とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十三話





「ダメ」


「うぐっ」

「愛人の家に、他の女を連れてこないの」

「まだ言うか」


 神咲那美の諸事情を聞いて、俺は大恩ある彼女をしばらく保護する事にした。ただ今は管理プラン中、管理の地を提供してくれている月村忍の許可が必要となる。

天狗一族襲撃後で慌ただしかったが忍に取り次いでもらい、那美から聞いた事情を説明。共同生活を申し出たのだが、一刀両断されてしまった。当たり前である。

月村忍と神咲那美は花見で知り合ったばかりの関係、接点も共通点も殆どない。赤の他人を、自分の家に住まわせる義理はどこにもないのだ。


俺のような浮浪者を招き入れてくれた高町家のようなお人好し家族は、現実にはそうそういない。月村忍に温情を求めるのは酷というものだろう。


「一応言っておくけど、今朝言ってた件だってまだ納得した訳じゃないからね。可哀想だとは思うけど、一緒に住むのはまた別の話。
逆の立場で考えてみてよ。私が知らない男を侍君の家に連れてきたら、絶体嫌がるでしょう」

「乳繰り合うなら自分の家でやれ、と蹴り飛ばすだろうな。冗談じゃない」


「……」


「何だよ、驚いた顔をして」

「いや、あの……私が他の男を連れて来るのは、それなりには嫌なんだ」

「俺が問題山積みで悩んでいる時に、お前が幸せを謳歌するなんて許さん」

「ひがみが入ってる!? でもまあ、いいか。ふふふ」


 別に嫉妬や僻みではないのだが、確かに忍が他の男と一緒に居るのは感情的には納得出来なさそうではある。一緒に居るのは当然となりつつあるので、何だか面白くはない。

恋だの愛だのとは違う感情ではあると思うたいが、何にしろその辺を察して忍は少し機嫌を良くする。似たもの同士、言葉に出来ない微妙な気持ちを上手く察する事が出来るのだろう。

とはいえ、那美の同居を認めるほどではないのも分かっている。それこそ似たもの同士、自分の縄張りを他人に踏み躙られたくはなかろう。八神家の場合とは、別なのだ。

はやてとは忍も懇意にしているし、守護騎士達はこれ以上ないほど礼儀正しい人達だ。彼らは礼節を弁え、決して他人の領域に踏み込まない。だからこそ、同じ家で生活できる。


俺も、忍の愛情に甘えるつもりはない。かつての高町家のような愚は、犯さない。彼女達の好意に甘えてばかりだったから、今の悲惨な現状があるのだから。


「何もはやて達と同じく、同居させるつもりはない。この家を提供するのはあくまで、労働の対価だ」

「労働……? 何させるつもりなの」


「神咲那美、あの子を使用人として一ヶ月雇い入れる」


「――侍君ってさ、やっぱり自分の気に入った子をメイドにするのが趣味なの?」

「メイドとは言ってないだろう!?」

「ネットでメイド服を注文するから、侍君が選んでよ。私、着てあげるから。巨乳メイドなんて最高でしょう、旦那」

「お前の方がやる気になってどうするんだよ!」


 いやまあ確かに、那美をメイドとして雇うつもりではあるんだけど。個人的な趣味ではないことだけは、ハッキリと申し上げておきたい。俺なりに、考えてみた結果なのだ。

月村忍は、赤の他人の面倒を見る気はない。神咲那美は、赤の他人に迷惑はかけられない。お互いの立場や考え方を考慮した上で、両者が納得する関係を構築する必要がある。

そこまで考えた時、俺と妹さんの関係を思い出した。一度は縁が切れた二人を再び繋いだのは主従、すなわち雇用関係だった。


「今この家では管理プランを運用中で、八神家や月村家が協力してくれている。その為多種多様な人間が多くこの家に住んでいて、雑務も増えてきている。
アギトやローゼを含めた俺達にはアリサが、忍にはノエル、妹さんにはファリンが付いて面倒を見ている。だから、八神家の面倒は那美に見てもらえばいい。

あの子ははやてだけじゃなく、シグナム達とも懇意にしているんだ。ピッタリの人選だと思う」

「労働者として雇うのなら、スキルだって必要だよ。神咲さんは学生、使用人なんてした事がないでしょう」

「メイドとしては未経験者だけど、一番必要とされるのは主従関係だろう。その点、那美なら八神家と上手くやっていけると思う。
お前だって家族だから、ファリンをメイドとして養っているんだろう。あいつ、メイドより明らかに正義の味方ごっこを優先しているぞ」

「あ、あの子を持ち出されると弱いけどさ……ファリンを正義に目覚めさせたのは、侍君だよ」


 ちなみにそのファリンさんは、天狗一族の襲来から必死で皆を守ってくれたようだ。守護騎士達が抗戦に出れたのは、はやてや他の人達をファリンが身を挺して守ったからだ。

正義の味方らしい大活躍だったのだが本人に自覚はなく、天狗一族より晶を救った俺を拍手喝采してくれた。俺はほぼ何もしていないのだが、結果だけを見て目を輝かせている。

ライダーの仮面をつけて今家の掃除をしているメイドを話題にされて、忍は困った顔をする。


「つまり、八神家の人達――この場合は、はやてちゃんか。あの子付きのメイドとして一ヶ月雇い入れたい、と」

「今あの子が住んでいるさざなみ寮には俺から連絡を入れて、夏休み限定の住み込みバイトとして認めてもらうつもりだ。
学生の住み込みバイトだといい顔はしないだろうけど、あっちはさっき話した通りリスティと修羅場だからな。一旦距離を置いた方がいいと、持ちかけてみる。

お前と那美は、一緒に花見に出かけているからな。その縁で、世話になっていることにするつもりだ。一ヶ月の短期契約、友人の家での働き先であれば苦情も出ないだろうよ」

「男の家にメイドとして住まわせる、とは言えないもんね。本当色々考えるようになったね、侍君」

「……人間関係って大変だよ、本当に」


 那美が実家住まいであれば親御さんも絡んで面倒になるが、あいつは今寮生活だ。夏休みの期間中であれば、問題が生じることもなかろう。

月村の名を借りた雇用契約だが、実質の報酬は俺から出すつもりでいる。労働の対価が衣食住のみだと、那美本人は納得しても保護者側に発覚すると問題になってしまう。

先月の海外渡航で、メイド一人雇う金くらいは稼いでいる。もっとも稼いでくれたのはアリサではあるが、俺の好きに使えばいいと言ってくれている。

まず雇用契約書を作成し、この家の管理人である綺堂さくらに見せて承認を得る。その上でさざなみ寮の保護者役とも相談し、許可を得る。その全てを、俺がやる。


一連の段取りを具体的に知らせると、ようやく忍は白旗を上げた。


「はいはい、分かりました。そこまできちんと段取りをされちゃ、反対しづらいじゃない」

「悪いな、迷惑はかけないようにするから」

「個人的には、今話を持ちかけられた時点でもう迷惑なんだけど」

「何でお前は、そこまであいつを嫌うんだ。同居と言うのなら、先月なんて夜の一族のお嬢さん方とやっていただろう。
あいつらなんて、露骨に俺にアプローチをかけてきやがったんだぞ」

「何かこう、違うんだよね……カレン達とあの子とでは、侍君の見る目が。少なくともあの子の様子を見る限り、絶体に侍君が好きでしょう。
そうじゃなきゃ、異性の家に転がり込んでくるはずがないもん。侍君も侍君で、満更でも無さそうだし。

私としては婚約者のヴァイオラさんより、あの子に危機感を感じる。ああいうほわほわした子に、情をほだされそう」


 うぬぬ、なかなかよく見ているじゃないか。那美には恩もあるが、それ以上の気持ちは確かに持っている。申し訳無さの混じった、確かな思い遣りが。

魂が繋がっている影響があるのかもしれない。身近に感じる異性という意味では、血の繋がりのある夜の一族の連中よりも那美の方が上だ。この気持ちこそ、情にほだされているのかもしれないが。


今度あの子に迫られたら、拒絶できるか自信が――あれ、そういえば。


「うーむ、言っていいのかどうか分からんが」

「何……?」

「海外に出る前にあいつに告白されて、俺は断ったんだ」


「採用」


「えええええっ!? お前があいつを嫌いなのは、その程度かよ!」

「その程度って何よ! 私達は真剣なんだよ!!」

「もう親友になってる!?」

「神咲さん――ううん、那美を呼んできて。私が、あの子の面倒を見る。今晩一緒に寝ながら、侍君への悪口で盛り上がるわ」

「暗いぞ、お前ら!?」


 ――こうして、神咲那美の同居は正式に決まった。


諸々の手続きは俺がやらないと駄目だが、雇用者と労働者が納得出来ているのなら説得するのはそう難しくはない。

天狗一族の処遇に管理プランへの影響、さざなみ寮への連絡と城島晶の帰宅。面倒事がまだまだ残っているが、後は明日にしよう。今日はもう、これ以上は無理だった。

後の事はアリサ達に任せて、とりあえず休もう。今日は早朝から深夜まで、あらゆる問題事に対処して疲れ切ってしまった。


フラフラしながら退室しようとすると、忍が思い出したかのように言ってくる。


「あっ、侍君」

「何だよ、もう休ませてくれ」

「休むのはいいけど、カレンさん達にもちゃんと話を通しておいた方がいいよ」


 ……すっかり、忘れてた……もう女の顔は、見たくない。


寝る気満々で頭も全然働いていないのだが、さすがに無視するのはまずい。天狗一族の件も含めて、今後の対応について協議しなければならない。

個人であれば戦いさえ終わったら休めるが、集団で戦うとなると仲間の事も考えなければならない。個人的な休養など、許されないのだ。

普段俺が仲間を頼っているのだから、仲間の今後を安泰にするべく俺も奮戦しなければならない。疲れていても、休めない。

一ヶ月がこれほど短く――そして長く感じられるなんて、かつて一度もなかった。一人でずっと、生きて来たつもりだったから。


疲労だろうと何だろうと、俺が倒れたら仲間も危うくなる。こんな重い荷を自分が潰れるまで、背負い続けていかなければならない。















『さて――まずは主の許可無く、女を何人も連れ込んでいる理由を聞かせてもらおうか』

「真っ先に聞くことが、それかよ!」

『駄目だよ、ウサギ。ペットを飼いたいのなら、まず飼い主のクリスにお願いしないと』

「上下関係がよく分からねえ!?」


『女日照りでもないでしょうに、どうして女性ばかり次から次へと招き入れるのですか。貴方様』

『綺麗どころを揃えていますものね。王子様のその見事さに嫉妬より、むしろ感心してしまいますわ』

「厄介事を増やしているのも、お前ら女なんだけどな!?」


『リョウスケ、婚約者も居るんだから少しは自重しようよ。ボク、心配だよ』

『大丈夫よ、カミーユ。浮気は男の甲斐性だもの。私は妻として、夫が誇らしいわ』

「誇らしいのか!?」



 ――寝た方がマシだった。










<続く>








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