とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十六話
徒歩で日本中を旅していた俺にとって、乗り物には無縁であった。金がなかったのもあるのだが、当時は武者授業も兼ねていたので、徒歩やランニングで身体を鍛えていたのだ。
結局武者修行そのものは自己流で何の意味も無く、身体は鍛えられても剣の強さには繋がらなかった。無駄な時間を費やすくらいなら、乗り物に乗っていた方が良かったかもしれない。
世の中には、色んな乗り物がある。子供も乗れる自転車から地球から飛び立てるロケット、異世界へ行けば宇宙戦艦なんてものまで揃っている。短時間で、世界間を羽ばたけるのだ。
スケールこそ落ちるが、飛行機も俺にとっては未知の乗り物。空港なんて一人旅を続けていたら、一生足を運ぶ事はなかっただろう。
「何で俺が女を迎えに、空港まで来ないといけないんだ」
『友達は大切にしないと駄目だよ、リョウスケ』
先月ドイツまで行った、プライベートジェットではない。一般人でも乗れる飛行機が行き来する国際空港にて、フィアッセ・クリステラと二人で出向いていた。
護衛の妹さんは別にして、常日頃共に行動するアギトとローゼはお留守番。管理プランの行動範囲は海鳴町のみ、町の外に出るには時空管理局の許可が必要となる。
教育プログラムの採決前、この大事な時期に自分で定めたルールを破る訳にはいかない。許可を取ろうと思えば取れたのだが、大した用事でもないので止めておいた。
ミヤは夜天の人と一緒に、夜天の魔導書のメンテナンス中。久しぶりに、少人数での行動となった――それでも、三人いるんだけどな。
ひとまず、妹さんに確認する。
「何処かに怪しい奴とか潜んでいないか、妹さん」
「問題ありません」
「そうか。何も起こらないとは思うが、警戒しておいてくれ」
「分かりました、お任せ下さい」
国際便となれば、当たり前だが外国人も多く乗せてくる。俺はロシアンマフィアと武装テロ組織に狙われている身、用心に越したことはない。
だが一番警戒しているのは、奴らではない。国際空港ともなれば、人種を問わず行き来する人の数が多い。その中にもしかすると、人ではないモノが混ざっているかもしれない。
先月の数々の事件で世界中に顔を売ったとはいえ、有名税などと自惚れるつもりはない。カレン達はいい顔しないが、一般人に顔バレするくらいは別にいい。好んで目立つつもりはないが。
警戒しているのは、人間社会に潜んで生きている魑魅魍魎達。天狗一族に宣戦布告して、俺は人と妖の融和を掲げている。人を嫌う妖怪達にとって、俺は明白な敵だった。
立場を明白にしたことで頼ってくる妖怪達は多いが、反対に襲ってくる連中だっていた。その全てを撃退して仲間に取り入れているが、まだまだ油断は出来ない。
そういう意味ではあまり海鳴から出たくなかったが、今日ばかりは仕方なかった。
「それにしても、お前らとセルフィが家族同然の関係だったとは驚いたよ」
『私こそ、リョウスケとシェリーがペンフレンドなんてびっくりしたよ』
セルフィ・アルバレットの来日。5月から文通していた海外の美人レスキュー隊員が、長期休暇を取って日本に訪れる。友人と友好を温め、家族を救うその為に。
彼女との文通を勧めたのはフィリス・矢沢、彼女が勤める病院に入院していた時、海外テレビに出演していたセルフィへの応援の手紙を送るように勧められたのが始まりだった。
人との縁には、偶然と必然の二種類がある。この縁はフィリスを通じて結ばれたもの、海外テレビの有名人より一個人に直接返事の手紙が来るなんて通常ありえない。
あの時フィリスはらしくもなく自信満々だったのだが、種を明かせば何てことはない。家族だったのだ、フィリスとセルフィは。太鼓判を押せるのも頷ける。
そしてフィアッセとも、大きな繋がりを持っている。今日一緒に来たのは、その為だった。
「入院中暇していた俺に、あいつが強引に勧めたんだよ。正式な手紙なんて、ガキの頃以来だったよ」
『いいな、そういう関係。とっても、素敵だよ。そうだ、私とも文通しようよ!』
「ほぼ毎日会ってるじゃねえか。これ以上何を話すんだよ、おい」
『手紙でしか書けないことだって、きっとあるよ! 英語でやり取りするのは、どうかな? きっと、リョウスケにとってもいい勉強になるよ』
「むっ……じゃあ、交換日記でもしようか。さすがに手紙でのやり取りは、不毛だろう」
『うん! 早速、可愛いノートを買ってくるね!』
「あっ、こら!? 妹さん、動向を見守っておいてくれ」
「了解です」
声は出せないのに"声"を追えるというのも不思議な話だが、この空港内であれば何処に居ようと妹さんは追跡出来る。すれ違いになるのも嫌なので、俺はこのまま待つことにした。
――先日神咲那美より聞かされた、フィアッセ達の秘密。魔法だの、幽霊だの、夜の一族だの、いい加減慣れっこだった俺にとっても、驚愕の秘密だった。
顧みれば、秘密の兆候らしきものは過去に見れた。アリサ復活の儀式時、協力してくれたフィリスとリスティの背に――確かに、"在った"のだ。
見間違いかと思っていたのだが、まさか本当にあるとは思わなかった。夜の一族や妖怪達の脅威は身に染みていたが、人間にも存外未知はあるものらしい。
フィアッセにはまだ、俺が知ったことを知らせていない。護衛を買って出て少しずつ落ち着いてきているが、フィアッセはまだまだ情緒不安定。声を出せないのが、その何よりの証拠。
秘密を知られた時の衝撃は、決して少なくはないだろう。この先避けられない悲劇が待ち構えている彼女に、これ以上の負担はまずい。
一方で、隠し事をしている後ろめたさは確かにある。少なくとも、ずっと隠し立てするのは不可能である。
間もなく――リスティ・槇原と、対峙するのだから。
「妹さん」
「はい」
「俺がもしリスティと対決するとなったら、やっぱり止めるか」
「はい」
返答を、躊躇わなかった。妹さんは、俺の護衛である。基本的に俺には忠実に従ってくれているが、命に関わるとなれば意見はする。
命令で従わせることだって出来るが、そのゴリ押しが今まで数々の人間関係を狂わせてしまった。妹さんの忠義は鉄壁だが、どうあれ心が傷つくだろう。
神に等しき深遠なる精神を持つ女の子、人間に踏み込む余地はなくとも喜怒哀楽はある。人と違う心を持っているから、対話を避ける理由にはならない。
この子はどこまでも、俺の味方をしてくれているのだから。
「妹さんには以前俺がフィリスの見舞いをしている間、リスティの足止めを頼んでいたよな。あの時退治して、何か感じるものはあったか」
「――彼女から、"波"を感じました」
「波……?」
「森羅万象、全ての万物は"声"を発します。あの人は"声"を奏でて、空間を震わせていたのです」
那美から聞いた秘密と照らし合わせれば、妹さんの言う印象と一致する。対峙しただけで感じたのであれば、俺と対決すればあいつは間違いなく秘密を解き放つだろう。
五体満足であれど、今だに弱者のまま。神速の練習は続けているが、恐らく間に合わない。それにあの技は出来れば、高町美由希のみに使用したい。
切り札というのは、秘密であるからこそ価値がある。俺の関係者の中で言い触らす奴なんていないが、世に出せば伝播してしまうものだ。
神速が使えないとなれば、恐らく――近づくことも出来ず、殺される。だからこそ那美は、裏切りだと分かっていても教えてくれた。
「剣士さん。もしもどうしても彼女と戦うのであれば、提案があります」
「何だ?」
「先生より、私は『念話』を教わりました。彼女と戦う時、お許し頂けるのであればサポートさせて下さい」
「! "波"が来るタイミングを教えてくれるのか」
「差し出がましいようですが、不意に殺されることはなくなります。剣士さん、今の彼女は危険です」
不意に、殺される――"波"とは、よく言ったものだ。嵐が来る前の海の静けさ、戦いになれば堤防を破壊する大波が襲い掛かってくる。そしてこれは、比喩表現ではない。
嵐を前に、剣士一人なんて無力なものだ。今の俺には波どころか、水さえ斬れない。命まで飲み込まれて、潰されて終わりだろう。
プライドは、捨てた。意地も見栄も、海外に置いてきた。今は敵に勝つのではなく、味方を救うために尽力する。
一人で戦えるのは、強者のみ。強くなるその日まで、恥も外聞もない。
「分かった、よろしく頼む」
「お任せ下さい、剣士さん」
「妹さん、あいつは俺を――不意打ちでも、平気で殺せるのか」
「……はい」
他でもない妹さんが感じたのであれば、間違いないだろう。高町美由希と同じく、リスティ・槇原も俺を平気で殺せる怪物となってしまった。
元来の彼女は絶対に、殺人なんてしない。だからといって、今の彼女は決して別人ではない。人の心には、仏と鬼の両方が住んでいる。
大いなる良心が悪辣に駆逐されてしまったのは、俺が彼女を絶望に追いやってしまったからだ。疲弊し摩耗してしまった心が、悪魔の囁きに身を委ねてしまった。
俺を殺すことで、今まで起きた全ての悲劇を無かったことにする。人生にリセットボタンなんてない、それは分かっていても縋り付いてしまう。
これもまた人間、秘密を持つ彼女達の一端――俺に、はたして受け止めきれるだろうか。
「ようやく会えたというのに何なの、その暗い顔!」
顔を、上げる――フィリスと同じ、シルバーブロンドの髪。よく似合うボーイッシュな服を着て、身体の半分以上もあるスーツケースを手に俺を見下ろしている。
綺麗な眉を不満げに潜めながらも、その美貌を晴れやかに微笑ましている。ブラウン管越しではない彼女の容貌はスポットライトに照らされなくても、十分に輝いていた。
災害現場で苦しんでいる人達を救う、正義の味方。助けを求めている人がいれば、何処であろうと必ず助けに現れる。
彼女はヒロインであり、ヒーローでもあった。こうして悩んでいた俺の前に、現れてくれたのだから。
「……セルフィ。セルフィ・アルバレット、か?」
「そういう君は、宮本良介君。やっと、会えたね」
本当に嬉しそうに、俺の手を握ってくる。海外よりはるばるやって来たヒーローの手は少し冷たくて、心に染み入るようだった。
感動の対面、とはならない。そんな大袈裟なことには、ならない。だって彼女は困っている友達に、会いに来たのではない。逆だ。
友達が、困っているから――遠い国より、来てくれたのだ。
「ターミナルからまっすぐここへ来たのか。よく俺がここにいると分かったな、こっちから迎えるつもりだったのに」
「――その剣道着姿、遠目からでもすぐ分かるから」
まったくもー、とセルフィは身だしなみに注意する。どうやら彼女の乗っていた便が、予定よりも早く到着したらしい。
思いがけない不意打ち、卑怯だと心から思った。出迎えて感動させるつもりだったのに、逆に大いに感動させられてしまった。
不意打ちの登場となれば、次なるヒーローの台詞は決まっている。
「色々困っているみたいだね。でももう、安心して。私が必ず、君を助けてあげるから!」
「たく……そういうのは日本じゃあ、男の台詞だぞ」
「人を助けるお仕事は、私の方が先輩だよ。尊敬の念をこめて、私の事は今から"シェリー"と呼びなさい」
気取った台詞と仕草、憎たらしいほどキマっている。多分飛行機の中で練習もしていたに違いない。ここまでやられると、笑いさえこみ上げてしまう。
今まで俺を支えてくれる人、支援してくれる人、手助けしてくれる人、色んな人達に助けられた。
でも、彼女のような人は初めてだった。
「フィアッセも一緒だと聞いてきたけど、どうしたの? あっ、さては何か嫌われるようなことをしたんでしょう。
前から思っていたけど、君はもう少し女性の扱いを大切にした方がいいよ。私が、指南してあげる」
「恋人いない歴と年齢が一致する人に教わるのは、ちょっと――ゴフッ!?」
「友達相手なら遠慮せず殴るよ、私」
他人を救う決意をした、俺を――彼女は、"救い"に来てくれたのだ。
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.