とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十七話
セルフィ・アルバレットを出迎えて、フィアッセ・クリステラと合流。彼女の顔を見た途端、フィアッセは堪え切れずに泣き出して抱き着いた。心労が積み重なっていたのだろう。
俺も出来る限り傍に居て心の支えになるべく努力をしているが、限界はある。家族ごっこをしているだけの異性より、本当の家族付き合いをしていた長年の姉妹には敵わない。
辛さと弱さに満たされた涙だが、泣くのは決して悪い事ではない。涙を堪えて溜め込み続けるよりも、発散した方がよほど健全だ。人の多い空港で、悪目立ちしているという点を除いて。
そして泣いている女の子を助けるのも、ヒーローとしての義務である。
「話は全部、彼から聞いたよ。ごめんね、フィアッセ。一刻も早く駆けつけたかったけど、時間がかかっちゃった」
『私の方こそ、ごめんなさい。心配ばかりかけて』
「家族の間で、遠慮なんてなしだよ。私が困ったときは、フィアッセにいっぱい助けてもらうから」
苦労を察して辛さを共有するだけではなく、明るい未来を展望してスッキリと笑いかける。あの快活さが、これまで多くの災害被害者を救ってきたのだろう。
俺が原因で起きたとはいえ、フィアッセも不幸な事故に巻き込まれた被害者だ。人を救う術に長けている彼女に、並の不幸や絶望では太刀打ち出来ない。
彼女からの申し出だったが、セルフィの来訪は本当にありがたかった。この先確実な絶望が待ち構えていても、悲しみを分かち合える家族がいればきっと乗り越えられる。
ならば俺に出来る事は、責任を果たすこと。先月より続く絶望を、終わらせることだけだ。
「リョウスケ、フィアッセをずっと支えてくれてありがとう。日本に君という友達がいてくれて、とても心強いよ」
「俺もあんたが来てくれて、ホッとしているよ。車を用意してある。今から行けば海鳴大学病院のお見舞いの時間に間に合うけど、どうする?」
「勿論、行くよ」
遠い異国からはるばる訪れたばかりだというのに、疲労をまるで感じさせずに快諾。強がりでも何でもなく、肉体的にも精神的にも鍛えられている。
まだ泣いているフィアッセを落ち着かせながら、空港の駐車場に到着。ノエルが運転手を務める高級車を見た彼女の驚きようにヒーローの素顔が見えて、少しだけ笑ってしまった。
護衛を務める妹さんと、自動人形のノエル。鉄壁の警護体制で発進した車の中で、俺は改めてセルフィにこれまでの経緯と今後の方針を説明する。
フィリスへの精神アクセス、リスティとの対決――セルフィ・アルバレット、シェリーはこの時点を持って俺の正式な関係者となった。
「……そっか。君、私達のことを全部知っちゃったんだ」
「事情を話した人間を責めないでやってくれ。何も知らずにリスティと対決すれば俺が殺されると思い、裏切りを覚悟で教えてくれたんだ」
「分かってる。落胆しているのは、私の口から話せなかった事なんだ。君には知る権利があり、私には伝える義務がある。
その覚悟を胸にこの国に来たんだけど、肩透かしだったね」
フィリス、リスティ、セルフィ、フィアッセ――彼女達全員が共有している、大いなる秘密。到底信じられず、到底共有出来ないであろう脅威。
おいそれと打ち明けられなかったのも、知った後なら頷ける。秘密を打ち明けるのにどれほどの覚悟が必要なのか、セルフィの沈痛な表情を見れば分かる。
運転手のノエルや妹さんに言及しないのは、彼女達がプロだと判断しているからだろう。見た目では判断しない、彼女の人を見る目の確かさには驚かされる。
セルフィは、俺を見つめる。人を見るその確かな視線に、嘘は通じない。
「話を聞いて、率直にどう思った?」
「俺が戦う相手はどうして俺より強いのか、神様の首を絞めたくなった」
「あはははは、まさかそんな風に愚痴られるなんて思わなかった」
一般的な普通という概念で括れば、彼女達は普通の人間ではない。那美を含めて彼女達を受け入れている人達はきっと、彼女達を普通の人間として扱っているのだろう。
俺もそうすべきだと思うし、実際別に差別意識はないのだが、だからといって彼女達を普通だとは思えなかった。何しろその中の一人に今、俺は殺されそうになっているのだから。
それに、友達に嘘はつきたくない。少なくとも、俺が友達だと思っている限りは。自分もそうだけど、人間だってそんなに上等な生き物ではない。
幽霊に魔導師、異世界人に夜の一族、妖怪軍団に加えて魔導書生まれの娘達まで出来たのだ。人間とかそうじゃないとか、死ぬほどどうでもよかった。
「それに、今の俺の話を聞いただろう。俺の周囲だって、結構とんでもないぞ」
「マフィアやテロリストを相手に戦っている時点で普通じゃないと思ってたけど、まさか魔法なんてものまで持ち出してくるとは思わなかったよ。
まさか先月の活躍も、その力によるもの?」
「全く関係ないとは言わないけど、少なくとも俺は何の力もない生身の人間だよ。でなければ、剣を振り回したりはしないよ」
「……私の感覚が、おかしいのかな。魔法を使うより、剣でテロリスト達と戦う人の方がすごく思えてきた。
というか、剣で銃と戦おうとしないでよ。ニュースサイトのソース、百回くらい見直したよ」
――正確に言えば海鳴の桜の枝で戦っていたのだが、自慢にも何にもならないのでふせておこう。選択の余地はなかったのだが、我ながら無謀だった。
時空管理局やプレシアが起こした事件等は必要ないので話さず、魔法という力のみを説明。那美よりリスティ達の秘密を聞いて、彼女達なら分かって貰えると確信した。
医者や家族関係者への説明と同じく誤魔化すことも出来たのだが、秘密を聞き出した以上こちらも話すのが筋ではないかと思ったのだ。全てを打ち明けずとも、協力し合える。
シェリーも半信半疑でこそあったが、フィリスを救う為と割り切って理解に努めてくれた。
「本当にその力を使えば、フィリスは助けられるの?」
「同じ遷延性意識障害の患者が、魔法を使って意識を取り戻した例がある。実証もない力を使って、フィリスを実験台にするつもりはないよ」
「そうだよね、ごめん。植物人間状態になったと聞いて私も落ち込んでいたから、急に救いの手が差し伸べられて戸惑っているんだ。
君を疑うつもりはないんだけど、何だか信じられなくて」
「気持ちは分かる。魔法なんて言われて戸惑わない方がどうかしているよ」
運転手のノエルや妹さんが、身じろぎする。同じ遷延性意識障害の患者とは、言うまでもなく俺だ。俺自身を実験台にしたからこそ、これ以上無く堂々と言える。
ノエルもそうだが、護衛役の妹さんなんて実験開始直前まで反対していた。実験台は自分がなると言って、聞かなかったのだ。護衛の立場からすれば当然ではあるのだが。
実験が上手くいったのはあくまで、結果論にすぎない。今回ばかりは強行するしか無かったのだが、心配かけたのは申し訳なく思う。結局、予想外は起きたしな。
今度こそ何事も無くフィリスを救い出せるように、今ミヤと夜天の人が魔導書を徹底検証してくれている。メンテナンスが完了すれば、始められる。
「分かった。病院側にもそれなりの理由で説明してあるんでしょうけど、フィリスの家族には私の方からも説明しておいてあげる。
家族の承認や立ち会いも必要でしょう。私に、任せておいて」
「えっ!? あんたが全部引き受けてくれるのか」
「私だって、家族の一員だよ。事情を知っている人間が立ち会った方が、君もフィリスに集中できるでしょう。
その代わり、約束。絶対に、あの子を助けてあげてね」
『私からもお願いだよ。フィリスを、救ってあげて』
「俺に任せておけ」
好都合なんてものじゃない。フィリスの治療における問題点はこれでほぼ、解消された。魔法による治療を行う上で、家族側の承認が一番の壁だったのだ。
病院側や医者達にはスポンサーであるカレン達からの働きかけでどうにかなるが、家族側にもどうしても形式上立ち会いを求める必要があった。
承認を貰ったからといって、難易度の高い手術を家族側の立ち会いも無しに強行する病院なんてない。まして今回は非合法かつ非常識、どうやって誤魔化すか至難の業だったのだ。
シェリーは家族であり、世界的にも認められている立場の人間。彼女が立ち会ってくれるのであれば、俺達ものびのびとやれる。
お膳立てが整ったところで、肝心の病院が見えてきた。
「それで、治療の日は何時の予定?」
「準備もあるけど――何より、リスティの承認を得られた後に行うつもりだ」
「!? そ、それは……」
決めていたのだ。フィリスの目が覚めたら、あらゆる不安のない優しい世界を見せてやろう。彼女が心から望んでいた平和を、実現してみせる。
フィリスは俺を治療する上で、一切妥協しなかった。馬鹿だった俺の身体も心も癒すために、日々熱心に励んでくれた。医者の領分さえも超えて、俺を救ってくれたのだ。
あいつが居なければ、俺は今も駄目な人間だった。世界を斜めで見つめ、他人に唾を吐いて生きていただろう。自分が一番駄目だということにさえも、気付かずに。
他人を救うのに、妥協なんてしていい筈がない。相手が例え自分を殺すつもりであっても、手を差し伸べることをやめてしまったら何もかも意味がなくなる。
「フィリスを先に助けたらきっと、リスティも分かってくれるよ。それじゃあ駄目なの?」
「元通りになるだけだ。リスティは確かに止まるかもしれないし、彼女の絶望は晴れるだろう。けど、それで終わりだ。
また今度何か起きたら、再び同じことを繰り返す。一度傷付いた心は、希望を見せても簡単に癒やされるもんじゃない。
何より――どれほど憎い仇であれ民間人を傷付けた以上、あいつも警察の民間協力はやめるだろうよ」
人を救う仕事に就いているシェリーは、辛そうに口を閉ざした。もしも彼女が救うべき人間を故意に傷つけてしまったら、同じ責任を感じるに違いない。だから、俺の言い分を分かってしまう。
感情が納得しないから、憎しみのままに俺を傷付けた。やり直すために、俺を殺して精算するつもりでもいる。でも彼女は元来、責任感ある人間なのだ。
俺を殺すか、フィリスを救えば、まず確実に正気に戻り。その瞬間激しい自己嫌悪に襲われて、強い責任感が彼女を容赦なく苦しめる。立ち直れなくなるほどに。
フィリスを単純に救えば済む問題ではない。高町美由希と同じく、感情面を落ち着かせるには決着をつけるしかない。拗れた人間関係は、ケジメを付けない限り尾を引いてしまう。
あいつの承認を得るにはフィリスを救った結果ではなく、俺自身への信頼を取り戻さなければならない。
フィリスのように、嫌われていると分かっていても自分から接していかなければ始まらない。
「フィリスの見舞いが終わった後、彼女に電話をかける」
「……そっか……君、私が来るのを待ってくれていたんだね」
「見届け役をお願いするつもりだったんだけど――どうやら、ヒーロー様は黙ってみてはくれないみたいだな」
「当たり前だよ! 私はね、主人公の帰りを待つヒロインじゃないんだよ。いっぱい口出しするし、君を殺させたりしない。
ヒロイン役は、フィアッセに任せるよ」
『シェリー、何言ってるの!?』
「フィアッセ。君も、覚悟を決めよう。リスティの"力"を止めるには私だけじゃなく、君の"ルシファー"もいる」
――フィアッセが、息を呑んだのが分かった。単純な呼吸ではなく、精神にまで食い込むような息遣い。恐らく声を失った時と同様の衝撃が、彼女を襲っている。
震え上がるフィアッセの手に、姉妹の力強い手が添えられる。恐慌するフィアッセに対し、シェリーは心まで頼れそうな笑顔を向けた。
まるで魔法をかけるように、彼女はこう言ったのだ。
「リョウスケがどうしてここまで一生懸命フィリスとリスティを救おうとしているのか、もう分かってるんでしょう」
『……』
「彼は君の為に、命懸けで戦うつもりなんだよ」
――この日の夜、俺はリスティ・槇原を呼び出した。
<続く>
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