とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十三話
夜天の魔導書。八神はやてを主と選んだ、謎の書物。出所不明の魔導書を、俺の法術はどういう仕様か媒体として扱っている。法術の力で改竄された頁数は、十五に及ぶ。
八神はやて、アリサ・ローウェル、ミヤ、アリシア・テスタロッサ、リニス、綺堂さくら、月村すずか、月村忍、ノエル、ファリン、カーミラ、カミーユ、トーレ、チンク、ドゥーエの十五名だ。
月村すずかは改善された当初白紙だったが、俺の護衛を雇われたその時に彼女の願いは刻まれた。よって全ての願いは叶えられたのだが、代償として頁に記載されていた古代魔法が消滅。
どういう基準で選ばれているのか、強力な攻撃魔法が率先して消されているらしく、魔導書の危険が除外されているのだ。いい事だとは思うのだが、魔導書にしてみれば疎ましいことこの上ない。
これ以上の改竄は見過ごせないと魔導書のシステムは判断し、強制権が発動されて管制システムを務める彼女が呼び出された。俺が夜天の人と呼んでいる、女性である。
彼女は魔導書に刻まれている知識の全般を取り扱っている。守護騎士プログラムであるシャマルは彼女に相談すべきと、紹介してくれた。
「事情は今、説明した通りだ。フィリスを助けるべく、協力してほしい」
「断る。今の私の役目はお前の監視であり、お前の協力ではない」
「だったらはやてに相談して、力になってもらおう」
「……」
「睨まない、睨まない」
ドイツの地で強制的に呼び出されてからというもの、夜天の人は俺の監視に始終している。監視と言っても付き纏うのではなく、警戒を張り巡らせている体制だ。
基本的にミヤが管理プランの目的もあって常に同行しているので、彼女を通じて俺の行動を知っている。別に隠し立てするつもりもないので、俺も拒絶したりはしない。
その他は今のところ興味はないらしく、月村家との共同生活も干渉していない。家族になるのを拒んでいないが、受け入れてもいない。孤高の女性であった。
その在り方は俺としてはむしろ尊敬すらしているのだが、相談役にはあまりむいていないのも否定出来ない。
「お姉様、お願いします。フィリス先生を助ける為に、力になってあげて下さい」
「この男への協力も許容し難いというのに、何故この男の縁者にまで関わらなければならないんだ」
「はやてちゃんのカウンセラーを務めて下さった、先生なんです。一人で生活していたはやてちゃんを、精神的に支えて下さったんですよ」
「……主はやての恩人か」
仲介をミヤに頼んだのはやはり、正解だったな。シャマルとの相談内容を話すと、ミヤは率先して協力を申し出てくれた。良い子ちゃんの博愛に、差別や区別はない。
夜天の人は取扱いの難しい人だが、決して分からず屋ではない。気難しいのは否定出来ないが、俺への警戒はむしろ当然なのだ。話を聞いてくれるだけでも十分、柔軟と言える。
ミヤの熱心な説得に態度を軟化させた夜天の人は、全員にひとまず座るように促した。彼女は月村の屋敷に部屋を求めず、はやての部屋で同居している。
魔導書なので正確に言えば保管なのだが、実体具現化に成功した今は一人の女声として扱うべきだろう。
「まず最初に聞きたいのだが、湖の騎士はどうしてこの男に協力している」
「そんな言い方はやめて、私の雇い主なのよ!」
「……何だと?」
「仕事をくれるのなら、どんな醜悪な男であろうと耐えてみせるわ。ふふふふふ」
現代社会の歪みは、ここにあった。学歴も職歴もない女性が結婚以外の就職をするのは大変な世の中らしい。まあプログラムで身元もないからな、無理もないけど。
セミヌードくらいなら金銭次第で引き受けそうな必死さに、俺は男泣きしそうだった。放置するとそのうち繁華街を彷徨きそうなので、ヤバイ。
メイドとなった神咲那美に順調に主婦の仕事を奪われているようで、彼女は現在フリーターという名の職の奴隷であった。それでいいのか、守護騎士。
とりあえず俺を醜悪だと認知していた点については、減棒という形で返答しておこう。この世の中、金を持っているのが正義なのだよ。俺の財布を握っているのは、アリサだけど。
絶句した夜天の人はこれ以上の追求は危険と察知して、俺の相談に乗ってくれた。
「遷延性意識障害、重度の昏睡状態に陥った人間。植物状態となった人間に、魔法による精神へのアクセスを試みるつもりか」
「怪我は確実に癒えて、身体もこの一ヶ月で健康状態にまで回復してきているんだ。なのに、意識だけが依然として戻らない。どうにかならないか」
「結論から言うと、対象者の精神にアクセスする魔法自体は存在する。ただ、問題が非常に多い」
吉報ではあるが、はしゃいだりはしない。シャマルへの相談で、手段自体存在することは判明している。本当に喜ぶのは、フィリスが意識を取り戻した後だ。
逆に問題があると言われても、特に落ち込んだりしなかった。不幸慣れなんぞしたくもないのだが、今の今まで順調に上手くいった試しがないからだ。
喜びも悲しみもない俺に若干意外そうな顔をしたが、夜天の人は詳細を説明する。
「この術式は分類上回復ではなく、捕獲の類に分類される。対象者を吸収して捕獲空間に閉じ込めた上で、相手に幻覚魔法を見せる。
捕獲対象の精神に直接アクセスして、深層意識で望んでいる夢を見せる術となる」
「相手が望んでいる夢をわざわざ見せる――ああ、だから"捕獲"なのか」
「気付いたようだな」
金もなく旅をしている間は、山や道に生えている自然が主な食料だった。食べられるかどうか、見極めるのは生きていく上で必須だったと言い切っていい。
鑑賞ではなく食の意味で草花の知識を実体験を通じて学び、捕食性の植物については多少なりとも知っている。言わば、食虫植物とも呼ばれている草花だ。
こいつらは魅惑の花粉や蜜をばら撒いて、虫を捕らえる罠を張る。美味しい花粉や蜜を餌に、虫を虜にして喰らい尽くすのだ。その植物を知っていたからこそ、理解に繋がった。
この魔法は相手が望んでいる夢を罠にして、捕獲対象を空間の中に閉じ込める。醒めない夢を蜜にして、対象者を逃がさないようにするのだ。
「精神にアクセスして相手の弱みを握り、精神的にも閉じ込める訳か。えげつない魔法だな」
「問題があると、最初に警告した通りだ。そもそも精神の改善に用いる魔法ではない」
「でも、応用することは出来るわけだ。少なくとも、相手の精神にアクセス出来る」
「お前のその自覚の無さこそ、最大の問題だ」
気軽に述べたつもりはないが、迂闊な追従が気に入らなかったようだ。無慈悲とも言える追求に、妹を名乗るミヤも唾を飲み込んでいる。
医療分野に詳しいシャマルは危険性も含めて、全て分かっているだろう。賛同も反対もせずに、事の成り行きを見守っている。
そう、これはあくまで俺個人の問題。彼女を何としても、説得しなければならないのだ。
「事の発端はどうあれ、お前の存在が原因で今回の悲劇が起きた。その自覚があるお前が、なにゆえにフィリスという女性の精神に土足で踏み込もうとしている」
「その方法でしか、彼女を助けられないからだ」
「お前が原因だと言うのに、か」
「そうだ。俺が原因だからこそ、俺が彼女を助けたい」
夜天の人が追求したい論点は、分かっている。ひき逃げ事件を起こした運転手が、患者の怪我を治したいと医者に対して我儘を言っているのと同じだ。
俺は魔法に関しては知識さえもない素人、おまけに才能も全然ない。今まで魔法戦は何度か行ってはいるが、ミヤとの融合で何とか戦えていただけだ。
そのミヤとの融合も、今は多くの規制が設けられている。承認を得るのは八神はやての許可は勿論の事、守護騎士達と目の前の女性にも許可を得なければならない。
この点については、完全に平行線だった。悪いのが完全に俺だが、それでも――
「開き直りもここまで来ると、立派だな。本体敵の捕獲に用いる魔法を、よりにもよって被害者相手に実験しようというわけだ」
「お姉様、そんな言い方はあんまりですぅ!」
「事実だろう、私は一度もそんな使い方をしたことがないんだ。この男はそうしろと今、私に懇願しているのだぞ」
――応用が出来ると言っているのはあくまで、俺個人の解釈に過ぎない。一度も試したことがない以上、どう言い繕おうとも実験にすぎない。
開き直って押し通そうと思えば、出来る。ただ、実験の側面があるのは否定出来ない。人助けという名目で、フィリスを相手に一発本番の実験してもいいのか?
かといってこのままでは、フィリスが本当に目覚めるかどうか分からない。このままま延々と待ち付けても、状況が改善する見込みはないのだ。
俺が早期回復を願っているのは、フィリス本人の為だけではない。フィアッセやリスティ、彼女達も助けたいのだ。
フィアッセは俺や護衛を務めて安心材料を見せ続けることで、改善されていっているように見える。しかし彼女にはこの先、確実な破局が待っている。
高町恭也、あの男がこのままいつまでも静観しているとは思えない。高町美由希とフィアッセ、彼がどちらかを選ばなければならないのだ。どちらか一方を、救うために。
あの男は二股をかけるような男ではない。誠実にどちらかを選び、どちらかを断るだろう。誠心誠意謝罪しようと、片方は確実に失恋する。そして誰を選ぶのか、分かってもいる。
フィアッセも薄々分かっているからこそ、来るべき破局に怯えている。時に俺に縋るような素振りさえ見せるのは、未来に恐怖しているからだ。
リスティはもっと、顕著だ。日々、精神が摩耗している。あいつは多分フィアッセよりも先に、爆発するだろう。那美との関係悪化が、精神悪化に拍車をかけている。
矛先は間違いなく、俺だ。文字通り、俺を殺しに来るだろう。原因である俺を殺せば全て解決するのだと思い込むことで、疲弊した精神を何とか保っているだけだ。
二人を本当に救えるのは、フィリスしかいない。そのフィリスを救うためならば――
俺は、決心した。
「だったら、別の人間で実験すればいい」
「お前……一体、誰を実験体にするつもりだ」
「俺だ。その捕獲魔法を俺にかけて、夢の中に俺の精神を閉じ込めろ。そうすれば俺も重度の昏睡状態に陥り、植物状態となるだろう」
――何を言われたのか分からないと、夜天の人はまばたきを繰り返す。医療専門のシャマルでさえ、口をパクパクしている。当然の反応だった。
フィリスと同じ植物人間にしろと、自分の精神を破壊しろと、自分自身で言っているのだ。先程の例で言うのなら俺を轢き逃げしてくれと、運転手に頼んでいるのと同じだ。
実験どころの話じゃない。自殺願望を口にするなんて、狂人の発想だ。
「ちょ、ちょっと待て。お前の理屈が、私にはサッパリ分からない。人の精神を救う実験をするのに、何故お前の精神を破壊する事に繋がるんだ」
「実験をする以上、フィリス以外に遷延性意識障害の患者が必要となる。かといって、他の患者で試す訳にはいかない。
だからあんたの魔法を使うことで、俺自身が被験体になると言っているんだ」
「そこまではいい――いやここまででも全く共感できないが、まだ分からんでもない。分からないのは肝心のお前が実験体になれば、一体誰が私の魔法を使って実験を試みるんだ」
「こいつしかいないだろう」
「ふえっ!?」
指名されたミヤが、飛び上がる。まさか自分が指名されるとは夢にも思っていなかったのか、目を白黒させて不審げに首を左右に振っている。
俺としては、真剣だった。後にも先にも、俺の精神を託せられるのは俺と何度も繋がったこいつしかいない。こればかりは、アリサにも任せられない。
真剣なのだと、俺は茶化さずに頼み込む。
「ミヤ、お前が閉じ込められた俺の精神にアクセスして助けに来てくれ。お前にしか、頼める奴がいない」
「ま、待ってください! 初めての実験なんですよ!? もし失敗したらフィリス先生を助けられないばかりか、良介まで遷延性意識障害になってしまいます」
「夜天の人も言っていたが、そうなればまさに自業自得じゃないか。俺のせいで、フィリスは植物人間になった」
「違います、あれは事故です!」
「俺の訃報を聞いて、事故を起こしたんだ。もし俺と出会わなければ、事故が起きたりしなかった。こればかりは、事実なんだ」
贖罪のつもりでも、自己犠牲を望んでいるのでもない。筋を通したいのだ。救う術があって、リスクが生じるのなら、俺がその危険を引き受ける責任がある。
一発逆転を望む道もある。だがそれをすれば仮に助かっても、リスティは絶対許さないだろう。関係改善は、確実に不可能となってしまう。
仮に俺が実験する事で確実性を高めてフィリスを救っても、リスティが俺を許すとは思えない。とはいえ、堂々と向き合う事はできる。
才能のない俺にとって、人間関係は厄介でも宝だ。どんな人間であろうと努力は欠かさず、妥協もしない。
「その捕獲魔法、前もって知っていれば甘い夢を見せても効果は半減するだろう。一度きりの実験、妥協はしたくない」
「どうしろと言うんだ」
「用途を変更し、俺に悪夢を与えてくれ。俺の精神を徹底的に参らせ、閉じ込める夢は一つしかない。
アリサの死を、俺に永遠に見せ続けてくれ」
――二度目の、アリサの消滅。自分の精神がどうなってしまうのか、想像もつかない。分かっているのは確実に、遷延性意識障害となる事だ。
あの時の精神状態は、今でも想像するだけで嘔吐する。完全なトラウマになっている。だからこそ、法術という奇跡が俺の中で生み出されたのかもしれない。
シャマルは顔を蒼白にして、夜天の人も先程までの冷徹な仮面を崩している。
「……何故、そこまでする。お前の精神が元に戻る、保証もないんだぞ!」
「俺は、ミヤを信じている。こいつならきっと、俺を救ってくれるさ」
「……リョ、リョウスケ……」
夜天の人は、言う。彼女が実態具現化しているのは、改竄された頁の力によるもの。だからこそ実体化するのが精一杯であり、魔法の行使までは行えない。
そこで八神はやてに夜天の書と直接アクセスしてしまい、魔法の行使を補佐してもらう。半人前と誕生前のユニゾンデバイスによる、初の共同作業となるわけだ。
無論、これにも相当な危険がある。何度もユニゾンに成功しているとはいえ、魔導書と俺を繋げるのだ。その上で悪夢まで見せて、俺の精神を破壊する。
「悪いな、夜天の人。あんたにも、悪役を押し付けてしまう」
「分からない……お前という男が、本当に分からない……どうして」
この実験は家族全員、立会いとなった。もしも失敗の傾向が少しでも見れれば、即中止する。妹さんどころかアリサも大反対したが、強行する。
実験にはリスクがある。だから、皆が反対する。俺も、夜天の人も、分かっていた。しかしこの可能性だけは、分かっていなかったのだ。
実験には、予想外も起こりえる――この夜天の魔導書の最深部には、"眠っているシステム"が存在する事を俺達は知らない。改竄を許さない者達は、本当に守護騎士"だけ"なのか。
悪夢が、始まる。
<続く>
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