても情報になるし、現地の人達との交流にもなるでしょう」


 こいつ、色んなゲームをしているだけあって嫌らしいシステムを知ってやがるな。仕事の取引ではなく、あくまで人と人との交流という形で依頼を成立させるつもりだ。

金銭取引だと商売となり各所に角が立ってしまうが、悩み相談所であればあくまで人々との交流だ。多額の報酬が発生しても、ご近所付き合いのお礼という事で済ませる。

この交流所では、無理に仕事として引き受ける必要すらない。愚痴を聞くだけでも現地を知る情報になり、助言をするだけでも大いに感謝されて次の仕事に繋がる。

高額の報酬を要求する猟兵団や謝礼を強要する傭兵達に出来ない依頼も、交流所であれば敷居が低くて頼みやすい。なかなか動けない騎士団には無理な通報も、こちらで引き受けて動ける。


強者達の仕事を横取りするのではない。弱者達の相談に乗っているだけ――と、名目も立つわけだ。今までどんなエグいゲームをしてきたんだ、こいつ。


「今後この交流所が賑わえば、人々も気軽に足を運んでくれるでしょう。宿としての機能もお客さんには便利だし、明るく賑わえば宿泊だってしてくれるでしょう。
そういった宣伝効果も見込んで、私達は宿泊宿兼交流所となるこのアグスタのスタッフとして働くつもりなの」

「アイデアとしてはいいが、実際のところ依頼してくれた客層はどんな人達なんだ?」

「聖地に住む信徒の人達が大半だけど、中には中堅の商会さんや"街"の監督者さんもお願いに来ているよ」

「結構な大物じゃないか、それ。どういう形で知り合ったんだ!?」

「この宿へ向かう途中に話題に出た、魔物や幽霊の件です。後で依頼内容を説明しますが、襲われていた彼らを救助して我々が討伐いたしました」

「召喚、もしくは製造されたされた魔物の件か。根の深そうな事件だな」


 なるほど、金のかかる強者達よりも実際に目の前で救ってくれたシュテル達に頼むのは当たり前だな。人当たりもいいし、支払う報酬も過度には求められないので頼みやすい。

魔物も難儀だが、それよりも幽霊というのが謎だ。実際に居るかどうかなんて、論議する必要もない。何しろ俺のメイドが元幽霊だからな。

魔法についてはまだよく分かっていないが、気になるのはそもそも幽霊なんて召喚や製造なんて出来るのだろうか。実態も何もない存在を、どうやって取り扱うんだ。

シュテル達に聞いてみたが、よく分からないらしい。あくまで依頼人が幽霊に困っているとの事、うーむ。


「だったら魔物の件はシュテル達に頼んで、幽霊の件はアリサに任せるか」

「ちょっと、幽霊担当にしないでほしいんだけど。同類相手なんて嫌よ、不毛な会話にしかならないわ」

「良介さん、私と久遠に任せてもらえませんか。幽霊についてなら何とかなるかもしれません」

「くぅん!」

「そうか、那美は確か専門家だったな。だったら幽霊を探して除霊を――ちょっと待てよ。妹さんってもしかして、幽霊の"声"とかも聞ける?」

「はい。ですがそれぞれの魂にもよりますし、生者に比べて聞き取りづらいです」


 まあ死んでるしな、死んだ人間に自己主張されるのも迷惑千万だ。それにしても生者のみならず死者の"声"まで聞いて、妹さんはよく正気を保ってられるものだ。

この子が過去、心を閉ざしていたのも分かる気がする。生きる目的もなく、"声"だけが生死を問わず聞こえてくる日々。物事を達観しなければ、気が狂っていただろう。


月村すずか、人々の声を聞くこの子こそ聖地で他の誰よりも神に近しき存在なのかもしれない。


「依頼の一覧は後で確認して全員で分担するとして、幽霊退治の件は明日の午後から俺と妹さん、那美と久遠で取り掛かるとするか。
午前中はローゼとアギト、そして娼婦で裁定チームを出迎えてプランを施行するぞ」

「あたしも裁定チームとの打ち合わせに入った方がいいかしら」

「いや、アリサは忍と一緒に今の構想をマイアの協力を得て形にしてくれ」

「あくまで商売ではなく、ボランティアの一環として活動すればいいのね。人を助けるってのも、大変ね」


 シュテル達には昨日に引き続き、依頼の解決と募集を行ってもらう。魔物の件は退治そのものはシュテル達が行うが、ルーテシアとミヤも現地に出向いて調査してくれるらしい。

彼女は召喚術に詳しいとの事なので、調査結果に期待が持てそうだった。もう少し信頼を得られれば、彼女のスキルや本人の内情も教えてくれるかもしれない。

ノエル達はアグスタのスタッフとして働くらしいが、ここで妹のファリンが手を挙げた。


「聖地のパトロールを提案します、良介様!」

「……人々を守るために?」

「はい。この異世界にも正義あり、この聖地にもライダーあり! 人々の平和を脅かす悪者は、わたしが許しません!」


 却下と言いたい、すごく言いたい。でも自動人形は充電さえすれば、如何なる時間帯でも活動できる。深夜パトロールさせるのも、悪くはないかもしれない。

実際治安は今最悪と言っていいし、何より魔物や幽霊まで蔓延っている。妹さん達も日夜活動出来る訳じゃない、人々を助ける目的であればパトロールも効果的だ。

ただ今の世の中、単純に善悪の区別がついていない。子供の正義感で突撃させてもいいものか、悩む。何しろこいつ、以前俺を襲ってきやがったからな。


悩んでいると、ナハトヴァールがビシッと手を挙げた。


「おとーさん、おとーさん!」

「どうした、ナハト――まさかお前、正義のヒーローがやりたいのか?」

「うおー!」

「よーし、頑張れよ。お父さん、応援してるからな!」


「……本当にそれでいいの、あんたの生き方」


 アリサが実に生温い目で俺を見やるが、無視する。ファリンも大喜びで、ナハトヴァールの手を取って大はしゃぎしている。うむうむ、友達が出来て良かったな。

こうして、ナハトヴァールとファリンが聖地のパトロール役となった。俺の可愛い娘ならば、きっと聖地を良くしてくれるに違いない。疑いようもない。

聖地を守るライダー三号の誕生であった。後でローゼにカッコイイお面を作らせるとしよう。聖地を蔓延る悪を倒すのだ、ライダーよ!


ほのぼのしていると、実に冷静にルーテシアが釘を刺す。


「活動内容そのものは賛成だけど、現実面として時間が足りないと思う。ベルカ自治領は広い。もっと具体的に人々に活動を見せないと、街の便利屋さんで終わる。
これは聖女や教会への宣伝とは別に、きちんと念頭に置くべき問題」

「人々に認知されないと、を作っても交流なんて出来ないと言いたいんだろう、分かってる。実は、こんなものを用意してみた」


 ボランティア活動と一口に言えど、単純な無償の人助けではない。この聖地で根を下ろすのなら話は別だが、聖女の護衛を決める期間は限られている。

その道理が分かっているからこそ、ユーリ達が人々の前で力を見せつけたのだ。事前に現地入りして出した娘達の教訓を、父親である俺が生かさなくてどうするのか。


皆が席を囲うテーブルの上に、立てた。


「"白い旗"……?」

「此処は、戦場だ。俺達はこの白色の旗を軍旗として、明日より本格的に活動する」

「ちょ、ちょっと待てよ!?」


 慌てて、ヴィータが手を挙げる。多くの戦場で活躍してきた古来の騎士ならば、この旗の意味はよく分かるのだろう。

ザフィーラも静観してはいるが、ヴィータと同じく強い眼差しを白旗に向けている。


「人々の単純な悩み相談ならともかく、魔物の件は多分他のデカイ勢力が絡んでいる。退治していけばいずれぶつかるだろうし、そうでなくてもユーリ達は注視されてる。
猟兵団や傭兵達、人外や騎士団が睨み合う戦場で、お前は白旗振って突撃するつもりか!?」

「お前なら分かるだろう、のろうさ。これは単なる降伏じゃない、停戦交渉だ」

「お前な、戦場のど真ん中で交戦対象にあたらない事を相手に意志表明する馬鹿が何処に居るんだ!? だったら、出て来るなって話だろう」

「我らには力があり、敵側も認知している。その上で敵意を持たない旗を掲げれば、強烈な意思表示になってしまうぞ。攻撃が迂闊に出来ない分、余計に目障りになる」


「この白旗を降参と見るのか、停戦と見えるのか、自由主義とでも見るのか――無色の旗は何も語らず、ただ訴え続けるのみ。
俺達は武器を持たない弱者達の味方であり、武器を持つ強者達への敵。その意思表示を突きつければ強者達は俺達を恐れ、弱者達は俺達を求めるようになる」


 白の意を問う、白き旗。旗は通常何かを訴えかける印となるが、この旗そのものは何も語らない。ただ俺達の存在を、人々に知らしめるだけだ。

覚悟は決まっている。誰に笑われようと俺達は戦い、そして聖女を守る。白い旗は何も語らない。だからこそ弱者は無垢を求め、強者は無地に恐れを抱く。

弱者の味方を訴える、強者。停戦を求める、絶対者。戦場において強者には強烈な嫌味だろう、弱者には強力な援軍だろう。俺達は、それでいい。

特にユーリは、聖地の全強者に恐れられていると言っていい。白い旗に黒い太陽――凄まじいインパクトとなるだろう。


何ものにも帰属せず、俺達は戦場を中立に駆け巡って、人々を救い出して聖女を守る。


「ディアーチェ、手始めに召喚魔法の発生源にこの旗をさしてこい」

「よ、よいのか、父上!? のろうさ殿の言う通り、白旗が我らだと知られれば強烈なアンチテーゼとなるぞ!」

「大丈夫だよ。明日から、ルーラーである彼女にこの旗を掲げてもらうから」

「ちょ、ちょちょ、待って待って、ついてけない、話についていけてないから!? えっ、あんた、意味分かって言ってる……?」


「聖騎士は止めても、彼女は聖王教会側の騎士であることに違いはない。彼女から信頼を得るには、俺から意思を示す必要がある。
俺達の旗印であるこの旗を、彼女に預ける。それくらいしなければ、彼女は味方になってくれない。

それに聖騎士と誉れ高い人間が白旗を掲げれば、俺達の主張も理解されやすい。最適な人材だ」


「こ、この野郎、信頼を得る肝心の手段だけ合っていて、他は全部勘違いしてるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」

「アリサちゃん、落ち着いて!? テーブルを掻き毟っちゃ駄目!」

「聖騎士にアタシ達の旗を預ければ聖地の人々にどれほどのインパクトになるのか、少しは想像できんのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」

「のろうさちゃん、落ち着いて!? テーブルの上でハンマー振り回しちゃ駄目!」

「どうしたんですか、お客さん!? わたしが悪いんですね、ごめんなさい。お願いですから出て行かず、泊まって下さい!」

「いやむしろ止めてくださいよ、マイアさん!?」


 こうして足固めをして、俺達は明日から本格的に活動する。海鳴の旗を掲げたチーム、集った強者達がどれほどの奇跡を生み出せるのか、俺にかかっている。

人々の笑顔を取り戻せるのか、人々の笑顔を奪う者達に勝てるのか。強者も弱者も白き旗印の下、平等に相手をする。そして聖地を統一して、聖女を必ず守ってみせる。


初めての、集団戦――剣を持った者達が己の剣を掲げ、無垢なる旗を持って戦場へ向かっていく。










<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.