とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十九話
これを環境適応能力というのかどうか定かではないが、どうやら弱者であっても備わるものらしい。危機的な状況下に置かれても、さほど混乱せずに行動は出来ている。
通り魔に魔法少女、幽霊や巨人兵、大魔導師に自動人形、挙句の果てにロシアンマフィアや武装テロリスト。これほどの面子に命を狙われたら、場慣れだってしてしまう。
姿も見えない敵に大量の石を投げつけられているが、山中に逃げ込んで木々の合間を駆け抜ける。並走して追ってくる気配はあるが、痛手は負っていない。
目にも止まらない早さで飛んでくる石は、立ち並ぶ木にぶつかって遮られている。敵の仕業かどうか分からないが、大雨なのも視界を遮る役目を果たしてくれている。
石と表現しているが、ガキの遊びではない。敵は明らかに本気で投擲しており、直撃すれば肉まで食い込むだろう。手足であっても、当たれば行動不能にさせられてしまう。
正直恐怖は感じているが、絶望まではしていない。先月クリスチーナには本物の銃で、問答無用で撃たれたのだ。あの子やテロリストに比べれば、可愛いものだ。
大雨が降っていても、方向は見失っていない。それでも敢えて下山せず駆け上がっているのは、敵から逃げるためではなく戦うためだ。この場での敗走は、命を拾う結果に繋がらない。
程なくして、その時が訪れた。
「――止んだ、か……仕留めてくれたのかな」
石が飛んで来なくなって、木の影に隠れつつも足を止める。注意深く様子を窺って、一旦ではあるが敵意が消えたことを確信できた。妹さんがいれば、簡単に確認できるのだが。
先月と違い、今回の戦いは孤立無援ではない。護衛を務める妹さんは行方不明になっているが、カレン達が手配してくれた護衛チームは今も健在である。
今月に入って俺を何度も助けてくれた人が今も傍についていてくれているのは、分かっている。だったら無理に自分から戦おうとせず、プロに任せればいい。
何ともカッコ悪い戦い方ではあるが、護衛チームは護衛対象を守るのが仕事である。その護衛対象が前に出て戦うような愚行は置かせない。
完全に敵が居なくなったのを確認した後、俺は周囲を警戒しながら山道へ戻った。
「この分だと、月村の屋敷も襲われている可能性が高いな。シグナム達が負けるとは考えられないが、相手が妖怪の類だと何が起こるか分からんか。
一刻も早く家に戻って、合流した方がいいな。まず、アギトを探さないと駄目だけど」
どうも今回の敵は夜の一族関連、強いて言えば彼女達と密接に関わった俺が狙われているようだ。俺をターゲットとして、関係者が狙われている危険性もある。
俺一人で満足しない敵のやり方に猛烈な反発を覚えるが、一人で怒り狂ってもどうしようもない。早く家に帰って忍達と合流し、反撃に出よう。
月村の屋敷まで徒歩で登ると距離があるのだが、道は分かるし五体は満足だ。全力で駆け上っていって――すぐさま、足を止めた。
「おいおい……本当に、オカルトなのかよ……」
どういう現象で成り立っているのかサッパリ分からんが――火の玉が、浮いている。冷たい雨が空から降っているのに、青白く燃え盛っていた。
幽霊や巨人兵、吸血鬼といった化物相手に戦ってきた俺だが、こういう超常現象には今だに驚かされる。世間的にはありきたりでも、実際見た奴なんて数える程しかいないだろう。
真夏の夜、雨の降る山中に漂う火の玉。しかも一つや二つではなく、俺の行く先を遮るように恐ろしい数で浮かび上がっている。いい加減肝は据えていても、この時ばかりは肝が冷えてしまった。
次の瞬間、後方から鉄串が飛んできて火の玉に突き刺さった。見事な射的技術で正確に火の玉一つ一つに刺さってはいるが、消えるどころか通り過ぎて背後の木を貫くのみ。
護衛の人間が俺を守るべく攻撃してくれたようだが、物理的な敵ならともかく超常現象はどうにもならないようだ。背後で息を呑むのが、一瞬ではあるが伝わってきた。
ここが山の中なのは、本当に不幸中の幸いと言えた。明らかに敵のフィールドではあるのだが、今の俺にとってはありがたくもある。今この時、どうしても必要だったから。
俺は本当に久しぶりに、落ちていた木の枝を――自分の剣を、手に取った。
「海鳴の桜の枝で、吸血鬼のカーミラを倒せたんだ。火の玉なんぞ、斬り飛ばしてやるよ」
枯れ木なら余裕で燃えてしまうが、これまた幸いにも雨が降って太枝が濡れて浸透している。耐久性に欠けるが、即興の武器としては十分だ。
利き腕も治って、剣はちゃんと握れている。切れ味なんぞ皆無なのだが、叩き落とすくらいはしてやる。俺は約二ヶ月ぶりに、両手で剣を取って戦いに挑む。
俺が猛然と立ち向かってくるのに合わせて、火の玉が一斉に俺に襲いかかってきた。速いが、先ほどの石ほどではない。全部、切り捌いてやる。
剣を振り上げるのと同時に――さっきの串とは比べ物にならないほどの勢いで、俺の背後から熱い物体が突き抜けた。
物体は正確に火の玉に激突して、爆破。青白い火の玉は真っ赤に燃え盛る炎に煽られて、蜃気楼のごとく消し飛んでしまった。剣を振り上げたまま、俺は呆然と立ち尽くす。
手加減無用とばかりに次から次へと物体が飛んできては、火の玉を一つ一つ狙い定めて吹き飛ばす。火は、炎には敵わない。超常現象は、更なる物理現象に敗北した。
恐る恐る背後を振り返ると、ずぶ濡れになった烈火の剣精が怒りに満ちた形相で眼前に浮かんでいた。
「お前……生きていたのか」
「簡単に殺すな、馬鹿!? ぜいぜい……くそが、ナメた真似しやがって!」
よほど遠くまで吹き飛ばされたのか、アギトが肩で息をしている。強風で吹き煽られながらも、必死で飛んで戻って来てくれたのだろう。
先程の攻撃は、どうやら攻撃魔法だったようだ。炎の剣製というだけあって、火に関する攻撃に長けているのだろう。初めて見たが、なかなかの精度と威力だった。
俺の賞賛の目に気付いてか、ずぶ濡れでふやけていた美貌が自慢気に染まる。シッシッシと笑って、俺を見下ろしてきた。
「どうよ、このアギト様の魔法は。火でアタシに勝てる奴なんて、この世にはいねえぜ!」
「風には思いっきり、負けていたけどな」
「ちょ、ちょっと油断してただけだ!」
大声で怒鳴り返してくる、やれやれ。さすがに何度も風に飛ばされるのは嫌なのか、俺の肩に乗っかって耳を掴んでくる。全然可愛くない、相乗りであった。
ミヤはきちんと俺のポケットに収まってくれるマスコットな奴だったのに、同じユニゾンデバイスでも性格の差が出るようだ。この場合、信頼かも知れないが。
何はともあれ、無事だったのはよかった。一人でも戦い抜く覚悟はあるが、味方が居なくなるのはやはり精神的にも戦力的にも辛いもんだ。
無事を祝うのも惜しんで、俺達は二人して行動に移した。火の玉は次々と出てくるが剣を振って払い、アギトが消し飛ばして進んでいく。
「それで、いい加減敵の正体は分かったのか」
「脈絡のない攻撃が、次から次へと襲いかかってくるからな……何か関連があると、いいんだが」
味方が居なくなる。雨が降ってくる。太鼓の音が聞こえてくる。囃子の音が聞こえる。風が吹いている。石が飛んでくる。火の玉が飛んでくる――何なんだ、この怪異は。
全部が繋がっているのだと仮定すると、相当有名な伝承が在るのは間違いない。これほどの怪異を現実世界に実現させるには、相当な力が必要とされるはずだ。
一番可能性があるのは魔法だが、アギトが否定している。カレンの言う心当たりだとすると、妖怪の類だがこういった伝承に心当りがない。いや、引っ掛かりはあるんだけど。
何だろう、もやもやする。俺のような世間知らずでも、引っ掛かりがあるんだ。かなり有名だと思うんだが――うーん。
山鳴りは止むどころか、激しさを増している。月村家に近づくに連れて攻撃も増してくるが、俺とアギトの連携により何とか退けられてはいた。
思えば戦闘面でコイツと組むのは初めてだが、日頃一緒に行動しているだけあって相性そのものはいいらしい。実戦を積み重ねて、連携も着実に行えるようなってきていた。
ユニゾンするのが一番の近道なのだが、俺達は敢えて遠回りしていた。お手軽に心を一つとするのを選ばず、不器用ながらに手を取り合って関係を繋ぐ努力をする。
連携と美しく言ってはいるが、実際はアギトが必死で合わせてくれているだけだ。俺が全面に出て闘い、アギトが後方から支援と援護を行って確かな成果を出してくれている。
記憶はなくても、身体が覚えているのだろう。主を立てる戦い方は堂に入っていて、実に戦いやすかった。もしかすると、ミヤよりも上かもしれない。
俺が危なくなれば、すかさず魔法でガードしてくれる。失敗すれば罵声が飛び、危うくなれば叱咤されるが、本当に戦いやすくて助かっていた。
一人でずっと戦ってばかりだったけど、他人と一緒に戦うのもそう悪くはないかもしれない。
「……うーん」
「どうした、アギト」
「戦ってれば思い出せるかも、と思ってたんだけど――やっぱ、駄目だった。全然欠片も思い出せねえや、アタシ。
もしかすると、アタシは昔からずっと一人だったのかもしれねえな。融合騎と言っても、ロードなんて全然居ねえ寂しい奴だったのかもな。
感覚は、あるんだよ。何かもう、温っけえもんが感じられてたんだと思うんだけど……アタシの勝手な、思い込みだったのかも」
戦いも一段落ついて、アギトは雨の降る夜の空を見上げる。見上げる空は真っ黒で、星の一つも見えない。墨で塗りつぶされたかのように、冷たくドス黒い。
感覚はあっても、記憶が無い。記憶がなければ、感情も蘇らない。残っているのは、戦いの経験だけ。戦闘の知識が残っているのは、余計に残酷だった。
融合騎としての機能がある以上、少女はそれ以外の選択肢を選べない。何処にも居場所がなく、何も記憶が無いのであれば、結局残っているものに縋るしかないのだ。
泣いているのかと思ったが、指摘はしないでおいた。頬が濡れているのは雨が降っているからだ、それでいい。
「おまえに主がいようといまいと、どうせ生きていないだろう。あまり気にしなくていいんじゃねえか」
「何だよ、それで励ましているつもりか」
「あいにくお前を励ます余裕がねえんだよ、俺は。昔の主より、今の俺を手伝ってくれよ」
「たく……少しは、思い出に浸らせろよ」
「思い出なんぞないじゃん、お前。気持ち悪いし、やめろ」
「最低だ、こいつ!? ぜってえ、お前とはユニゾンしてやらねえからな!」
ぬわっ、掴んでいた耳を噛み付いてきやがった!? 温かいどころか激烈な関係で、俺達はこうして戦っている。ノスタルジックに浸る暇もありはしない。
アギトはプンスカ怒っていたが、少なくとも先ほどの意気消沈ぶりはもう無かった。鬱屈としていた気持ちを、晴れやかに俺を罵倒して発散させている。
何だか、新鮮だった。こいつとは毎日こうして喧嘩してばかりだけど、負の感情は一切ない。不平不満も含めて全て、相手に余すことなく言っているからだ。
その関係が、こうして実戦の連携を生み出している。秘密も何もないからこそ、背中を預けられるのだ。
「おい、見ろよアレ。山頂が、何だか揺れてねえか?」
「火山じゃあるまいし、山の上が揺れたりなんぞ――げげっ!?」
思わず、立ち止まってしまう。山頂とアギトは言っているが、実際にあるのは月村の屋敷方面。その周辺に並ぶ木々も含めて、揺さぶられている。
ありえない、絶対にありえない。山の下ならともかく、山の上だけが鳴動するなんて起こりえる筈がない。だがこれで、連絡が取れなかった理由も分かった。
月村の屋敷が、現在進行形で攻撃されている。地震が局地的に起きているのなら、シグナム達であっても行動不能にされてしまう。
守護騎士達は空を飛べるが、八神はやては足すらも動けない。彼女の安全を確保するには、つきっきりで支えなければならない。何しろ自然現象かどうかも、分からないのだから。
地震と聞くと単なる揺れを想像してしまうが、実際遭遇すると大人でも動けなくなる。震度が高ければ高いほど、空気さえ歪んで立てなくなってしまうのだ。
局地的に起きているのなら、その震度も計り知れない。建物の崩落を防ぎ、八神はやてを守り、月村家を庇うだけで、騎士達は精一杯なのだ。外に出て、行動なんて出来る筈がない。
けれど、これでようやく敵の正体が分かった。
「マジかよ……本当に、実在していたのか」
「じ、自分一人でビビってるんじゃねえよ!? 誰なんだ、敵は!」
人にて、人ならず。
鳥にて、鳥ならず。
犬にて、犬ならず。
足手は人、かしらは犬。
左右に羽根はえ、飛び歩くもの――
「――"天狗"だ」
夜空より、飛来する。山道で立ち尽くす俺の周りに、次々と降り立つ人影。瞬く間に包囲され、取り囲まれる。気配も感じ取れなかったのか、アギトが息を呑んだ。
空中を飛翔する翼を持った、山伏の装束を着た者達。一人一人が赤ら顔で鼻が高く、一本歯の高下駄を履いて、隙のない佇まいで俺達を睨みつけている。
人間を魔道に導く魔物とされる、外法者達。夜の一族と同じ、人でなし。形状姿さえも一定とせず、不気味な鬼形を成している。
人外共がいよいよ、人に牙を向いてきた。
「迂闊だったよ……あれほどヒントを見せられていたのに、追い詰められるまでお前らの事を思い出せなかった」
天狗の伝承――その昔子供が突然居なくなる現象が起き、天狗に攫われたからだと恐れられていた。悪いことをすると天狗に攫われるとも言われ、子供の教育にも利用されていた。
山中から太鼓のような音が聞こえる怪異を天狗の仕業され、「天狗太鼓」とも言われている。この太鼓のような音が聞こえるのは、雨の降る前兆だという。
夏に山中から囃子の音が聞こえる怪異は「天狗囃子」、山道を歩いていると突然風が起こって大きな石が飛んでくる「天狗礫」、山道で襲われるので「天狗の通り道」ともされる。
山上から石を投げ、岩を転がし、小屋を揺さぶり、火の玉を飛ばし、周りの木を倒すのが「天狗の悪戯」。真っ暗な中を、大きな火の玉が転がることもあるとされる。
そして山小屋の自在鉤を揺さぶったり、小屋自体までガタガタ揺するのが――「天狗の揺さぶり」だ。
「まあまあ、そう気構えずに。今の天狗一族は人間社会で清く正しく生きている、実に真っ当な妖怪。しがない情報屋なんですよ」
樹木は天狗が山の神とも信じられており、天狗が樹木に棲むともされている。神霊の依り代とされるその樹木の上に、少女が一人立っている。
ショートな黒髪の、赤い山伏風の帽子をかぶった女の子。白の半袖シャツに、フリル付きの黒スカート。赤い天狗下駄を履いて、器用に樹木の上に乗っかっている。
人間を一人、抱えて。
「貴方のお探しの"情報源"を持ってまいりましたよ。感謝して下さいね」
「……てめえらぁぁぁぁぁ!!!!」
不敵に笑う少女に襟首を掴まれて――ずっと探し回っていた、城島晶が気絶していた。連れて帰ってくれた、とは断じて言えない様子なのは見て分かる。
反日というメディアの方針にばかり目を向けていた、自分の迂闊さに舌打ちする。こいつらは、日本を陥れるつもりは全くない。そんな意識は多分、欠片もない。
最初から、人間を見下しているだけだ。だから、非常識な対応で城島晶を囲っていたんだ。
「そいつは、夜の一族とは何の関係もない。お前らの目的は俺だろう、さっさと解放しろ!」
「やはり貴方が夜の一族と深い関係のある人間なのですね。聞きたいことを先に言って下さって、ありがとうございます。
確信はあったのですが、確証がありませんでしたので。情報規制されていて参ってたんだよ、うふふふ」
しまった、カレン達が規制してくれていたんだった!? 『夜の一族』というキーワードを知るには、一族そのものと関わるしかない。
一連の事件に関する国際報道は、あくまで俺が世界会議が行われている場に居たという事実に過ぎない。参席していたかどうかまでは、規制されていて不明なのだ。
夜の一族と先月の世界会議を知っていれば、彼女達と俺の関係を邪推できるが、あくまで想像に過ぎない。想像の域を出ないのであれば、追い詰めるのは無理なのだ。
確信はあったが、確証はない。こいつらの想像を、俺が自分でばらして確信させてしまった。
「……何が、目的だ」
「おやおや、ずいぶん警戒されていらっしゃる。私らはただ単に、貴方と"オトモダチ"になりたくてきたんですよ。
ほら、貴方の事をずっと心配されていたご家族をこうして送り届けてきたんですよ」
襟首掴んでぶら下げておいて、何を言ってやがる。確かに傷もつけていないようだが、もしあいつが手を離せば真っ逆さまに転落する。
仲違いすれば――相手の要求を断れば、問答無用で落とされるだろう。
明白な、脅迫だった。
「仲良くして下さいますよね、宮本良介さん?」
<続く>
|
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