とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十八話
日が、暮れる。待ち合わせをしていた女の子は結局現れず、迎えに行ったローゼ達も帰ってこない。買い物へ出かけた護衛まで、何時まで経っても戻って来ない。
異常事態なのは明らかなのだが、何が起きているのか分からない。事態としてはハッキリしているのだが、何が目的なのか分からない。動くに、動けなかった。
もしも攫われたのだとしたら当然救い出さなければならないのだが、敵も目的も分からなければどうしようもなかった。正直に言うと、そもそも意味不明だった。
夜の時間が、訪れる。一日の終わりを示す暗闇は、俺の未来を示すかのように一寸先も見えない。
「コンビニ、行ってきたぞ。この姿だと白昼堂々うろつけねえから、聞き込みは出来なかったけどな」
「どうだった? やはり妹さんは居なかったか」
「――店の前に落ちてたアイスの入った袋を、店員が処分してた。あいつの買ったものかどうか、分からんけど」
確証を得ない発言だったが、アギトなりには確信を得ているのだろう。俺も同感だった。妹さんが居なくなったタイミングを考えると、その袋は彼女の買った物で間違いないだろう。
やはり攫われたと考えるしかないのだが、それでも違和感は拭えない。二ヶ月前ならともかく、今の妹さんは俺の護衛を務めている。無抵抗で攫える相手ではないはずだ。
しかも店舗前で、白昼堂々と攫われているのも妙だ。抵抗すれば騒ぎになるだろうし、無抵抗であっても一目にはつく。どうしてコンビニ前で、誘拐なんぞしたのか。
動き出す前に、少し考えてみよう。この違和感を無視して、先走るのは危険な気がする。そもそも、何か見落としている気がしてならない。
「那美を迎えに行ったミヤとは、連絡が取れないか? お前らって念話が使えるんだろう」
「あいつと繋がるなんて嫌だけど、一応連絡はしてみたよ。なーんも、返答がねえ。
そもそもあいつ、ユニゾンデバイスの分際で力が弱えからな。通信範囲もそれほどデカくねえんだよ」
「お前から発信は出来るけど、あいつが着信できるとは限らないわけか」
「そういうこった」
一緒に行ったローゼに携帯電話を持たせてやりたいが、時空管理局に禁じられている。あいつは犯罪者ではないが、封印の対象。通信機器を持つのは禁じられている。
管理プランが着実に進められれば制限も緩和されるだろうが、今の段階では無理だ。何かあればミヤが知らせてくるが、何もなければ連絡が来ない。
あるいは――問題ないとミヤが判断すれば、連絡はしてこない。あいつの判断基準によるが、自主的に行動されるとまずいな。
「どうするんだよ、おい。このまま待ちぼうけしていても埒が明かねえぞ」
「人出を増やそう。忍の家に電話を入れて、迎えをよこしてもらう」
もはや、他人の手をかりることに微塵の躊躇もない。関係者に危険が及んでいるのなら、尚更だ。後は、個人的な感情の問題でしかない。
ということで忍の携帯電話に助けを入れるのは癪だったので、月村邸の固定電話をダイヤルする。アホなプライドだと、横で見ているアギトが呆れていた。
――出ない。
「全員、何処かに出かけているんじゃねえか……?」
「それなら、俺に電話くらい入れるだろう。アリサやノエルが、その程度の気を利かさないなんてありえない。くそ、何で出ないんだ!?」
もしかして、あいつらにも何かあったのか!? いやいや、それなら尚の事俺に電話を入れるだろう。どうして、誰も出ないんだ。一体全体、何が起きている。
万が一全員出かけているのなら、留守番電話に繋がるはずだ。留守番機能に切り替えず、電話が放置されているのも考えづらい。何度ダイヤルしても反応がないので、電話を切った。
待ち合わせをしていた那美が来ない。迎えに行ったローゼ達が帰ってこない。買い物へ行った妹さんも戻って来ない。月村の家に、電話が繋がらない。
俺の関係者がことごとく、連絡が途絶えている。何かが起きているのは間違いないが、俺個人を狙わずに周囲を襲う意図が分からない。
俺を精神的に追い詰めるのが目的ならば怨恨の線が考えられるが、恨まれる理由に心当りがない。心当たりがある勢力は、俺個人を狙っている連中ばかりだからだ。
執念深いテロリスト達なら俺だけじゃなく、俺の関係者も殺したがっているかもしれないが、少なくとも俺を野放しにはしないだろう。まず確保してから復讐しないと、逃げられる。
ディアーナやクリスチーナ――ロシアンマフィアが俺の背景にいると、テロリスト達は思っている。俺の関係者だけを狙うなんて余裕は、彼らにはないのだ。
しかしそうなると誰が、どんな目的で……?
「とりあえず、アリサの携帯に連――っ!?」
――大音響。
耳鳴りがするレベルではない。鼓膜を突き破り、脳髄を刺激する狂音に堪らず、膝をついた。脂汗を流して顔を上げると、アギトも両耳を抑えて地面に落ちている。
聞こえたのは、俺達だけではない。待ち合わせ場所の傍にあるコンビニから客や店員が飛び出し、近所を歩いていた市民達も悲鳴を上げて苦しんでいた。
隕石でも落ちたかのような、波動。衝撃こそなかったが、恐らく海鳴全域にまで響き渡ったに違いない。この音に聞き覚えがあったのは多分、俺だけではないだろう。
日本人なら誰もが一度は聞いている、音――太鼓の、打音であった。
「ぐっ‥…アギト、大丈夫か?」
「いぢぢぢっ……耳鳴りがガンガンするぅ……何なんだ、今の」
「分からん、が――俺の聞こえ間違いじゃなければ、今の音は向こうの方角――
忍の家がある、山の方から聞こえた気がする」
大気圏を突入して地表近くまで落下する流星は、日本古来より凶事を知らせる意味があるとされている。この音量からすると、どうやら余程の災事を暗示しているようだ。
あんなでかい音を聞き間違えるなんて、ありえない。方角は、間違いない。ただ忍の家がある山から聞こえてきたのかどうかは、定かではない。
何が起きているのか、本当に分からない。この異常事態が何を意味するのか、理解もしていない。あるのは結局、予感でしかない。
戦いの、予感である。
「おいおい、マジかよ……」
「……さっきまで、晴れていたのに」
家族の温もりを拭い去る、大雨。雲一つなかった夕暮れ時を覆い隠すかのように、天明雷動が轟いている。夏の清々しい暑さも、仲間の思い遣りも、流されていくのを感じた。
異常事態の次は、異常気象。連続して起きているのは、ありえない事ばかりである。真っ青だった空、夕日に染まっていた空、夏の夕立とは明らかに一線を画している。
この俺に今敵が襲いかかっているとして、天候にまで影響を及ぼしているとでも言うのか。被害妄想で済ませられれば、どれほど幸せだろうか。
ずぶ濡れになった身体に鞭を打って、立ち上がる。耳鳴りは酷く、雨に濡れて唇も震えている。五感が、麻痺しつつあった。
「お前の知る魔法の中に、天候を操作する類はあるか」
「あるかもしれねえし、無いかもしれねえ。世界ぶっ潰す古代兵器や魔導書だってあるんだ、天気の一つくらい変えられる力なんてのもあるかもしれねえな。
――案外、アタシの仕業かもしれねえぞ。アタシだって、管理局様が恐れる融合騎なんだからよ」
雷鳴が轟く中、酷薄な眼差しでアギトは俺を見やる。もしもアギトのしわざであれば、管理プランは非常に危うくなってしまう。あの老提督に発覚すれば、中止に追い込まれるだろう。
雨を降らす魔法、大した事は無さそうに聞こえるが、天候捜査と言い換えればとんでもない力となる。俺達人間は、天気一つで生活を左右されるからだ。
目的がどれほど無邪気であっても、大いなる力というのは使用されるだけで危険とみなされる。監視されている状態で行使するのは自身も危うくするが、アギトの場合関係はない。
昔の記憶もないこいつは、本当に何もない。何も恐れるものがない存在は、どんなことだって出来る。
「そいつは、頼もしいな」
「あん……?」
「今の俺には剣がないし、仲間も行方不明なんだ。頼りにしているぞ、アギト」
「……最初からそうだったけど、お前はアタシが怖いとは少しも思わないのか?」
「何とも思わんな」
どんな事だって出来るのならば、どんな可能性だってあるということだ。正義にも、悪にも――自分自身が好きになれる、アギトという存在にだってなれる。
迷いもなく言い切ると、アギトは困ったように濡れた髪の毛をワシワシ掻き毟った。どう言おうと、何をしようと、否定しない俺が分からないのだろう。
俺は別に恐れ知らずでも、博愛主義者でもない。ミヤという前例があるだけに、融合騎に偏見がないだけだ。ましてどんな奴か知っているのだから、今更彼女の力にも恐れようがなかった。
アギトは俺の前に浮かび、睨み付けるように見下ろす。
「お前は、アタシが必要か」
「そう言っているだろう」
「でも、アタシはお前をロードにする気はねえ。ユニゾンだって、してやらねえんだぞ」
「いいっつーに」
「何でいいとか気軽に言えるんだよ!? アタシとユニゾンすれば、お前は強くなれるんだぞ」
「俺とお前は手を組んだ、言わば共犯者じゃねえか。共犯ってのは、一緒に戦う相棒なんだぞ」
ユニゾンを拒んでいるアギトに、必要ないと言い張る俺。敵が一体どれほどの相手か、どれほどの規模か、どれほどの力を持っているのか、未知数であるというのに、お互いを否定する。
取引を思えば、ここで手と手を取り合うべきなのだろう。ドラマや映画ならば強大な敵を前にカッコよく力を合わせ、ユニゾンして立ち向かう。そういう場面なのだ。
仲間がピンチで、力が必要だというのに、全然噛み合わず拒絶している。個人だと弱いくせに俺達は睨み合って、舌を出して否定するのだ。どこまでも、馬鹿みたいに。
それで、何が悪いと言うんだ。
「道具のアタシを対等かよ、このクソ馬鹿……お前のほうが、よっぽど弱っちいくせに! せいぜい、足手まといになるなよ」
「強そうな奴だったら、お前に任せるから心配するな」
「そこは俺が戦うって言えよ!」
どこまでもカッコ悪く、言い争いをしてばかり。合体もせず、共闘の握手もせず、共に並ばず、好き勝手に喋って、身勝手に行動する。
共通の敵が現れても、一緒には戦わない。単純に行動を共にするだけで、目的も目標も一致させない。自分が今やりたいことが、たまたま一致しているだけだ。
俺達は、そういう関係を望んでいる。
大山鳴動――大きい山が音を響かせて揺れ動くので大噴火でも起こるのかと思っていると、小さな鼠が一匹出てきただけ。日本の言葉というのは、よく出来ている。
海鳴全体を鳴動させた太鼓のような音、あれほど大きな音が響いたから何事かと思っていたら、何も起きていない。山頂にある月村邸も含めて、山は無事にそびえ立っていた。
ただ、断じて静かではない。どういう理屈なのか分からないが、太鼓ではなく囃子の音が聞こえてくる。雨降る夜に鳴り響く、囃子。不気味の一言だった。
アギトは眉を顰めて、気味悪そうに周りを見ている。
「おい、結局一体全体何が起きているんだ。屋敷にいる連中は大丈夫なのかよ」
「あの屋敷には、シグナム達がいるからな。何があっても対応は出来るだろうけど――もしかすると、こいつは」
「何だ、敵の正体に心当たりでも出てきたのか」
「お前、今この音が聞こえる?」
「……? 何言ってるんだ、さっきからうるさく聞こえてくるじゃねえか」
八神家を襲った、不思議な現象――引っ越す原因となった、怪異。あの現象を引き起こしたのはチョウラピコ、座敷童子と呼ばれる伝説の妖怪だった。
守護騎士達さえ感知できなかった一連の怪異に、今起きている現象は似ている気がする。違うのは、アギトにも感知できている点くらいだろう。
さっきカレンに電話した時、彼女は敵の正体に心当たりがあると言っていた。夜の一族、人外の存在の心当たりとなれば同類である可能性が高い。
晶を確保している大手新聞社は日本の代表的マスメディアだが、人間が経営しているとは限らない。夜の一族だって、人間社会で絶大な権力を握って君臨しているのだから。
人の姿をしていて、人としての身元さえあれば、人間社会にだって溶け込める。人間と人間以外の差は、それこそ見た目を除けば比べようがない。
仮に大手新聞社が夜の一族と同じく人外勢力であれば、海鳴にいる夜の一族くらい把握しているだろう。俺がここに居ると分かれば、俺と繋がっている夜の一族にも目星がつく。
当然俺を護衛する王女の存在も把握できるだろうし、この月村邸もすぐに辿り着けるだろう。
「"山中から聞こえる囃子"、この怪異って何かどこかで聞いたような気がする」
「思い出せよ、おい。敵の正体に繋がるかもしれねえじゃねえか」
「世間知らずな俺でもおぼろげに知ってるんだ、かなり有名な怪異なんだろう。そうなると、やばいぞ」
「……有名な伝承、ということは"格"のある敵ってことか」
大手新聞社を根城としている、妖怪。夜の一族の王女である妹さんを攫える力を持つ、存在。日本の民間信仰において、伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物なのか。
今まで起きている一連の現象もきっと、その妖怪に纏わる力のはずだ。天候を操作し、大山を鳴動させられる、大妖怪であり大神。そんな奴が、俺の敵に回っているというのか。
しかし、"新聞"というのがいまいち分からない。現代社会で台頭するには、情報が不可欠。そう見極めたのだとすれば、確かに先見の明があるけれど――新聞が好きな妖怪というのも、うーむ。
「とにかく、やばい敵だってのは確かだ。気を引き締めていくぞ、アギト」
「おう――よぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「アギト!?」
山道に一歩足を踏み入れた途端、突風が吹いてアギトを容赦なく吹き飛ばしていく。抵抗する余地も与えずに、アギトは空の彼方まで吹っ飛んでいった。
慌てて追いかけようとするが、すさまじい風が横から殴りつけてきて、たたらを踏まされる。天候操作の力の一つか!?
いや、待てよ。天気予報は確か、『明日が雨』だと予報していた。その影響で、夕立が降る可能性も予報していたような気がする。
もしかして――雨雲を、この風で運んできたんじゃないか? 伝承で、風を操る大妖怪と言ったら――
「っ!?」
山鳴りがして、思考が遮られ――頬が、引き裂かれる。千切れた髪の毛が宙に舞い、背後の木に穴が開いたのを見て、何かが飛んできたのだと分かった。
驚いたのは、攻撃されたからではない。目にも見えなかった攻撃を、咄嗟とはいえ回避出来た事。今までならば確実に攻撃を受けて、額を割られて血を流していた。
攻撃を受けている!? 俺は走って山中にある、木の影に飛び込んだ。直後、次々と攻撃が突き刺さる。
「これは――石っ!? 幼稚な攻撃をしやがって!」
そう言う間にも、次々と石が飛んでくる。人を殺せる勢いこそ無いが、傷付けるには十分な攻撃。妹さんが居ないので、何処から来るのか全く分からない。歯噛みする。
人を殺せる威力はないが、人を傷つけるには十分な攻撃。言い換えれば敵意はあるが、殺意はない。だとすれば反射的であっても、俺には回避出来ない。何故、さっきは避けられたんだ……?
疑問は、目の前の地面を見て霧散した。なるほど、俺はどうやらまだ孤立無援ではないらしい。あの強烈な叱咤に、俺の身体が反応したのだ。
戦闘中ボケっとするな、と言わんばかりに――地面に、串が突き刺さっていた。
<続く>
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