とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十一話





 戦後処理というのは、勝とうと負けようと疲労が大きい。たった一人、孤独に戦っていれば自分の面倒さえ見ればいいのだが、集団であれば他人の面倒も見ないといけなくなる。

保護した城島晶は、単純に眠っているだけだった。医療方面に詳しいシャマルに診て貰ったが、身体に何の問題もない。眠らされているだけだったので、ベットに寝かせておいた。

月村の屋敷ごと襲われたはやて達も、全員無事。襲撃を仕掛けてきた天狗の集団は守護騎士達が撃退し、地震による被害もない。伝承によると、座敷童子の住む家は安泰とされている。


唯一の被害といえば、妹さん。アイスを買ってコンビニを出た直後、天狗によって強制的に自分の家まで運ばれたらしい。


「"石鎚山"の怪異だな」

「いし……? 何だ、それ」

「山の頂で行方不明になった子供を親が探したが見つからず、やむなく家に帰ってみると子供は家に戻っていたと言う伝承だ。
天狗が神とされていた頃の、怪異だよ。瞬間移動に聞こえるが、多分子供を保護する為の術だな。俺から離れて一人になった瞬間を、狙われたんだ」

「……本当に申し訳ありませんでした、剣士さん」

「アイスを買いに行かせたのは俺だし、責任を感じる必要はないよ。こいつが全部、悪い」

「何でだよ!? 今回、アタシが大活躍だっただろう!」


 "声"が聞こえる妹さんの不在で大苦戦させられたのは事実だが、言い換えるとそれほど妹さんの存在が頼りにしていたという事だ。いつの間にか、俺の中で主戦力としていたようだ。

敵側の認識も、同じだったのだろう。だから、俺から離れたその瞬間を狙ったのだ。怪異まで使って遠ざけたのだ、よほど夜の一族の王女を脅威に感じていたに違いない。

ひとまず責任をアギトに押し付けて茶化してみたが、責任感の強い妹さんの顔色は晴れない。俺は、事実のみを告げる。


「妹さんが状況をすぐ認識して敵の位置を掴んでくれたから、シグナム達も反撃に出られたんだ。おかげでこうして全員が無事だった、ありがとう」


 家まで強制送還された妹さんは状況の激変に慌てず、"声"を聞いて俺の無事と所在を確認。その上で月村の屋敷を襲う敵の位置を確認し、シグナム達に伝えて反撃に出向いた。

妹さんが向かったのは怪異を起こしている元凶、天狗の一族を統率する長老。位置を簡単に特定された長老は動揺し、結果として妹さんの接近を許してしまった。

その後は、熾烈な格闘戦。一族を統べる長だけあって脅威の技量の持ち主だったそうだが、素質面は負けずとも劣らない夜の王女。必死で食い下がり、身を挺して天狗の進軍を止めた。

もしも妹さんの抵抗がなかったら、俺が時間を稼いでもシグナム達の反撃が間に合わなかったかもしれない。今回の騒動は個人の決闘ではなく、集団戦だったのである。


だからこそ、天狗はこうして一族として敗北を認めて降伏したのだ――と言っても納得し切れないだろうから、こう付け加えておこう。


「妹さんが今回の件で責任を感じているのなら、やって貰いたいことがある」

「! 何でも言って下さい」

「俺を訪ねて来た座敷童子に、今回明確に敵対してきた天狗の一族。この分だと他にも魑魅魍魎、悪鬼羅刹の類が潜んでいるかもしれない。
先月の夜の一族の一件で、どうも俺を狙っている節がある。今後に備えて、護衛である妹さんに伝承の調査を頼みたい。読書家の妹さんには、ピッタリの仕事だと思う」

「分かりました。お任せ下さい、剣士さん」


 いつも通りの良い返事が聞けて、ようやく安心する。天狗の長との死闘でボロボロになった妹さんの落ち込んだ顔を、これ以上見たくなかったのだ。

責任を感じる気持ちは嬉しいが、気持ちの重さを引き摺られても困るだけだ。反省しているのなら、次に備えて行動してくれたほうが前向きというものだろう。

そういう意味では、戦士としての心構えができている騎士達は頼もしいと言える。同じ護衛である者も、然りだ。

早速調査を行おうとする妹さんを苦笑しつつも、引き止める。


「今後、今回のような集団戦も予想される。出来れば俺本人から直接、今俺を支えてくれているチームと会って連携を取りたいんだが」

「申し訳ありません。護衛チームは指揮権をディアーナ・ボルドィレフに、統括及び管理をカレン・ウィリアムズに委ねられております。
私を通じて剣士さんの意向をお伝えすることは出来ますが、直接の交流は固く禁じているとの事です」

「何で俺の護衛に、俺が口出しできないんだ!?」

「剣士さんに取り込まれてしまう可能性を危惧されております。特に、先の撤収させた件を強く懸念しておりまして」

「ぐぬぬ……そこまで根に持つとは」


 護衛なんて邪魔だから失せろと言われないように、徹底しているようだ。実際この前撤退させたせいで、俺は美由希に切り刻まれたのだ。カレンやディアーナ本人も、あの時は怒り狂っていた。

甚だ不本意だが、優秀な護衛チームの選別も管理も維持も全てカレンやディアーナがやってくれている。何も出資していない俺が口出しだけするのも、図々しいか。

せめて礼を言いたかったが俺を守るのが仕事の彼女達に、守ってくれたお礼を言うのも変かもしれない。自分の仕事を当然のようにこなすのがプロだ、褒められて喜ぶのはアマチュアだけだろう。


「天狗の少女が護衛チームの人間を、"忍"とか言ってたんだが――もしかして、忍者?」

「国家認定資格を持つ、"蔡雅御剣流"の忍者と伺っております」


 ……日本の"忍"って、実は国家資格だったのか……? 幽霊や妖怪、魔導師だけでもお腹いっぱいなのに、ここに来て時代劇まで持ちだされて俺の価値観が狂いそうだった。

学校にも通わず、仕事もしない俺は底辺の無法者ではあるが、多少なりとも常識は持っていると思っていた。しかし、この海鳴に来てその常識そのものが壊されている。

忍者だぞ、忍者。確かに歴史を紐解けばそんな存在も居たらしいのだが、現在日本にまで生き残っていたのか。それも、国家資格として成立しているなんて。


しかし考えてみれば忍者の本分は時代劇のようなアクションではなく、諜報活動や破壊活動、浸透戦術などを仕事としていたとされる"集団"だ。


「じゃ、じゃあ、俺の護衛チームってもしかして――」

「正式な忍の資格『総合諜報・戦技資格』一種免許を持つ、エリートの方々です。
ディアーナ・ボルドィレフのお話ですと剣士さんの護衛を主目的とし、その上で剣士さんを狙う武装テロ集団の壊滅を狙って行動しております」

「……そういえば、ディアーナが法に関連する組織と協力関係を結んでいると言っていたな。その辺とも連携していそうだな」


 政治的背景とも絡めて俺の護衛をさせているのか、想像するだけで恐ろしい権力構成図だった。カレンとディアーナが手を汲んで、表と裏を密に連携させている。

ロシアンマフィアが支配する裏社会、アメリカの大富豪が支配する表社会。この二つが手を組めば、世界を牛耳る巨大構造が実現できる。世界の膿を丸ごと、駆逐するために。

なるほど、それほどまでに壮大な計画を立てているのなら、師匠を司法取引して拾い上げるのも容易いということか。企みに乗せられた形だが、師匠が更生出来るのであれば文句はない。

この護衛体制もそうしたあらゆる組織の計画の上に構築されているのなら、俺如きが口出ししてもどうしようもない。あらゆる想定外にも、対処は出来るはずだ。

そういう事であれば直接接触するよりも、別のアクションをするべきかもしれない。


「分かった。今回の件については今晩、事の経緯を含めてカレン達に相談してみよう」

「よろしくお願いします。剣士さんご本人は、私が必ずお守りいたしますので御安心下さい」

「頼んだ」


 そうして改めて、妹さんは護衛チームへの連絡に走った。今晩はもう月村の屋敷から出ないように、念押しまでして。あの子がいれば、ひとまずこれ以上の被害が出ないだろう。

今回の件では多分一番の被害者なのだが、妹さんは怪我にも負けず行動に出ている。俺を守るその為だけに護衛チームと連携して、新しい警戒態勢を準備してくれる。

護衛の件について、後はあの子に任せて問題ないだろう。出来れば安静にして欲しいが、無茶ばかりする俺が言っても説得力がない。俺達は考えるより、行動する方が向いている。


そうした緊張感の中でも、歴戦の騎士達は落ち着いていた。アギトと一緒に声をかけると、庭に出ていたヴィータ達が手を振った。


「悪かったな、俺狙いの連中が起こした騒動に巻き込んでしまった」

「この管理プランに参加している時点で、トラブルは覚悟してたよ。てめえが噛んでる一件で、平穏無事に済むはずがねえ」


 一戦交えた後だというのに、はやてが作ったらしい夜食のおにぎりをヴィータが平然とパクついていた。シグナムやシャマルも、お茶を飲んでいる。

ヴィータの揶揄に俺が眉を顰めるより先に、アギトがケラケラ笑っている。それもそうだと、言わんばかりに。おのれ、俺の味方が誰もいない。


彼らの主であるはやても車椅子を押して、俺の無事を確認しに来てくれた。


「大丈夫だったか、お前も。屋敷を揺らされたんだ、怪我はしていないか?」

「この通り、平気や。座敷童子ちゃんが姿を見せてくれてな、わたし達を守ってくれたんよ」


 チョウラピコ、奥座敷にいるとされるもっとも美しい座敷童子。有名な日本の妖怪であり、座敷の神とも言われている神聖な存在だ。

どういう目的か先日俺を訪ねに来て、そのまま月村の屋敷に居着いている。それだけ聞くと単なる居座り強盗だが、彼女は基本的に姿を見せない。


――あれ……? じゃあ何で今平然と認識されているんだ、あいつ。


「その口振りからすると、もしかしてあいつが家に居るのが分かってたのか」

「そういう訳やないけど、座敷童子がうちらの――とりわけ、良介周りに居そうなのは分かってたよ。アリサちゃんも気付いていたしな。
わたしの家、さらし粉だらけにしたのも多分あの子のイタズラや。良介が前に糸車を回す音が聞こえたと言うてたやろ、あれって座敷童子の怪異なんやで」


 し、知らなかった……座敷童子と無関係ではないだろうとは思ってたけど、さすがにそこまで伝承には詳しくない。天狗の伝承は有名だったから、知っていただけだ。

なるほど、あの時それでアリサやはやてが楽観的だったのか。自分の家が襲われたというのに平然としていたのも、座敷童子が犯人だと確信していたからだ。

座敷童子だから大丈夫だと思うこいつらの感性の方が、むしろ怖い。ジュエルシード事件とか色々俺が巻き込んでしまったせいで、感覚がおかしくなっていないか心配になってきた。


まあ、騎士達が居るので大丈夫だとは思うけど……妖怪だぞ、妖怪。頼むから少しは怖がってくれよ、子供達。


「犯人は、天狗という妖かしの一族だったそうだな。この国にまつわる、有名な妖怪と聞いている」

「お前らが生きて来た時代の中で、ああいう妖怪とかと戦った事はあるのか」

「過去、魔獣や竜の類とも戦ってきました。話が通じる分、まだやりやすい相手ですよ」


 淡々と話すシャマルの話に、シグナムも同意して頷いている。話が通じる相手だから俺でもどうにか出来たのだと、彼女達なりに警告したのだ。相変わらず、手厳しい。

竜、ドラゴンともなればそれこそお伽噺、英雄伝説の中での物語だ。そんな生き物が過去、彼女達の生きる時代には居た。天狗や座敷童子も世界こそ違えど、古き時代の生き残りかもしれない。

今回は口だけでどうにか乗り切ったが、話が通じない妖怪が相手だと戦う以外に術はない。その度に騎士達に頼ってばかりでは、仲間に負担をかけるだけになってしまう。


だからといって、現時点で弱い俺が矢面に立てば済む話ではない。そんな捨て身の覚悟を、彼女達は望んでいない。


「彼らだけが敵とは限らないのだろう。この先どうするつもりだ、お前は」

「個人個人の戦いではなくなってくるだろうからな。此処を領地として戦力を蓄えていき、影響力を大きくしていくしかない。
そういう意味では今まで通りであり、この方針で地道に築き上げていくさ」


 想定外の事件が起きたからといって、都度方針を変更してばかりでは旗色が悪くなるだけだ。上に立つ人物の判断がいちいち乱れたら、仲間達だって混乱してしまう。

仲間どころか本陣まで襲われる事態にまで発展したが、管理プランを提唱しているこの体制そのものは悪くはないと思っている。ちゃんと機能したからこそ、敵は撃退出来たのだ。

見直す部分も確かに多々あるだろうが、根本を覆す真似はしない。俺がそう告げると、方針を確認したザフィーラは鼻を鳴らして寝そべった。


悪くはないが、合格点ではない。彼の手厳しい採点に、俺の方が苦笑いを浮かべてしまった。


「おい、子分。協力はしてやっているし、この先も手は貸してやるけど、はやてが本格的にやばくなったらお前にもう舵取りは任せねえからな」

「分かってる、俺もこのままでいいとは思っていない。とにかくもう少し、時間をくれ」

「お前なりに考え、悩んでいるのは我々も理解はしている。協力すると約束した以上、簡単に見捨てたりもしない」

「先月貴方の行動を監視していてどれほど危なっかしい人か、私達も分かっていますから」


 冷や汗ばかりかかされる人達だが、ちゃんと最後に勇気づけてはくれる。教えを請う側としては、ほぼ理想的な指南役だった。戦闘面でも、人生経験でも、本当に頼り甲斐はある。

ヴィータの叱咤激励に合わせての、シグナムやシャマルの励まし。身が引き締まる思いだった。何としても、彼女達の居るこの地を守らなければならない。

その為には、同じ主であるはやての協力も必要だろう。俺は一つ提案をした、と言っても妹さんと同じ案だけど。


「座敷童子に天狗――敵か味方かはともかく、まだ他にも妖怪がいるかもしれない。妹さんにも頼んだが、日本の妖怪について調べてみてくれないか」

「調べ物なら任せてや。ここのお家、いっぱい本のある広い書斎があるんよ。せっかくやから、すずかちゃんと一緒に調べるわ」


 自分に出来る事が出来て、はやてはウキウキした様子で両手の拳を握る。足の不自由な車椅子の少女、それゆえに自分の無力に一番悩んでいる。

アリサの仕事を手伝って随分社会復帰してきたようだが、今現状俺の周辺で起きている件についてはほぼ何も出来ずにいた。彼女が歯痒く感じているのは、傍目で見て分かってはいたのだ。

自分の無力への苦しみは、弱者である俺が何よりその痛みを思い知っている。どれほど味わっても、慣れるものではない。何か、力になってやりたかった。

力になってやりたいが為に、力になってもらう。日本語とは何とも、珍妙なものだ。


「捕縛した天狗一族については、連絡したさくら待ちとして――後は」

「ねえ、良介。あんた、ミヤとローゼはどうしたの?」


 騒動は一段落ついたが、地震の影響で屋敷内が散らかってしまっている。今ノエル達が頑張って整理整頓してくれている中、休憩がてらやって来たアリサが確認してくる。

アリサの何気ない質問に、俺は固まってしまった。そういえば、まだ連絡がない。神咲那美を迎えに行ったまま、全然帰ってこない。まさか、待ち合わせ場所に戻っているのか!?

天狗に襲われたのなら、人質に取っている事を俺に告げるはずだ。彼らは敗北を認めても、那美については一切何も言わなかった。つまり、関わっていない……?


だとしたら、那美は――とその時、携帯電話が鳴った。


『良介さんですか? 神咲です』

「那美!? お前、今無事か!」


『ぶ、無事といいますか、その――家を、出てしまいまして』


「は……?」

『リ、リスティさんと大喧嘩しちゃって……寮を、飛び出してしまったんです』


 ――無事といえば無事ではあったが、あっちはあっちで大層な修羅場に襲われていたらしい。

次から次へと振りかかる災難に、もう何もかも投げ捨てて逃げ出したくなった。















<続く>








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