とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十四話





 旅していた頃、朝目覚めると今日何をするかのんびり考えていた。一日中剣を練習するか、気ままに足を運ぶか、食べ物を探すか。金がなくて不自由こそ多かったが、何の悩みもなかった。

今は問題が多く、悩みも尽きない。気持ちのいい朝でもスケジュールが満載で、起きた途端からウンザリしてくる。どちらが幸せなのか、老後振り返ってみないと分からないだろう。

一日一日で問題が減ってくればまだいいのだが、増え続ける一方だから困りモノだった。アリサにリスク管理してもらわなければ、きっと精神が参っていたに違いない。

夜眠れる分マシかもしれないが、実のところ仮眠に等しい。少しでも眠った方がいいと促されて、休んだだけだ。早いところ、どうにかしなけれならないことが多い。

頭痛のする日々ではある。それでも元気を出して頑張れるのは、多くの人達に支えられているからだ。夜の一族の血に那美の魂で身体に活力が生まれ、アリサ達により心は癒やされている。


悩みが多くてウンザリしていても、皆には元気な顔を見せる。それが俺の、一日の最初の仕事となっていた。


「おはよう、良介。大変な日々が続いているわね」

「これも有名税だと言いたいもんだけどな――カレン達には昨晩、状況は伝えておいた」

「私からも昨晩、連絡はしておいたわ。新しい長は、何と仰られていたの?」

「天狗一族については、俺の采配に任せるらしい。各国の動向を調査して、今晩会議を行うとカーミラから命令が出た。
天狗の動向ではなく、世界各国の動向というのはどういう意味なんだろうな」


 朝の挨拶をしてくれたさくらに返答して、ノエルを呼んで二人分のコーヒーをお願いする。天狗一族が夜の一族の地を襲来したので、綺堂さくらに連絡を取って事後処理を頼んだのだ。

俺個人の因縁で済む問題ではないので、昨晩の内にカレン達にも詳細は伝えてある。もっとも神咲那美の件で追求されてばかりで、ほとんど話にならんかったが。

あいつらには本当に困ったものだが、私情にかまけるほど愚かではない。天狗一族襲来を重く受け止めてくれて、俺の事をちゃんと気遣ってくれた。その点は、ありがたい。

ただ俺の心身を気遣うのに留まり、問題解決についての具体的な方策を何一つ示してくれなかった。むしろこの件そのものより、この件を発端とする今後に憂慮している素振りを見受けられた。


その点について疑問を発すると、心あたりがあるのかさくらは眉を顰める。


「先月行われた夜の一族の会議、此度の会議において夜の一族の後継者が選出されるのは半ば公然の秘密となっていたの。だからこそ各国が動き、それぞれに思惑を図っていた。
それは後継者本人やその家系に限った話ではなく、夜の一族以外の勢力も注視していたのよ」

「次の後継者が正式に決まり、今の長が引退する。その政治的不安定の隙を、伺っていたと?」

「その一面も無いとは言わないけど、世代交代で揺らぐほど夜の一族の基板は脆弱ではないわ。この二ヶ月、夜の一族と密接に関わった貴方なら分かるでしょう」

「……いつの間にこんなに関わってしまったんだろうな」

「ふふ、今更後悔してももう手遅れよ」


 ノエルが入れてくれたコーヒーを飲んで、さくらが上品に微笑んだ。最近、彼女はこうした童女のような笑顔を見せてくれるようになった。人間を、異性を前にしても気負いせず微笑んでくれる。

俺をもう他人と見ていない何よりの証拠なのだが、随分深入りしたものだと呆れ半分に思う。さくらの言う通り、ここまで結ばれた縁はもうどうやっても切れることはないだろう。

他人に深く関わるということは、他人の問題に深入りする事にも繋がる。この一件が正に、典型例だろう。夜の一族と関わらなければ、天狗一族は絶対俺を襲わなかった。


さくらの信頼ある微笑みはその事に罪悪感を感じていないこと、俺が決して彼女達を見放さないことを意味していた。相互理解の上で、信頼は成り立っている。


「彼らが伺っていたのは、後継者そのものよ。どの大国、どの歴史においても、後継者争いこそが一番の隙と成り得る。政治的事情どころか、基盤そのものが崩壊しかねないから」

「なるほど、確実に後継者争いが起こるのだと高を括っていたんだな。実際、争いは起きたしな」


「そして――貴方が参席して、見事に後継者問題を解決してみせた」


「俺はむしろ、夜の一族の敵側だったんだぞ。全勢力を打倒し、後継者全員の血を奪った」

「彼らが大事とするのは過程ではなく、結果よ。結果として夜の一族の正統後継者が決定されて、全家系が新しい長に従うと表明した。
今ではドイツのカーミラ様を長として、アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・日本を首脳陣とする盤石な体制が形成されたわ。他国のどの勢力も、付け入る程がないほどに。

あわよくば分散した夜の一族の力を削ごうと目論んでいた、他の勢力の思惑が完全に潰えてしまった。これほどの予想外、どの勢力もさぞ慌てたでしょうね」

「それで俺のせいだと、逆恨みしているのか!?」

「他も各国それぞれに縄張りを持つ、確固たる勢力なのよ。そんな子供じみた恨みつらみでは、動かないわ――全くない、とも言い切れないけど。
貴方の前に立ちはだかった天狗の少女、彼女は貴方に恨みを持っていたかしら?」


"仲良くして下さいますよね、宮本良介さん?"


 俺を排除するのではなく、俺を取り込もうとしていた天狗一族。暴力を背景にした脅迫ではあったが、俺を殺そうとはしなかった。人質まで取る周到さをもって、俺を利用する気だった。

天狗一族は表社会にマスメディアの顔を持ち、大手新聞社としての高度な情報力を握っていた。世界会議の動向を見極め、俺の関係者である城島晶を囲ったのだろう。

どの一族よりも早く先手を打てたのはその情報力と、俺が手配した情報屋からの介入によるもの。偶発的な要素も多分に含まれているが、動きの早さには感心させられる。

夜の一族以外の、人外の勢力――世界有数の大国にて夜の一族が覇権を握っていても、支配まではしていない。彼らは淡々と、下克上を狙っているようだ。


「厄介かつ、迷惑な話だ」

「事が起きた後でこう言うのも何だけど、このまま私が引き継いで事を収めることも出来るわ。
彼らは月村の地に、土足で足を踏み入れた狼藉者ですもの。綺堂として断じて許せないし、末席ではあるけれど円卓につくことを許されている身。如何ようにも、対処できるわ」


 任せられるのであればそうしたい、偽りなき本心であった。ただでさえ問題事が山積みなのに、この上覇権の争いにまで関わりたくない。俺が、個人であれば。

俺は既に、旗揚げをしている。管理プランを時空管理局に提唱して、ローゼとアギトを引き入れてしまった。守護騎士達や夜天の書の主、月村や綺堂も取り込んでいる。

天狗一族が俺個人ではなく月村の地そのものを襲ったのも、明らかに俺を主軸とした勢力と見なしているからだ。俺が個人を望んでも、周りはそう見てはくれないだろう。


それに――


「その口振りからすると、天狗一族は夜の一族より遥かに格下のようだな」

「天狗の長は神格者だけど、一族そのものの勢力は弱いわ。だからこそ表社会にマスメディアの顔を持って、情報力を頼りに勢力拡大を図っている。
今の内に叩いておけば、私達の麾下に取り入れるのも難しくはないと思うわ」

「多分、カレン達もそうして体よく支配する気で居るんだろうよ。だから結論を急がず、堂々と静観していられるんだ。そうはいくか。
喧嘩を売られたのはあくまで、俺なんだ。身内も一人攫われている、このままだと他の勢力からも舐められる。俺が対応する」

「長と、交渉するつもり……? 勢力が小さくても、相手は一族の長なのよ。申し訳ないけど、貴方では翻弄されてしまうわ」


 綺堂さくらは俺を信頼しているが、決して過小も過大にも評価はしていない。世界会議でカレン達を倒した実績を考慮した上で、交渉は無理だと断言した。

評価そのものは辛口だが、恐らくは正しい。恐竜を蟻が倒せたのは偶然とは言わないが、俺一人の実力だとは思っていない。綱渡りを何度もして、奇跡は成就されたのである。

俺の周りの大人達は決して、俺を甘やかさない。贔屓もしないし、融通も利かせてくれない。結果を出して、初めて褒めてくれる。その上で叱るという、スパルタ教育であった。

だから毎日頭痛が耐えないのだが、その分頭を使っている証拠だとも言える。正しい、人間としての育みであった。


「さくらの言う通り、正面切って戦える相手ではないだろうよ。だからこそ、チャンスなんじゃないか」

「チャンス……?」

「仲間を増やし、家族を作る。この先そうして人の上に立つのであれば、経験は必要不可欠だ。いきなり成功するとは思っていないよ、俺だって。
この際、失敗したっていいんだ。最悪あんたに任せられるんだから、一度俺にやらせてくれ。この先、絶対失敗できない交渉だってしなければならなくなるんだから」

「確信があるような言い方ね……何かあるの?」

「ありそうだっていう事だよ」


 半分、嘘である。ありそう、ではなく絶対にある。ローゼとアギトを引き渡す一ヶ月後の封印処置、その時に必ず時空管理局と交渉しなければならない。

今は管理プランのみ頼みにして進めている状態、決め手そのものがない。レティ提督や名誉顧問のじいさん、切れ者の秘書さんといった妨害も入っている。

クロノやリンディも敵ではないにせよ、その時が来れば引き渡しを命じるだろう。それまでに交渉を積み重ね、何としても決定を覆さなければならない。

失敗すれば二人は封印されるのだ、出来ませんでしたでは済まされない。レティ提督やグレアムと戦うには、経験が絶対に必要だ。


真剣に頼み込むが、さくらは難しい顔を崩さなかった。やはり厳しい――結局、お互いに留保する形となった。


「分かった、分かりました。じゃあさくらが立ち会いをする形で、交渉に臨むのはどうだ」

「何かあったら、口を挟ませてもらうわよ」

「俺を少しは信用してくれよ」


「貴方については信用どころか、心から信頼しているわ。私の血を、捧げてもいいくらいに」


「あんたほどの女が言うとシャレにならないから、やめてくれ」

「その程度の誘惑で心がくすぐられるようでは、交渉の場に一人で立たせられないわね」


 クスクス、笑われた。くっそー、いつか絶対俺なしではいられなくしてやる。男と女というより、人間としての差がまだまだある。腹立たしい限りだが、急には埋められない。

必ず頼られる男になると誓って、さくらと二人でその後コーヒータイムを楽しんだ。貴重な歓談の時間に、仕事の話はこれ以上入れなかった。

天狗一族については俺の申し出もあって改めて交渉の場を設けるということで、さくらが相手に話を持ちかける。捕らえた連中については、ひとまず釈放することにした。

ただしそのまま放置したりはしない。この敷地内で、軟禁する形だ。あいつらは山育ち、一日くらいなんて事はない。


「今晩、時間を設けましょう。この屋敷にて、会談を行うわ」

「分かった。夜までには、戻る」

「……その口振りだと、今日も随分予定が詰まっているようね」

「何から手を付けるべきか悩んでいるけど、ひとまず連中に囚われていた女の子を病院に連れて行くよ」


 アリサが整理してくれた、今日の予定。まず人質として囚われていた城島晶を、海鳴大学病院へ連れて行く。天狗によると厚遇はしていたようだが、鵜呑みにするほど馬鹿じゃない。

その病院でレンと引き合わせれば、あいつについての問題も解決する。心臓そのものは治っているのだから、発作がまた起きた原因は親友の失踪にある。無事な顔を見せれば、改善するはずだ。

そこでフィアッセやなのはとも待ち合わせをして、彼女達に高町の家まで送ってもらう。高町家の問題改善は、これで飛躍的に進むだろう。

正午は、時空管理局での管理プラン進捗会議。いちいち進捗報告しなければならなくなったのは、あの顧問官のジジイのせいだ。秘書官もまた、難癖つけてくるだろう。

午後からは、さざなみ寮の関係者との接触。神咲那美を預かる上で、那美の保護者役に泊まりこみのバイトとリスティの件で話し合う予定だ。この場には、仁村真雪という女性が来るらしい。

この真雪という女は管理人ではないのだが、リスティと那美の二人の関係について深く憂慮しているらしい。もしかすると、相談にも乗ってくれるかもしれない。


夜は天狗一族との会談、そしてカレン達との会議だ。真夜中までギッシリ話し合いの連続で、泣きたくなった。どいつもこいつも、ややこしい問題を抱えている。


「失礼いたします。旦那様、城島様がお目覚めになられました」

「分かった、すぐ行く。車の準備をしてくれ」

「かしこまりました」


「待ちなさい――旦那様って、どういうこと?」


 綺堂さくらから何故か執拗に追求された挙句、こっぴどく叱られた。何でだよ!?

――ちなみに何度改めるように言われても、ノエルは決して譲らなかった。こういう形で、人格を形成しないでもらいたい。


ともあれこうして、また忙しい一日が始まった。










<続く>








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