とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十二話
                              
                                
	
  
 
 電話では埒が明かないので、忍の家まで来て貰うことにした。大方の読み通り、天狗一族には神咲那美の存在は知られておらず、迎えにやったローゼやミヤとも無事に合流していた。 
 
現在月村邸は天狗一族の襲来によって緊迫しているが、那美の状況も芳しくない。従来の待ち合わせ場所で呑気に相談出来る様子もないので、ノエルに頼んで車を出して貰った。 
 
程なくして、ローゼ達に連れられて神咲那美が到着する。寮を出たと言っていた彼女は旅行鞄を持ち、久遠まで一緒だった。どうやら本格的に、家出してきたらしい。 
 
 
沈痛な表情を浮かべていたが俺の顔を見るなり、涙まで浮かべて駆け寄ってくる。 
 
 
「良介さん、私……!」 
 
「あー、分かった、分かった。きちんと話を聞くから、泣くのはやめてくれ」 
 
 
 重そうな旅行鞄を落として、那美が俺に抱き着いてくる。好意を寄せてくれた彼女を自分の都合で拒絶して、一ヶ月。合わす顔も無く、それでいて会いたかった女性。 
 
何度も俺の心身を献身的に癒してくれた女性に報いるべく、何としても成長しようと世界会議で欧州の覇者達を相手に奮戦した。少しでも、頼りになる男になるために。 
 
フッておいて頼るも何もないのだが、せめて恩返しはしたかった。もし彼女が窮地に立たされたら、何が起きても助けられる強さを手にするべく頑張ってきたのだ。 
 
まさか帰国するなり、こうして頼られる羽目になるとは思いもしなかった。しかもまた、俺が原因で彼女が追い詰められている。 
 
 
「今ちょっと外はバタバタしているから、家の中で話そうか。久遠、悪いけど少しの間ミヤやローゼと遊んでいてくれ」 
 
「久遠ちゃん、また探検しましょう探検!」 
 
「エスコート役は、ローゼにお任せ下さい。冠婚葬祭、あらゆる催しに対応可能なのですよ」 
 
 
 何者だよ、お前は。アホの発言は衝動的に殴りたくなるが、今日は朝から大変な目に合ってばかりで疲れているので、相手にするのはやめておく。 
 
人見知りする久遠も、先月海外の別荘で一緒に住んでいたローゼやミヤとは仲が良い。月村忍の広い屋敷を探検の場所に、三人揃って駆け出していった。 
 
久遠の懐き具合に驚いた顔を見せていたが、仲の良い友達が出来て飼い主も喜んでいるようだった。悲痛な顔色も和らいで、少し落ち着きも出ている。 
 
 
妹さんは護衛チームと連絡を取り合っている最中、はやて達は天狗の襲来の後片付け。間もなく来るであろう綺堂さくらの対応を、ひとまずアリサに頼んでおいた。 
 
 
「一体何があったんですか、良介さん。この山一帯から、ただならぬ霊気が感じられるのですが」 
 
「"霊気"……? お前、今この周囲一帯から何か感じられるのか」 
 
「何かどころではありませんよ!? 短時間でしたけど、天候まで変化しうる力が働いたんです。どれほどの神格を持った相手――」 
 
「家を出る羽目になったお前には悪いけど、今このタイミングでお前が来てくれたのは不幸中の幸いだった。 
俺からも後で色々相談に乗ってもらいたいが、ひとまずそれは後にしよう。まず肝心なのは、お前の話だ」 
 
 
 何しろ実際に敵を倒した後でも、何が起きているのかサッパリ分からないのだ。日本に伝わる妖怪伝承が実際に起きた、その一言で済ませられない。 
 
夜の一族のお姫様達にも後で相談するつもりではいるのだが、奴らは普段海外で都度頼れない。身近に専門家がいるのなら、これほど心強い事はない。 
 
正直なりふり構わず頼りたいし、立て続けに問題が増えて頭を痛めているのだが、我が身可愛さでいるのはもうやめる。今は自分よりも、他人だ。 
 
 
神咲那美が今、苦しんでいる。だったら俺は自分の問題よりも、彼女の問題を解決したい。その為に、海外で頑張ってきたのだから。 
 
 
スタイルの確立された美しい邸宅を見て、那美は感嘆しながら歩いている。完璧なまでに行き届いたエントランススペースは、この月村邸の自慢であった。 
 
手入れの行き届いたリビングルームへ案内して、ノエルにお茶を入れてもらう。家族が寛げるスペースになるように心掛けたリビングルームは、客である那美の気持ちも落ち着かせてくれた。 
 
決して急かさず、俺は彼女から話してくれるのを待つ。しばし何も語らず無言の一時、紅茶を飲んだ那美が顔を上げずに少しずつ語り始める。 
 
 
「……待ち合わせの時間に遅れて、すいませんでした」 
 
「そもそも今日、俺から急に呼び出したからな。無理を言ったのは、こちらだ」 
 
「時間前に寮を出ようとしたら、リスティさんに呼び止められたんです。ご存知かもしれませんが、リスティさんはその……今、休職していて」 
 
 
 嘘だと、敢えて言わなかった。リスティはもう警察への、民間協力を辞めている。フィリスとフィアッセ、二人の不幸が彼女まで絶望に追いやってしまった。 
 
復職するのは精神的に無理だろうし、今後の見込みもない。それでも休職だと言ったのは、那美の心優しい願望なのだろう。彼女の希望を、無碍には出来なかった。 
 
多分時間帯に関係なく、リスティはフィリスの見舞い等を除いて寮に閉じこもっているのだろう。俺もそれを警戒して遠回りに那美へ連絡したのだが、見咎められたらしい。 
 
用心するようには言ったが、俺の個人的事情でしかない。那美に、リスティを警戒させるのは難しかった。 
 
 
「最初は誤魔化していたんですけど、リスティさんは決めつけてしまって――つい、話してしまったんです。そしたら、寮から出してくれなくて」 
 
「あいつは俺を敵視しているからな、絶体に会わせたくなかったんだろうよ」 
 
 
「そもそも、良介さんがどうして敵なんですか!」 
 
 
 持っていたティーカップを、乱暴にカップソーサーに叩き付ける。那美らしくもない乱暴な態度に、俺は我知らず息を呑んでしまう。 
 
喧嘩と聞いて、俺は一方的に那美がリスティに責められたのだと思っていた。だからこそ彼女は落ち込んでいるのだと、気を使っていたのだ。 
 
 
ところが、 
 
 
「良介さんは利き腕が怪我で動かないのに、ドイツの皆さんを助ける為にテロリストと勇敢に闘いました。世界中が、良介さんの勇気を讃えて下さっています。 
世界に認められる立派なことをしたのに、リスティさんは一方的に良介さんを悪く言うんです。おかしいじゃないですか!」 
 
「い、いや、でもそのせいで俺は撃たれてしまって――」 
 
「良介さんの訃報は、メディアの誤報と聞いています。良介さんの責任じゃありません。フィリス先生だってきっと、良介さんのせいだとは思っていません! 
私のような他人でも分かることなのに、リスティさんはフィリス先生が良介さんを恨んでいると決めつけているんです!!」 
 
 
 那美は唇を噛み締め、目元を震わせて涙を滲ませる。先程も見た彼女の涙を、俺はもしかしたら誤解していたのかもしれない。 
 
この涙の輝きは、絶望によるものではない。濃厚な、強烈なまでの怒り、悔しさが滲みでた激情だったのだ。温厚な彼女を、リスティはここまで怒らせた。 
 
 
それはきっと――彼女だけが、当時の俺の気持ちを理解していたから。 
 
 
「私は良介さんと繋がっていたから、分かるんです。良介さんが苦しみ、悩みながらも、目の前の人達を救う為に勇気を振り絞って立ち向かっていったのを! 
久遠からも聞きましたし、私からも一生懸命説明したんです。なのに、なのに、リスティさんは―― 
私が、貴方に誑されていると言ったんです。私の気持ちまで、あの人は嘘偽りだと決めつけた。良介さんへの想いまで……私の初恋まで、あの人は嘘だと言ったんです! 
 
だから私、あの人を思いっきり引っ叩いて、そのまま寮を飛び出してきました!!」 
 
「えええええっ!?」 
 
 
 リスティではなく、思いっきり那美が修羅場を起こしていて目眩がした。誰がどう見ても、修復不能である。ここまで言われて、那美が折れる筈がない。 
 
どうやらリスティは俺憎しの余り、物事がまともに見れなくなっているらしい。自分が正と言うより、俺が間違えていると凝り固まっているようだ。 
 
俺を賛美する者は、俺に騙されている。俺の味方をする者は、俺が操っている。憎しみが肥大してしまい、視野が狭くなっているらしい。 
 
困ったことになった。ここまで来れば、那美が寮を飛び出したのも俺の責任にするだろう。誘拐されたと、大騒ぎする可能性だってある。 
 
 
あっ――もしかして。 
 
 
「……それだけか?」 
 
「グスっ、何がですか」 
 
「心優しいお前が、自分の想いを否定されただけで相手を傷付けるとは思えない。他にも、何か言った筈だ。 
 
 
例えば――俺さえ死ねば、フィリスは必ず治るとか」 
 
 
「……っ!?」 
 
 
 那美が息を呑んだのを見て、俺は肩を落として確信した。なるほど、病院で俺を殺す勢いで殴りかかってきたのもその為か。そこまでいってしまったのか、あいつは。 
 
高町美由希とは違った意味で、彼女は突き抜けてしまった。同じ憎しみではあるが、結論が異なっている。ある種、美由希よりも性質が悪い。 
 
 
リスティ・槙原は、俺を殺せば全てが元通りになると思い込んでいる。俺が原因ならば俺を排除すれば解決すると、完結してしまったのだ。 
 
 
高町美由希は復讐であり、リスティ・槙原は義憤であった。復讐はやり遂げても何も戻って来ないが、義憤はやり遂げれば取り戻せるものがある。 
 
言ってしまえばただの勘違いだが、憎しみが積もりすぎて我を忘れてしまったのだろう。二人の違いは、心の強さの違いでもあった。 
 
美由希は強く、リスティは弱かった。強いせいで不破の剣士となり、弱いせいで義憤の鬼と化した。こうなってしまえばもう、元には戻れない。 
 
 
共通しているのは――話し合いではもう、解決しないことだろう。 
 
 
「ごめんなさい、良介さん。迷惑をかけると分かっていても、貴方しかもう頼れなくて」 
 
「こんな事、自分の家族にだって言えないだろうからな。とにかく、行く宛もないんだろう。確か今、学校は夏休みだよな? 
しばらく、この家にいろよ。ちょうどいいと言うのも変だが、俺からもお前に頼みたいことが山ほどある」 
 
 
 恐縮する那美をひとまず落ち着かせ、ノエルにお茶のお代わりをお願いしてリビングルームを出る。家主の忍に、相談しなければならない。 
 
ここにいろとは言ったけど、さすがにそのままには出来ない。さざなみ寮の管理人あたりには、俺から連絡を入れておくべきだろう。放置しておくと、警察沙汰になってしまう。 
 
廊下にある窓の外を見る。雨はもう止んでいて、敵も居ない。落ち着いた夏の夜だが、俺は不穏な気配を嗅ぎ取っていた。 
 
 
神咲那美を匿えば――リスティはきっと、俺は誘拐犯と決めつけるに違いない。奴は必ず探し出し、俺を殺しにここへ来る。 
 
 
たった一つでも、他人を見捨てる選択をすればよかった。なまじ他人を大事にしているから、こうなってしまっている。昔ではありえない選択をして、自分を苦しめている。 
 
憎しみの連鎖は、広がっていくばかりであった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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