とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四話
変わり果てた町――今の海鳴町を見て、そんな感想を抱くのは俺くらいだろう。町は短期間で驚くほど発展しており、生きる人に合わせて画期的な変化を遂げている。
廃ビルが取り壊しになったのだって、むしろ遅過ぎるくらいだ。ビルの所有権は当の昔に手放されていると、アリサが調べていたのを覚えている。きっと、新しい買い手が見つかったのだろう。
分かってはいる、ただついていけていない。何が起きているのか、さっぱり分からない。分かりたいのに、頭が考えるのを放棄する。真綿で首を絞められるように、事実だけが浸透していく。
俺一人が取り残されている、のならばどれほど楽であったか。時代の変化に、誰もが皆ついていける訳ではない。焦らずゆっくりと、追いつけばいいだけの話だ。
だが、もしも俺が原因で海鳴が変貌してしまったのなら――
「おかえりなさい、宮本さん。必ず来ると思って、待っていました」
「高町、美由希」
高町家、俺がこの街に来て最初にお世話になっていた家庭。道場のある家へ続く道の途中、ポニーテールに髪を結んだ少女が俺を待ち構えていた。
少女に声をかけられて、初めて俺は自分が高町の家に足を運んでいた事に気付いた。悩みに悩んでいる内に、自然と足を動かしていたらしい。
変化のない場所を求めていた。故郷にも似たこの町に、自分がよく知る場所を求めていた。変わってしまったこの町に、変わらぬものがあるのだと信じて。
ならば、どうして高町の家に行こうとしているのか。あの家はもう、既に――
「フィアッセを助けて下さって、ありがとうございました。私の大切な家族ですから」
「――何か含みのある言い方だな」
懐かしく感じられる少女の顔、基本的にのんびり屋だが一生懸命で、俺のような人間にも温かく接してくれていた。浮浪者だった俺を、彼女は差別したりはしなかった。
高町の家へ向かっていた足を止める。迎えに来てくれたのでは、断じて無い。この気配は何度も感じている。何度も感じているから、気配を読み取れる。
彼女は愛用の眼鏡を付けておらず――剣を、持っている。
「単刀直入に言います。もう家には来ないでもらえませんか」
鋭い目をしていた。剣士として相応しい鷹のような眼差し、断じて家族に向ける視線ではない。まるで、とそこまで考えて思考が急停止した。考えるのを、心が拒否する。
何と言われたのか、何度反芻しても少しも頭に入らない。今日何度も味わった衝撃が、俺の脳味噌を嫌というほど震わせている。猛烈な目眩に、吐き気がしてきた。
片手で顔を覆い、表情を隠して問いかける。
「理由を、聞かせてくれ」
「フィアッセと会ったのなら、私から言うことはないと思います」
先月繰り広げた世界会議の弁論とは、質が異なる。あの時は相手の言葉から裏を探り、その上で反論を唱えていた。だから、少ない言葉でも会話が成立した。
高町美由希は、真意も理由も話そうとしない。他人から聞けば意味不明であり、理不尽。それこそ猛然と問い詰めて然るべきであろう。
その言葉だけで分かるのは――伝わると確信しているのは、俺達が家族だからではないのか。
「せめて事情を説明させてくれ。連絡出来なかったのだって、理由があるんだ」
「宮本さんは立派な事をされたと、私は思っています。世間知らずですけど、連絡が出来なかったのも分かるんです。テロに巻き込まれたのですから。
全てではありませんが、事情を理解した上で言っています。宮本さんのお立場も考えての、事なんです。
お願いしますから、もう関わらないで下さい。私達を、苦しめないで欲しいんです」
俺が、お前達を苦しめているというのか。それならどうして、もっと前に言ってくれなかったんだ。どうして今になって、そんな事を言うんだ。
どれほど優しい人達だって、何ヶ月も見知らぬ男に居座られたら迷惑に思う。お前らの好意に甘えっぱなしなのに、我が物顔で好き放題していたんだ。さぞ、嫌だっただろう。
そんな自分だった頃に、容赦なく言って欲しかった。どうして今になって――
「迷惑に感じていたのなら、謝る。何とか話だけでもさせてくれないか」
「お断りします。何も聞きたくないし、関わりたくもない」
「……っ、桃子の意思じゃないだろう。せめてあいつには、ちゃんと――」
「分かっていないようですね、"宮本さん"」
!? そういえばこいつ、先程から俺を他人行儀で呼んでいる。一緒に住んでいた頃は名前で呼んで、別け隔てなく接してくれたのに。
歩み寄ろうとするが、止められる。実力行使ではない。足が、前に進まない。鳥肌が立ち、うなじが逆立つ。我知らず、眼前の相手を睨んでしまっていた。
敵意、殺意――剣気。高町美由希、小太刀二刀御神流の"剣士"。
「今後少しでも家に近づけば、私は貴方を斬ります」
剣士が人を斬ると宣言するその意味を、彼女はよく理解している。同じ剣士であるからこそ、俺もまた正しく心で受け入れてしまっていた。
思いつめての事なのだろうと、簡単に分析出来る話ではない。彼女もまた、変わってしまった。剣で他人を脅すような人間ではなかったのに。
変わってしまったのは心では無く、俺への認識。彼女の剣は人を守るための力、その為に毎日厳しい鍛錬を積み重ねている。
大切な人達を害する"敵"を、斬るために。
「――どうしてだ。こんなやり方、お前らしくはないぞ」
「私のやり方とは、何ですか。宮本さんは、私のことなんて知らない。知ろうとも、しなかった。
だから平気で、家族を放置できるんです。他人なんて、どうだっていいんでしょう!」
「少なくとも、今は違う!」
「もう、手遅れなんです。今じゃない、"今更"なんですよ」
違うなんて、言えなかった。少なくとも前は、他人なんてどうでもよかった。他人がどうなろうと、知ったことではなかった。こいつらだって、どうでもよかった。
今は違う、確かにそうだ。だから、何だというのか。時間は流れている。今悔い改めたところで、過去はどうにもなりはしない。
今変わったところで、昔起きてしまったことは変えられない。何も変えられはしないんだ、もう。
どう頑張っても、過去は変えられない。フィアッセも、リスティも、フィリスも――二度と、立ち直れない。
「フィアッセは喋れなくなりました。大好きな歌を歌うことも、出来ないんです。誰のせいですか」
「違うんだ、本当にそんなつもりはなかったんだ……」
「なのはは、学校へ通えなくなりました。同級生とまともに、接することが出来なくなったんです。誰のせいですか」
「う、嘘だ!? なのはは、だってあの時――」
「恭ちゃんは、剣を捨てました。剣を見ると、家族が怖がるんです。誰のせいですか」
「う、うそ、だ……」
「レンちゃんが、心臓発作を起こしました。誰のせいですか」
「っ――」
「晶ちゃんは、家を出て行方不明になりました。誰のせいですか」
「……」
「母さんは、自分の店を閉めました。誰のせいですか」
「誰のせいだ」
「おまえのせいだ」
「おまえなんて、しねばいいんだ」
「わたしが、ころしてやる」
――血飛沫が目の前で待って、自分が斬られたのだと気付いた。
血を流して膝をついた俺を見下ろして、
高町美由希は――おかえりなさいと、わらった。
<続く>
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