とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第五十話
戦闘中人質を取られるのは、これが初めてではない。爆破テロ事件の時はクリスチーナを、要人テロ襲撃事件の時はカミーラやカレン達を人質に取られてしまった。
あの時は冷酷なロシアンマフィアや残虐非道なテロリスト達だったが、今回は天狗の一族。海外の悪党共よりはマシかもしれないが、今回は身内を人質に取られている分性質が悪い。
極論を言ってしまえば、海外での事件ではどちらも見捨てても問題はなかった。あの時夜の一族は等しく敵であり、わざわざ救出する義理はなかったのだ。
今回の場合、城島晶を人質に取られている。誰がどう見ても、俺の責任だった。何としても助けださねば、二度と高町家に顔向け出来ないだろう。
「仲良くして下さいますよね、宮本良介さん?」
大雨の降る夜、山中で対立する構図。位置取りからしても、こちらが圧倒的に不利だった。敵は樹上で人質を取っており、敵の目下にいる俺達は全てを把握されてしまっている。
加えて俺やアギトを取り囲む山伏の格好をした、異形の男達。武器も構えず取り囲んでいるだけだが、立ち振舞に一切の隙がない。侮りも油断もなく、俺達の一挙一動を監視していた。
厄介なのは古代ベルカの融合騎であるアギトを目の当たりにしても、平然としている点だった。可愛らしくも人外の存在、訝しげに思って不思議はないのに何の疑問も持っていない。
恐らく魔法を披露しても動揺もせず、対処されてしまうだろう。取り囲む連中は炎で追っ払えるかもしれないが、人質は殺される。天狗に、殺人の忌避を期待出来ない。
チェスで言うチェックメイト、将棋でいう王手の状態――詰んでいるのだと俺は正しく認めて、持っていた木の枝を投げ捨てた。
「話の分かる人で嬉しいです。今後ともどうぞ、よろしくお願いしますね」
「人質を解放しろよ。仲直りの握手といこうじゃないか」
「オッケーですよ、と言いたいですけど――そっちの妖精さんをまず、貴方の手で大人しくさせてもらえませんか」
朗らかに提案されて、鼻を鳴らした。向こうには聞き取りようのない念話を通じて、救出の段取りをしていたのに、あっさりこちらの次の一手を読まれてしまった。
妖怪の年代なんぞ分からんが、俺と同世代に見えるこの少女は性格こそ剽軽だが侮れない。頭が良いというのもあるが、敵の動きをよく観察して次を見極めている。
ディアーナやカレンとは別種の、才覚の持ち主。さすがはブンヤと言うべきか、一挙一動が理に適っている。厄介な相手だった。
アギトに視線を送ると、本人は露骨に舌打ちして両手を上げて俺の肩に止まった。魔法はまだ使えるが、これ以上の抵抗は無意味だろう。
「可愛らしい子ですね、後で一枚写真を撮らせて下さいね。伝説の妖精、日本で大発見!」
「ざけんな。お前なんかにネタを提供してたまるか、ボケ」
「実にいいですよ、その口の悪さ。お伽話と現実とのギャップ萌えに、記者魂が大いに刺激されるってもんですよ」
アギトの挑発を、悪意のある茶目っ気で返す天狗の少女。実に、やり辛い。挑発しても冗談で返してくる相手に、アギトは分の悪さを悟って歯軋りする。
二言三言会話しただけだが、恐るべき相手だった。真意というより、少女の心の底が見えない。自分の優位に慢心せず、それでいて有利な状況を維持して場を支配しつつあった。
交渉や取引材料を色々考えていたが、敵を知って未練なくゴミ箱に投げ捨てた。口先でどうにかなる相手じゃないし、どんな行動をしても見破られる。白旗をあげるのが賢明だろう。
俺が、どうにか出来る相手じゃなかった。
「自分の身内を人質に取るような相手と仲良くしろってのか、おい。図々しい奴だな」
「ノンノン、人質じゃありません。この子と私はもう、立派なお友達ですよ。半月ほどですが、仲良くさせていただきました」
「その割に、襟首掴んでぞんざいな扱いしているじゃねえか。友達にする態度じゃないぞ」
「怪我はさせておりませんので、ご心配なく。今少しだけ、眠って頂いているだけです」
「じゃあ、すぐ返せ」
「そんな怖い顔しないでくださいよ。わたし達、友達じゃないですか。ですよねー?」
くそ、こいつムカつく! あれこれ言って誤魔化していたのに、言質を取りに来やがった。だったら、こう返せばどうだ。
「おいおい、ちゃんと態度で示しているじゃないか」
「わたし、小心者でどうしても相手の顔色を窺ってしまうんですよ。そんなこわーい顔されると、内心どう思っているのか実に不安でして。
だから、貴方の本心を是非聞かせて下さい」
――此処は世界会議の場ではないが、自分の口で友好を宣言する意味は重い。人質交換の場であるのなら、尚更だ。一国同士の外交でなくても、口約束では済まされない。
相手は明らかに一族である事を態度で示しており、単なる約束ではなく条約を求めている。口では友達と言っているが、脅迫を背景にした同盟に他ならない。
となれば、敵の狙いは俺の影響力を期待した夜の一族への干渉なのだろう。でなければ、俺個人にここまで友好を求めたりなどしない。
ドイツの地で、カーミラが泊まるホテルに大勢の有力者達が出待ちしていたのを思い出す。人間社会に君臨する権力者でさえ、欧州の覇者達には謁見も許されないのだ。
日本では大手の新聞社であっても、海外への影響力はたかが知れている。メディアの力の拡大か、一族の繁栄か、いずれにしても夜の一族に迫る気なのは間違いない。
ここで友好を宣言してしまえば、俺が窓口にさせられてカレン達に迷惑がかかってしまう。あいつらは言わば俺の保証人、連帯保証とは債務者本人と連帯して債務を負担しなければならないのだ。
友達だと言えば、カレン達を害してしまう。友達じゃないと言えば、城島晶が殺される。だとすれば、返答は――
「俺の本心、本心ね……」
「すいませんね、急かしてしまうようですが今この場でご返答をお願いします」
「今でないと、駄目か?」
「出来れば、すぐにお願いします」
「どうしても?」
「――時間を稼いでも、無駄ですよ。助けは、絶対に来ませんから」
確かに露骨ではあったが、時間稼ぎだとバッサリ切れるその胆力は大したもんだ。自分の考えを独善的に信じられるのは、精神力を必要とする。
敵ではあるし許せないが、尊敬も出来る。四苦八苦してもなかなか心が強くなれない俺とは、モノが違う。どうやっても、勝てそうになかった。
俺一人では――勝てそうにない。
「いーや、無駄じゃないさ。時間を稼がせた、あんたの負けだ」
「何を言って――」
「動くな」
――音もなく、忍び寄る影。天狗の少女の背後に回り、喉元に鉄串を突き刺している。
何処の誰なのか、木の下から見上げる俺には分からない。雨雲が覆う深夜に、黒装束を着た者の顔までは見るのは無理だった。
分かっているのは、あの人が俺を守ってくれている護衛チームの一人。今宵も、陰ながら何度も助けてくれた、頼もしい助っ人である事。そして、
ようやく、敵に隙が生まれた事だった。
「今だ、アギト!」
「ブレネン・クリューガー!!」
肩から飛び上がったアギトが撃ちだす、火炎。自身の周囲に発生させた攻撃魔法が弾丸となり、俺達を取り囲んでいた山伏の男達に着弾して吹き飛ばす。
弾丸の核として固体化された燃焼性の液体が発生、着火して射出させた魔法が高温で燃え上がらせたようだ。敵も慌てて回避に移るが、アギトの魔法の方が早かった。
大雨でも激しく燃え上がる炎であったが、敵が倒れ伏したのと同時に火は綺麗に消失する。単純に濡れて消えたというより、術者の意思で瞬時に消化したようだ。
敵への敵意はあっても、殺意はなかった。俺がそう確信して一瞥すると、アギトが不機嫌な顔でそっぽを向いた。
「殺しちまったら、管理局の役人共がうるせえだろう。一応取引してやってるんだ、そのくらいの決まり事は守ってやるさ」
「おう、その意気だ。偉いぞ、アギト」
「アタシの努力を無駄にしやがったら、まずてめえから焼いてやるからな」
ケケケッ、と笑って今度は俺の頭の上に飛び乗った。チクチク髪の毛を弄ってくるのが、なんとも小憎たらしい。自由気ままで、やり辛い子であった。
ともあれ、これで形勢逆転。俺一人では絶対に成し遂げられなかった、逆転劇。自分の弱さを視野に入れた正確な状況分析が、この結果を導き出してくれた。
顔も知らない人まで戦力に入れるのは無茶ではあるが、無謀ではなかった。カレンという女性が選んでくれた護衛であり、俺を守ってくれた人間。疑う余地はない。
時間を稼いで敵の注意を俺に向けさせれば、きっと助けに来てくれると信じていた。
この俺が自分から、赤の他人を信じてみせたのである。ただそれだけの、戦略だった。
「一度しか言わない。城島晶をすぐに、解放しろ」
「っ……妖精の次は、忍ですか。どういう人脈を――ぐっ!?」
「一度しか言わないと、警告した」
それにしても恐ろしいのは敵に串を突き付けるのではなく、明確に突き刺している事。急所に達しない程度に、完全に喉に串を刺していた。
テレビや映画だと人質に取る際単純に武器を突き付けるだけだが、実際はこうして突き刺すことで初めて脅しになる。素人とプロの違いを、思い知った気がする。
辣腕の天狗と言えど、自身の命までは懸けられない。しばし考えた末に、苦渋の表情で小さく頷いた。
人質交換とは、約束を守って初めて場が成り立つ。一度敗北を口にした以上、守らなければ敵ですらなく単なるクズに落ちぶれる。
黒装束の人が串を喉から引き抜くと、天狗の少女も木から降りて俺に人質を引き渡した。何の未練も、文句も言わず、丁重に俺に引き渡すその姿勢。天晴であった。
ともあれ――
「……この馬鹿……心配、させやがって……!」
豪快に眠っている城島晶を抱き上げて、俺は涙腺が緩みそうになった。ようやく一人、俺の家族を取り戻すことが出来た。ようやく一つ、解決したのだ。
恭也、美由希、なのは、レン、フィアッセ、桃子。誰もがまだ問題を抱えている中で、俺はやっと絶望の沼から一人救い上げることに成功した。
残り、六人――全員、必ず救ってみせる。
「私の敗北は、認めます。どうぞ、煮るなり焼くなり好きにして下さい」
「潔い、という感じじゃ無さそうだな……なるほど、取っている人質は――」
「ええ、 "我々"は貴方の大切な人達を押さえております。この山は今、我々の支配下に置かれているのですよ」
負け惜しみではないことくらい、分かっている。状況は、正確に把握している。俺が今救ったのは、あくまで城島晶だけだ。
屋敷も含めて、他の人間にも天狗の魔の手が忍び寄っていた。多分この少女は自分の敗北も視野に入れて、これほど大胆な行動に出たのだ。
目的が一族の繁栄なのであれば、自分一人負けても仲間達が勝てればいい。捨て石になる覚悟も、出来ている。いやはや、恐れ入るばかりだ。
「大したもんだな、あんた。お世辞でも何でもなく、本当にすげえよ。こんなやり方をせず、堂々と来てくれればいいのに」
「夜の一族をまとめあげた貴方を相手に、正面から挑む愚は犯しませんよ」
「なるほど、認識は正しい。だったら、最後まで警戒しておくべきだったな」
「――何ですって?」
「時間を稼ぎ、俺に注意を向けたのは――アンタ一人に対してじゃないぞ」
俺の指し示す方向を見て、天狗の少女は唖然とした顔をする。彼女は今、自分の敗北を悟ったのだ。
視線の先は月村の屋敷、その方向から悠然と歩み寄ってくる人達。誰一人――そう、誰一人として欠けずに、俺の仲間達が出迎えてくれた。
シグナムやヴィータに捕縛された、天狗の面々。シャマルやザフィーラに守られた、アリサや忍達。俺の顔を見て、どういう経緯か傷だらけになった月村すずかが駆け寄ってくる。
先頭を歩いているのは――白髪の老人を連れた、座敷童子。恐らく、あの老人が統率者なのだろう。
「あ、貴方は、動きを封じられた仲間に自分の命を託したのですか! 自ら囮になってまで!?
どうしてそこまで、他人を信じられるのですか。仲間が失敗したら、貴方は終わっていた」
「自分の命を預けられる存在、それが仲間なんだよ」
「……なるほど、恐れいったわい。大した器じゃな、お主。"座敷の神"が惚れ込むだけある」
城島晶一人しか、ではない。今晩俺は、城島晶一人を救い出せば良かったのだ。後は単純に、信じればいい。
自分から信じてみるのも悪くはない。それが不幸にさせてしまった家族から学んだ、俺の最大の教訓だった。
<続く>
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