とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十八話





 海鳴の町外れ、海と山に囲まれた自然豊かな優しいこの町に魔境が存在する。立ち入り禁止区域、工事半ばで放棄された土地。あらゆる人の介入を許さない、寂れた空間。

怨霊住まうと噂されていた廃ビルが壊されてしまい、今では野晒しとなった大地が広がるのみ。廃材や粗大塵なども廃棄されて、寒々とした世界が放置されている。

町の一角でありながら、町と見做されていない区域。人々はこの地を忘れ、町はこの地を見捨て、世界はこの地を認知しなかった。一人漂っていた怨霊まで、この地を去っている。


ゆえに何の干渉もなく、どんな影響を及ぼそうとも、歴史には残らない。





「――この土地は今月から、私有地となった」





 夏は半ばを過ぎても、夜空の星は色褪せない。荒涼な土地に立とうとも見上げる夜空は美しく、天井なる星々の光は優しく暗闇の大地を照らし出してくれる。

あいにく満天の夜空とはいかず、やや曇っている。美しき星空を霞ませる昏き雲は、鮮明な人の心の影を示しているかのようだった。

なるほど、確かに今この時には相応しいのかもしれない。夜空を見上げるには物悲しく、夏の夜であるというのに冷たく沈んでいる。今の、空のように。

鈍らず光っているのは、濃厚かつ鮮明な敵意――濁りなき、殺意のみであった。


「購入したのは、うちのメイドだ。立ち入り禁止区域となっているが、注意書きの看板一つで半ば形骸化されていた。時に、若者達の溜まり場にもなっていたらしい。
思い出の土地を土足で踏み荒らされたくはないと、海外で稼いだ資金を投入したそうだ。だったらビルも残せばいいのに、縁起が悪いと早々に壊したらしい。

自分がその怨霊だったくせに、どの口で言うのやら。帰国して早々ビルが壊されていて、主人の俺が一番驚かされたよ」


 もしも夜空の星に願いをかけるとすれば、何を願うだろうか。夏夜に光る月に、何を祈るだろうか。魔法使いがいれば、何を頼むだろうか。

何も願わなくても、夜空には星が輝いている。何も祈らなくても、月は光っている。何も頼まなくても、魔法使いはこうしてやって来ている。


俺達はきっと願うのをやめたから、争いを望んでしまうのだろう。


「あいつは、言っていたよ。建物が無くなろうとも、思い出は心の中に在り続ける。形が砕け散ろうとも、想いは胸に刻まれる。
どれほど捨てようとしても――お前の苦痛は消えたりしない。その絶望こそフィリスを心から思うお前の本心なんだ。

フィリスを想い続ける限り俺を殺したって何も変わったりはしないんだよ、リスティ」

「フィリスを殺したお前が言うのか!」


   ――星を砕く、一撃。この地に建つ廃ビルは既に壊された後だというのに、建物が陥落する音が木霊する。空気の震え、大気の悲鳴が幻聴を響かせた。

静かな夏の夜空を震撼せしめる力、人間が喰らえば跡形も無い。死という概念を飛び越え、消滅したという事実のみが残る。人体は灰となり、地に舞って溶けていった。

歯向かうことも、許されない。圧倒的な強者に、弱者の抵抗は児戯に等しい。何をどうしようと、結末は変わらない。物語を描く作者に、登場人物は絶対に勝てない。


こうして、決着はついた。



「"HGS"」



「!?」

「『高機能性遺伝子障害者』、略称でHGS。そう呼ばれているそうだな、お前達は」


 物語を綴るナレーションは消えて、栄えある出演者が舞台に立つ。早くも幕を閉じて退場しようとしたヒロインは、思わぬ演目の開始に慌てて舞台に戻った。

主人公であれば聖剣を掲げるのだろうが、俺のような端役に与えられるのは飾り気のない小道具のみ。月村の地で咲き誇る桜の枝を手に、美しきヒロインと相対する。

代わりと言っては何だが、本来綺麗なお姫様が持つ指輪は与えられている。


「問答無用で攻撃してくるとは、随分な扱いじゃないか。せめて台詞くらい、最後まで言わせてくれ」

「ど、どうして平然としている!? 『念動力』は間違いなく直撃して、お前を消滅させたはずだ!」

「直撃すれば、無抵抗な俺の身体は粉々になっていただろうな。俺本体に当たっていれば、の話だけど」


 舞台においてナレーションは音声のみ、当の本人は舞台の袖に引っ込んでいるものだ。湖の騎士シャマルのデバイス「クラールヴィント」が、この舞台の演出装置である。

海外生活で共に過ごした期間の中で、クラールヴィントは俺の個人情報を登録している。姿形は勿論のこと、遺伝子情報に至るまで細部に登録している。

俺の姿と声だけを空間に映し出すなんて、当たり前の芸当。姿を消す魔法もあるが俺個人の技量では不可能であり、演出のみで精一杯だった。


俺を不意打ちで殺しに来る――月村すずかの助言は、的確であった。


「『変異性遺伝子障害』と呼ばれる症例の一つで、数十年前に初めての症例が報告された新しい病気らしいな。
難しい病名だが、ようするに遺伝子の病気。死に至る病ではないが、現代医学では根元的な治療は不可能とされている難病。
世界中の何カ所かで同時多発的に発生した病気で、人数こそ多くないが今もこの病気に感染している人間はいる。


それがフィリスであり、フィアッセであり――お前だ」


 空気まで沸騰する、ヒリヒリとした敵意。無闇に自身を暴き立てられる不快さが入り混じり、裂波となって俺の肌を切り裂くようだった。

怖いなんてものじゃないが、冷静さは失っていない。敵意は既に殺意にまで煮え滾っているが、蹴落とされることはあっても萎縮したりはしない。

自分が、強くなったからではない。強いと認めている仲間達の想いが、彼らが支えてくれている。かつて俺を殺さんとした敵達との過去も、今の俺の糧となっている。

敵も、味方も、俺にとっては等しく格上。どれほどの脅威であっても、自分より強いという絶対的な認識は覆らない。


「この病気の特徴は遺伝子に特殊な情報が刻まれてしまい、さまざまな障害を引き起こしてしまう。細胞が書き換えられて、脳が変質してしまう。
人間の脳が100%活用されていないのは周知の事実だが、この病気により変質した脳がある種の覚醒を起こすんだよな。


たとえば今、お前が使った――"超能力"と呼ばれる、特殊な力だ」


 神咲那美より伝えられた、リスティ・槇原の秘密。事前に知らなければ確実に殺されるのだと、裏切りを承知の上で彼女は知る限りの事実を語ってくれた。

超能力、幽霊や魔法と同列の摩訶不思議。お伽噺でさえ取り上げられない、フィクション。俺にとっては、スプーン曲げが想像の限界であった。

魔法と違うのは、症例にまで出ている以上現代社会に認知されているという事だ。ならば何故、病気であってもこれほどの力が世に知られ渡っていないのか?

理由は容易く、予想できる。特にこいつの場合、明るみに出れば大変な事態に発展する。こいつにとっては急所であり、何より触れられたくはない秘密。


だからこそ、こうして暴き立てる。虎の尾を――竜の逆鱗に、触れるために。心の全てを、さらけ出すために。


「その力で俺を殺すつもりなのか、"種別XX"」

「――!」

「考えてみれば、当然の帰結だな。病気としてみればこれ以上ない奇病だが、超能力として見れば才能とも受け取れる。病気にかかった人間は患者ではなく、神に選ばれた者というわけだ。
病気を治す術は、確かにない。だが逆に、病気に感染させること自体は出来る。自然の発症に任せるのではなく、人為的に発症させれば人工能力者の完成だ。

お前もその一人らしいな、ようやく合点がいったよ。ここ最近のお前の――」



「そういう事か」



 殺意は、消えた――距離を、取る。肌を切り裂くような敵意が消えて、世界がようやく平穏を取り戻す。逆に震えているのは、俺一人のみ。

嫌な予感なんて、曖昧なものじゃない。呑気にしていれば殺されるという、確かな警戒。腹を空かせた蛇を前にした、カエル同然だった。

逃げなければ死ぬと脳が悲鳴を上げているが、歯を食い縛って耐える。強いのは分かり切っている。肝心なのは、常に自分に負けないことだ。

他人を救う前に、自分が助けを求めていては話にならない。


「そうだったのか、"だから"那美は"私"を拒絶したんだな」

「……何だと?」

「お前が"私"達の秘密を暴き出す為に、心優しい那美を誑かせて寮から連れ出したんだな」


 何言ってるんだ、こいつ!? 自分に一方的に有利で、俺だけを悪者にせんとする暴論。前後関係を検証すれば余裕で破綻する、ゴリ押しかつ強引極まりない結論だった。

思いっきり反論したかったが、思い留まる。確かに俺は悪者にされているが、那美は被害者になっている。裏切り者扱いしていないのだ、今もこいつの中では。

むしろ俺がこいつの秘密を知った事が、那美の潔白材料になっている。那美に否定されたという事実より、俺が無理やり否定させたという虚実を選んだのだ。

これを認めれば少なくとも、那美は裏切り者にはならない。そもそも那美が俺に秘密を打ち明けたのも、ひとえに俺自身を心配してくれたからだ。あの子は何も悪くはない。


肯定しようとして、次の瞬間やめにした。こいつにとってはそれこそが事実、否定も肯定も意味が無い。俺は、剣をかまえた。


「フィリス、フィアッセ、そして那美。お前は"私"からどこまで奪い尽くすつもりだ」

「俺がどうして今晩、殺されると知りながらわざわざお前を呼び出したと思う? 俺を殺したら、次は他の人間に八つ当たりすると分かっていたからだ」

「そんな事にはならない! お前さえ死ねば、"私"は何もかも取り戻せる!!」

「俺は何もかも取り戻すために、この町に帰って来たんだよ!!」


 平行線に終わろうとも、主義主張を唱えるのをやめたりはしない。俺は剣士、剣を振るうことしか脳がない。されど人間、言葉を投げかけることは出来る。

敵であっても、思い遣れることは出来る。与えられた優しさを、絶対に無碍にしたりはしない。どれほど嫌われようと、他人に優しくし続けてやる。


全てを、取り戻すそのために――目的こそ一致しながらも、手段が決定的に異なる二人の戦いが始まった。


(敵は超能力者。那美の話だと、安定性のある力を使えると聞いているが、こいつの心はむしろ――)


 フィリスを救う準備は出来つつあるが、今のリスティは俺の話に耳をかさない。長々と話してみて、こいつは何一つ聞こうともしないのが分かった。

今の彼女は、明らかに間違っている。間違えた願いを、汲み取ってはならないのだ。友達なら、何でもかんでも肯定すればいいってもんじゃない。

警察官のように――間違えた人間は、殴ってでも止めなければならないのだ。


「お前はそうやって、アリサの復讐に走ろうとした俺を止めてくれただろう!」


 手の平から放射される超能力を、全力で走って回避。大地を抉り出すその力は、海面を大きく揺るがす"波"そのものだった。

さっきのような幻影ではなく、生身でも回避された事実を目の当たりにして、リスティは今度こそ驚愕に目を見開いた。ありえない、そうだろうとも。

超能力は魔法と違って、目には見えない。魔力に染まらない純粋な力は、無色透明の純然たるエネルギーそのもの。単純明白な物理現象は、人の認識を凌駕する。


だが、吸血鬼の知覚までは誤魔化せない――夜の一族の始祖であり純血種、月村すずかは"万物の声"を聞き分けられるのだから。


今この場にこそいないが、妹さんは念話の距離範囲で待機してくれている。声ではなく、"声"――自分の感じる知覚情報を、念話を通じて伝えてくれているのだ。

どういう原理なのか本人にしか分からないが、超能力とはどうやら念じるだけで発動できるらしい。いちいち指示を出していては、回避が間に合わない。

念話であろうと会話の一種にすぎないが、夜の一族には共有感覚がある。妹さん本人の血こそ飲んでいないが、俺は夜の一族の姫君全員の血を与えられている。共有は、可能だった。

共有には心を通じ合わせる必要があるが、それこそ今更だろう。妹さんとの関係に、疑念の余地は一切ない。この場にいなくても、心は共に戦える。

超能力の射程距離範囲がそれほど広くなくて、正直助かった。この土地一体丸ごと破壊されたら、流石に逃げようがなかった。


「なるほど……那美から無理やり聞き出して、"私"の能力の全てを知ったのか」

「事前の知識だけで回避出来ると思い込める、お前が恐ろしいよ」

「だったら、分かっているよな? "私"の力が念動力だけじゃないってことも!」


 姿が、消えた――瞬間移動、テレポート――背後に、回って――!?



「"硬化装甲"」



 背中で散る、火花。強烈な圧力と反発力の激突に、前に吹き飛ばされる。転がりながら立て直すと、リスティも後方に転がっているのが見えた。

超能力とぶつかり合った、魔法。現代の不思議に対向する、異世界の不思議。相手が超能力者ならば、こっちも魔導師で対抗するまでだ。


俺の襟首に潜んでいた、烈火の剣精が意気揚々と飛び出してくる。


「あいててて……何なんだよ、あの馬鹿力!」

「ナイスサポートだったぞ、アギト。今のは、冷汗かいた」

「へへん、あの天然チビよりずっと頼りになるだろう。最初から、アタシを頼ればよかったんだよ」


 殺し、そして殺し合う戦場にいながら、赤い髪の少女に怯えはない。古代ベルカの融合機は戦場に返り咲き、殺意に火花散らして猛々しく燃え上がる。

基本的に面倒臭がり屋だが、優しい少女。そして何より俺に近しい、剣に連なる妖精。要請もせず、懇願も必要なく、ただ一言こう言えばよかった。


共に、戦ってくれ――それだけで、剣を並べられる。


「気をつけろよ。お前ん所に来てアタシもだいぶ回復したが、人体実験の影響でアタシもまだ本調子じゃねえ。それを差し引いても、あの女は強えぞ。
障壁を三重に展開したのに、ぶち破られた。直接食らったら背骨どころか、胴体がちぎれ飛ぶぞ」

「剣でガードするのは、自殺行為か。しんどい戦いになりそうだ」


 基本的に、防御の一切が無意味であった。剣で防いでも、魔法で防いでも、破られてダメージを与えられる。完全に回避するしかない。

防御不能の攻撃力に、テレポートという速度の概念を無視した瞬間移動。妹さんの知覚をもってもギリギリという、問答無用の回避殺し。

回避も、防御も――これで、意味を為さない。


「――おい、なんかやばいぞ」

「何……?」


 リスティが、立ち上がる。瞬間移動からの念動力に、魔法で防御されたんだ。超近距離からの反発は相当なものだったはずだが、ダメージがほとんどない。

恐らくぶつかり合った瞬間超能力を放射して、衝撃を相殺したのだろう。妹さんほどではないにしろ、あいつの知覚もかなり鋭い。

夏だというのに着ていた白い上着を脱ぎ捨てて――


「ば、馬鹿な……聞いていた話と、違う!? リスティ、お前――」

「――違う。"私"は、リスティじゃない」



 展開、された。



「"C"――リスティ・C(シンクレア)・クロフォード。それが"私"の名だ」



 "リアーフィン"、HGS患者の能力をイメージ化した光の翼。

トライウイングス・オリジナル、リスティ・C(シンクレア)・クロフォードの三対の光輝羽。


金色だと聞いていた羽のフィンが――ドス黒く、染まっていた。










<続く>








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