『今日の家族会議の議題は、今晩行われる良介の決戦。ここ数日話し合ってきた戦術及び戦略を検証し、万全の態勢で望みましょう』
『今日戦う事になるであろう相手の能力はこれで全部だよな、那美』
『うん、今まで話した事が全部だよ。身元や素性はどうしても話せないの。本当にごめんね、ヴィータちゃん』
『お前の住む寮の同居人であり、大切な友人なのだろう。お前の心中は今の我々なら理解出来る。話してくれて感謝する』
『打ち明けなければ、この男は間違いなく殺されていた。感謝こそすれ、咎めたりなどしない』
『……ありがとうございます。シグナムさん、ザフィーラさん』
『むぅ……皆、ちょっとメイドさんに優しくし過ぎじゃないかしら。使用人を甘やかすのはよくないわ!』
『意地悪な姑さんになっとるで、シャマル』
『主に愛されるあの姿勢は、ローゼとしても見習いたいものです』
『はいはーい、いつも通り脱線しているわよ。決戦は今晩、すぐにでも話し合って各自行動に移しましょう』
『サポートは護衛の姉さんで、同行するのはアタシだな。天然チビは留守番と、へへへ』
『うう、無念ですぅ……リョウスケ、本当に大丈夫ですか』
『お前の本番は、フィリスの救助だ。メンテナンスに専念してくれ。人払いの結界は、任せたぞ』
『ファリンと私で、周辺の警戒をしておきます。時空管理局と管理プランへの対応はローゼにお任せ下さい』
『良介様、応援しております! 良介様にもし万が一のことが起きても、きっと一号が助けに参上しますよ!』
『……こいつを見張ってろ、忍』
『……はいはい。私ももうちょっと、貢献したかったけどね』
『ともあれ、これで準備は整った。見てろよ、リスティ。俺はお前には、絶対に勝てないけれど――
俺達ならお前を救えるということを、証明してやる。この海鳴の地で培った、強さで』
とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十九話
"リアーフィン"とはHGS患者特有の体質で、超能力を発揮する時に能力者の意思で展開される光の羽の名称である。魔導師で言うデバイスであり、魔法使いの杖と言ったところか。
リスティ――リスティ・C(シンクレア)・クロフォードの羽はトライウイングス・オリジナルと呼ばれ、三対の光輝羽が展開される。リアーフィンの展開こそ、彼女達の本領発揮。
HGS患者は念動や精神感応等の特殊な能力を持つが、人に過ぎた力は制御が難しいとされる。過剰な能力が発する放熱、そして何より能力の制御。あの光の翼が、HGS患者の安全弁。
その羽根が闇色に染まっている――リアーフィンの変質とは、本人そのものの変貌。俺にとって、そして本人にとっても危険な徴候である。
「"私"は、お前を許さない。"私"から全て奪ったお前だけは、必ず殺してやる」
「自分の言っていることを、理解しているのか? フィリスも、フィアッセも、まだ生きている。お前自身が、彼女たちを否定しているんだぞ!」
「黙れ、裏切り者! お前の悪辣な企みを、"私"が見抜いていないとでも思っていたのか」
「企み……?」
「海鳴大学病院に多額の寄付を行い、最新の医療機器を投入。世界中から集めた高名な研究者や医療スタッフを集めて、チームを作った」
「フィリスを助ける為だ。実際、彼女は回復している。後は心の問題だが、その対策も既に考案している」
「フィリスの為――その言葉が何より、一番許せない。お前の本当の目的は"HGS患者の人体実験"、フィリスを調べてHGSの全てを独占するつもりなんだろう。
でなければわざわざフィリス一人の為に、多額の投資や医療チームの派遣など行うはずがない!!」
違う――とは、言い切れなかった。スポンサーはカレン・ウィリアムズ、あの女だ。あいつは俺の味方ではあるが、公私混同はしない。見返りもなく他人を救う、善人ではない。
考えてみればフィリスの治療を頼んで何日も経過しているのに、スポンサーのあいつがフィリス本人について何ら追求しないのは妙だ。HGS患者である事は、分かっていたはずなんだ。
HGSはトップシークレットだが、カレンが保有する情報機関なら必ず調べ上げられる。何より患者であるフィリス本人を徹底的に検査すれば、調べ上げられるだろう。
HGS患者の特殊体質、そして超能力。彼女達が生み出す力は、新たな産業となり得る。それらを懸念して今まで存在が秘密とされていたが、カレンに発覚した。
少なくとも確実に、カレンは何らかの形では利用するだろう。人体実験まではしないにしても、あいつなら有効的かつ効果的に利益を生み出せる。
カレンに発覚した原因は俺、とも言えなくもない。いや確実に、そうだろう。
「それがどうした」
「何、だと……今、なんて言った」
「それがどうした、と言ったんだ!」
怒りが、こみ上げてくる。今までずっと我慢していたが、もう限界だった。何なんだ、こいつは。何なんだ、こいつらは!
桜の木の枝である剣を地面に叩きつけて、吠える。許せないだと? 俺も同じだ、フィリス。俺だって、お前を許さない。
「お前が、フィリスに何をした。死んだだの何だのと、結局あいつを諦めたんだろう! 俺がこの町に帰って来た時に見た、あいつの現状は悲惨そのものだった。
どうしてあんなにやせ衰えたまま、放置していた。フィアッセも、お前も、あいつは死んだのだと決めつけて、寝かせたままにしてたからだ!」
「!? わ、私――僕もフィアッセも、どんな気持ちで目覚めないあいつを見守ってきたと思ってる!」
「死んだと決めつけた奴の気持ちなんぞ、知るか! 同情や憐憫で、あいつは救えないんだよ!」
「だったら、人体実験をしてもいいっていうのか!」
「研究資材に利用しているのは否定も肯定もしねえよ、調べてみないと分からんからな。人体実験をしていると決めつけているのは、間違いなくてめえの勝手な被害妄想だがな。
だけどな、それがどうした。利用されようがなんだろうが、あいつは立派に回復している。目の前の現実が、全てだろうが。
現実を見るのをやめたてめえに、今の現実を否定する権利はねえんだよ!!」
「お前の現実など、僕が否定してやる!!」
そうなのだ、何だかんだ言っても結局俺達はお互いが許せないだけだ。それはきっとフィリスが救えない自分の不甲斐なさを、他人のせいにしているからだ。
俺は今フィリスを救おうと努力しているが、フィリスが怪我した最たる理由は俺だ。リスティは今フィリスを見捨てたが、フィリスが怪我した原因そのものはあいつじゃない。
過去と現在、どちらかに非はある。どちらを責めても、角が立つ。どちらも許せないから、俺達はこうして戦っている。剣を、力を――心を、ぶつけあっている。
「リョウスケェェェェェ!!」
「リスティィィィィィ!!」
俺はあいつを止めて、あいつは俺を殺して、お互いの罪に決着をつけて前に進もうとしているだけだ。
『念動力はすずかさんの"声"があれば、対応は出来るでしょう。ただし主本人に力をぶつける場合、に限定されますが』
『……? 念動力は敵本人に力をぶつけてなんぼの超能力だろう』
『主の浅はかな見識に、指揮官たるローゼが見解を述べるとしましょう』
『くそう、初めて役立てる現場だからって生き生きしやがって!』
『そもそも念動力とは、意思の力だけで物体を動かす能力を指します。物体とは、敵である主本人のみとは限りません。
決戦の場は人の居ない空間としておりますが、"物体のない空間"も条件に加えるべきだとローゼは進言します』
『念力、確かサイコキネシスだったか。厄介だな……一応町外れの私有地を待ち合わせ場所にするつもりだったが、工事を進めて整地させよう』
『だったら多分、石ころとか土とかその辺を使ってくるだろうな。一応守ってやるけど、お前もシールドの訓練くらいしておけよ』
『はいはい! いい機会だから、あのシールドの命名を提案します!』
『……名前とかどうでもいいだろう、忍』
『だって柔らかい盾とか、そのまんまじゃない。せっかく本格的な戦いに使うんだから、必殺技っぽく叫んだ方が相手を怯ませられるよ』
『はいはい、実にどうでもいい提案ありがとう。じゃあお前の命名を、採用してやるよ』
『じゃあ、すずかさんどうぞ』
『妹さんかよ!?』
『任せて、お姉ちゃん』
『妹さんも妹さんで、なんかやる気だし!? しかもまた、なんか漫画雑誌を取り出したぞ!』
『剣士さんのシールド名は、この漫画の――』
黒のリアーフィンが展開されて、砂埃が巻き上がる。超能力により生じた強い力場が形成されて、リスティの周辺が地面ごと繰り抜かれて空間そのものが削られているのだ。
舞い上がった砂の礫、繰り抜かれた大地、土に埋もれた土石。それらに全て明確な敵意が込められて、怒涛のごとく俺に襲い掛かってくる。
小さい石でも念力が込められれば、立派な弾丸だ。直撃すれば、痛いでは済まない。アギトが魔力を放射して勢いを殺し、俺がシールドを展開する。
想定通りに進んでいるのなら、想定通りに唱えてやろうじゃないか。月村忍と月村すずか、美人姉妹の名付けたシールドを――!
「"ソフト&ウェット"」
魔法の才能のない俺は強い魔力を費やした強度ではなく、弱い魔力を活用した柔軟性を追求。攻撃を壁のように防ぐのではなく、ゴムのように弾き飛ばす。
そもそもユニゾンしないと、俺は魔法そのものが使えない。俺に、いや誰にだって出来るのは魔法の構成のみ。術式を組み立てて、魔力を練り上げて、魔法として完成させる。
言い換えるとユニゾンデバイスを使えば、術式さえあれば魔法は使える。念話の応用でアギトに術式を伝え、俺の魔力を彼女が練りあげ、魔力を受け取った俺が魔法を発動。共同作業である。
ユニゾンすればこんな工程も必要ないのだが、彼女の主は俺ではない。苦肉の策ではあるが、この共同作業を俺もアギトも意外と気に入っていた。
一緒には戦えないが、共に並んで戦える。
「それが、魔法の力か!? お前の邪悪な力なんて、僕が粉砕してやる!」
「俺こそ、お前のその身勝手な力をねじ伏せてやる!」
矛と盾、ぶつかり合っても矛盾にはならない。向こうの強大な矛を、こちらの柔軟な盾が包み込んでいる。壁は力で壊せても、スポンジを壊すことは出来ない。
最強の力を最弱の力で押さえ込む、長期戦に発展すれば不利になるのは向こうだ。魔力の消耗は少ないが、超能力の消耗が激しい。先に、リスティが力尽きるだろう。
もっとも、こちらにも余力はない。構成を維持し続けるのは大変だし、魔力を行使し続けるアギトの負担も大きい。どちらも、辛い。でも俺達は、お互いを支え合える。
砂埃が舞い、土煙が上がって、視界が遮られる――その瞬間刃を手に取って、背後を切り払った。
「グガッ! テ、テレポートを先回りした!?」
「同じ攻撃が、二度も通じるか!」
ハッタリである。二度だろうと、三度だろうと、テレポートを見破る術はない。瞬間移動は、あらゆる速さを凌駕する。先回りできるのは、人外の感性のみ。
妹さんのフォローで位置取りを割り出した俺は即座に斬り、リスティの念動力発動を断ち切った。そのまま追撃を仕掛けるが、すぐにテレポートされて逃げられる。
そのまま立ち上がって、前へ走る。たたらを踏むリスティは念動力を仕掛けるが、咄嗟の抵抗だと判断して、歯を食いしばって耐える。アギトがカバーに入るが、骨が軋む。
少なくないダメージを負ったが、まだ十分に戦える。ようやくリスティの間合いに入った俺は真上から剣を振り下ろした、が――
「止めた!? それも超能力か!」
「僕の"サイコバリア"は、そんな木の枝で壊せないぞ!」
超能力を、防御に使ったか!
『相手の攻撃を防ぐことばかり考えているようだけど、斬り込めば相手だって防ぐから注意しなさい』
『防御ごと、斬り込めば済む話じゃないか』
『おほほ。単細胞なご主人様なら、きっとそう言うと思いましたわ』
『俺の家族、基本的に俺を軽視し過ぎだろう!?』
『超能力で防がれたら、あんたの剣だと斬れないでしょう。どうせまた木の枝を拾って、振り回すつもりなんでしょう』
『せめて、木刀と言ってくれ』
『はいはい。とにかく、何が何でも剣で対抗しようとしないように。あんたの悪い癖よ、それ。
固い攻撃には、柔らかい思考で対応しなさい。メイドのあたしが、今の内に考えてあげるわ。そうね――』
「壊すつもりはねえよ――ソフト&ウェット!!」
盾に対して矛ではなく、同じ盾をぶつける。強固な盾と、柔らかい盾。ぶつかり合った衝撃は双方に跳ね返るが、相手が壁に対してこっちはゴム。衝撃は跳ね返り、二重の衝撃が彼女を襲う。
空気が震え、大気が振動。超能力と魔法の激突は激しい火花を散らし、やがてリスティを一方的に押し込んだ。硬さでは勝てなくても、柔らかさなら負けない!
衝撃の激突にこっちもふらつくが、日本中を旅した足腰だけは俺の数少ない自慢だ。体勢を崩した彼女に、体勢を維持したままの俺が下から剣をすくい上げる。
跳ね上がった剣を驚異的な反射で回避するが、前髪と額が切り裂かれる。血が流れる額を押さえて、リスティは憎悪の篭った眼差しで俺を見やった。
人を殺せる視線、狂気がねじ狂う目――慣れ親しんでいる。よほど人に恨まれる人生を送っているらしいな、俺は。
「やはり最低な奴だ。女の顔に、傷を作りやがって」
「海外に行って、フェミニズムに目覚めたんだ。吸血鬼だの、マフィアだの、女ってのはなかなか怖い生き物だと学ばせてもらったよ」
美しい顔に傷をつけて心が揺れなかったといえば、嘘になる。罪悪感も、多少は感じている。その全てを、心の迷いごと斬り飛ばした。
言葉と同時に真一文字、隙を狙った一撃だったが一歩退かれて空振った。憎しみに我を忘れても、警察官の防衛本能は冷静に働くようだ。
怒りに任せた念動力を向けられるが、シールドを展開して防御。敵も行動を読まれている事を既に熟知して、間合いを測る。剣のみならず、魔法の間合いも掴みつつある。
超能力にも、何とか慣れてきた。妹さんの援護が、やはり大きい。広範囲に攻撃を受けても攻撃する手段とタイミングが分かれば、致命傷は受けない。
一進一退の攻防、致命傷は受けないが、致命打を与えられない。タイミングを測って攻撃を行うが、テレポートで距離を取られてしまう。
アギトも炎弾を打ち続けるが、遠距離攻撃はサイコバリアで防がれる。ソフト&ウェットで相殺出来るが、接近しないとぶつけられない。
時間の経過と共に両者の傷が増え、疲労も積み重なる。互角の勝負、ではない。あっちは一人、こっちは大勢。皆に支えられて、何とか戦えているだけ。
過去の多くの失敗と、海外で培った経験。どうしようもない自分自身を知り、自分の弱さを自覚しているから焦らずに済んでいる。敗北確定だからこそ、か細い勝利の道筋を貪欲に追えるのだ。
一刻も早く殺したいリスティと、この点が明暗を分けていた。
「ハァハァ……しぶといな、さっさと死んでしまえ。お前がいるから、皆が苦しむんだ!」
「そうだな、俺が居たせいで皆の人生が狂ってしまった」
もしも俺がこの街に来なければ、きっと皆は幸せな人生を送れただろう。高町家は何事も無く平和なままで、フィリスやリスティもそれぞれの人生を問題なく送っていた。
俺を好きだと言っている月村忍だって、別に俺に会わなくてもきっと良き出会いがあった。同じクラスの高町恭也あたりと案外、恋人同士になったかもしれない。
高町なのはは魔法少女となったが、あいつには才能がある。時空管理局の連中とも仲良くやっているし、将来は局入りする道もある。
そのどれもに俺が介入して、狂ってしまった。分かっているとも。
「だからこそ、俺が居て良かったと思わせてやるさ。過去はどうしようもないが、今の行動次第で未来は変えられるからな」
「お前がいたせいで、その未来が狂ったんだと言っているんだ!」
「狂った道筋の先が不幸だと、どうして決めつけられる。諦めてしまったら、何も変えられない。誰も、救えない。
警察官のお前に、その道理が分からないはずがない。いい加減、目を覚ませ。フィリスが一番望んでいないことだろうが、こんな事!」
「それ以上――あいつの名前を、口にするなぁぁぁぁーーーーーーー!!!」
――突っ伏した。容赦なく、問答無用で、叩きつけられる。上から来る、妹さんの警告が無意味に終わった。雨が降ると分かっていても、傘がなければ逃げても濡れるだけだ。
俺に向けられた念動力、ただし方向は真上。何倍、何十倍にも積み重なった念動力に地面ごと押しつぶされて、為す術もなく埋められていく。
指一本、まともに動かせられない。剣は握っているが、腕が持ちあげられない。アギトも飛ぶことさえ出来ず、ブチブチと嫌な音を立てて潰されていっている。
最大級の念動力は――地球の重力すら、凌駕する。高密度の重力に、俺もアギトも飲み込まれていく。
「ぐおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「お前らが、お前が全部悪いんだ……お前が死ねば、フィリスも、フィアッセも、何もかも元通りになるんだ……那美も、僕を許してくれる……お前さえ死ねば、終わる!
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
笑っている。嘲笑っている。嗤っている。咲っている。哂っている。わらって、わらって――哭いている。
闇夜に羽撃く黒い翼が、光の鱗粉を舞い上げている。赤い火花を散らしながら、念動力を吹き上げている。暴走なんてものじゃない、完全な暴発だった。
ああ、あんなにも喜んで、楽しんで、とても、とても、苦しんで……そして、舞い上がっている。終わりを、望んでいる。
そうだな――もう、楽になってもいいよな。
「……ぉ、ぃ……」
「…ぁ、ギ、ト……?」
「――ユニゾン、しろ」
「っ……それ、は」
「ぃ、い……」
「でも」
「お前が死ぬよりは、いい」
――アギトは、潔癖だ。口が悪くて、態度も悪くて、人間が嫌いで、本人はとても純粋。ここで俺とユニゾンすれば、もう二度と誰ともユニゾンしないだろう。
決まった主には充実に従い、道具としての任を全うする。それがどれほど嫌いな奴でも、自分から進んで尽くすだろう。心を殺して、魔導兵器として生きていく。
彼女の気持ちが、嬉しかった。ここまで付き合ってくれた。本来何の関係もないのに、力になるのだと笑って引き受けてくれたのだ。
ようやく、認めてくれた。
「分かった。本当にありがとうな、アギト」
「よ、し……は、はやく、手を……」
「でも、大丈夫だ」
そんな彼女からの申し出、決して緊急避難じゃない。自ら、手を差し伸べてくれた――分かっている。だからこそ、その手を掴めない。
こいつの高潔な精神を、こんな馬鹿げた死闘で受け入れるべきではない。本当に、心から望んだその時に、俺達は共に戦うべきだ。
俺はアギトの手をしっかりと握る。でも、ユニゾンのためじゃない。手を握るのは道具ではなく――相棒に、対して。
「言ってなかったな。実は俺には、娘達がいる」
『決戦とお聞きしまして声援と助言に参りました、父上』
『――また書を通じて、勝手に盗み聞きしていたな!? いい加減バレるぞ、シュテル』
『ディアーチェ、ユーリ、レヴィ、ナハト! 今父より、名前を呼んで頂きましたよ!!』
『何だと!? 我が父よ、まずは我にその栄誉を称えるべきであろう!』
『パパ、ボクもボクも!!』
『お父さん! あのあの、私も……名前で、呼んでほしいな』
『あーう!』
『父さん、大事な仕事で忙しいからまたな。おやすみ、我が娘達』
『お待ち下さい――"遠心力の公式"をご存じですか、父上』
『遠心力……? 何だ、算数の宿題でもやっているのか』
『家族会議のお題となった、念動力のことです。地球上の物体に対して働く地球の万有引力、地球自転による遠心力――それに念動力を組み合わせた、"合力"。
遠心力の公式より導かれるこの合力を使用されると、たとえ攻撃するタイミングが事前に分かっても潰されますよ』
『何だそれ!? 潰されるというと、重力みたいな感じか。そこまでの力を発揮できるのか、念動力ってのは!』
『推測の域を出ませんが、魔力でも応用できるので超能力でも可能かもしれません。対策するべきです』
『対策と言われても、うーむ……重力単位で攻めてこられると、どうしようもないぞ』
『飛び道具の使用を、最愛の娘として進言します』
『娘とか、何の関係もねえから! 飛び道具ってお前、重力圏内じゃ意味ないだろう。投げてもすぐ、重力で落とされる』
『そうでもありません。たとえば――』
「タイミングを合わせろ、アギト――クラールヴィント!」
『JA!』
クラールヴィントの基本状態は、指輪の形態。青い石と緑の石が鏤められた、二対の金色の指輪をしている。その形態を見せていると、誤解されやすい。
何故なら湖の騎士シャマルのアームドデバイスであるクラールヴィントは、指輪に入っている石が分離するのである。この分離した状態こそが、このデバイスの真骨頂。
ペンデュラムフォルム――指輪本体と紐で繋がった、振り子(Pendel)。フレームを構成するこの紐は伸縮式で、デバイスの意思でどこまでも伸びる!
潰されたままの俺の指から宝石が飛び出し、紐が放たれる。単なる紐じゃない、アームドデバイスを構成する強靭なフレーム。重力下を、魔力により突き進んでいった。
振り子はリスティの両足を結び、自由を縛る。指輪が振り子になるとは夢にも思っていないリスティは足元に気付くが、既に手遅れだった。
腕は上には上がらないが、真下には引ける。力任せに引っ張るとリスティは足を取られ、悲鳴を上げて倒れた。その途端、重力制御が狂う。
重力が狂うその僅かなタイムラグを、逃さない。アギトは飛び上がって、最大級の火炎魔法を解き放った。
「今だ! さっさと決めちまえ、リョウスケ!!」
「うおおおおおおお!!」
燃え盛る炎、その一切がリスティの周りにたなびくのみ。直撃させることも出来ただろうに、敢えて牽制として撃っただけに留めてくれている。
古代ベルカの融合騎の手を取らず、烈火の剣精アギトの手を握った俺への返礼。相棒としての役割だと、アギトは傷だらけの顔で笑っている。オッケー、後は任せろ。
炎に怯む彼女は俺の接近に気づいて手を上げるが、重力単位の超能力を使った後で消耗している。翼も、光を失いつつあった。
それでも憎悪に動かされて立ち上がろうとする彼女の前に、立つ。
「悲しみに揺れる湖面を照らせ――『Adagio sostenuto』」
「あ……」
右手の三連符と左手の重厚なオクターヴが幻想的な、月光の曲――剣より繰り出された、三連撃。全身全霊の剣閃に、リスティが崩れ落ちた。
原曲の美しさに比べて酷すぎる素人の剣技だが、少しはリズムも整ってきた。シグナム達と訓練していけば、近い内に完全にモノにできるだろう。
斬られた敗者は翼を開いたまま、虚ろな目で俺を見上げる。
「殺せ」
「……」
「殺せよ。僕は、お前を殺そうとした。お前を、殺したかった」
「お前は俺を、殺したかったんじゃない」
「違……」
「許せなかっただけだ」
「……何が、違う」
「俺も、お前が許せなかった。本当に、許せなかった」
「だったら、早く、殺せ……もう力を、抑えきれない」
本人は倒れているのに、黒い翼が閉じようとしない。暴走を超えて暴発までしてしまった超能力、病魔が進行している。
リスティの凶行は恐らく、この病期の進行が原因だ。この病気は、精神に左右されやすい。フィリスを失い、フィアッセが生きる希望を無くし、リスティの精神が破綻した。
通常の人間ならば、急に心がここまで変貌しない。この黒い翼こそ、彼女の変調の証。彼女の絶望を、後押しさせた。
だからこそ戦って、発散させるしかなかった。心変わりの理由を知りながらも、医療では改善できない。強いストレス、そして何より激しい憎悪は、復讐でしか果たされないのだ。
俺は分かっていながらも、やはりこいつを許せなかった。
「お前の最大の過ちであり、何よりお前を許せなかったのは――自分を、独りだと勘違いしていることだ」
「えっ……?」
「昔の自分を見ているようで、嫌になった。お前と同じだよ、結局俺も八つ当たりさ。だから、言ってやる。
困った時はもっと、周りを見ろ。周りを頼り、そして頼られる人間になれ。そうすれば、きっと――
相手の方から、救いの手を差し伸べてくれる。そうだよな、シェリー」
「本当だよ、まったく。君も、リスティも、子供みたいに喧嘩して!」
剣士の仕事は敵を斬る事、それだけだ。災害現場で人を救い出すのは、レスキューの仕事。傷付いた心を癒やすのは、歌姫に任せるとしよう。
戦いの終わりを見計らって、シェリー達が出てくる。シェリーとフィアッセがリアーフィンを展開して、リスティの暴走を止めに入った。
リアーフィンを展開するフィアッセは苦痛の色を消していないが、それでも俺を見て涙ながらに微笑んだ。彼女なりに、この戦いを見て感じるものがあったのかもしれない。
そして那美は――倒れるリスティを抱きしめて、泣き崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……リスティさんの事、私良介さんに話して――でも、どうしても」
「……いいよ、もう……分かってた。本当は、全部、分かってたんだ……ごめんな、那美。カッコ悪いとこ、見せてしまった」
やれやれ、いいところは全部ヒロインたちに取られてしまったな。真の意味でカッコ悪い三流役者は、さっさと舞台より去るとしよう。
結局、俺は八つ当たりをしただけ。人を救わず、人を切って終わった。人を斬る剣士に、人を救う仕事は向いていないのかもしれない。
でも何だか、気分は良かった。
「八つ当たりした後だ、気分はいいだろうよ」
「はは、全くだ。さ、帰ろうぜ」
自分一人では何も出来なかったくせに――俺は久しぶりに、勝てた気がしたんだ。
<続く>
|
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